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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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適材適所

 朝を迎え、リリィさん達が居る4人部屋に集合した。実は寝る前に気が付いたのだが、この宿には1人部屋がある。リリィさんが泊まるのなら1人部屋を追加で借りればよかったのだ。

 しかし、4人部屋にして良かったこともある。リーズとクレアが同室だったのだが、リリィさんとこの2人はちゃんと話をしたことがない。会うのも二度目だ。俺とルナが自室に戻った後、交流することができたようだ。


 というのも、俺がリリィさんたちの部屋に入ると、みんなが仲良さげに談笑していたのだ。昨日まではお互いにどこかよそよそしい態度だったのに、たった1日で変わるものだ。


「おはよう、コー君とルナ君」


 笑顔で挨拶をするリリィさんに挨拶を返し、椅子に座る。リーズがベッドの上でゴロゴロしているので、今朝は毛皮の絨毯は無しだ。


「急がなくてもいいのか? 仕事があるんだろう?」


 リリィさんは今日も魔導院で仕事だ。そして退職の話もしなければならない。


「ああ、大丈夫だ。屋根を走れば十分間に合うよ」


 リリィさんは屋根走りをずいぶん気に入っていた。ただ、俺たちとは方向性が違う気に入り方をしているんだよな。俺たちにとっては高速で移動するための手段だから、とにかく最短距離を進む。壁があれば登るし、谷があれば飛ぶ。

 でもリリィさんは走りながらバク転したり、用もないのに地上に降りて屋根に復帰したりと無駄な動作が多いのだ。見た目は華やかで楽しそうではあるが、本来の屋根走りではない。



「ところでコー君、昨日のアレは何だ?」


 リリィさんが好奇心に満ちた顔で言った。

 どれのことだ?

 昨日のアレが多すぎて、何の話をしているかわからない。昨日俺が見せたのは、ブロアとスマホとシールドだけ。どれも昨日のうちに説明した。


「アレとは何だ?」


「君たちが部屋に帰った後、クレア君に借りたのだが。いろいろ凄かった」


 アレ(身体強化構成ギプス)か! 何を使わせているんだよ……。まあいいんだけどさ。心の準備とかいるだろ。

 俺が説明する手間が省けたから、良かったと言えば良かったのだが、身体強化強制ギプスは俺が持つ魔道具の中で一番の危険物だ。いろいろ危ない。主に貞操が危ない。


「アレを使ったのか……。大丈夫だったか?」


「ああ、初めての感覚だった。アレはクセになりそうだな」


 リリィさんにとっては依存が危ないようだ。要注意だな。

 しかし、まったく恥ずかしそうな様子が無いじゃないか。大丈夫だったのかな……深く聞くと藪蛇(やぶへび)になりそうだ。聞かないでおこう。


「アレで身体強化の感覚が掴めるはずだ。何か掴めそうか?」


「ふむ……昨晩リーズ君とクレア君からも説明を受けたのだが、いまいちよくわからなかった」


「まあ、何度かやっていくうちに覚えるだろう。魔道具職人は覚えるのが早いんじゃないかと思うんだ。リリィさんならすぐだよ」


「そうか。ではまた使わせてもらうよ」


 リリィさんは予備知識無しでアレを使ったのだ。一度で感覚を掴むのは難しいだろう。そういえばクレアはどうなったんだ?

 アレをクレアに渡してから数日が経つ。たまに練習しているなら、そろそろ身体強化ができるようになっていてもおかしくない。


「クレアはできるようになったのか?」


「……まだよ。何度もやってるのに全然わからないわよ。もう少しだと思うんだけどね」


 クレアは顔を赤くしながら答えた。

 もしかして毎晩使っているのか? 昨日使っている時にリリィさんに見つかって、貸したということだな。

 たぶんリーズとクレアは副作用に慣れているんだ。副作用が出ても動じないほどに。でもそれってどうなの? 恥じらいとか、必要だと思うよ。


 しかしまだできないか。クレアも実戦で試したほうが早そうだ。手軽なゴブリンが居れば楽なのだが。

 明日は森に入る。適当なゴブリンの巣を探そう。できれば100匹単位で出てきてくれると助かる。


「まあしょうがないさ。森でゴブリンを探して練習しよう」



 朝の雑談(ミーティング)を終え、外出の準備をした。リリィさんの出勤に合わせ、俺たちも街に出るつもりだ。

 昨日の件で冒険者ギルドに顔を出す必要がある。俺たちは王城で兵士たちと行動していたが、ギルドも救助活動をしていたのだ。俺たちは本来ならギルドの救助活動に呼ばれていたはずだ。説明しておいたほうがいいだろう。

