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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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コメツキバッタ

 やっちゃった1日が過ぎ、朝を迎えた。今日は普通に作業日ということにする。

 しかし、教会のゴタゴタは解決の兆しが見えてこない。このままでは森の問題が解決するまで宿から出られないぞ……。

 もう森の調査ってことにして1ヶ月くらい森に籠もってやろうかな。魔道具とポーション作りに飽きたらそうしよう。



 作ったばかりの『ブロア』の魔道具をいじっていると、部屋のドアがノックされた。

 訪れた人を確認すると、看板娘の女の子だった。この子は替えのシーツや水などを持ってきてくれたりするので、部屋に来ることは珍しくない。


「おはようございます」


「どうした?」


「コーさんにお客様です。宿の食堂に居ます」


「リリィさんですかね?」


 ドアの前に立つ俺の横に、ルナがひょっこりと顔を出した。

 心当たりはリリィさんくらいなのだが……。教会の件はまだ片付いていない。来るにはまだ早いはずだ。


「どうだろうなあ。

 その客はどんな人だった?」


「えっと……若い女の人と、おじさんです」


 うーん、リリィさんではなさそうだ。あの人がおっさんを連れてくるはずがない。それに、リリィさんを見た人が『胸』を強調しないはずがない。


「リリィさんじゃないな……。確認してくるよ」


 気配察知では『反応』しかない。敵対の意志無しの反応だ。

 しかし、この気配察知もいずれは改良したい。俺の気配察知は対象者の現在の感情を察知しているだけだ。俺に対する感情を察知しているわけではないから、昨日みたいな勘違いが起きる。

 確実に俺に向けられた感情のみを察知できないかな……。この『反応』だって、俺の顔を見た途端に『警戒』に変わる可能性があるんだ。魔物相手には便利な魔法だと思ったが、人間相手では不具合が起きすぎる。


「私も一緒に行きますね」


 ルナはそう言って俺の服の裾を掴んだ。

 未確認の相手だ。危険だから1人で行きたいところなんだが、ルナが一緒に居たほうが緊急時に動きやすいな。


「わかった。リーズはここで待っていろ。一応道具類は全部片付けておいてくれ」


「はーい」


 リーズは元気のいい返事をして道具を片付けはじめた。

 クレアは自室でポーションを作っているので、部屋に寄ってひと声かけた。クレアも道具を片付け、俺の部屋で待機する。

 警戒しすぎとも思うが、何が起きるかわからないからな。いざとなったら俺が足止めをしてルナが2人に逃走の指示を出す。



 階段を下り、食堂へと向かう。そこには見覚えのある人がいた。使徒の元世話係のフィリスだ。懐かしのフィリスと知らないおっさんが立っていた。

 まだ生きていたのか……。解任されたとは聞いていたが、今まで何をしていたのやら。

 ていうか俺の個人情報がどこからか漏れているな? 教会を避けているリリィさんが喋るわけないし……犯人は誰だよ。


 突然、気配察知に『警戒』の反応が現れた。俺も警戒を強める。反応は神官の2人ではなく、俺のすぐ隣から感じられた。その反応はまるでルナと重なるように……ってルナじゃん!

 ルナがすっごい殺気立ってる……。そんなに教会が嫌いなの? 害は無さそうなのでとりあえず放置。


 教会に狙われている立場としては警戒せざるを得ないが、神官2人の気配察知の反応は変わらない。未だ『反応』のままで、危険は無さそうだ。

 ここ最近の話の流れから、俺を狙っているのは南派の連中だと予想している。しかし、もしかしたらフィリスたちが俺を恨んでいるのかもしれない、という考えもあった。

 教会については、特にフィリスには正直やり過ぎたと思っている。逆恨みをされるかもしれないから、いずれ和解したいと思っていた。でも仲良くしたいと思っているわけではない。お互いに不干渉無関心な仲であればいい。


