鑑定団
ゴブリンの焼却処分を終え、焼け跡から魔石を拾った。
ふと思い出したのだが、燃焼温度が高すぎると魔石が崩れてしまう。
俺が最高温度に挑戦していたら、確実に灰になっていたな。ルナに任せて正解だった。
気になるのはサヒルから貰った謎の元魔道具だ。たぶんエルフの魔道具だった物だと思うのだが。
「ルナ、さっきのアレは何だ?」
「……壊れているので用途はわかりませんが、エルフの魔道具で間違いありません」
うん。知ってた。ルナのテンションをあれだけ上げる物と言えば、それしか無いだろう。
「解析できる?」
「数年いただければ、できます」
やっぱり年単位かよ。時間が掛かるだろうとは思っていたが、ちょっと厳しいな。
「いや……時間が掛かり過ぎだな。なんでこれにこだわったんだ?」
「すみません……初めて見る物だったので、つい……。
もし宮廷魔導士に売るなら、金貨数枚で引き取ってもらえると思います」
なるほど、ギリ黒字になるな。売らないけど。
サヒルたちが持っていた物の中で、唯一同価値になる可能性がある物だったのか。
あとは安物の魔道具と本物のガラクタだった。悪くない取り引きだったんだな。
「手放す気は無いぞ。
エルフの長老なら何か知っているかもしれないし、予定よりも早く解析できるかもしれない」
解析は、魔道具に彫られた魔法陣や紋章から、使われた魔法を予測して再現する。魔道具が壊れるということは、魔法陣か紋章に不具合があるということ。欠けたり消えたりしているのだ。
宮廷魔導士は、欠損部分を復元するか、同じ効果が得られる魔法陣に置き換える事で使えるようにしている。
今回の場合、川の流れで削られてしまったのか、設計で最も重要な魔法陣が消えかかっている。
用途不明、魔法陣読み取り不可という、かなり厳しい条件だ。
「ねぇ、それがエルフの魔道具なの? 見たーい!」
リーズがしっぽを振って言う。本物のエルフの魔道具は、リーズも初めて見るはずだ。
魔道具職人としては気になるのだろう。
「これ以上壊すなよ」
謎の元魔道具をリーズに渡した。
元々壊れているのだが、これ以上壊れると解析がさらに面倒になる。
いちいち注意するようなことではないと思うのだが、リーズだからな。なんとなく心配なんだ。
ひっくり返したり、太陽にかざしたり、横から覗き込んだりとリーズの手元は忙しく謎の魔道具を動かしている。
リーズはそのうち何かに気が付いたようだ。
「なんだかスマホみたいだねー」
見た目はタブレットだ。A4くらいのサイズだから結構大きい。鉄の板がベースになっていて、その部分はほとんど朽ちている。
重要な部分は銀だ。こちらも同じくボロボロに朽ちかけているのだが、おそらく状態保護の魔法が掛かっていたのだろう。比較的状態が良い。
「そうだな。大きさが違うが、スマホみたいな見た目だ」
「違うよー。作り方がスマホみたい」
俺たちが魔道具を作る時、用途に合わせて形を作るのはリーズの仕事だ。
作る工程がスマホと同じ、という事だろうか……。俺にはどちらもただの金属板にしか見えない。
「どういうことだ?」
「画面? みたいな物が付いてるよ。声の機能は無いみたい。転写機みたいな作り方? でも何か違うなー」
どうやら板の形状から用途を推測しているらしい。リーズは勘が鋭いから、当てにしてもいいだろう。
作り手ならではの視点なのかもしれない。
「なんでわかるんだ?」
「うーん……わかんない。
あたしは作り方しかわかんないよ?」
それだけわかれば十分だろ。可能性があるとすれば……テレビ? ありえなくは無いんだよなあ。
「ルナはどう思う?」
「うーん……私もわからないですね。でも参考になりました。
リーズさん、ありがとうございます」
軽い検分はこれで終わりだ。ここで詳しく見ていたら、日が暮れてしまう。こんな事は夜寝る前でも十分できるのだ。
リーズから元魔道具を回収して、出発する。
本来の目的であるエルフの村に向かった。
道中はゴブリンらしき反応がなかったので、村に直行だ。マンバなら狩りに向かっても良かったのだが、残念ながら今回は出てこなかった。
村に張られた結界はまだ修理されていないようで、結界の範囲が広がった様子は無い。ルナに結界を解いてもらい、村の中に入る。
そこには警備らしき女の子が居た。見覚えがある。前回も居た人だ。
「やあ、また来たよ。長老は居るかい?」
「ひぁ! は……い。待ってて」
できるだけ紳士的に話しかけたつもりだったのだが、酷く怯えている様子の女の子。人見知りなのかな。
挙動不審になりながらバタバタと走り去った。村の入口で待ちぼうけだ。勝手に動くわけにもいかないので、暫く待つ。
「ふむ。早かったな」
背後から突然声がした。
またしても気配無しで接近する長老。もう何度注意したかわからない。そういう物だと思って諦めよう。
しかし何故いつもいつも背後から出てくるんだよ。気配がなくても正面から来てくれたら見えるのに。
「ああ。これでも時間を空けたつもりなんだがな。
約束の食料品を持ってきた。金の準備はできているか?」
持ち込んだのは、金貨5枚で仕入れた小麦だ。できれば金貨10枚で売りたい。仕入れの倍だが、移動の手間を考えれば妥当だろう。
前回テントを張った場所に移動して、まずは一袋を出した。たぶん10kgくらいじゃないかと思う。全部でこの袋が50袋だ。
「うむ。倉庫の奥から金貨を探し出してきた。古いものじゃから、今も使えるかは知らんぞ」
