表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
72/317

退職届はお早めに

 屋根の上を疾走して宿に着いた。予定通り日が落ちる前だ。ペースはゆっくりだったが、初心者のリリィさんでも無事追走できた。


「ふぅ。

 コー君、これは楽しいな。なぜ今まで気が付かなかったのだろう」


 リリィさんは少し息を切らしながら言った。

 走っている最中からずいぶん気に入った様子で、飛んだり跳ねたり回ったりと無駄な体力を使い倒していた。

 そんなことをしながらついてこられるのかと心配になったが、どういうわけか普通についてきた。クレアなら途中で離脱してしまうほどの体力消費だったと思うが……。


「よくついてこられたな。大した体力だよ」


「ふっふっふっ。私はグラッド隊の訓練で鍛えているからな。そこらの兵士にも負けないぞ」


「そうなのか?

 その割に兵士に名前を覚えられていないようだったが?」


 リリィさんが言う訓練とは、早朝訓練のことだな。確かにあれはキツい。あれについていけるなら屋根走りなんて余裕だ。

 でもギルバートはリリィさんのことを『巨乳』と認識していた。名前が出てこなかったのだ。ギルバートにも問題があるのだが、訓練に参加しているなら名前くらい覚えていそうなものだ。


「早朝訓練にそんな余裕は無いぞ。必死で食らいつくだけだ。お互いに顔は覚えるが名前は知らない」


 そこまでのものだっけ? 訓練の前後は自由時間があるし、走りながら雑談することもできる。


「自己紹介くらいの時間は取れるだろう?」


 リリィさんの表情が曇る。信じられないものを見るような目で俺を見た。


「コーさん、普通は無理です。開始前は無駄な体力を使いませんし、終わった後はそんな体力が残っていません」


「私は、君やグラッド隊の隊員とは違うのだよ。全力で走りながら冗談を言い合うような連中と、一緒にしないでくれたまえ」


 隊員全員ではないが、グラッド隊の隊員は走りながら雑談をすることがある。教官にバレて怒られるから控えているが、教官の目が無ければずっと喋っている(アホ)もいる。良いことではないが、あいつらなりの訓練の楽しみ方なんだと思う。


「まあいいや。立ち話をしていてもしょうがないから部屋に行こう」



 リリィさんを引き連れて宿に入る。

 たぶん今日のリリィさんはお泊りコースだ。話が終わる頃には日が落ちてしまっているはず。夜中に帰らせるのは悪いから、今日は部屋を替えてもらおう。


「おかえりなさーい!」


 いつもの看板娘が出迎えてくれた。今日も元気だ。


「ただいま。急で悪いんだけど、今日は一人増えたんだ。部屋を替えてもらえないか?」


「いいですよー。6人部屋にする?」


 金額的にはその方が安いのだが、明日部屋を戻すことを考えると面倒だ。

 この宿では部屋を固定して連泊している。そのため、調度品を勝手に動かして俺たちが使いやすいようにしているのだ。部屋を移動すると、せっかく移動した調度品を元に戻されてしまう。

 クレアとリーズには面倒をかけるが、2人の部屋だけを替えてもらう。この2人は部屋をカスタムしていないからな。


「俺の部屋はそのままでいい。2人部屋を4人部屋に替えてくれ」


「わかりました! 準備するのでちょっと待ってて」


 パタパタと走り去る看板娘。前から少し気になっていたのだが、この子は敬語とタメ語が混ざる。まだしっかり敬語を覚えていないのだろう。

 この国では敬語があまり重要視されていないようなのだ。王や騎士が相手であっても、できないなら敬語を要求されない。覚えろとは言われるが、処罰されたりすることはない。

 貴族には会ったことがないので知らないが、この国の偉い人の中では「言葉遣いや無礼な態度で怒るのは恥ずかしいこと」という風潮があるらしい。



「おまたせしましたー!」


 少し待っていると、看板娘が元気に帰ってきた。

 部屋の準備ができたようなので移動する。いつもは俺とルナの部屋に集合しているが、今日は広さを優先して4人部屋に集合する。

 さっそくベッドを動かしてスペースを確保した。この部屋には5人分の椅子が無いので、毛皮を敷いてその上に座った。


「さっそくエルフの話を聞きたいのだが」


 リリィさんが目を輝かせて俺を覗き込む。期待に添えるだけの情報なのはわからないが、話を始めよう。


「単刀直入に言う。エルフの生き残りに会った」


「何! 居るのか? 絶滅したはずだろう? どこに居るのだ?」


 リリィさんは驚嘆(きょうたん)のあまり大きな声で矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「詳しくは言えないが、この国からそう遠くない場所で村を作っているよ」


