反省だけならサルでもできる
ゴブリンの駆除が終わったので、剥ぎ取りを開始する。と言っても耳を切り取るだけだ。そんなに手間は掛からない。
助けた冒険者に任せ、焼却処分の準備をしよう。森の中だから、火力を失敗したら大惨事だ。
「悪いけどお前らも手伝ってくれ。耳を切り落とすだけでいい」
「いや、その前にあらためて礼を言わせてほしい。
俺はDランク冒険者のサヒルだ。パーティ名はまだ無い。主に薬草の採取をしている」
Dランクは高いランクではない。ギリギリ初心者脱出程度のランクだ。ちなみに俺たちはクレアを除いてEランク。バリバリの初心者だ。
クレアから聞いた話だと、薬草採取をメインに活動している冒険者はあまり強くないそうだ。その割には、森の奥まで来すぎている気がする。
今回の緊急指名依頼は高ランク冒険者が対象になっていたはず。Dランクの、しかも戦闘パーティではない彼らに任せるのは、荷が重すぎるのではないだろうか。
「お前らにこの場所はキツかっただろ?」
「そうだな……いつもの採取地に先客が居たんだ。それも普段は居ないような高ランク冒険者だ。
そいつらを避けて歩いていたら、思ったよりも奥まで来てしまっていた」
緊急指名依頼は複数パーティに出されている。そのため、今日の森はいつもよりも混み合っているのだ。浅い場所の薬草の採取地はそれほど多くない。こいつらは採取地を探して歩いていたようだ。
「ちょっと待って。あんたたち、ギルドの依頼で来てるのよね?」
クレアが焦ったような表情で言う。
「依頼?
いつもの採取依頼だ。何か問題があるのか?」
あ……今日の採取はいつもの採取ではない。クレアはよく気が付いたな。俺は気が付かなかった。
「お前ら、森が立入禁止になっているということは知っているよな?」
俺がそう聞くが、サヒルたちはキョトンとした顔をしている。
演技っぽい感じはしない。本当に知らなかったようだ。ギルドの通達はどうなっているのだろうか。
「どういうことだ?」
「今、この森は危険なんだ。安全が確認できるまで、この森は立入禁止になっている。
今日森の中にいる冒険者は、ギルドから緊急指名依頼を受けた冒険者だけだ」
サヒルたちは愕然としている。顔色も真っ青だ。ギルドから何か罰則があるのかもしれない。
「なるほど……。教えてくれてありがとう。我々は最近、街に入っていなかったのだ。ずっと移動していた。
王都に戻る前のひと稼ぎと思っていたのだが、すぐに戻るべきだったな……」
怯えるような声で言う。
「そうね。すぐに戻ったほうがいいわよ。
その辺に居る冒険者に護衛を頼むといいわ」
「そうするよ。で……このことなんだが、ギルドには黙っておいてくれないか?」
立入禁止を無視したことを隠しておきたいらしい。結構重い罰則が待ち構えているようだ。でもこれは返事に困るな。
調査を依頼されている身としては、報告しなければならない。
「無理に決まってるでしょ!
そんなことしたらアタシたちも罰を受けるじゃない。くだらないことを言うなら、もう行くわ。
コー、行くわよ」
行くって言われても、まだポーション代を貰っていないし、ゴブリンの剥ぎ取りも終わっていない。もったいないじゃないか。
「なあ、どんな罰を受けることになるんだ?」
「最低でも30日間の資格停止と買い取り拒否ね。場合によっては降格や除名もあり得るわ。
あんたたちはEランクなんだから、危ないの。実績が少ないから簡単に切られるわよ」
「あんたらはEランクなのか?
Eランクがなんで指導係をやっているんだ?」
「指導係はアタシよ。アタシはCランクなの。この人たちがおかしいの。
今回もギルドから指名依頼を受けたのは彼だから」
「あんたがCランク? なんで……」
「だから! この人がオカシイの!
