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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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お掃除の時間です

 突然放たれた何か。その出処から出てきた人は10人を超えていた。

 その人たちに陽の光が当たり、次第にその姿が(あらわ)になっていく。

 光を浴びて輝く髪の毛、ひらりと風に揺れるロングスカート。頭にカチューシャを乗せ、大きなエプロンをつけている。


「お掃除の時間です!」


 メイドさんだ!

 手に持っているのは俺たちが渡した『ブロア』の魔道具。風を起こしてゴミを吹き飛ばす魔道具だが、その最大出力は余裕で人を吹き飛ばす。


 普段はリミッターで出力を制限しているが、その制限を外せば暴徒鎮圧にも使えるほどの突風を巻き起こす。


 そんなブロアを携えて、10人以上のメイドさんが突撃してきた。

 俺たちがメイドさんに渡したブロアは全部で15本だ。もし全部持ち出しているなら15人が参戦してきたことになるが……。すぐに散開して攻撃を始めたため、正確な人数はわからなかった。


 指揮を執っているのは俺がブロアを渡したメイドの偉い人だ。メイドのみんなからはメイド長と呼ばれている。



 メイド服を着たお姉様方の突然の乱入に、その場に居る全員が驚いて硬直する。吹き飛ばされる敵兵を、ただ口をポカーンと開けて眺めていた。

 あまりの予想外の展開についていけない……。とりあえずメイド長に話を聞こう。


「メイドさん! なぜここに?」


「あら、コー様。ごきげんよう」


 流麗(りゅうれい)な挨拶を返すメイド長。呑気(のんき)に「ごきげんよう」とか言っている場合じゃないよ。


「これはメイドさんの仕事じゃないでしょう?」


「コー様に頂いた魔道具、試してみたら他のメイドたちが盛り上がってしまいまして。是非今日試したいと言うものですから」


「いや、いきなり実戦は危険だろう」


「大丈夫ですよ。やっていることは草刈りの魔道具と同じです」


 俺は現物を見たことがないが、草刈りの魔道具は風の力で草を切る魔道具だ。話を聞く限り、風の力で広範囲に見えない刃を飛ばす魔道具だ。確かに少し似ている。


「くれぐれも無理はしないでくれ。危ないと思ったら即撤退だ」


「承知致しております。我々はお掃除をしているだけですので、皆様の邪魔をすることはございません」


 メイド長は上品な笑みを浮かべて言う。

 ああ……うん。掃除だね。暴徒の鎮圧は立派なお掃除だ。頑張ってもらおう。

 俺はひとまず拠点に戻って、メイドさんたちの様子を見ることにした。



 メイドさんの快進撃は止まらない。敵兵を次々と吹き飛ばし、王城の壁に打ち付けた。


「ゴミはゴミ箱にー!」


「王城内は清潔にー!」


「汚物は消毒でーす!」


 あちこちから間の抜けた掛け声が聞こえる。メイドさんたちはテンションが上ってノリノリになっているらしい。このシーンを録画しておけば、後からさぞ恥ずかしい思いをするだろう。


 暴風は王国兵にも直撃しているのだが、クソ重い鎧を着ているおかげで飛ばされない。

 風を受けた王国兵は、その場に仁王立ちして飛ばされないように耐えている。顔に風を受けて歯茎がむき出しになり、面白い顔になるだけだ。これも撮影したい。後から笑えるぞ。


 このことに気が付いたメイドさんは、積極的に王国兵に向けて風を放出している。面白い顔が見たいだけなんじゃないのか……?

 緊迫した状況だったはずなのに、彼女らの乱入で一気に緩んだ。敵味方関係なく困惑するだけだった。


くっ。こんなことになるならカメラの開発を急ぐべきだった。この場にカメラが無いことが悔やまれる。



 後方支援をしていた兵士は軽装なので、敵兵が飛ばされる様子を目の当たりにして一目散に撤収していた。現場に残っている軽装の者は俺たちだけだ。

 しかし俺たちは『シールド』の魔道具で魔法を無効化しているので、吹き飛ばされる心配はない。……のだが、リリィさんはこの魔道具を持っていないよな……。


「コー君! この魔道具はこんな使い方もできるんだねぇ!」


 リリィさんの声が聞こえた。喋りながら、ものすごい勢いで近付いてくる。

 背中に風を受けて大ジャンプしてきたのだ。まるで空を飛んでいるかのように舞い、俺たちの横に着地した。


 その使い方は知らない。


 自ら風を受けて勢いをつけるなんて、思い付いてもやらないだろう。

 リリィさんは再びメイドさんから風を貰って飛び去った。風の勢いで敵兵に急接近し、そのままの勢いで敵兵を殴り飛ばしている。


 当然逃げ出そうとする敵兵も居るのだが、各所の出入り口付近で待ち構えるメイドさんに容赦なく吹き飛ばされた。

 しかし器用なものだ。自分が出す風が他のメイドに当たらないように、上手く向きを調整している。そんな訓練をしたことなど無いと思うのだが、草刈りの経験が生きているのだろう。