長老はそう言って、ポケットから数枚の金貨を出した。多少すり減っているが、普通の金貨だ。手にとって見させてもらった。
デザインは今の物とずいぶん違う。大きさは同じくらいだ。色が……こちらの方が澄んだ色をしている。重厚感のある、どっしりとした金色だ。
俺が今まで見てきた金貨は、純金ではないようだ。これと比べると、少し赤っぽくて金色が薄い。
長老が持ってきたこの金貨は純金なのだろう。高級感がまるで違う。
「あの……これ……神代金貨です」
ルナが呟くように言う。驚きのあまり声が出ていないようだ。
「使えないのか?」
「逆です。
王国にはこれだけ純度を高める技術がありませんので、魔道具職人の間で高い需要があります。
最低でも王国の金貨10枚……オークションに掛けたら、その数倍になります」
もしかして、これもエルフの技術なのだろうか。この世界でロストテクノロジーと言えば、大抵の場合はエルフだ。
しかしオークションでは換金に手間がかかりすぎる。最低金額で見積もった方がいいだろう。
「なあ、爺さん。俺はこの麦を、全部で50袋持ってきている。その金貨1枚と交換でどうだ?」
「な……?」
長老は口を開けて言葉を失った。
この爺さんも、今の俺とルナの会話をガッツリ聞いていたんだ。麦の価格が高すぎたかもしれない。
どうしよう……おまけにルビーでも付けるか。
「悪い。嫌ならおまけを付けるぞ」
「いや、そうじゃない。いくらなんでも安すぎるじゃろ。儂は金貨10枚は覚悟しておった」
長老は勢いよく首を横に振りながら言った。
今のやり取りを聞かれて金貨10枚を要求する奴が居たら、そいつはただのバカだろ。
それだけの金額を貰うつもりなら、ルナの話を聞かれないように配慮するよ。
「俺は最初から王国の金貨10枚で売るつもりだったんだ。それだけの価値がある物と交換なら、何の問題も無い」
まあ、これからもっと毟るからな。何枚持っているか知らないが、この村の金貨をすべて食料に替えてやる。魔道具素材と交換でもいい。
「お主らがそれで良いなら、喜んで交換しよう。これからも頼む」
交渉成立だ。こんな場所で大丈夫か? と思ったのだが、長老はマジックバッグを持っている。
俺たちのバッグから爺さんのバッグに、麦の袋を移し替えた。ずいぶんと容量が大きいな……。羨ましい。俺たちのバッグも作り直そうかな。
受け取った金貨を眺める。きれいな黄金色だ。これを見た後だと、王国の金貨が霞んで見える。
この金貨なら魔道具の素材にできるはずだ。ここのエルフは、なぜこれで魔道具を作らなかったんだろう。
「ところで爺さん。この金貨は魔道具の素材になるだろう。なぜ、そうしなかったんだ?」
「したくてもできん。金属は魔法処理が要るじゃろう。その技術を持つ者は、もうおらぬよ」
金属に魔力を馴染ませる処理のことだ。専用の魔道具があるらしいが、俺は方法を習ったので自分でやっている。
そんなに難しいことではなかったのだが、誰も教えてくれないなら無理だな。
前回ここに来た時に聞いたのだが、この村のエルフが国から逃げたときには、すでに技術者が居ないようだった。
「そうだったな。悪かった」
「いや、良い。何もない村じゃが、ゆっくりしていってくれ……」
爺さんはそわそわとして落ち着かない様子だ。帰りたいのかな。
ゆっくりと歩き出そうとした爺さんを、ルナが呼び止めた。
「ちょっと待ってください。見ていただきたい物があります。
コーさん、あれを出してください」
ルナに催促されたので、謎の元魔道具を取り出す。
ボロボロになった金属板だ。ここまで酷いと、普通の人が見ても魔道具だったとは思わないだろう。
「ふむ……これはなんじゃ?」
この爺さんでも知らないか……。俺も、もしかしたらと思ったんだけどなあ。残念だ。
「ある冒険者が、ここより南にある森の中で見つけた物だ。
おそらくエルフの魔道具だろうということで、俺たちが譲り受けた」
あいつらは、これが何かわかっていなかったがな。魔道具職人か宮廷魔導士にしかわからないだろう。
長老でも初見で判別できなかったということは、一般的な魔道具ではないのかもしれない。
「なるほどのう……。南の森で見つけたのなら、おそらく兵士の装備品じゃな。かつて国境じゃった場所じゃ」
「国境だと!? じゃあ、森の奥にはエルフの国があるのか?」
「もう無いがな。あの場所が当時のままなら、ハン帝国が占拠しておるよ」
ハン帝国ももう無いぞ。というか、森の奥に何かがあるとは聞いたことが無い。
街や国どころか、人が住んでいるという話すら聞かない。ルナとクレアなら、何か知っているかもしれないな。
「なあ、何か知っているか?」
「知らなーい」
「いえ……聞いたことがありません」
リーズとルナは知らないか。こういうことについては、リーズには最初から期待していない。
「昔、冒険者の誰かが行ったみたいよ。王国東の山の向こうに繋がってたって。
危険だからすぐに引き返したそうだけど、どこまで本当の話かわからないわね」
クレアが知っていたようで、答えてくれた。
さすが冒険者だ。真面目に冒険しているらしい。俺も見習いたいものだな。
王国の東にある高い山は、一部ではムルムと呼ばれている。絶対に越えられない壁という意味だそうだ。その壁の向こう側は、当然未開の地だ。
いずれ行きたいと思っていたが、絶対に行こう。エルフの遺跡はそこにある。
次の行き先はミルジア王国で決定だな。そこから東の森に入る。まずはこの森の問題を解決させよう。
うっかり忘れるところだった。長老に『ウロボロス』の情報を聞いておかなければ。