太古の武器に心が躍る
『カーンカーンカーン……カーンカーンカーン……』
魔導院を出ようとしてドアに手を掛けた時、遠くから鐘が鳴る音がした。時刻を表す鐘ではない。危険を知らせるような音だ。
「何だこれ?」
「警報です! 何か良く無いことが起きたようです」
このタイミングで良くないこと? クーデターしか無いでしょ。
良かった。これで最近の問題が解決する。あとは死人が出なければこちらの完全勝利だ。
「教会が行動開始したんだろう。
俺たちはこのままここでやり過ごすぞ」
「何言ってるのよ! 逃げるか戦うかするわよ」
「あたし戦うよー!」
うーん、兵士に任せておけばすぐに解決しそうなんだよなあ。兵士たちは思ったよりも多くの情報を持っていた。対策は十分されているはずだ。
兵士は教会を監視しているという話だ。それなら傭兵ギルドも監視しているのだろう。攻撃が来る前に警報が鳴ったのはそういうことだと思う。
それに、王からは手を出すなと頼まれているんだ。約束を反故にするだけの理由が要る。
「君たちは外に出ないほうがいいぞ。もう少しここに居るといい」
リリィさんが近付いてきて言った。
しかし剣戟の響きはここまで届いていない。まだ門の手前でごちゃごちゃやっているんだろう。城門を突破されてからが本当の戦いだ。
気になるのは街の中の様子だ。市民を無視して城だけを狙っているなら俺たちは手を出す必要がないだろう。兵士に任せる。
市民に被害が出るようなら俺達も手を貸そうと思う。兵士だけではこの広い王都を対処しきれない。
「王都の様子はどうなっているかわかるか?」
「ここに居てはわからないな。外に出て見てくるしかないぞ」
リリィさんは困った顔で答えた。やはりカメラの魔道具が必要だな。それか俺たち以外の誰かにスマホを持たせるか……使徒の2人にでも持たせておこう。あいつらなら違和感なく使えるだろう。
「仕方がない。俺が見てこよう」
そう言って再びドアに手を掛けると、突然ドアが開いた。
目の前には鉄の鎧を着込んだイケメン兵士。ギルバートが血相を変えて立っていた。
ギルバートは驚いて叫ぶ。
「うわっ!
……なんで居るんだよ!」
「なんでって、居ちゃ悪いかよ。用事があって来ていたんだ」
「悪くない。いや、ちょうど良かった!
コーと、お仲間さんにも手を貸してほしい」
うーん、頼まれるなら手を貸してもいいんだが……。状況による。
「今はどういう状況なんだ? 兵士では手に負えないのか?」
「正直難しい。宮廷魔道士たちにも協力してほしいんだ。
教会と傭兵が手を組んで反乱を起こした。敵の主力部隊は王城に向かっているが、一部が王都内の国の施設を一斉に襲撃している。その余波で市民にも若干の被害が出ている。
市街は冒険者ギルドが被害を食い止めているのだが、それだけでは間に合いそうにない」
「警戒していたんじゃないのかよ」
「していたよ。でも警戒が読まれていたから裏をかかれた。王都の中は混乱している」
思ったよりも事態が深刻だった。教会サイドはこちらが想定していた以上の戦力を持っていたということか。これは協力したほうがいいな。
冒険者ギルドが協力しているならこれは冒険者としての活動だ。個人的に手を出すわけではないから約束を破っていないぞ。
よし。気合を入れて手を貸そう。……と、その前に。
「ルナ、リーズ、クレア。俺は手を貸してもいいと思うんだが、みんなはどうだ?」
「はい。治癒係としてでしたら喜んで」
「やるよー!」
「まぁ……仕方がないわね」
ルナは後方支援希望だ。まあ当然だろうな。対人戦はあまり好きではなさそうだった。
リーズは前線希望かな。でも連れて行くつもりはない。怪我人の搬送を頼むか。
クレアは危険なので後方支援確定で。ルナの補佐をやってもらおう。
「手を貸そう。と言っても俺たちにできることは限られているがな」
「いや、十分だ。コーたちには後方支援を頼みたい。伝令と逮捕者の護送、それから怪我人の治療だ」
なんだよ、俺も後方支援か。一応民間人扱いなのか? 俺は騎士扱いのはずなんだけどなあ。まあいいや。後方(から急接近して敵をぶん殴る)支援だな。頑張ろう。
「わかった。急ぐんだろ? すぐに行こう」
「待ってくれ。私も行く」
