異世界で精密性を求めるのは間違っている
結局、後の始末は全部ボナンザさんに丸投げした。結果として俺は全くの部外者だったわけなので、当事者に任せたほうがいい。
俺が狙われてるとかリーズが狙われたとか……何だったんだろう。何の音沙汰もないと逆に気持ち悪い。
幸いまだボナンザさんが近くにいるので、聞けることは聞いておこう。
「ボナンザさん、こいつらはなぜここの娘を狙っているんだろうか」
「さぁ、知らないわよ。どこかに売り飛ばすつもりだったんじゃないの?
そんなの、あたしが絶対に許さないわよ!」
ボナンザさんは自分で言ってイラついている。
相当嫌なことなんだろう。まあ馴染みがない俺から見ても気分のいい話ではない。
「尋問しないのか?」
「するわよ。でもこいつらはどうせ雇われただけ。詳しいことなんて知らないわ」
黒幕はなかなか尻尾を出さないな……。
今回の襲撃者も全員が傭兵ギルド所属だ。と言っても一応こいつらにも仕事を選ぶ権利があるわけだから、犯罪者になることを選んだのはこいつらだ。捕まっても文句は言えない。
「実はうちのリーズも少し前に狙われたんだよ。それで少し神経質になっていた部分もある」
「そうなの? それなら尚更今日のことは仕方がないわね。リーズちゃんって獣人の子よねえ……。
もしかしたら獣人なら誰でも良かったんじゃないの?」
王都では獣人は珍しく、若い女性となるともっと少ない。可能性はゼロではないな……。
いや……ちょっと待て。さっきも早とちりしたばかりだ。獣人の女の子だけが狙われると断定するのは時期尚早じゃないのか。
もし獣人が無差別に狙われているとすれば理由がわからない。獣人を王都から追い出すため、というのもおかしいんだよな。食堂の店主さんは狙われていないんだ。
「決めつけるのはまだ早い。他に狙われた人は居るのか?」
「それがわからないのよ。王都は平和な街だけど、人攫いが居ないわけじゃないの。
毎年何人かが姿を消しているわ。誰が今回の件と関わってるかなんて調べようが無いじゃない」
うわ……王都は普段から結構物騒だった……。日本でも行方不明者は毎年何万人も出ているんだ。人が集まるということは何か問題が起きるということなのだろう。
「じゃあ、なぜ最近物騒だなんて言ったんだ? 常に物騒じゃないか」
「今回の件は特別よ。傭兵ギルドがこんなに犯罪に関わることなんて今まで無かったわ。教会もおかしなことになってるし、どうなってるのよ、もう!」
「教会? 内部で分裂したとかいう噂を聞いたが、それのことか?」
「そうよ。おかしな行動を取っているのは南派って言われている人たちね」
「おかしな行動?」
「南にミルジア王国っていう国があるのは知っているわよねえ? その国の教えの影響を受けた信徒たちみたいなんだけど、今のこの国の教えを排除しようとしているのよ」
知らないけど頷いておく。ミルジア王国ってのは確か国境が隣接する、この国と仲が悪い国のことだったかな……。なんとなく聞いた気がする。王城で「行くな」と警告された国だ。行くなら隣のガザル連合王国にしておけ……と。
この件はよくある宗教論争だな。地球の宗教だって過去に何度も分離している……いや違う。この世界には明確に『神』が存在しているはずだ。使徒の2人もそれっぽいヤツに会ったと言っていた。だとすれば信徒同士が争うのはおかしい。
経典を読む限りこの国の宗教は多神教だ。複数の神がいることを示唆している。他所の国が違う神を崇めている可能性はあるが……。
うーん……スッキリしないな……。一度使徒の2人に探りを入れてもらおうかな。
「なるほどね。で、今回の件と教会は何の関係があるんだ?」
「無いわよ?」
無いんかい! 絶対関係あるだろ。大きな事件が同時に起きているんだ。これで2つの事件が関係無いなんてあり得ないだろ。
裏で繋がっていると思って用心しておこう。警戒するだけなら何も損しない。
「そうか……。俺たちも多少関わっている話だ。教えてくれてありがとう」
襲撃者の後始末を邪魔してはいけない。そしてここは営業中の食堂だ。用が済んだならさっさと退散しよう。
みんなでボナンザさんたちに挨拶して、店を出た。
精神的に疲れたので、俺たちはさっさと宿に戻る。
辺りはすっかり夜だ。思いの外時間が掛かってしまった。宿からはうっすらと明かりが漏れている。
「おかえりなさーい!」
いつもの看板娘がパタパタと音を立てて近付いてきた。もう見慣れた光景で安心する。
「ああ、ただいま。店主はもう帰ってきたのか?」
「まだですよ。朝になるかもって言ってた」
もうここの店主も怪しいと思えるんだよなあ。突然武装して出ていった店主、その直後に襲撃未遂事件。普通に考えたら関係者じゃん。もし昔の仲間っていうのが傭兵だったら……。
考えても仕方がない。俺の感覚ではここの店主はいい人だった。きっと特大のゴブリンでも倒しに行っているんだろう。
「そうか……店主の昔の仲間はどんな人なんだろう」
「え……と、言うなって言われているので、本人に聞いてください」
益々怪しいじゃないか……。もういいや。きっと昔の仲間はメスゴリラなんだ。紹介しにくいから隠しているんだ。そういうことにしておこう。
「わかった。本人に聞くよ」
外に出ても碌なことにならないので、さっさと部屋に戻ることにした。襲われてみたらターゲットは俺じゃないし、反撃してみたら勘違いだし。次からはもう少し慎重に動こう。
