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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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偉い人の長話には付き合いきれない

 王都での活動を終え、王城に戻ってきた。クーデターの件はこれで解決したはずだ。

 今回の作戦の指揮官はグラッド教官だそうなので、教官に会えばざっとした報告が聞けるだろう。


 門の前の広場でグラッド隊を探すと、ギルバートが忙しそうに敵兵を護送していた。邪魔して悪いけど聞いてみよう。


「おい、ギルバート。グラッド教官はどこに居る?」


「おお、コーじゃないか。どこに行っていたんだよ。お前も手伝え」


 ギルバートはそう言うが、もう俺たちが手伝わなくても大丈夫だろう。正直、作業が地味過ぎてやりたくない。


「メイドさんと同じ方法で運んでもいいなら手伝うぞ」


 『ブロア』の風で吹っ飛ばす。とても楽だ。


「……グラッド部隊長なら謁見の間に居るはずだ」


 ギルバートは苦笑いをしながら目を逸らして言う。最初から教えてくれればいいのに。

 しかしなぜ謁見の間なんだろう。現場に近いところに本部を設置するものだと思うのだが、急だったから? それとも王のわがままか? たぶんそうだな。どうせ王が「事態を把握したい」とか言い出したのだろう。


「ありがとう。邪魔して悪かった」


「ああ、そうだ。宮廷魔導士の……なんて言ったっけ? あの巨乳が探していたぞ。魔導院に行ってやれ」


 リリィさんだね。乳が気になる時点でリリィさんしかあり得ない。でもストレートに言うのはどうかと思う。

 ギルバートがモテない理由はそういう所だ。基本的にデリカシーが無い。



 グラッド教官とリリィさん、どちらを先に行こうか迷ったが、グラッド教官のところは長くなりそうなので後回しにした。

 魔導院のドアを叩いて中を覗いた。先程まで荒れ果てていた部屋の中は、入り口から見える範囲は普段の状態まで復元されていた。ずいぶん早いな……。


「コー君じゃないか。今までどこに行っていたんだ」


 いつものようにリリィさんが出迎えてくれた。


「王都の市街地だけど……。

 あれ? 言っていなかったっけ?」


「聞いてないぞ!」


「コーさん、言っていないですよ?」


「あんたが勝手にスタスタと行っちゃうから言うヒマが無かったのよ」


 しまった。一言声を掛けたつもりだった。悪いことをしたな。


「リリィさん、ゴメン。言った気になっていたよ」


 反射的に鼻の前で手を合わせて謝る。このポーズは日本特有のものだけど伝わるのかな……。


「いや、いいんだ。君たちは怪我は無かったかい?」


 伝わったようだ。日常の動作はどうしても日本の癖が出てしまう。気が付いた時は出さないようにするのだが、染み付いたものだからどうしようもない。


「俺たちは大丈夫だ。市民に多少の怪我人が出ていたけど、治療も終わったよ。

 これからグラッド教官の所に行って被害報告を聞こうかと思っている」


 聞いてどうなるものではないし、聞く義務もない。でも気になるじゃないか。興味本位だけど一応知っておきたい。


「そうか……それは私がついていってもいいのか?」


「俺は構わないが、いいのか? この部屋の復元作業がまだだろう?」


 仕切り板の向こう側の様子はここからは見えないが、いくらなんでも奥まで全部復元されてるわけないよな。


「いや、私が帰ってきた時にはもう終わっていたよ」


 早すぎぃ! 台風が直撃したような状態だった部屋が、ほんの数時間で片付いた。ものすごい片付け術だ。マリーさんとリーズを修行に出したい。


「すごいな。その片付け術を教えてほしい」


「いや……私たちが出ていった時、教会の人間が攻めてきただろう?