リリィさんが立候補した。戦える人だったのか。そう言えばルナも少しだけ訓練を受けたと言っていたな。
「ああ、助かる。よろしく頼むよ」
ギルバートは自然に受け止めた。やはり多少の心得はあるようだ。
宮廷魔道士からの立候補はリリィさんだけだった。魔導院の奥を覗くと、宮廷魔道士たちが目を逸らしながら部屋を復元している。全員が戦える系の人ではないようだ。
「俺たちはどこで何をしたらいい?」
「まずは城門前の広場だ。作戦があるから指示に従ってくれ」
「了解。ところで、城内にも教会の神官が居たよな?」
使徒の世話係は、交代しただけで居なくなったわけではないはずだ。
「ああ、それなら数日前に追い出した」
ギルバートは当然かのような顔をして答えた。
行動開始が早まったのって、たぶんそれが原因だわ。交渉の手段を奪ったから強硬手段に出るしか無くなったんだよ。向こうの士気を上げただけだったんじゃないかな。
「おい、使徒の世話はどうなっているんだ?」
「使徒なら2日前、隣の街に向けて出発したよ。急な話だが危険だったからな」
使徒は避難済みだそうだ。あいつらの扱いは『神の使い』だから国の問題に関わらせるのは拙い。防衛戦なら参加しても良さそうなものだが、王が気を回したのだろう。
俺たちは城門前の広場にやってきた。王城の内側にある石畳が敷き詰められた広場だ。ここではたまに兵士の式典を行ったりするそうで、無駄に豪華な作りになっている。
この広場の隅に毛皮を敷いて陣取り、俺達の拠点とした。戦闘中はここに待機し、怪我人が出たらここに運び込む予定だ。みんなにもそう説明して、目立たないようにと注意した。
しかし微妙にタイミングが悪い。手持ちのポーションを売ったばかりだ。俺たちは魔力が尽きたら活動終了だな。
王城の外からは戦闘音と悲鳴が聞こえてくる。それなりに被害が出ているようだ。
しかし城門の外で怪我をした者は俺たちの範囲外だ。冒険者と王都の兵士が対処するらしい。俺達は王城内に侵入された後の怪我人の対処を任された。侵入されるのは確定だそうだ。わざと侵入させて広場で囲い込む作戦だ。
「コー、準備はいいか?」
「ああ。いつでもいい」
俺の位置からは見えないが、城門の外には数百人の武装集団が押し寄せてきている。向こうの士気は高いようで、絶えず雄叫びのような叫び声を上げている。
日本に居たときなら考えられないほどの恐怖を感じていたのだろうと思うが、ここで訓練を受けた今となっては全く脅威に感じられない。武装したゴブリンが数百体来たのと何も変わらない。危険はあるので油断はしないが、怖いとは感じない。
ギルバートは最前線に向かって走っていった。今回の囮役なんだろう。
この作戦は、数名の囮が敵をひきつけ、やられたふりをして城内に逃げ込むというシナリオが準備されている。そのタイミングで敵がこの広場に雪崩れ込むはずだ。その後はこの広場で袋叩きにして作戦終了。
戦争に慣れた奴が指揮をとっていれば読まれそうな作戦なのだが、この国に戦争慣れしている奴なんか居ない。たぶん成功するだろうな。
ギルバートが去った後、あたりに激しい剣戟が響く。囮と言いながらも結構本気で打ち合っているみたいだ。
しばらく待機していると、囮役のギルバートたちが城内に駆け込んできた。
「来るぞ!」
武装集団は一気に雪崩れ込む。ここまでは作戦通りだ。広場の周囲に潜んでいた兵士たちが姿を現し、一斉に襲いかかる。
現場は一方的だった。武装集団は、周囲を王国兵に固められて身動きが取れない。王城の兵士は外側から大剣で滅多打ちだ。王国兵は敵兵を殺さず捕らえる方針のようで、兵士たちは訓練用の大剣を使っている。
戦闘を注意深く確認していると、器用な敵兵が人の隙間から兵士を突いた。兵士の腹に剣が刺さり、貫通する。痛そう……。
「怪我人が出た。確保してくる」
俺はそう言って戦闘中の集団の中に向かった。
怪我人は戦闘の真っ只中に居るので、邪魔な兵士を押しのけて敵兵の前に出た。
敵兵は俺に向かって剣を振る。鉄の鎧を着ている兵士に混じって俺1人だけ軽装だ。ターゲットにされてもおかしくない。
とりあえず殴り飛ばすか……振りかぶったその時、背後から棒が伸びてきて敵兵が飛んでいった。……棒?