 俺が危惧しているのは、俺に対して何かの感情を持って干渉してくるかもしれないということだ。俺は関わる気が無いのだが、教会がそう思っていないと大変だ。



「何の用だ?」


「突然お邪魔して申し訳ありません」


「私、神官のサルマンと申します。フィリスの上司です」


 深々と頭を下げるフィリスとおっさん。

 上司ということは、フィリスに指示を出していたということなのか? いや、普通にどうでもいい。名前を記憶するための脳細胞がもったいない。


「教会の神官様が今更コーさんに何のご用があるというのでしょうか?」


 ルナが語気を強める。ずいぶんと棘のある言い方だな……。


「王城での態度について、お詫びをするためにお伺いいたしました。

 あの時は本当に申し訳ございませんでした」


「私からも深くお詫び申し上げます。大変失礼を致しまして申し訳ございませんでした」


 神官の2人は、深刻な面持ちで先程よりもさらに深く頭を下げる。

 許す許さないの話じゃないと思うんだけどなあ。俺はもうどうでもいい。教会は教会で自由にやっていればいいと思うんだよ。俺よりも使徒の相手をしてやってくれ。

 俺は恨まれていないとわかっただけで十分だ。


「いや、もういいよ。話はそれだけだな? 俺たちは部屋に戻るぞ」


 別にもうムカついてるとかの感情は無い。単純に興味が無い。むしろ教会のゴタゴタに巻き込まれたくないから近付きたくない。

 ルナの顔色を窺うと、冷たい表情でフィリスを見つめていた。教会のことが相当嫌いみたいだな……。


「あの時のことは……本当に申し訳ないと思っています」


「コーさんはもういいと言っていますが、私はまだ納得していませんよ?」


 ルナがいつになく険しい顔をしている。

 いや、俺は本当にどうでもいいんだって。貰う物は十分貰ったんだ。もう関わる理由がないよ。


「私からも……どうかお許しをいただけないでしょうか」


 知らないおっさんが再び深く頭を下げるが、ここまで頭を下げられると逆に迷惑だよ。


「もういいって。いまさら教会から何かをしてもらおうとか考えていないから」


「……本当にいいのですか? コーさんも少なからず腹を立てていましたよね?」


 確かにあの時はムカついたよ。人からガン無視されるっていうのは、あれほど腹が立つものなんだな。俺も気を付けよう。

 だからといって一生根に持って生きるというのもムカつくんだよ。覚えていたい話じゃない。


「ああ。もういいから帰ってくれない? 用があれば使徒を通せばいいだろう」


 そういえば使徒との接点も無くなったんだっけ? じゃあ俺とも無関係だね。


「あの……恥を忍んでお願いがございます。我々をお助けいただけないでしょうか」


 フィリスが遠慮深く口を開いた。


「はあ?」


 何言ってるの? わけがわからないよ。なぜ助けなければならない?


「無茶を承知でお願いしております。話を聞いていただけませんか」


「で、話を聞くと俺に何のメリットがあるの?」


 デメリットしか無くね? 時間は有限なんだよ。こうして問答している時間すらもったいない。


「え……? 教会の、()いては民のお願いなんですけど……」


「で?」


 もしかして教会のお願いなら誰でも無条件で言うことを聞くと思ってるのか? うーん、困った人たちだ。


「南派の連中はコー様のことを付け狙っているようですので、話を聞くだけなら損にならないと思います」


 知らないおっさんが口を挟んだ。

 もう狙われてるとかどうでも良くなってきてるんだよね……。当然警戒しているけど、俺は本当に狙われてるの? その襲撃者、ターゲットは本当に俺?

 でもそういうことなら話くらいは聞いてみるか。


「話を聞こう」


「コーさん、いいのですか?」


「聞くだけだよ」


 ルナは話を聞くことも嫌みたいだ。終始不機嫌そうな表情を浮かべている。

 俺が話を聞く意思を示すと、フィリスは居住まいを正して喋りはじめた。


「では失礼します。

 コー様の件が直接の原因ではございませんのでご心配には及びませんが、今我々は非常に危うい立場にあります。

 今回の件は、一部の改革派が起こした教会の乗っ取りです。

 彼らはこの国の使徒様の存在を良しとせず、使徒召喚に長けた国に管理を任せるべきであると主張しています。

 コー様については、神に反逆するものとして捕らえる方針のようです」


 お! 俺は反逆者らしいぞ! ちょっとカッコいいじゃないか。『神に反逆せし者』とか中二心をくすぐられるぜ。

 しかし面倒だな。俺には反逆の意志などないぞ。そもそも教会にも神にも関わる気が無い。なぜ俺を巻き込むかね……。


 そういえば、この国では使徒召喚の儀式が初めてだと言っていたな。それに対して他所(よそ)の国では何度もやっている。その国のほうが管理体制が整っているというのは確かだな。