兵士の隊長さんより強いんだから!」
クレアが必死で抗議するが、俺は決しておかしくないぞ。
……俺の魔法は少しおかしいらしいな。この世界での強さなんて、魔法の使い方次第だ。身体強化も魔法の1つなんだ。魔法を上手く使える奴が勝つ。
「兵士の隊長より……強いだと……?」
「俺のほうが強いかは知らないが、模擬戦なら負ける気がしないな。
でも、本気の実戦なら、どうなるかわからないぞ」
剣の技量だけなら、グラッド教官のほうが圧倒的に上だ。教官以上の速度と力でゴリ押ししているだけに過ぎない。
経験が力の差を覆すことは、よくあることだ。あの教官なら奥の手の1つや2つは持っているだろう。
「話を逸らさないで!
ギルドには報告しておくから。隠そうとしたことも合わせてね!」
クレアが怖い顔でサヒルを睨みつけて言う。
「待ってくれ!
本当に知らなかったんだ。すぐに森から出る」
たぶん嘘ではない。相当焦っているようだし、少しだけ手助けをしてやろうか。
でも罰が無くなるかはこいつら次第だ。
「その辺に高ランク冒険者がたくさんいるだろ? 訳を話してそいつらに協力しろ。無料でだ。
採取には人数が要るから、嫌とは言わないだろう。で、一時的にパーティに入れてもらったことにするんだ。
そうすれば違反したことにはならないはずだ。それが無理なら、諦めて罰を受けろ」
本当は入った時点で違反なんだけどね。そこは気にしない。森から出た時に違反者じゃなくなっていれば問題無いはずだ。
「……あんた、変な所に気が付くわね。確かにそれなら見逃してもらえると思うわ」
「助かる! 試してみるよ。今日採取した薬草も、全部渡す。できればあんたらと一緒に行きたいんだが、ダメか?」
「それは無理だ。薬草採取の依頼も受けているが、俺たちの本来の仕事はこの森の調査だ。部外者を連れていくわけにはいかない。
それから、お前らのことは俺から報告をする。それまでにギルドに釈明しておけよ」
「そうか……何から何までありがとう。高ランク冒険者を探すよ」
「その前に、ポーション2本分の代金と剥ぎ取りの手伝いを頼む」
忘れてはいけない。そのために引き止めたんだ。
「そうだったな。いくら払えばいい?」
普段なら大銀貨5枚だ。今は高騰していて、金貨1枚くらいだろう。
でも、こいつらはそのことを知らないみたいだから、ぼったくっているように思われそうだ。価格設定が難しいな。
「1本金貨1枚、2本で金貨2枚よ。それが今の価格。
嘘だと思うなら、王都で確認してみなさい」
俺が迷っているうちに、クレアが話を進めてしまった。この金額で納得してもらえるのかな。
「そうか……緊急時だったからな。仕方がない、払おう」
サヒルは納得していないようだが、支払いを了承した。
命が懸かっていたんだから、多少ぼったくられるのは当然だと思っているようだ。本当に今の相場なんだけどなあ。
サヒルは、マジックバッグの中をゴソゴソと漁りながら言う。
「すまない、手持ちが少ないのだ。代わりに物で支払いさせてもらえないだろうか……」
サヒルは貧乏なのか? ……いや、壊れた防具を買い換えるための金が必要なのかもしれない。
彼らの鎧はボッコボコなんだ。あちこちが外れていて、修理ができそうにない。それで金を巻き上げるのは酷だな。
「見せてくれ。何を持っている?」
サヒルたちが持っているマジックバッグは一つだけ。パーティ全員で共有しているようだ。買うと高いからしょうがない。
1人1つずつ持っている俺たちが異常なんだ。
サヒルは、マジックバッグから魔道具らしき物をいくつか取り出して並べた。
発信器や警報など、どれも冒険者なら誰でも持っているような有名な魔道具だ。欲しいと思えるような物がない。
どれも俺たちで作れる。なんだったら俺たちが作る物の方が高品質だ。
俺が難しい顔をしていると、サヒルはさらに何かを取り出した。
よくわからないガラクタのような物だ。土がついていたり、ボロボロになったりしたランプや石板、判別不能な物も多い。
どこかの遺跡で拾ってきたのだろうか。
「これ!
