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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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ぶつかり稽古

 さて。食堂を出て屋根に登る。いつものペースなら南門までは屋根を走れば5分かからない。でも今日は警戒しながらだから少し時間が掛かると思う。

 現場にみんなを残しているんだ。追加の襲撃者が来ないとも限らないので、多少ゆっくりになってもできるだけ警戒したほうが良い。走りに集中すると敵の接近を見落とすかもしれないからな。


 屋根をいくつか越えたあたりで、案の定敵反応だ。反応は『警戒』なのだが、今までに感じたことがないくらい大きい。グラッド教官並か……それ以上だ。小さい反応も一緒に付いてきている。

 反応は全部で3人分。2人は無視して良いレベルだが、1人はヤバイな。かなりの速度で急接近してくる。方角から察するに、狙いは俺ではなく食堂だ。俺の位置からだと側面攻撃が可能だな。


 この国の一般的な住宅は木とレンガでできていて、屋根は竹を縦に割ったような瓦で覆ってある。足場は悪いが戦えないことはない。


 気配を消してこちらからも急接近し、目視できる所まで来たところで敵を確認した。

 雑魚の2人は、最後の襲撃者と同じ格好をしている。黒いコンバットスーツを着た若い女の子だ。あの服だとスタンガンが効かないんだよな……。

 同じ所属ということは、例のドッグタグを持っている可能性が高い。威圧の魔法も時間を掛けたら回復されるだろう。なかなかに厄介な敵だよ。


 さらに接近したことで、やべー奴の確認もできた。こちらはまだ気付かれていない。

 女性のようだが、その割には大きな体をしていて1m以上ある大きなハンマーを片手で持っている。体中から溢れ出る威圧感、トドのような体格からにじみ出る存在感。一度会ったら忘れないインパクト……ってボナンザさんじゃないか!


 あのおばさんが襲撃者の親玉? 奴隷商だって言っていたし……不思議ではない。なんだったら悪人と紹介されたほうがしっくり来るような人だ。でも実際に会った感じ、悪い人ではなさそうだったんだよなあ。

 うーん……話を聞いてみたい。何か事情があるのかもしれない。


 とりあえず取り巻きの2人が邪魔なので、こちらに気付かれる前に全力で威圧。ついでにボナンザさんにも威圧。初見ならグラッド教官でも防げない魔法だ。不意打ちならボナンザさんも倒せるかもしれない。