 やがて戦闘は終了した。メイドさんが来てからはとにかく早かった。魔法による範囲攻撃、鎧のおかげでフレンドリーファイアの心配もない。ゴミを箒で掃くかのように敵兵が居なくなっていった。

 この使い方は想定していたけど……これほど効果的だとは思わなかった。これだけの効果があるなら俺たちも使えば良かった。


「お掃除終了です! お疲れ様でした!」


 メイドさんたちはそう言って、颯爽と城の中に帰っていった。あの人たちは最後までノリノリだった。一番ノリノリだったのは、指揮を執っていたメイド長だ。早朝訓練の時のグラッド教官のようなノリを感じる。


 戦闘が終わったので、状況を確認しよう。王城に侵入してきた敵兵は壁際で山積みになっていて、王国兵が忙しそうに縛り上げている。

 怪我をした王国兵も少し居るみたいだ。こちらから駆け寄って治療して回る。



 何人かを治療すると、俺が確認したところでは怪我人が居なくなった。


「ルナ、魔力は?」


「問題ありません」


「クレア、リーズ。怪我人はまだ居るか?」


「もう居ないみたいよ」「いなーい」


 王城内での活動は終わったが、俺たちは体力的にも魔力的にも余裕がある。次は市街地の状況だ。敵主力部隊は片付いたので、外に出て残党刈りをしなければならない。と言っても俺たちの仕事は怪我人の治療だ。

 冒険者たちが救助活動をしているはずなので、そこに合流しよう。


 リリィさんを王城に残し、俺たちだけで市街地へ向かう。


 門を抜けて王都市街地へ行くと、ボコボコに殴られた敵兵が乱雑に並べられていた。当然だが、敵兵の治療はすべてが終わってからだ。敵兵を無視して冒険者を探す。

 辺りを見回すと、豪華な鎧を着て馬に乗った人たちが暴れまわっていた。


「あいつらは何だ?」


「騎士様ですよ? 見たことありませんでしたか?」


 ルナが意外そうな顔で答えたが、俺は一度も見たことがない。

 騎士はなぜか王城に居なかった。馬に乗っているということは厩舎が必要なはずだが、王城内の兵営には厩舎らしき設備が無かった。その理由は聞いていない。


「初めて見るな。なんで王城に居ないんだよ。一番重要な場所だろうに」


 地球で騎士と言えば、権利を貰う代わりに国を守る役割を与えられた人だ。城の中に居るのが当然だと思うのだが、なぜかグラッド隊がその役割を果たしていた。


「騎士様は王都の中に家を持っていらっしゃいますので。それに騎士様の訓練は西の草原で行います」


 馬で走り回るのは、王城の中では狭すぎる。馬に乗って訓練をするなら草原のほうが都合がいいか。それでも王城の警備は騎士の仕事だろうに……。

 ルナと話をしていると、馬に乗った騎士の1人がこちらに近付いてきた。


「君たち、今王城から出てきたね。王城の中はどうなっている?」


 一瞬敵兵と間違えられて攻撃を受けるかと思ったのだが、紳士的に話しかけられた。俺たちは『衛生兵』と書かれた腕章を付けているので、王城の人間であることが上手く伝わったようだ。


「王城はもう片付いた。王国兵の怪我人も治療済みだよ」


 敵兵の怪我は放置されている。怪我をしているうちに拘束して、安全を確保してから治療が開始される。今のところ、敵味方ともに死者は出ていない。完全勝利は近いぞ。

 死者を出さないというのは俺が勝手に決めた勝利条件だが、王の方針も同じく『死者を出さない』というものだ。ここの王は変な所で計算高いから、絶対に何か意味があるはずだ。

