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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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閑話 使徒達の日常

今回は閑話です。

使徒である善のお話です。

 僕たちは王都の西側にあるリナーレスという街に向かって馬車に揺られている。同行しているのは、馬に乗って追走する2人の騎士さんと馬車の御者さん。

 馬車の幌の中には、使徒である(市村善)と、もう1人の使徒、美織(一条美織)が乗っている。


 出発は突然だった。王城の兵士さんにいきなり連れ出されたんだ。


「なんでこんなに急だったのかな?」


 そう言ったのは、僕と同時に召喚された美織。僕の従兄妹だ。昔から仲が良く、ずっと妹のように思っている。

 僕たちはまだ未熟で、毎日のように行われている訓練に、ついていくだけでもやっとだ。外に出るならもっと訓練が必要だと思っていた。


「さあね。教会から遠ざけたかったんじゃないかな」


 僕たちの世話係として、教会から何人かの神官さんが派遣されていた。最初は戸惑ったけど、ホテルの従業員さんみたいなものだと思って納得した。

 事実、世話係の人たちはそういう仕事をしてくれた。主な作業は城内の案内と部屋の掃除、シーツの取り替え。たまに勉強を見てもらったり、話し相手になってもらったりしていた。

 コーは良く思っていないだろうけど、この国に来たばかりで不安を抱えた僕たちを支えてくれたのは、フィリスさんや教会の人たちだ。僕たちはとても感謝している。


 そんな神官さんたちは、突然王城を去った。コーが出ていってから少し経った頃だった。教会の人たちはコーに対して失礼なことをしたらしいので、そのせいかと思った。でもそうじゃなかったみたいだ。

 教会の中でクーデターみたいなことがあったらしいのだ。教会のトップは教皇様という人なんだけど、その教皇様が強引に辞めさせられたと聞いた。

 その時に、王城に居た僕たちの世話係も全員交代させられた。フィリスさんとももう会えない。


 王様にはしばらく教会の人たちに関わらないよう言われたんだけど、その教会の人たちも突然居なくなった。そして次は僕たちだ。まるで追い出されるように隣町の視察を言い渡された。


