異世界のゴブリンはGらしい
朝になり、出発の準備を整える。と言っても着替えるだけだ。荷物はすべてマジックバッグに収まっている。
旅人にとってこれほど楽なアイテムは他に無い。地球でバックパッカーをする時は、荷物を限界まで絞り込む必要がある。しかしこの魔道具があればすべて解決する。軽トラ1台分の荷物が入るのに、ポーチ程度の大きさしか無いのだ。
個人でも簡単に交易ができるというのは、とてもありがたい。
「準備は良いですか?」
ルナは、着替えを済ませてくつろぐ俺に言った。ルナも準備が整ったようだ。あとはクレアとリーズがこの部屋に来る事を待つだけだ。
2人は別室で準備を整えている。準備ができ次第この部屋に立ち寄り、そのまま出発する予定だ。待たせたら悪いから、俺たちは準備をして待つ。
「ああ、問題ないよ。忘れ物も無いはずだ」
今日は一度宿を引き払う。忘れ物をすると宿に回収され、戻ってくる保証が無いのだ。ここは日本じゃないから、管理体制に文句を言ってはいけない。宿の従業員に悪気がなくても、紛失したり捨てられたりする。
昨晩のうちに部屋の掃除をしながら入念にチェックしたのだ。もしこれで忘れ物があるなら、もうそれはしょうがないと思って諦める。
あらためて部屋を見渡し、最後の確認をしていると部屋がノックされた。
「あたしだよー! 準備できてる?」
扉の向こうからリーズの声が聞こえた。
リーズとクレアの準備が整ったようだ。夜は防音の魔道具を起動しているが、朝はノックが聞こえないと困るので切っている。ノックをされなくても気配察知でわかるのだが、気分の問題だ。
「ああ、できているよ。今行く」
最後の確認を中断し、ルナと一緒に部屋を出た。今やっていた確認は暇つぶしみたいなものなので、中断しても問題ない。
「おはようございます」
いつもの看板娘だ。しばらく会うことが無くなるのは少し寂しい気がする。この子と挨拶を交わすのは日課のようになっていたからな。
「おはよう。予定通り今日からしばらく王都から出るよ。4日以内に戻ると思うから、その時はまたよろしく」
4日以内というのは、薬草の納期だ。4日以内なら買取金額が割増になる。戻ってこないと損をしてしまうのだ。
宿に戻りを告げるのは、保険のため。予定通り戻らない時は、宿から冒険者ギルドに報告してくれるのだ。このサービスは、冒険者向けの宿ならどこでもやっているそうだ。これのおかげで助かった冒険者は多いと聞く。
「はい! 待ってるよ!」
看板娘に別れを告げ、宿を出る。そういえば名前を聞いていないな。次宿に行った時に聞いてみよう。
王都南門から王都の外へ出た。昨日のうちに冒険者ギルドへ行っているので、今日は立ち寄らず直接森に向かう。身体強化で全力疾走したいところだが、クレアがまだ身体強化を使えない。練気法では遅れてしまうので、ルナに頼んで強化魔法を掛けてもらった。
全力よりもやや遅い速度だが、日が昇り切る前に森の入口に到着することができた。相変わらず草原にはうさぎ型の雑魚魔物しか居ないので、今日もすべて無視だ。うさぎは森で食料が取れなかった時に狩ればいい。
「このままエルフの村まで行くつもりだが、途中にゴブリンが居たらそっちを優先する。
みんなもそのつもりで居てくれ」
「それ、アタシのためよね……?