「リーーーズ! なんでいるんだよ!」
「ついてきたよ!」
自由過ぎる……。拠点で目立たないようにしておけと言ったのに。来てしまったものは仕方がない。怪我人をつまみ上げてリーズに渡す。
「持って帰れ」
「はーい!」
リーズは猫をつまむかのように兵士をつまんで拠点へと帰っていった。そして俺の仕事が無くなった。どこかに怪我人は居ないかな……。
手ぶらで帰るのもどうかと思うので、怪我人が見つかるまでこの辺に居よう。敵兵を適当に蹴り飛ばしながら怪我人を探す。
「コー君、なかなか戻ってこないから応援に来たよ」
突然の声に振り返ると、満面の笑みを浮かべたリリィさんが居た。
リリィさんが来ちゃったよ。薄い皮の鎧を着たリリィさんが俺の背後から急に現れ、敵兵を殴り飛ばしている。
「なんで来ちゃうんだよ!」
「君ばかりずるいじゃないか。私は戦闘に参加するつもりで来たんだよ。あんなところでじっとなんてしていられないさ」
爽やかな笑顔で答えながら拳を振るうリリィさん。軽い戦闘狂だったらしい。
でもリリィさんは剣を持っていない。両手に指輪のような鉄の塊を握っているだけだ。……え? メリケンサック? 昭和のヤンキーかよ!
「その武器は何だよ?」
「いいだろう? 私の自信作だ! 鉄にエンチャントしたんだよ」
リリィさんは得意顔でそう答えた。確かに技術はすごい。鉄にエンチャントするのは難しいからな。
でも、よりによって何でメリケンサックなんだよ……。無骨で暴力的で全く優雅さを感じない。
胸以外は華奢な体つきのリリィさんが拳一つで戦えるのは、練気法とエンチャントのおかげだ。メリケンサックには治癒がエンチャントされていて、反動で痛めた腕を絶えず回復している。
あんな大昔の武器に高度な技術を使うとは……技術力の無駄遣いとはこのことか。
「はっはっはぁ!」と笑いながら敵兵を殴るリリィさんを無視して怪我人を探す。たまにリリィさんの声で「ちぇすとお!」とか「しゃーこのやろー!」とかよくわからない雄叫びが聞こえる。なんだか怖いから距離を取ろう。
怪我人が見つからない。余程大きな怪我をしたなら別だが、骨折程度の軽い怪我なら自分で離脱できるから最前線には居ない。一旦拠点に帰ろうかな……。そう思ってうしろに引くと、壁から何やら妙な音が鳴っていることに気がついた。
『ドッ! ドッ! ドッ!』
壁の向こうから何かを叩くような音が鳴っている。音はしだいに大きくなり、壁からは振動が伝わってくる。
『ドッ! ドガァッ!』
振動が激しくなり、ついには壁が崩れ落ちた。壁に空いた穴からは、大きな丸太のようなものが突き出している。
「破城槌だ!」
初めて見た。壁を破壊するためだけの大昔の兵器だ。剣と魔法の世界で見られるとは思わなかった。ちょっと感動したわ。
でも呑気に眺めてばかりは居られない。壁に空いた大穴からは大量の敵兵が流れ込んできている。今回の作戦は失敗だ。入り口を制限して囲みこむというのがキモだったのだ。入り口が増えたのではこの作戦は成り立たない。
穴は一箇所だけではない。複数の破城槌で3つの大穴を空けられた。
王城に突入してきた敵兵の数が倍以上に増えた。敵兵を囲んでいた兵士は、逆に囲まれてしまった。
一部の敵兵が魔法の詠唱を始めたようで、意味がわからないことをブツブツと呟いている。この乱戦の中で魔法を使うのは危険だ。確実にフレンドリーファイアを発生させる。敵味方関係なく攻撃をするつもりらしい。
俺は『シールド』を展開し、魔法の軌道上に駆け出そうとした。しかし対応が遅かった。魔法使いが放った炎の玉は、真っ直ぐ集団に向かっていく。
間に合わない!
そう思った瞬間、轟音とともに城の中から飛んできた何かによって炎がかき消された。
……何事だ?
その方向に目を向けると、城の中に数名の人影が見えた。誰だかわからないその人影は、ゆっくりと近付いてきた。