 取り巻きの2人はバランスを崩し、屋根の上で転倒した。高速で走っている最中だったため、前のめりに倒れてそのまま前方に転がっていく。

 ボナンザさんは一瞬バランスを崩したものの、ドッグタグを使って立て直したようだ。屋根から落ちそうになっている2人を抱えて停止した。



「何者だぁ!」


 ボナンザさんが叫ぶが……そこで叫んじゃダメでしょ。ボナンザさんが相手じゃなかったら、このまま鉄の弾丸をブチ込んじゃうよ。俺は知り合いだから顔を出すけどさ。


「ボナンザさん、どうしてここに?」


「な!? あんた魔道具店の……!」


 ずいぶん驚いた様子のボナンザさん。俺もさっき十分驚いたよ。


「コーだ。もう一度聞くよ。どうしてここに? なぜ食堂に向かっていたんだ?」


「まさか、あんたが関わっているとは思わなかったわ……。あたしの勘も鈍ったわね……」


 ボナンザさんは屋根のてっぺんに倒れた2人を置いてハンマーを構えた。


「それは俺のセリフだ。あの食堂に何の用だ?」


「豪腕のボナンザが! 正義の鉄槌を下す!」


 ボナンザさんは突然中二臭い言葉を発し、ハンマーを振り下ろした。


『バキィ!』

 横に身を引いて躱したが、ハンマーは止まることなく振り抜けて屋根に大穴を空け、屋根に突き刺さった。後で絶対怒られるぞ……。


「何が正義だ!」


 痛いセリフを言っているボナンザさんに蹴り掛かる。


『ボキャベキィ!』

 突き刺さったハンマーを無理やり振り上げた。屋根に空いた大穴が容赦なく拡大されていく。修理費いくら掛かるのかな……。


「うちの子を返しなさい!」


 俺の蹴りはハンマーに防がれた。訓練用の短剣を構え、懐に潜り込む。


「返すわけ無いだろ! すぐに兵士に突き出してやる!」


 ボナンザさんは後ろに飛び退きながらハンマーを振り下ろした。


『べキャァア!』

 屋根に2箇所目の大穴が空いた。衝撃で支えが折れたのか、屋根全体が大きく軋む。屋根がまるごとズリ落ちそうなほどのダメージを受けている。もう俺は知らんからな。


「何を言っている! 兵士に突き出されるのはあんたよ! この人攫いが!」


「人攫いはあんただろうが!」


 誰が人攫いだ、失礼な……おかしいな。言っていることが噛み合わない。



「おい、ちょっと待て!」


 俺はそう言って動きを止めた。

 でもボナンザさんは止まらない。俺の脳天めがけて振り下ろした。

 しかし器用な人だ。大剣よりも重そうなハンマーを、まるで片手剣を振るかのように振り回している。このハンマーは柄が金属でできているのだが、それでも自重(じじゅう)に負けて曲がり始めている。酷くコスパが悪い武器だな。使う度に修理が要るぞ。


 のんびり観察しているうちにも、ハンマーはどんどん俺の頭に近付いてくる。これが当たったらさすがに痛そうなので、短剣を魔法で硬化して思い切り弾く。ハンマーの柄がぐにゃりと曲がり、ボナンザさんはようやく動きを止めた。


「な……!? あんた、なかなかやるじゃない」


 ボナンザさんは曲がったハンマーの柄を、両手で引っ張って伸ばしながら言う。

 怪力やべえ……。


「いや、そういう問題じゃなくてだな、俺は襲撃されたから返り討ちにしただけだ。結果的に食堂の娘を守ることになった。ボナンザさんの見解は?」


「はぁ? あたしは食堂が襲撃されそうになっていると聞いたから、救助を出しただけよ」


「……ボナンザさんが派遣したのは?」


 雲行きが怪しいぞ。嫌な予感がする。

 俺がそう言うと、ボナンザさんは屋根の上で寝ている2人を指差した。


「あの子たちと同じ服を着た2人組よ。あんた襲ったでしょ? 1人が泣きながら帰ってきたわ」


 ……やっべー! 敵じゃなかったみたい!

 俺の早とちり? でも『警戒』だったし、向こうも俺たちのことを襲撃者と勘違いしていたはずだ。謝ったら許してくれるよね?