「それにしても急すぎるよ。教会で何かあったのかな?」


「何かあったんだと思うけど、僕たちにはどうすることもできないよ」


 近頃の王城はせわしなかった。きっと何かあったんだと思う。でも僕たちには何があったか教えてもらえなかった。

 こういう時にいろいろ教えてくれるのが、教会の人たちだったんだ。居なくなってしまったら、誰にも聞けない。


 僕を頼ってくれるなら喜んで手伝う。でも誰も頼ってくれなかった。きっと僕たちはまだ頼りなく見えるんだ。もっと頑張って特訓しないと、頼ってもらえないだろう。


 僕たちは兵士の訓練に参加して特訓していた。僕が参加していた訓練は、とてもハードだった。

 僕は陸上部だったから、体力には自信があった。でもその自信は初日で打ち砕かれた。フィリスさんに教えてもらった強化魔法を使っても、ついていくだけで精一杯だ。



 一緒に召喚されたコーは、なぜか平然と訓練を受けていた。僕たちが受けている訓練よりも厳しいらしいのに、弱音を吐くどころか軽口を叩く余裕があるくらいだ。

 そんな彼は今、王都で冒険者をしている。


「コー、冒険者を頑張っているみたいだね」


 僕は彼の自由な生き方が正直羨ましかった。僕は常に他人を意識して、人のために動く。そうすることが正しいことだと子供の頃から教えられ、それを守って生きてきた。

 突然の召喚は戸惑ったが、それが誰かのためであれば協力を惜しまないつもりだった。無償の奉仕は最も美しいこと、それが当然だと思っていた。

 一応、僕の考え方が少数派であることは自覚している。世界のみんなが僕みたいな人なら、世の中に戦争や犯罪が無くなるのに……ずっとそう思っていた。



 最近、自分の考え方が揺らぐことがある。彼の存在のせいだ。

 彼の行動は日本に居た頃からおかしかった。特定の親しい友人は居ないようだけど、誰とでも仲良くする社交的な人だ。


 でも彼は周りに気を遣うことがない。人のために行動することがない。それなのに彼は他人から一目置かれ、頼られている。

 僕も人に頼られている自覚があるし、頼られることは素直に嬉しい。頼られるように生きてきたつもりだ。

 でも彼は、人に頼られるようには生きていない。僕とは正反対。なのに、他人からの信頼が厚い。


 僕の行動は無償。人のために起こす行動は見返りを求めてはならないと教えられてきた。家でも、学校でも。

 でも、彼の行動は有償。誰の頼みであっても、自分にメリットがなければ絶対に動かない。



 結果として、彼はどこに行っても自由で楽しそうだ。

 どうしても自分と比べて暗くなってしまう……。


「そうみたいだね。あぁ、あたしもあっちについていきたかったなぁ」


「そう言うなよ。僕たちの使命はこの国のみんなのためなんだ。

 この先どうなるかわからないけど、少なくともこの国の平和のために精一杯頑張ろうよ」


「うーん。正直、あたしはそう思えないのよね。この国に連れてこられたこと、まだ納得できてないよ」


 僕も納得できたかと言えば決してそうではない。できることならすぐにでも帰りたい。

 でも、僕たちじゃないとできないことがあって、それが平和と幸せのためだと言うならやるべきだと思う。


「帰る方法はコーに任せればいいさ。責任感は強いし、頼りになるよ」


「うん。それはわかる。でも、任せっきりっていうのも嫌じゃない」


 現状、帰る方法はコーに任せるしか無い。教会の目的は、僕たちを無事に神のもとへ送ること。だから神官さんの前では帰る方法の話ができない。


「僕たちにできることをやれば大丈夫だよ」


 僕たちにしかできないことってなんだろう。戦うのは無理だ。奉仕活動は誰にでもできる。考えてもしょうがないな。今は街の視察だ。日本人にしかわからない問題を探して指摘しよう。



「それでお金は貰えるのかな?」


 美織はお金の心配をしているみたいだ。僕たちの生活費はすべて国が出してくれて、自由にできるお金も貰っている。美味しくはないけど食事も出してもらっている。そのうえさらにお金を要求するのはどうなんだろう。


「十分貰っているじゃないか。どこに不満があるんだ?」


「コーくんたちが着てた服、見たでしょ?」


 最後にコーに会った時、ずいぶんと高価な服を着ていた。僕が会った貴族の人よりも良い服だったように思える。コーと一緒に居た女の子もだ。1人はボロボロの革鎧だったけど、訓練帰りだったそうだから訓練で壊されたんだろう。

 値段を聞いてびっくりした。僕たちは生活費として国からお金を貰っている。でもそのお金では何年掛かっても買えそうにない値段だった。高校生が買える服じゃない。

 後から貴族の人に教えてもらった話には、コーたちが着ていた服は貴族や商人の集まりがある時に着る服なんだそうだ。デザインを活かしたまま暗殺者から身を護るための服。だからものすごく高い。


「うん。僕には似合わない服だったけど、良い物だったね」


「あたしたちにも買えるのかなあ」


「頑張っていればいずれ買えるよ。コーは冒険者として頑張っているから、そういう物を買えるんだよ」


 頑張っていればいずれ結果がついてくる、僕はそう教えられた。結果は自分から求めるものじゃない。頑張っていれば誰かが見ていてくれるんだ。だから、それまではがむしゃらに頑張ればいい。


「そうだよね。でもコーくんと一緒にいれば頑張り方を教えてもらえそうじゃない?」


「『頑張る』に方法は無いよ。近道を探してもしょうがないんだ。地道な努力こそが一番大事だよ」


 コーは努力家だ。自分に興味があることしか努力しないという欠点はあるけど、その集中力には驚かされる。きっと冒険者になってからも、いろいろ努力しているんだろう。


「うーん……そうかな?