 森の奥なのだが、詳しくは言わないほうが良いだろう。この人なら単独でも行きかねない。無事に周辺まで辿り着けたとしても、結界があるからそこで遭難してしまう。


「そうか……。本当に、本物のエルフだったんだな?」


「それを言われると、わからないぞ。俺は本物のエルフを見たことがなかったからな。

 でも話を聞く限り本物だ」


「魔道具はどうだった? 今の技術はさぞかし進んでいただろう?」


「残念ながら魔道具の技術は失伝していたよ。材料が無いから作れない。そのまま時が経ちすぎて、魔道具職人はほとんど居ないようだった」


 でも長老はたぶん魔道具職人だ。結界を直すと言っていたから、それなりの技術を持っている思う。

 でも若い人は無理だろうな。材料が無くては魔道具の勉強ができない。残念だがほとんどのエルフの魔道具は再現不可能だ。


「そうなのか……。ではエルフの国はどうだ? 大昔にエルフの国があった場所だ。何か手掛かりは掴めなかったか?」


「その話は聞けなかった。というか聞くことを忘れていた。あの時は他に聞きたいことがあったし、急いで帰る理由もあった。次行った時に聞いてみよう」


 あの時はエルフの属性魔法と生物兵器『ウロボロス』の話をした。ウロボロスの情報を持ち帰るために急ぐ必要があったのだ。


「次……か。簡単に行ける場所なのか?」


「簡単ではないが、行けない場所ではないな。近々行く予定だ。早ければ明後日くらいに」


 そろそろ森の調査をしたい。エルフの村は森の中にあるから、情報収集のために立ち寄る。ついでに交易の予定もある。

 数日の時間を空けたのは毎日調査をするのは不自然だからだ。森が立入禁止になっている今、調査を任命された俺たちだけが森の素材を納品することができる。だからといって毎日のように素材を納品していたら、ギルドからも他の冒険者からも良く思われない。

 素材が足りていないのだから積極的に納品するべきでは? とも思うのだが、確実にトラブルの原因になる。俺たちが他の冒険者から反感を買うのはもちろん、立入禁止を無視する奴も出てくるだろう。


「……私を連れていってはくれないだろうか」


 リリィさんが決意をしたような表情で言う。


「無茶言うなよ。リリィさんには仕事があるだろう?」


「では仕事を辞めよう」


 リリィさんが真剣な顔で無茶を重ねる。以前「辞めるかもしれない」とは言っていたが、宮廷魔道士はそんなに簡単に辞められるものではないだろう。

 ……ルナは意外とあっさり辞めているな。実は簡単に辞められるものなのかもしれない。


「早まったことをするなよ。休暇を取るとかできるだろう」


「それはそうだが……正直、魔導院よりも君たちの近くに居たほうが楽しそうなのだ。

 新しい魔道具に触れられるから宮廷魔道士になったのに、君たちが作る魔道具のほうが新しくて面白い。私は君たちと一緒に魔道具を作りたい」


 そう言ってもらえるのは嬉しいのだが、簡単に決められるものではない。他のみんなの意見も聞かなければならないし、リリィさんも宮廷魔道士を辞めるのはリスクが高い。給料は安定しているはずだ。


「私の勝手な意見で申し訳ありませんが、リリィさんは私たちと一緒に来たほうが良いと思います」


 ルナが遠慮がちに言う。

 今までのパーティメンバーの選考は、ルナの意志が大きく影響している。俺もルナが気に入らない人はパーティに加えない方針だ。しかしルナからパーティに加えろと言うことは無かった。そのルナがパーティに加えろと言うのだ。何か訳があるのだろう。


「なぜだ?」


「リリィさんも使徒召喚の儀式の仕組みを知っています。そのうえで魔導院に残ることを選択したのです。私としては、早く宮廷魔道士を辞めてほしいです」


 使徒召喚の仕組み。それは10人の術者から死ぬまで魔力を奪い、使徒に与えるというものだ。たぶん使徒が持つ成長チートの素だと思う。比喩表現的なチートではない。本物の反則技(クソチート)だ。

 そういえば今回の召喚は失敗して術式が強制終了したんだよな……。だから使徒の2人は成長チートを持っていないはずだ。苦労していそうだな。


 いや、ちょっと待て。術式は教会が準備したものだ。使徒である善は、神から成長チートの説明を受けたと言っていた。ということは、神が敢えて人を生贄にする術式を使っているということになる。本当にクソ野郎じゃないか。


「コーさん……そんなに怖い顔をして、どうしたのですか?