 それが終わったら、森に入る準備だ。エルフの村に持ち込む食料品を買わなければならない。


 王城にも行った方が良いのだろうとは思うが、面倒な身分を押し付けられそうなので今日は行かない。報酬が出てもおかしくない働きをしたつもりだが、こっちから報酬を要求すると何を渡されるかわからないからな。



 宿の出入り口にてリリィさんを見送る。玄関ホールには看板娘が居た。いつものことだ。俺達が出発する時には大抵居る。朝早くから掃除をしたり接客したりと忙しく働いている。

 元気に、そして爽やかに挨拶をしてくれるので、毎朝気持ちよく出発できるのだ。


「おはようございます!」


 今日もいつものように笑顔で挨拶をしてくれた。この子は清潔感のある服装をしていて、元気な町娘という印象だ。何着かの服を持っているらしく、毎日着替えている。

 しかし服は毎日替えているのだが、首に巻いた黒いチョーカーだけは毎日同じだった。魔道具っぽい物だから高価なのだろう。

 近くで見られればどういうものか判るのだが、女の子の首元をガン見するのはちょっと遠慮したい。


「おはよう。昨日は急な注文をして悪かった。

 今日は部屋を戻してくれるか?」


 リリィさんは引き継ぎのために魔導院に戻る。と言っても最近はまともに活動できなかったので、引き継ぐことは少ない。たぶん数日で終わるだろう。

 俺たちはその数日のうちに一度森に出かけることにした。リリィさんはとても残念がっていたが、調査を放置するわけにもいかないからな。


「わかりました。準備しておくよ!」


 看板娘は走り去った。準備をしておくと言ったが、実際にルームメイクをするのはこの子ではない。この宿には力仕事専門の従業員が居るのだ。

 俺は話をしたことがないが、たまに調度品や布団を抱えて宿の中を歩く姿を見かける。彼らにルームメイクを依頼するのがこの子だ。他にも代金の受け渡しと受付、掃除などの雑用をやっている。

 見た目通りの年齢ならまだ10歳前後くらいだと思うが、大人顔負けに働いている。


 看板娘が仕事に戻るのを見届け、宿を出た。


 宿の屋根に登った俺たちは、リリィさんと別れて冒険者ギルドに向かった。街の様子はすでに落ち着きを取り戻している。

 戦禍が最も酷いのは王城付近だ。国の施設が少ない南側では反乱軍があまり暴れていないようで、破壊された所は見当たらない。いつもの平和な王都に戻っている。


 それはギルドの中も同じだった。ごついおっさんが退屈そうに椅子に座っている、いつもの平和な冒険者ギルドだ。

 せっかくギルドに来たので、依頼票を確認しておく。


==================================


屋根の修理

報酬:金貨2枚

難易度:D


備考:

崩落した屋根の修理。

大至急修理してほしい。


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王都崩壊箇所の修復

報酬:大銀貨5枚

難易度:不問


備考:

反乱により破壊された箇所の修復。

報酬は日給。


==================================


 さっそく修復依頼が来ているな。王城周辺はかなり酷い壊れ具合だった。城の防壁には大穴が空いている。修復はそれなりに時間がかかりそうだ。

 俺たちは大工や土木作業の技術を持っていないから、この手の依頼はパスだ。得意な人がやればいい。

 他にめぼしい依頼や情報が無いので、カウンターに向かう。


「お久しぶりです」


 ギルドのカウンター係、エリシアさんだ。今日も爽やかな笑顔で出迎えてくれた。


「ああ、大変な時に顔を出さなくて悪かった」


「いえ、問題ありません。事情が事情ですので、強制はできませんよ」


 冒険者は戦争に参加する義務はない。それは傭兵の仕事だからだ。冒険者は任意で参加する。それも兵士としてではなく、人道支援や後方支援だから戦闘に参加する者は少ない。俺たちは兵士に混じって作戦に参加していたのだが、冒険者としては例外だ。

 今回の件は傭兵が敵側についていたから戦力不足だったはず。というか傭兵ギルドは大丈夫なのかな……。ギルドに登録されている傭兵はほとんどが逮捕されたはずだ。壊滅しているんじゃね?


