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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第五章 異世界遺跡探訪
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良薬はクソ不味い

 今日は朝から森の探索だ。久しぶりに冒険者らしい冒険だな。

 クレアの訓練のために、手頃な魔物を探す必要がある。ゴブリンが一番良いのだが、この際贅沢は言えない。

 何でもいいから探す。リーズにも頼んで探してもらっているが、昨日作った地図でも確認する。


 協議の結果、この地図の魔道具は『マップ』と名付けられた。ほぼ俺のゴリ押しである。

 感度は良好どころか予想以上の能力だった。地図の検索範囲は、半径約1km。この範囲に入る地形が、勝手に記録される。

 生物の反応は約500mとやや狭めだが、大きさと種類がある程度判別できる。


「アタシのことなら、もっとゆっくりでもいいのよ?」


 クレアはそう言うが、ゆっくりとは言っていられない。さっさと身体強化を覚えてもらわないと今後の予定に響く。


「いや、できれば今日中に形だけでもどうにかしよう」


 クレアの顔が真っ青だ。早くから緊張しているらしい。極度の緊張は良くないな。体が固くなる。

 緊張する暇も無いほどの大群を探し出して、緊張をほぐしてやろう。


「こんさん、あっちに何かいるよ!」


 来た! リーズからの報告だ。

 しかしまだマップの索敵範囲外だ。リーズが指す方向に進む。


 数百メートル移動すると、ようやく索敵範囲に捉えた。マップの情報では、中型の反応が多数。多すぎて数えられない。後で数える機能も追加しよう。

 どの反応がどの魔物を意味しているかは、まだ未設定だ。これはいつでも追記できるようにしてあるので、確認してから入力する。


 初めての反応は相手が何かわからない。目視で確認すると、猿? マントヒヒ? 腰が曲がった二足歩行のけむくじゃらな何かが居た。

 ゴリラと言うにはスレンダー、猿と言うにはでかすぎる。よくわからない猿風の魔物だ。


「何だ、あれは……」


「バブーンですね……。この数はかなり危険です。急いでこの場を離れましょう」


 ルナから注意を受けた。しかし、もう遅い。1匹と目が合ってしまったのだ。

 連中は、鳴き声を上げながら跳んだり跳ねたりと、威嚇行動らしきものを見せながら数を増やしている。


 数もさることながら、恐るべきはその敏捷性だ。

 障害物だらけの森の中で、上手く逃げられるかはわからない。攻撃の準備をするべきか……。


「待って。急に逃げたらダメよ。

 ゆっくり、ゆっくり遠ざかるの。目を離しちゃダメ。こちらからは敵意を見せないで、後ろ向きに歩いて」


 クレアが早口でまくし立てた。相当焦っているようだ。

 地球でも似たような話を聞いたことがあるんだけど、それって猿にも使える手段なの?

 猿に出会ったら一目散に逃げるイメージだったぞ。


 ここはクレアの知識に頼る。言われた通り、ゆっくりと後ずさりをした。


「どこまで下がればいいんだ?」


「どこまでもよ。見えなくなるまで後ろに下がって」


 言われるがまま後ずさりを続ける。

 下がり続ける。

 歩き続ける。


 少し開けた場所に出た。なぜかここだけ木が少ない。周りがよく見えるので、バブーンがよく見える。


「見えなくなるどころか、近付いてきていないか?」


 バブーンどもは、こちらが後ずさりするよりも速い速度で、間合いを詰めてきている。


「囲まれてるよ!」


 リーズの一言でマップを確認すると、バブーンはドーナツ状に分布していて、その真ん中に俺たちがいる。

 すでに囲まれてしまっていた。もう戦うしか無い。



 少なく見積もっても300匹は居るな。クレアの訓練どころではない。さっさと退路を確保して離脱しよう。

 素材の回収は不可能だと思ったほうがいい。


「今逃げるのは不可能だ。戦うぞ!」


 全員が武器を構える。


 バブーンの見た目は猿だ。似たような生態だとすると、ボス猿が統率を取っているはずだ。こういう集団は、ボスを仕留めれば戦意を喪失してバラける。


 まずはボス猿を探す。


 堂々と先頭に立つ、ひときわ大きな反応が、大きな集団の中心辺りにあった。たぶんこいつがボスだろう。

 アンチマテリアルライフルの準備だ。鉄の弾丸を100発浮かべる。ボスは約100m先に居る。狙いを定めて……。


『パァン!』

 乾いた音が響き渡り、1匹のバブーンを吹き飛ばした。残念ながらボスではない。未だ命中率が悪いんだ。


『パァン!』

 間髪容れず2発目。次もボスの隣のバブーンに命中した。ああ! もう面倒くさい!