 リリィさんをパーティに加えたくないのでしたら、それでもいいですよ?」


 おっと、イラつきが顔に出てしまった。胸糞の悪い話だが、これはこの世界の問題だ。俺が関わるべきことではない。他所(よそ)の国では普通に行われている儀式らしいから、意外と受け入れられているのかもしれない。


「いや、使徒召喚で気が付いたことがあっただけだ。リリィさんは本当に辞めてもいいのか?」


「ああ。私も次の使徒召喚までには辞めなければならないと思っていた」


 あ、この人は『新しい魔道具作りたい欲』に負けたんだ。宮廷魔道士を辞めてしまうと新しい魔道具に触れるチャンスが無くなる。だから嫌々ながら宮廷魔道士を続けていたようだ。

 でも次また使徒召喚が実行されるなら、術者はほぼ確実に死ぬ。リリィさんもその術者に選ばれるだろう。


「次があるのか?」


「未定だが、おそらくあるだろう。言い方は悪いが、今回の使徒たちはあまり良い成果を残していないのだ。はっきり言ってしまうと期待外れだ。今回の件で戦力外と判断されて逃されるほどにな。

 期待通りの使徒であれば、今頃はグラッド隊の隊員が務まるほどの戦力になっている」


 やっぱり苦労しているようだ。善と一条さんは日本に居た時は普通の真面目な高校生だった。格闘技をやっていたり、特殊な技術を持っていたりということは無い。

 俺は狩りとキャンプと山歩きの経験で、なんとかやっていけている。学校の勉強しかしていない彼らには厳しすぎる世界だ。


 期待外れと思われているなら、高確率で二度目が来るだろう。

 あの王は術者が死ぬということをたぶん知らない。使徒召喚はメリットよりもリスクとデメリットが大きすぎるのだ。

 この国の王はうっかりさんだが無能ではないと思う。変な所で計算高いが悪党ではない。だから、もし術者が死ぬと知っていたなら使徒召喚の儀式を拒否していたはずだ。


 王個人に直接話ができれば使徒召喚を止めることができると思うのだが、今はその手段が無いな。謁見の間では人が多すぎるし、転写機の魔道具では誰に読まれるかわからない。

 万が一教会の者にその話を聞かれたら異端者として処罰されるだろう。教会の戒律は王国の法律よりも過激なものが多い。鞭打ちや磔刑(たっけい)が当たり前なのだ。変なことを言うと俺たちが危ない。


「なるほどな。確かに早く退職した方が良さそうだ。でも他の宮廷魔道士はどうなんだ?」


「儀式の仕組みを知っているのは私たちだけです。もう1人知っている方が居ますが、その方はもう辞めています。

 私たちだけが辞めるのは公平ではないと思いますが……このことを広めるのも危険ですので、説得することができません」


 これは俺たちがどうこうできる問題ではない。術式のことを詳しく説明することができないから、説得に応じる者は居ないだろうな。

 宮廷魔導士たちには悪いが、王を止めるまで待っていて貰おう。


「リリィさんならパーティメンバーに加えてもいいと思うが、クレアとリーズはどう思う?」


「問題ないわよ。リリィさんなら頼りになるわ」


「いいよー。よろしくね!」


「すぐに、というわけにもいかないだろう。宮廷魔導士を辞めたら教えてくれ」


 そう言ってスマホを渡した。関係者以外には渡さない魔道具だが、リリィさんはパーティメンバー内定だから問題ないだろう。

 リリィさんはスマホの機能にずいぶんと驚いていたが、意外とすんなり使えるようになった。通信距離のテストができていないので、ついでにテストしよう。

 次に森の調査へ行った時に森の中から通話して、繋がるようならひとまず完成だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 身体強化や兵士としてのトレーニングも積んでないのに、いきなり屋根走りができるのは何故だ? この世界の人は、ド素人でも屋根の上に飛び上がったりできるのがデフォなのか? 主人公の仲間になっただけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