 でも使徒召喚は国の重要な事業の一つだ。使徒には神に仕える者という立場もある。他所の国にくれてやる理由は無い。


 王と教会が仲違いしているらしいが、そりゃそうだ。これで教会の言いなりになるようなら、玉座に猫が座っているのと変わらないわ。


「それで、そいつらの狙いは何なんだ?」


 今の話は俺にとっては「だからどうした?」と言う話である。どうでもいい。


「現王の退位と王家の廃絶です。教会が王家の代わりとなることを望んでいます」


 ほう、クーデター狙いか。確実に良くないことが起こるな。リリィさんの話では、南派の連中は魔道具を排除するつもりらしい。そうなれば間違いなく国中が大混乱に陥る。

 ヤバイな。とても面倒くさいぞ。この国で魔道具が自由に作れなくなるのは拙い。


 ……で、俺にするべきこととはなんだ? クーデターを止める? 俺の仕事ではない。南派の排除? それは教会内の問題だ。

 こいつらは何が言いたいんだろう。本格的にクーデターが始まったら、俺たちはこの国を出るだけなんだけど。


「話は終わりか?」


「はい、以上です。今後の打ち合わせがありますので、我々の拠点に来てください」


「はあ?」


「え? 話は聞いてくださいましたよね?」


 フィリスは何を言っているんだ? もしかして話を聞いたから手助けすると思ってるの?

 ……頭の中お花畑かよ。どれだけ自分に都合がいい考え方をしているんだ。


「話は聞いたが手助けするとは言っていない。これは国と教会の問題だ。無関係な俺が首を突っ込むことではない」


 俺にできることとは、せいぜい襲われたときに身を守ることくらいだ。解決するのは国の仕事だし、王にも手を出すなと頼まれている。


「でも解決できる力を持っていらっしゃいますよね?」


 力があるか無いかの問題ではない。やるべきかどうかだ。今回の件は俺がやるべきことではない。やるべき理由がない。

 王やリリィさんあたりに頼まれたのであれば手伝うくらいのことはするが、教会にはそんな義理はない。


「だからどうした? 俺が手を貸す理由は無いぞ」


「コー様は力を持つ者の義務をご存じないのでしょうか?」


 あーもう無理。イライラの限界。こいつとは考え方が根本から違うわ。本気で関わりたくない。


「てめえが言う『義務』とやらは弱者の命令には無条件で従えという意味なのか?

 だとしたらそんな義務を負った覚えは無い。帰れ」


 威圧の魔法を使ったわけではないのだが、フィリスは怯えた表情のまま固まった。

 声を出せないフィリスの代わりに知らないおっさんが口を開く。


「そうですか……。見解の不一致ということですね。大変失礼致しました。

 謝罪の意志だけは受け取っていただけたと思っても構いませんか?」


「そうだな、問題ない。だから今すぐ帰れ」


「申し訳ございません。それでは我々は帰ります」


 知らないおっさんは深く頭を下げると、フィリスの腕を引いて宿から出ていった。

 一応和解したということでいいのかな? でも新たな禍根を残した気がしてならない……。フィリスが出てくると話が拗れるな。できればもう会いたくないぞ。



「大変でしたね……。あの方々は何がしたかったのでしょうか?」


 ルナは連中の意図を掴みかねているようだ。理解の範疇を超えているんだろう。


「俺には解決するだけの力があるんだから助けろ、だってさ」


 要約するとこんな感じ。それを義務だと抜かしやがるからタチが悪い。これが神の教えだと言うのなら神とやらはクソ野郎だな。ぶん殴ってやりたい。


「なんて自分勝手な……」


 ルナが絶句している。

 フィリスの意見がこの国の一般的な考え方じゃなくて良かった……。

 力があるから助けるんじゃない。助ける理由があるから助けるんだよ。そこに個人の力なんか関係ない。そして教会を助ける理由はない。

 でもこの国にはそれなりに愛着が湧いてきているから、王や王城のみんなにはできる範囲で協力しようかと思っている。何かできることはあるのかなあ。


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