コーさん、これです! これを貰いましょう!」
突然、ルナが興奮して叫んだ。ガラクタの中から琴線に触れるものを発見したらしい。
ルナが手に取ったものは、A4くらいの大きさの、ボロボロになった金属板だった。
元は魔道具だと思うのだが、すでに機能を停止していて、俺には何の道具なのか判別できない。俺は魔道具に流れる魔力から用途を推測しているのだ。壊れていてはどうにもならない。
「こんな物でいいのか……?
自分で言うのもなんだが、ゴミだぞ?」
ゴミだな、俺から見ても。ただの鉄クズにしか見えない。一部は銀でできているようだから、地金価値は結構あると思う。
金貨2枚分の銀が取れるかは……無理っぽいな。
しかしルナが反応したんだ。なにか訳アリの魔道具なのだろう。たぶんエルフ関係だ。
「ああ、それでいいぞ。貰っていくよ」
「すまない。本当に助かる」
「あの……サヒルさん、これはどこで?」
ルナがサヒルに聞く。
落ちていた場所を調べれば、他にも何か落ちているかもしれない。
もしかしたら遺跡も見つかるかもしれない。
「ミルジア王国の東にある森だよ。川の底に沈んでいた。
銀が使われているみたいだったから拾ってきたんだ」
彼らは国外に居たらしい。それなら立入禁止のことを知らないのも無理ないな。
でも結構遠いはずなのだが……ずっとキャンプしていたのか。羨ましい。
「ミルジア王国に行っていたんだな」
「いや、ミルジアに立ち寄ってから、ガザルに行っていた。ガザル東のエウラという地方だ」
「エウラ!
あんたたち、エウラに行っていたの?」
今度はクレアが興奮して叫ぶ。
「何かあるのか?」
「世界一のポーションの街よ。薬師の頂点なんだから!
アタシもいつか行きたいの」
クレアは薬師を目指している。だから薬草やポーションの情報には敏感だ。
サヒルたちも薬草採取をしている冒険者だ。薬草の勉強をしに行っていたのだろう。
「ここからだと、かなり遠いだろう。それまで街に立ち寄らなかったのか?」
「アレンシアに入ってすぐに一度立ち寄ったが、それからはずっと移動していた。
この国は水と食料が豊富だからな。街に入らなくても困らない」
他所の国は知らないが、この国は一歩外に出れば食料だらけだ。近くには大きな川が流れ、野草も豊富。肉が欲しければうさぎを狩ればいい。
街に入ると金が必要だから、一気に進むつもりなら街を避けるのもアリだな。
「男パーティの特権ね。
でも今日みたいなことになるから、たまには街に入ってギルドに顔を出しなさい」
「そうだな……。次から気を付けるよ」
本当に反省しているかは知らないが、俺から言えることは無い。ゴブリンの剥ぎ取りを手伝ってもらい、死体を一箇所にまとめた。
あとは焼くだけだ。耐熱の魔法を起動して準備をした。温度は……限界に挑戦してみようかな。今日は元気が余っている。張り切って焼こう。
「コーさん……焼却は私がやります。
休んでいてください」
ルナがニッコリと微笑んで言う。顔は笑っているのだが、目が笑っていない。
そんなにゴブリンを焼きたいのか。しょうがないなあ。今日はルナに任せよう。
あとは焼け跡から魔石を拾うだけだ。サヒルたちにはもう用がないので、これでお別れだ。サヒルたちは、礼を言って去っていった。
気になるのは例の魔道具らしきゴミだ。用途不明なエルフの魔道具は、解析に膨大な時間が掛かる。エルフの長老に聞けば何か分かるかもしれないなあ。