「俺たちも事態を把握しているよ。昨日は王城に居たからな」


「そうだったんですか? 一番酷い場所でしたでしょう。お疲れ様でした」


「確かに王城付近はかなり破壊されたよ。でも死者も出ず、たった1日で解決できたんだ。良かったじゃないか」


 まさか破城槌(はじょうつい)で壁を壊されるとは思わなかった。外で戦っていた兵士や騎士は、なぜあのクソデカイ兵器を無視したのか……。見かけたのなら壊せよ。


「はい。あの規模の戦闘が、たった1日で終わったのは意外でした。彼らはいったい何がしたかったのでしょうかね」


 連中は本気で国家転覆を狙っていたようだが、いまいち詰めが甘い。まあ戦争に慣れていない国だから仕方がないのかもしれない。反乱軍の指揮官だけが戦争慣れしているようだった。


「さあな。今頃は取り調べの最中だろう。今度王城に行った時にでも聞いてみよう。

 ところで、明日から森の調査へ出かけようと思っている。何か問題はあるか?」


「いえ、問題ありません。ただ……申し訳ありませんが、薬草の採取をお願いしても良いでしょうか?」


 あれ? 前に聞いた時は控えろって言っていたはずだ。トラブルを避けるために必要なことだから、従ったフリをするつもりだった。


「いいのか?」


「特例です。昨日の件でポーションが市場から姿を消しました。大至急、追加の薬草が必要なのです。

 上位の冒険者さんたちにも協力をお願いしてあります」


 ああ、トラブル云々よりも在庫が枯渇していることの方が問題になったんだな。せっかくの稼ぎどきだ。採れるだけ採ってこよう。


「了解した。採ってこよう。買取金額はどうなっている?」


「今回の件は、緊急指名依頼になります。5日以内に納品していただければ割増の価格で買い取りします」


 緊急指名依頼とはずいぶん大事になったものだな。これは、重大な事件に対して、それが解決できる可能性が高い冒険者に直接依頼を出すものだ。報酬が割高でライバルが少ないというおいしい依頼だ。

 他の高ランク冒険者にも依頼を出しているようだから、それなりの人数が森に入っているだろう。緊急指名依頼にしてはライバルが多そうだ。気合を入れて掛かろう。


「わかった。明日から森に入るからよろしく」



 エリシアさんに挨拶をしてカウンターを離れる。ギルドから出ようとしたところで、スマホに反応があった。マジックバッグの中でけたたましく震えている。

 スマホの着信だ。電子音を再現することができなかったので、バイブ機能で対応したのだ。急いでバッグから取り出して確認した。

 液晶画面のような高度な画面は付けられなかった。着信通知は転写機の応用で、文字だけが表示される。画面には『リリィ』と表示されていた。


 革で作った小型のヘッドセットを装着し、通話をオンにする。


『やあ。元気にやっているかい?』


 リリィさんの呑気な声が聞こえる。急いで出たのだが、特に用が無いみたいだ。


「さっき別れたばかりだろう。用が無いなら切るぞ」


『君は、テストができていないからテストがしたい、と言っていたじゃないか。そのテストだよ』


 昨日リリィさんにスマホを渡した時、テストができていないという話をした。いずれテストをしたい、とも言った。でも今じゃないだろ。せめて夕方とか、宿に居る時間にしてほしい。


「リリィさんも仕事中だろ? こんな時間に電話してくるなよ」


『はっはっはっ! 仕事中でもいいじゃないか。私の仕事は魔道具を使うことでもあるのだよ。だからこれは仕事だ』


 テストのついでなので、リリィさんの現在地を確認してみる。GPSほどの精度は出ないが、おおよその位置が分かるのだ。

 この国には、昔から発信器のような魔道具がある。発信器同士で方角を示しあうだけの魔道具だが、迷子防止用として普及している。俺はこの魔道具を改良してスマホに組み込んだのだ。

 通話している必要は無く、そのスマホがどれくらい離れたところにあるかを示す。距離の単位はメートルだ。俺の足のサイズから割り出した、かなり適当なメートルを勝手に定めた。


 スマホの反応では、リリィさんはおそらく魔導院に居ると思われる。一応真面目に仕事中だったらしい。


「リリィさんにとっては仕事かもしれないが、俺は今冒険者ギルドに居る。テストは後だ。切るぞ」


『ああ。通話は問題ないようだね。また連絡するよ。じゃあね』


 通話を切り、食料を仕入れに行く。食料品だけは王都のどこで買っても変わらない。大量に買う時は西側の商店街が良いらしいが、面倒なのでこの辺りで済ませる。


 仕入れたのは金貨5枚分の麦だ。もっと仕入れたいところだったのだが、マジックバッグに入り切らないので諦めた。それでも軽トラ1台分以上手に入ったので、全員で手分けして持つ。

 明日は朝から森に向かう。薬草採取は最後にして、まずはエルフの村に直行するつもりだ。運良くゴブリンの集団に出会えたら、そっちを優先しよう。



 森に入るタイミングとしては最高だな。教会の問題は解決した。クーデターもほぼ解決だ。破壊された市街地を修復するのは大変だろうが、俺の仕事ではない。森の問題も早く解決できたらいいなあ。

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