 その瞬間にな……この部屋に置いてあった資料が全部ゴミになったのだよ……」


 あ……ここでやっていた作業は、教会が行動を開始する前に逮捕するための証拠固めだ。行動開始されてしまったら意味が無い。


「もしかして全部捨てた?」


「そうだ。コーに貰った魔道具が大活躍したそうだよ」


 ここでも『ブロア』が大活躍していたらしい。片付け術でも何でも無かった。全部吹き飛ばして捨てただけだ。そりゃ早いわ。

 しかし、意味が無くなったと言っても国の重要な資料だ。勝手に捨ててもいいのかな? たぶん後で怒られるぞ。俺は知らない。


「役に立ってよかったよ」


 俺が苦笑いで返すと、リリィさんも苦笑いを返して言う。


「主任が勝手にやったことだ。私は知らない」


「そうだな……。

 じゃあ行こうか」


 リリィさんはちょっと無責任な言い方をしたが、その時は魔導院に居なかったのだ。何の責任もない。



「コーさん、例のお話はどうします?」


 王城の中を歩きながらルナが言う。


「例の?」


「教会の問題が解決したら、という約束でしたので」


 エルフの話だ。リリィさんにも教える約束をした。俺としてはいつでもいい。


「む? 例の話か。君たちの都合に合わせるが、私はいつでも構わない。今晩がいいか? それとも今からでもいいぞ?」


 リリィさんは俺の都合に合わせると言いながらも、とにかく早く教えろと催促している。今日この後でもいいか。


「今から謁見の間だろう? そこでの用事が終わったら宿に行こう。

 みんなはどうだ? 疲れているようなら明日にするが……」


「いいよー」


「もちろん構いません」


「あれくらいじゃ疲れないわよ」


 平常運転のリーズとルナ。そして疲れた顔をして全力で強がるクレア。

 体力的にというよりも精神的に疲れたみたいだ。対人の戦闘を見ることに慣れていないようだから仕方がない。


「ありがとう」


 満面の笑みでお礼をするリリィさん。謁見の間はさっさと切り上げるか……。

 謁見の間に到着した。警備はいつもより厳重だが、待ち時間なく部屋に入れるようだ。門番はすぐに通してくれた。


「コーか。今日はご苦労だった。何か報告することでもあるのか?」


 グラッド教官は不機嫌そうな顔で言う。彼は入口のすぐ近くに椅子と机を設置し、報告を待ち構えていた。机の上には無数の書類。おそらく報告者の合間に資料を作成しているのだろう。

 でもこの不機嫌さは何だ……。俺の予想よりも被害が多いのか?


「いえ、報告ではありません。被害状況を教えていただけませんか?」


「ふむ……まあいいだろう。

 王城防壁は一部崩落のみ、死者重傷者ともに無しだ。市街地は道路崩壊多数、建造物崩落多数。市民と騎士、兵士の死者重傷者も無し。

 反乱軍の制圧は完了し、こちらも死者無し。首謀者の逮捕も完了した」


 これ以上無い完全勝利じゃないか。どこに不機嫌になる要素があるんだよ。


「最高の結果じゃないですか。なぜそんなに不機嫌なんですか?」


「……コーよ。なぜ私はここに居なければならんのだ!

 私も現場に行きたいのだよ! こんなところに居て、どうやって敵兵を殴ればいいのだ?」


 戦いたかったのか……。この人は生粋の戦闘狂だ。指揮をするよりも剣を振りたいのだろう。


「指揮官は重要な役割ですから、務まる人が少ないんですよ。我慢してください」


「指揮官など私には向いとらんよ。今回の作戦も本来なら失敗だったのだ。あんな原始的な兵器を持ち出してくるとは思わなかった」


 今回の作戦は教官が立てたのか。脳筋な作戦だったから言われてみれば納得だ。

 相手が戦争に慣れていなければ成功するはずの作戦だが、読まれていた時の対策は必要だったかな。


「でも結果的には良かったですから」


「それもメイドが来なければどうなっていたかわからんよ。あの魔道具はコーが渡したのだろう? 妻から聞いたぞ」


「妻?」


「ん? 知らんかったのか。メイド長は私の妻だ」


 マジかー! 2人とも結婚している年齢だが、予想もしていなかった。あの上品なメイド長がこの人の奥さんなのか……。確かに戦闘中のノリはよく似ていたが。


「そうだったんですか。メイドさんたちは大活躍でしたよ」


「私が現場に出ていれば、もっと活躍していたよ!」


 やべ、地雷踏んだ。この人は指揮官に向いていないわ。活躍した人に対する嫉妬がすごい。

 自分は作戦ミス、現場が機転を利かせて結果を出す。指揮官としては面白くないのも無理はないが、もう少し胸を張ってもらいたい。


「それはそうでしょうが、指揮官も重要な仕事ですよ」


 なんで俺が(なだ)めなきゃいけないんだ? 教官の愚痴に付き合ってはいられない。帰ろう。


「わかっている。わかってはいるが、私は現場に出たいのだよ」


「次は現場に出られるといいですね。

 教えていただき、ありがとうございました。帰ります」


 教官にお辞儀をして背を向ける。もう帰るつもりだが、王にも声を掛けておこう。このまま帰ると後から嫌味を言われそうだ。


「待て! 話は終わっておらんぞ! おーい! おーい!」


 教官の、遠くで叫ぶ声がする。でも俺は帰る。付き合いきれない。



 王の前に立ち、軽く頭を下げる。不遜な態度だと自覚しているが、もし跪けと言われるなら帰るし、二度と来ない。これでも最低限の礼儀はわきまえているつもりなんだ。これ以上を要求されるなら、面倒だから二度と関わらない。