『パパパパパパパパパァン!』

 30発ほど連射してみた。ボスの周辺に居た奴も含め、ボスの撃破に成功した。


 バブーンは突然の出来事に戸惑いを見せたが、戦意を喪失するどころか、益々興奮してこちらに向かってきた。

 ヤバい。作戦失敗だ。


「来るぞ!

 クレアは俺が見ておく。ルナはリーズのフォローを頼む!」


 急接近する数匹のバブーンは、アンチマテリアルライフルの餌食になった。追加の弾丸をセット。

 弾丸をすり抜けて接近するバブーンは、ルナとリーズが手分けをして始末する。


 ルナは平常運転だな。確実に急所を突いて、一撃で始末している。

 リーズは……ちょっとはしゃいでいるようだ。無駄に飛んだり回ったりしながら、バブーンの首を落としている。


 問題はクレアだ。クレアの周りにも、数匹のバブーンが群がっている。

 見ておくとは言ったものの、今日はあまり余裕がない。今もバブーンの大軍が押し寄せてきているのだ。

 しかもここは森の中、奴らのフィールドだ。木の上や木の陰から、遠慮なく向かってくる。


 中には木の上から投石をしてくる奴も居る。そんな卑怯な猿には鉄の弾丸を撃ち込んでやろう。射速が違うのだよ。

 ルナとリーズは飛んでくる石を上手く迎撃したのだが、クレアは何発か被弾したようだ。


「あの魔道具を思い出せ!

 あの感覚を掴めればどうにかなる!」


「わかってる! でもできないわよ!

 簡単に言わないで!」


 クレアが額から血を流しながら言う。かなり焦っているようだ。

 これは良くないな。身体強化の基本は瞑想だ。落ち着きと平常心が何よりも重要になる。


 しかし……落ち着かせる方法ねえ……。今落ち着けと指示をしても無駄だろう。


 迫りくるバブーンを撃ち落としながら考える。しかし、いい案が浮かばないうちに、クレアの壊れかけた革鎧が完全に壊れた。

 時間がない……。


 バブーンを放置してクレアの救援に向かおうとしたその時、クレアの手元が一瞬光った。

 まさかアレ(身体強化強制ギプス)を使ったのか?


 この緊急時に? だが悪い手では……悪いわ!


 確かに、アレを使えば身体強化に近い状態になる。ただし、アイドル状態だ。流れる魔力を増やすことで強化に至る。

 今アレを使っても、副作用が邪魔になるだけで強化できないはずだ。


 ひとまずバブーンを放置してクレアに近寄る。


「大丈夫か?」


「大丈夫なわけ……ないでしょ……?」


 クレアは顔を紅潮させ、潤んだ瞳で小さな声でささやく。副作用、出てるじゃん。


 しかし、どういうわけかクレアの動きが良くなっている。

 見る限り、強化に至るほどの魔力循環は発生していないのだが、目の前のバブーンを確実に対処できている。


 ここに来てマクハエラ(偽)が大活躍だ。もともと鋭い切れ味を持った剣なのだが、まるで豆腐でも切っているかのように斬り捨てている。

 いくらよく切れる剣だと言っても、それなりに力と技術が要るはずだ。


 クレアは、副作用と戦いながらも上手く戦っている。アレ(身体強化強制ギプス)の効果が切れても大丈夫だろう。


 たぶん使いすぎて慣れたんだ。副作用に打ち勝つだけの精神力を手に入れている。

 良いこと? なのかな?

 ……うん、悪くはない。問題無い。


「よし! そのまま頑張れ!」


「よしじゃないわよ!」


 クレアは文句を言いながらも冷静に対処できている。しばらく様子を見よう。



 今回はかなりの強敵だと思う。ルナとリーズも多少攻撃を受けた。その都度ルナが治癒魔法を使っている。

 俺の身体強化は何かの追加効果が現れるようで、俺は『少し先の動きが見える』ルナは『周囲の動きがゆっくりに見える』リーズは『感覚が鋭くなる』だ。


 俺はこの効果を利用して遠距離射撃をしている。命中率が悪いのは、俺の技術の問題である。

 ルナとリーズも、この効果を利用して接近戦をしている。大抵の攻撃は難なく避けられるはずだ。それでも攻撃を食らうということは、バブーンがそれだけ素早いということなのだろう。



 戦闘はしばらく続き、向かってくるバブーンが目に見えて減ってきた。

 少なく見積もって300匹と言ったが、300を超えてからさらに300匹くらい始末した気がする。打ち止めが近い。


 間引いて逃げるつもりだったのだが、殲滅に近い。俺達の周囲には無数のバブーン(素材)が転がっている。この調子なら回収できそうだ。

 しかし……これ全部は入りきらないよな……。またこの場で解体するのか。うんざりだ。サヒルたちを連れてくればよかった。


『パァン!』

 これで最後の1匹だ。頭を貫いて終了。何百発撃ったかわからない。おかげで命中精度がかなり上がった。

 今の俺なら、バブーンを相手に50mヘッドショットが可能だ。もうバブーンは怖くない。



「終わったぞ!