 善はいつもそう言うけど、コーくんを見ていると、なんか違う気がするんだよね」


 美織は何か腑に落ちないことがあるみたいだ。


「コーも同じだよ。彼の努力を無視したらいけない」


「もちろん努力していると思うよ? でも、全然辛そうじゃないというか、大変なことをしているはずなのに楽しそう。あたしにとっては辛いだけだよ」


 これは僕も感じていた。この世界に来てから特に。詳しくは知らないけど、コーが受けていた訓練は相当ハイレベルなものらしい。

 剣で打ち合いをするなんてことは、僕にはまだできない。コーはそんな訓練も楽しそうに受けていた。すでにかなり腕が立つみたいで、王城の兵士さんたちと勝った負けたと楽しそうに話をしているところを見たことがある。

 僕は……先日やっと素振りをさせてもらえるようになった。せっかく王様から剣を貰ったんだけど、使えるようになるのはまだまだ先だ。


 ハイレベルで大変そうな訓練なのに、コーはいつも楽しそう。訓練後に疲れた表情を浮かべることはあっても、それでもどこか楽しげなのだ。


「それがコーの気質とか特徴なんだよ。僕も羨ましいと思う」


「そうだよね。うーん……やっぱりコーくんについていけば良かった!

 絶対あっちのほうが楽しいよ。女の子もいっぱい居るし」


 美織はさっきからコーのことばかり喋っている。大声で向こうのほうが良いと叫ばれたら、さすがの僕でも傷付く。でもコーの方が楽しそうというのは事実だ。


「コーのことが好きだったの?」


「そんなこと言ってないでしょ! 向こうのほうが楽しそうって言っているの!」


 美織が顔を真っ赤にして答えた。

 最後に会った時、なぜかコーの周りには女の子がたくさんいた。日本ではまったくモテていなかったはずなのに。なんでだろう。


「ごめんごめん、冗談だよ。でもなんであんなにモテてるのかな」


「モテてる……っていうのとは少し違うと思うよ。頼れるっていうか、安心できるっていうか、そんな感じ。

 コーくんは人を避けてる所があるから、教室じゃ近寄りにくかったんだよね」


 コーは人見知りをしない。それどころか初対面でも普通に喋れる社交的な人だ。でも常に1人で何かをしていて、こちらからは話し掛けにくい。しかもやっていることがマニアック過ぎてよくわからない。

 以前彼が教室で読んでいた本は、植物の図鑑だった。動物の図鑑だったこともあるし、刃物(サバイバルナイフ)のカタログだったこともある。図鑑を見ながら何かを書いていることもあった。どれも意味がわからないから話し掛けにくい。


 この国の人たちは誰にでも遠慮無く話し掛けるから、この国でのコーはとてもよく喋っている印象だ。


 僕にももっと話しかけてほしいんだけど、僕たちには遠慮気味なんだ。使徒だと知られると、急によそよそしくなって気を使われる。気兼ねなく喋れる相手だった教会の人たちも、居なくなってしまった。

 今は王城に居ても訓練しかすることがないから、今回の視察はちょうどよかったかもしれない。



「使徒さんよォ。もうすぐ野営地に着く。すまねェけど野営の準備を手伝ってくれィ!」


 馬車の御者さんだ。

 野営ということは、キャンプか。コーなら喜びそうだけど、僕はあまり嬉しくない。できれば宿に泊まりたい。でも交通手段が馬車しか無いんだ。贅沢は言えない。

 馬車が止まった場所は、近くに小川が流れる広い場所だ。手伝いが必要らしいので、馬車を下りた。


「キャンプなんて、ちょっとワクワクするね」


 美織は笑顔で言う。こういう所は僕よりもしっかりしている。

 僕も覚悟を決めてキャンプの準備に取り掛かる。視察の日程は数日間と聞いている。この数日間は大変だろうけど頑張ろう。

いつも読んでいただいてありがとうございます。


使徒視点の話はもっと早く公開するつもりだったのですが、タイミングを逃し続けて今になってしまいました。

時系列は王都クーデターの少し前です。

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