 考えられるのは『王は寛大ですよアピール』と『無料の労働力ゲット』そして『うちの兵力ハンパないですよアピール』だろうな。


「そうか。市街地に居る反乱軍も間もなく鎮圧される。民間人の怪我人はまだ少し残っているから、協力してくれ」


 騎士は馬上から指示を出すが、あまり偉そうではない。どちらかと言うと紳士的な態度で、威厳を感じる。


「わかった。どこに行けばいい?」


「その前に、君たちは何者だ?」


 その質問、今要る? と思ったが、この人は俺たちに何ができるか知らないから、適切な指示を出せないのだろう。


「俺は使徒召喚でやってきた使徒じゃない方、コーだ。俺と彼女が治癒魔法を使える」


 ルナの肩に手を置いて言う。

 自己紹介が“じゃない方”なのは気持ちが悪いが、ただの冒険者が王城から出てきたら怪しいから仕方がない。


「なるほど、君が例の『じゃない方』か。怪我人のもとに案内する。ついてきてくれ」


 騎士に誘導されて道路を進む。あちこちが破壊されていて、修理にはそれなりの手間がかかりそうだ。

 この騎士は徒歩の俺たちに合わせてゆっくりと進んでいる。そんな気を遣わなくてもいいのに。でもせっかくだから気になることを聞いておこう。


「ところで、なぜ騎士は王城ではなく王都で戦っているんだ? 王城の警備は騎士の仕事ではないのか?」


「騎士の仕事は王を護ることではない。民を護ることだ。

 したがって、我々は村や街の周辺と街道の警備をしている」


 ん? 首を傾げそうになった。地球の感覚だと、兵士と騎士の役割が逆のような気がする。まあ地球でも国によって違うみたいだから、この国特有の何かがあるんだろう。


「そうか。だから城や街の中では見かけないんだな」


「普段は街の外に居るからな。そのため、今日の件も我々は一歩出遅れてしまった」


 騎士が悔しそうな顔で言う。

 さっき聞いたギルバートの説明では、騎士が居るとは言っていなかった。騎士が遅れてきたからギルバートは知らなかったんだな。


「騎士の仕事はなかなか大変そうだな」


「ふむ……君は騎士になったのではなかったか?」


 騎士が訝しげな表情で聞く。

 あれ? 情報が間違って伝わっているぞ。俺の身分は王城内で公表されているから、王城関係者ならみんな知っているはずだ。騎士が知っていてもおかしくないのだが……。


「俺は騎士ではないぞ。騎士相当だ」


「ほう。それはまた面倒な地位を与えられたな」


 やっぱりそう思う? 名乗ってみてびっくりしたんだよ。俺は何の権利も持っていないはずなのに、とんでもなく丁寧な対応をされて困った。


「普段は名乗っていないよ。面倒すぎだ」


「ふっふっふっ。名乗っていないか。賢明だな。

 騎士相当の命令は、場合によっては貴族よりも上位に扱われる」


 愉快に笑う騎士。


「貴族よりも上位ってどういうことだ?」


「騎士相当ということは、王直属だろう。罪を犯した騎士や貴族を逮捕することができる。その時の騎士相当の命令は、王命の次に重要なものとして扱われるのだ」


 いやっほぉ! 究極にめんどくせえ! 最悪じゃないか。王のヤロウ、そんな面倒な身分を俺に渡したのか。やっぱり変な所で計算高い。油断できないな。


「なるほどな。これからもなるべく名乗らないようにするよ」


「まあ必要なら利用しろ。騎士や貴族が相手となると、我々では手が出せない」


 騎士はそう言うが、俺の仕事ではない。

 この国の法律は一応把握したが、俺の価値観は日本のものだ。この国に根付いた常識や価値観を知らないのに、勝手に裁くことはできない。



 話をしているうちに現場に着いた。騎士は現場の人たちに挨拶を交わし、持ち場へと帰っていった。

 怪我人は数人で、全員が骨折程度の軽傷だ。応急処置をされていたので、流れ作業で治癒魔法を掛けるだけ。治療はすぐに終わった。

 現場で指揮を取っていたおっさんに話し掛ける。


「他に怪我人は居るのか?」


「ここはもう大丈夫だ。他の場所も冒険者と治療院が手分けをして対応している」


「そうか。俺たちにできることは無さそうだな」


 王都の市街地は思ったよりも被害が少なかった。街並みはかなり破壊されているようだが、怪我人が少ない。騎士と冒険者が頑張ったようだ。一度王城に戻って結果報告を待とう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 70話でメイドがブロアで敵を吹き飛ばすところにつなげたかったからブロアの威力を極端に上げたのだろうけど、普通は掃除道具にこれほどまでの強風は不必要だし危険。主人公の非常識さと頭のネジの緩み具…
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