 マップで確認してくれ」


 念のため、全員でマップを確認する。大きな生物の反応は無い。戦闘終了だ。

 何匹かは逃げていったようだが、逃げるくらいなら最初から寄ってくるなよ。


「終わり……ですね。さすがに疲れました」


「もうくたくたー。帰って寝たいよぅ」


「死ぬかと思ったわよ!」


 クレアだけがまだ元気なようだ。俺も疲れたよ。これからの作業を考えると……逃げたくなる。

 気を取り直して剥ぎ取りだ。元気に行こう!


「みんな、お疲れ様。さっそくだけど剥ぎ取りを始めよう」


 みんなの顔が青ざめた。気持ちはわかる。気持ちはわかるけど、やらなければならないのだ。

 このまま放置して帰ったら、寝る前にものすごく後悔する。たぶん数日は引き摺る。


 作業の前にクレアを治癒して、ポーションで乾杯。相変わらずクソ不味い。


「ん~! マズイー!」


 リーズが吐きそうになりながら言う。それはみんなが思っていることなんだよ。

 先日買った材料を見る限り、ただの雑草汁だった。そりゃマズイって。有効成分を抽出するとか、味を調整するとかっていう発想が無いんだ。


「よく効くポーションほどマズイの! 我慢しなさい!」


 改善する気、無し!

 ポーションは今も昔もこの先も、ずっとクソ不味いままだな。そういうものだと思って諦めよう。



「素材はどの部位だ?」


「あまり前例がない魔物ですので……クレアさん、いかがですか?」


「そうね……狩ったという話はあまり聞かないわ。

 でも、素材として買い取りしているわよ。部位は皮と腕ね。

 オスの腕は呪術に使えるらしいわよ」


 呪術か。魔法とはどう違うんだろう。まあいいや。

 オスはボスだけだと思うから、先にボスの所へ行こう。



「あの……どれがオスですか?」


 猿なので見分けは簡単だと思ったんだけど、そういうわけにはいかなかった。

 ここは弾丸が一番集中した場所だ。木が倒れ、地面が抉れ、ここだけ台風が去った後のようになっている。


「たぶん……これがボスの腕じゃないかなあ?」


 ちぎれた腕を拾い上げる。

 当然、猿の形は残っていない。序盤の30連射の時点で吹き飛んだ。あの時は素材を回収するつもりが無かったんだ。仕方がないだろう。


「やりすぎです!」


「ゴメン!」


 てへぺろ!

 反省はしていないんだ! 許してくれ!


「言っても無駄でしょ。絶対反省してないわよ」


 クレアが呆れ顔で言う。

 バレてるね。今回は仕方がなかった。たぶん次回も仕方がない。


 ボスはオーバーキル狙いでちょうどいいんだ。下手に手加減して倒しきれない方が危険だ。

 素材のことまで考えて倒すのは、余裕がある雑魚だけ。ボスはいくら余裕があっても油断したらダメだ。


 今後もボスっぽい魔物には全力で対処する。


「それだけ危険な奴だったんだよ。素材のことまでは気が回らない」


「いえ……そうではなくて、地形が変わるほどの魔法はちょっと……」


 言うほど変わってないと思うよ。ちょっと木が倒れて、ちょっと地面が掘り返されただけ。

 元々開けた場所だったんだ。その面積が広がっただけ。大したことではない。


 でも、そういうことなら今後は少し気を付けよう。自然破壊は良くない。


「そうだな。今度からは上に向けて撃つよ」



 若干冷ややかな視線を感じながら、剥ぎ取り作業を進める。もうこれだけで日が暮れそうだ。ウロボロスの見学ツアーは明日だな。

 俺が撃ったバブーンはすでにボロボロなので、後回し。ルナとリーズが仕留めたバブーンはダメージが少ないので、そちらを重点的に剥ぎ取った。


 前例が少ないということで、買取金額が予想できない。高い金額が付けばいいんだけど……。

 そして、たぶんこれだけでマジックバッグが一杯になる。薬草を入れるスペースが無いぞ。拠点に帰ったら、手持ちの素材で追加のバッグを作ろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何度戦っても全く素材のことを気にせずただ虐殺するんですね。 本当にサバイバルの達人なのか。
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