そんな気を使わなくてもいいのよ?」
クレアが申し訳無さそうな顔で言う。昨日の打ち合わせでもそう言ってあるし、実際にクレアのためだ。しかし、このままクレアの身体強化が上達しないと、困るのは俺たちだ。
足を引っ張っているとは言いたくないが、それに近い状態なのだ。特に走るのが遅いのは致命的で、緊急時にクレア1人だけ逃げ遅れる可能性もある。そうなると助けないわけにはいかないので、全員が危険にさらされる。
多少スパルタ教育になったとしても、早めに身体強化を使えるようになってほしい。
「気を使っているわけではないぞ。早く上達してほしいだけだ。クレアもゴブリンくらいなら余裕だろ?」
「ええ。余裕、とは言いにくいけど、倒せない相手じゃないわ」
ゴブリンくらいならサクッと討伐してもらわないと困る。ゴブリンは放っておくといくらでも増えるらしく、見かけたら即駆除するように言われた。
繁殖力が高く悪食で、相当な悪環境でも生きられる。しかも主な生息域が森の中だから根絶はほぼ不可能だそうだ。
地球でもその話を聞いたことがあるんだよな。そう、ゴキブリ。あれも似たような理由で根絶不可能だ。ゴブリンはゴキブリの一種だったようだ。何匹駆除しても問題ない。
今日もどこかで大量発生しているだろうから、見かけたら即殲滅だ。
森を前にして、隊列を決めた。一列縦隊で進む。
気配察知はリーズが最も上手いので、先頭をリーズに任せる。リーズが先頭だと別の問題が発生しそうだったが、意外と上手に先頭の仕事をこなしているので安心だ。
それにクレア、ルナと続き、俺は殿を務める。戦闘中は一番危険なポジションになる。登山隊では隊長か副長の役目だ。
「ねえ、アタシが一番遅いし弱いんだから、最後尾でもいいのよ?
コーはリーダーなんだから前に行きなさいよ」
クレアがそう進言する。
この国のリーダーはなぜか先頭を歩きたがり、一番心配な奴を最後尾にしようとする傾向があるみたいだ。危険なので絶対にやってはいけない。
「いや、最後尾が一番危険で難しい位置なんだ。一番弱い奴に任せるなんて、死にたいのか?」
「え……?
そんな話は初めて聞くわよ?」
そういえば早朝訓練の時も新入りは最後尾だった。俺もはじめての時は最後尾からスタートした。マラソン感覚の訓練だから気にしていなかったが、行軍ならあの隊列は危険だ。
……グラッド教官のことだから、わざとだな。兵士は多少危険な目にあったほうが上達する。
「あの兵士連中と同じことをしたらダメだ。グラッド教官は少しおかしいんだ」
「そうなの?
兵士流の隊列だったのね……。考えをあらためるわ」
「あの……。兵士に限らず皆さんがそうしています。良かったら理由を教えていただいてもいいですか?」
兵士のアホどもが変なことを広めてくれたらしいな。一般人におかしな常識を広めないでいただきたい。これは後で王に報告だ。グラッド教官を叱ってもらおう。
「逃走時に真っ先に攻撃を食らうのは最後尾だ。最後尾が崩れると、パーティ全体が危険になる。だから、パーティ内で最も戦闘に長けたものが最後尾につく。
移動時は、最後尾が隊全体の状況を見て指示を出す。先頭が先走った時やルートを外れた時に隊を止めるのも役目の1つだ。
先頭がリーズなのは、最も感覚が鋭いからだ。危険を察知してルートを選択できる。前回森に入ったときにも先頭を任せたが、その時も上手くこなしたから今回もリーズに任せる」
「そんな理由があるのね……。初めて聞いたわ」
聞けば、冒険者の誰もがリーダーを先頭にしているそうだ。最後尾は荷物持ちや新入りが受け持つらしい。マジで死にたいのか?