 みんなの様子を見ると、ルナとリリィさんは王の前でも堂々としている。クレアは落ち着かない様子だ。リーズは……またどこかへ行ってしまった。もう放置しよう。


「其方らには助けられたな」


「いえ。手を出すなと頼まれていましたが、俺の判断で手を出しました」


「それは良い。其方らの手助けで被害を抑えることができたのだ。感謝しておるよ」


 なんだ、この程度で済む約束だったのか。だったら、もっと早くから手を出しておけばよかった。教会を焼いたら怒られそうだが、傭兵ギルドなら焼いても良かったんじゃないかな。


「ありがとうございます。

 ところで、役人の不正についてはどうなりましたか? 今回のクーデターとは関係無いという話でしたが……」


「教会との繋がりは確認できたが、南派の連中ではなかった。不正を働いた役人は一家で行方不明になっておるから、しばらくは調査が進まぬだろう」


 逃げたのか、消されたのか。調査が進まないのは仕方がないが、これではお礼(仕返し)ができないじゃないか。

 でもしばらくはリーズが狙われることはないと思う。リーズにちょっかいを掛けたせいで、これだけの騒動になったんだ。向こうは絶対に警戒する。それでもリーズを狙うなら、そいつはただの馬鹿だ。


「承知しました。こちらには危険がないようですので、全面的にお任せします」


 無関係宣言、丸投げとも言う。俺には急ぐ理由がなくなった。後は自由に調査してくれ。


「ふむ。元よりそのつもりだ。余計な手出しはしなくても良い。

 ところで、今回の件で爵位が空いたのだ」


 なんだ、貴族が関わっていたのか。かなり大規模な反乱だったから、関わっていてもおかしくない。でも騎士の話では、貴族を逮捕するのは難しいようだった。俺の他にも騎士相当の身分を持った人が居るんだろうな。


「それが何か?」


「其方はどこの土地が欲しい?」


 いらん!

 いや、土地は欲しいけど爵位がいらない。欲しくない。

 この国で土地をあげると言われたら、おそらく貴族になるか騎士になるかの二択だ。話の流れ的に貴族になれという話だろう。絶対に嫌だ。

 今でも面倒なのに爵位なんか貰ったらもっと面倒な事になる。今の身分は期間限定の契約社員みたいなものだ。爵位はたぶん一生モノだろう。


「必要ありません。俺たちはこれで失礼します」


 踵を返し、出口へ向かう。窓から外を眺めているリーズを呼び、歩き出した。


「待ちなさい。待ちたまえ。待て! おーい!」


 遠くから王の声が聞こえるが、話が長くなりそうだから逃げる。

 俺にあげるとは一言も言っていないが、話を続けたらいつの間にか貰っている可能性もある。こういう時は逃げたほうが安全だ。



「王が呼んでいるが、いいのか?」


 リリィさんが心配そうに聞いてくる。気にしたら負けだよ。


「問題ない。どうせ碌でもないものを押し付ける気なんだ。気にするな」


 碌でもない物、例えば身分とかな。貰った時は喜んだが、実は貰って困るものだった。俺はこの国の常識を知らないというのに、大きすぎる権力を渡してきたんだ。危険すぎるだろう。

 王は変な所で計算高いのだが、それ以上にうっかりさんなんだよ。結果を急ぎすぎて先走る。今回のクーデターだって、城の神官を追い出さなければ攻撃される前に逮捕できた可能性もあったのだ。


「そうよ。あんな所にずっと居たら疲れちゃうじゃない。

 早く帰りましょう」


 クレアが疲れた顔を隠すこと無く言う。クレアは謁見の間に入る前からすでに疲れていたようだが、まあ黙っておこう。

 リリィさんは自前の練気法があるので、今日もみんなで屋根走りだ。そういえば地球でもこんな競技があったよな。パルクールだっけ。入り組んだ都会の街での屋根走りは楽しそうだな。


 屋根走り初心者のリリィさんに合わせてペースはゆっくりだが、日が落ちる前に宿に着きそうだ。

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