今日はもうあまり時間がないので新しい魔道具は作らない。クレアに俺たちの部屋の掃除を頼み、ついでに全員で次の魔道具について話し合うことにした。
「今日は散々でしたね……」
ルナの感想だ。俺も同意見だけどね。外に出なければ巻き込まれることは無かった。良かったことと言えば、強いて言うならちょっと情報が手に入ったくらいだ。
「でも楽しかったよー」
リーズが平常運転で安心する。この能天気な性格はやはり少し羨ましい。
「店の女の子は助かったんだし、悪くはなかったんじゃない?」
クレアはそう言うが……。
悪くない、悪くはないけど良くもない。部屋でおとなしくしておくことが最良だと思ったよ。
「そうだな。悪いことばかりではなかった。
ところで、掃除を任せてしまって悪かったな」
「いいのよ、慣れてるから。あんたたちも知ってるでしょ? アタシの家……」
クレアは箒で床に散乱したクズを集めながら言うので、俺とルナが残念な顔で頷く。
マリーさんの店は確かに酷かった。俺も掃除が得意なわけではないが、さすがにあれは酷すぎた。あの散らかし具合に勝てるのは、うちのリーズくらいだろう。
ここは宿と言っても下宿や賃貸アパートに近い。チェックアウトするまでは、掃除やベッドメイクは自分たちの仕事だ。散らかし具合によっては別料金を取られる。
クレアが率先して掃除をしてくれるので、とても助かってる。しかし、掃除機があればもっと楽になるのに……。
「ゴミを吸い取る魔道具は作れないかな?」
魔道具のクズは細かい銀のカスや布、革の切れ端のようなものだ。不可能ではないはず。
「そうですね……吸い取ることは可能ですが、どういう形にしますか? なんだかとても大きくなりそうですよ?」
しまった……この世界には人工樹脂が無い。プラスチックが無いから全部木材か金属で作らないといけない。それじゃあ重すぎて楽にならないぞ。
すべて革で作れば軽くなるが……革がもったいなすぎる。掃除機一台でマジックバッグが何個作れるんだよ。
風で飛ばしたほうが早いしきれいになりそうだな。送風機みたいに圧縮空気を出す金属棒ならちょうど良さそうだ。
「じゃあ今から俺が試すから、それを魔道具にしてくれないか」
「え?」「は?」「あたしトイレ行ってくるー!」
絶望の顔で驚くルナとクレア、そしてあからさまに逃げようとしているリーズ。解せぬ……。
「いや、そんなに危険なものじゃないから。ただ風を起こすだけだよ」
圧力はどうしよう……。単位は学校で習ったけど、どれくらいの強さになるのか実感がわかない。1Paってどれくらいの強さなんだろう。
一度手元で試す……。いや結局出力がわからないから試しようがないわ。炎の時は簡単だったんだけどなあ。水が沸騰した時の温度を100℃と仮定しただけだ。
もう適当でいいや。バッグから大銀貨を33枚取り出し、布で包む。これで約1kgだ。これに風を当てて、動いたところを基準にしよう。適当に1平方メートルに換算する。摩擦とかは知らない。
たぶんこれで約1Nが計測できているはずだから……あーもう面倒くさい! 物理は苦手なんだよ。
「何をしているんですか?」
みんなが俺の怪しい実験を眺めている。リーズもトイレに逃げ込むことを中止して、興味深く覗き込んでいる。
説明を求められると困る……。俺もよくわかっていないんだ。
「風を調整しているんだ。この風でゴミを吹き飛ばす」
「へぇ、それは便利ね。そんなもの誰も作っていないわよ」
おお、世界初か。そりゃ張り切って作らないとなあ。風の発生と基準値は問題ない。次は威力だ。今のままでは机の上の消しゴムのカスを落とすくらいにしか使えない。
少し範囲を広げる。送風口は40Φくらいでいいかな。
圧力は……どれくらいなんだ? 知らないんだよ。空気圧とか普段意識したことなんか無いよ。適当でいいや。100kPaくらい?
「じゃあ、このベッドの埃を飛ばしてみよう」
ベッドに向けて送風を開始する。部屋中に埃が舞うかもしれないが、気にしてはいけない。後で換気しよう。
『ガタガタガタガスン! ベシッ! ベキッ! ファサッ……』
掛け布団が宙を舞い、風に煽られたマットが壁に向かって飛んでいく。ベッドの枠もガタガタと音を立てながら壁に吸い寄せられていった。
「……成功だ」
「どこがよ!」
「すごーい!」
「確かにすごいですけど……もう少し弱くなりませんか?」
いやー、やりすぎだったか。今度は床に向けて少しずつ出力を上げる。床のゴミが徐々に動き始め、部屋の隅に固まっていった。
「これくらいでいいかな?」
「調整できるんなら初めからやりなさいよ……もう。コーのベッド、めちゃくちゃになったじゃない」
クレアは文句を言いながら俺のベッドを直してくれている。気が利くなあ。
しかし思ったよりも高出力だった。ゴブリンくらいなら吹き飛ばせるぞ。
うーん、魔道具にも出力調整機能が欲しいな。ゴミ掃除から暴徒鎮圧まであらゆるシーンで活躍しそうだ。
「これなら良さそうです。さっそく設計しますね」
「ああ、頼むよ。今日じゃなくてもいいけど、早く完成すれば掃除が楽になる」
「……ありがと」
クレアは頬を赤らめて言う。クレアのためとは言っていないんだけど、掃除は全部任せてもいいのかな?
掃除の魔道具はそのまんま『ブロア』と名付けることにした。
今日の活動はこれで終わり。本格的な作成作業は明日以降だ。
今日は外に出て失敗したので、明日はおとなしくしておくつもりだ。何事もなく過ぎてくれればいいのだが……。