リーダーが先頭なのは、まあいい。地球でもパーティメンバーによってはそうする。しかし、最後尾だけはいただけないな。サブリーダーか、強くて足が速いアタッカーが務めるべきだ。
「俺はむしろ冒険者が知らないということに驚いたぞ。こういうことは経験で学んでいくものだからな」
「今まで問題が起きたなんて聞いたことが無いわよ?」
もしかして、魔法のせいで発達しなかったのか? 怪我をしても治る、遭難したりはぐれたりしても魔道具で方向がわかる、逃走時も魔法で一気に駆け抜けることができる。となると、隊列はそこまで重要ではないのかもしれない。
だからといって危険だとわかっている隊列を組む理由は無い。俺は地球式の隊列を貫くつもりだ。
「たとえ問題がなかったとしても、危険な隊列は組まない」
「そうね……でも他の冒険者にはリーズがリーダーだと誤解されるかもしれないわね」
そういう理由もあるのか。外で他のパーティに出会った時、先頭をリーダーと見なして話をする。交渉や進言はリーダーに対して行われるものだから、誤解を与えるのは面倒かもしれない。
でも、それがどうしたというのか。
「それくらいの事は大した問題じゃない。訂正すれば済むんだ」
はっきり言って問題ない。問題が起きるなら『私がリーダーです』と書かれたタスキでも掛けるよ。
隊列は決まった。決意を新たにして森に入る。
現在森の中は立入禁止なのだが、一部の高ランク冒険者は緊急指名依頼を受けて薬草の採取をしている。狩場がかち合うと揉めるので、極力会わないようにしたい。走り出す前にリーズに指示を出しておく。
森の中は前に来たときと変わっていない。今回の目的は、薬草の採取とエルフの村との交易、そして生物兵器『ウロボロス』の調査だ。
ウロボロスとは竜の形をした靄のような魔道具で、生き物のような振る舞いをする。これは破壊が不可能と言われるほど危険なもので、森が立ち入り禁止になった理由だ。冒険者ギルドでは『アンノウン』と呼ばれている。
俺たちの最も重要な任務はこれの調査だ。破壊が目的ではない。この場から移動していることを確認するだけだ。森から出てくるようなら、大至急ギルドに報告しなければならない。
低ランクで初心者の冒険者である俺たちに、この依頼を任された理由は2つ。1つはウロボロスの情報を持ち帰った本人であり、事情を知る人との繋がりがあるから。もう1つは、万が一ウロボロスと遭遇しても、逃げられるだけの足の速さがあるから。
事情を知る人とは、エルフの長老のことだ。ウロボロスの情報収集に加え、商売の話もある。だからまずはエルフの村に向かうのだ。
そして、俺たちの移動速度の速さはギルドの中で少しだけ話題になっている。王都から例の森までを、半日で移動できる人は少ないそうだ。でもグラッド隊の連中なら余裕だ。少ないと言いながら結構居るじゃないか。
俺たちは森の中を疾走している。エルフの村に向かっているのだが、今日は少し遠回りをしている。どうやらリーズは上手く他の冒険者を避けて走っているようだ。
たまに気配察知が数人分の『注意』を知らせるのだ。これは人間か魔力を持たない動物の反応。動物は街の中にしか居ないので、人間ということになる。
例の残念ドラゴンのような特例もあるが、数人が固まっているなら人間で間違いないだろう。
しばらく走っていると、先頭を走るリーズが急に速度を緩めた。俺たちもそれに合わせて速度を落とす。
「こんさん、あっちに何か居るよ! たぶんゴブリン」
リーズが走りながら森の奥を指す。リーズも気配の見分けが付くようになったらしい。
しかし、俺にはまだ魔物の気配が感じられない。結構遠いみたいだ。それだけ離れているなら、他の冒険者とかち合う心配も無いだろう。
「行こう。チャンスだ」
狩り放題だ! 根こそぎ狩り尽くしてやるぜ! ついでにクレアの特訓だ!
リーズに案内を任せ、俺達はリーズについていく。ここはおそらく前回足を踏み入れていない場所だと思う。エルフの村とは少し離れてしまうが、問題ないだろう。
いつも応援していただいてありがとうございます。
今日から5章です。でも章タイトルがまだ決まっていません……。
決まり次第タイトルを設定します。
第5章はエルフの村とエルフについてです。
これからもよろしくお願いします!