「なんか……すんませんでした……」


「……状況がよくわからないんだけど……」


 ボナンザさんたちも襲撃者を捕らえるために人員を派遣したんだけど、その人たちが現場に着いた時にはすでに状況が終了していて、代わりに俺たちが居たということだ。


 うーん……ボナンザさんたちの件は全面的に俺が悪いかのしれない……というか俺が悪いな。完全に不意打ちだったし、彼女たちの話も聞いていない。


「その子たちに攻撃をしたのは俺の勘違いだ。襲撃者の仲間だと思った」


「……あんたが例の連中を捕らえたってことで良いのかしら?」


「そうだ。全員捕らえて店の中に運び込んだ」


 例の連中というのが襲撃者のことなんだろう。

 ボナンザさんはようやく事態を把握したようだ。腑に落ちたような表情を浮かべた後、急に険しい顔になる。


「で、うちの子は無事なのかしら?」


「屋根の上の子たちと同じだよ。気絶しているだけだ」


「本当に? それならいいけど……。とりあえず食堂に行くわよ」


 例の食堂は『蜜蜂の花』と言うなんだか恥ずかしい名前なので口に出したくない。ボナンザさんも店名を言わないところを見ると、どうもボナンザさんも同意見らしいな。


 屋根の上で眠る2人を回復させ、ボナンザさんを連れて一度食堂に戻る。手下っぽい2人の女の子は拠点に戻るそうなので、ボナンザさんだけが同行することになった。



 あー気が重いわ。このまま逃げたい。



「おかえりなさい。兵士さんは呼べましたか?」


「いや……そのことなんだがなあ」


「お邪魔するわね」


 ボナンザさんは紹介を待たず食堂の中に入ってきた。


「え? ボナンザさん?」


 ルナはボナンザさんの突然の訪問に戸惑っている。


「そうよ。うちの子が厄介になったそうだから迎えに来たのよ」


「そうなんですか……じゃあボナンザさんが……?」


「違うわよ。この店の娘の救助に向かわせたらコーが勘違いして倒しちゃったのよ」



「あれ? ボナンザさんじゃないですか。どうしたの?」


 店主さんがボナンザさんに気が付き、話しかけた。ボナンザさんとは知り合いだったようだ。


「あんたの娘が狙われてたのよ。せっかく救助に向かったのに、ここにいるこの子たちに返り討ちにあったの。

 まあ、あんたと娘が無事で良かったわ」


「店主さんとボナンザさんはどういう関係なんですか?」


 気になったので聞いてみた。

 店主さんは癒し系ワン子だけど、ボナンザさんは壊し系トドだ。どう見ても接点が見当たらない。


「ボナンザさんがまだ冒険者だった頃にお世話になったんですよ。最近も娘につきまとっていた人を追い払ってもらったんです」


 なるほど……。元冒険者というのなら納得だ。

 クソでかいハンマーを片手で振り回すおばさんは多分人間ではない。冒険者を極めた結果、人間からトドの獣人に進化したんだな。



「そうよ。また襲われたって聞いたから急いで救助を出したんだけど、いらなかったみたいね。

 コーたちには危険な目にあわせて悪かったわ」


「いや、こちらの被害はゼロだ。むしろ俺が加害者だよ。悪かった」


「こっちにも落ち度があったから、あたしは手打ちにしようと思っているの。

 もちろんうちの子を無事に返してくれたら、の話よ」


 今回の件はお互い様ということで水に流すことにした。俺も襲われた立場ということになっている。実際は俺が積極的に襲われに行っているから……。


 例の女の子は、ちょっと気絶しちゃってるけど無事だ。外傷は無い。股間のあたりが濡れているようなのだが、そこは気にしない。治癒魔法の前にウォッシュできれいにしておく。あ……食堂の床も汚しちゃった。ついでにウォッシュしておこう。

 もし俺が殺す気で対応していたらこうはならなかった。怪我なら治せるけど、死んだら生き返らせることはできないからね。下手したらボナンザさんたちと俺たちで殺し合いの全面戦争になっていたと思う。

 さっと回復させると、すぐに意識を取り戻した。


「ひえっ!? は? ……え?」


 目を覚ました女の子は今の状況を理解できないようだ。辺りを見渡しながら百面相をしている。


「起きたようね。どう? 自分が誰かわかる?」


「え? あ……女将さん……大丈夫です。何が起きたんですか?」


「ちょっとした行き違いよ。ここの娘を助けようとしたの、あたしたちだけじゃなかったのよ。

 あんたを敵と勘違いして攻撃したらしいわよ」


「え……? はぁ!?」


 どうしよう……。これは何と言えばいいか……どう言えばいいんだろう。うーん……。



「ごめんね? 悪気はなかったからさ? ね? ほら、この剣も返すから!」


 この子の剣は俺が預かっている。あまり見ない形の短剣で、できれば貰っておきたかった。でもさすがに返さないと拙いよなあ。あと、ドッグタグも。


「え? はぁ? 何がどうなっているんですか?」


「君たちが追っていた襲撃犯は俺たちが捕獲したんだけど、そこに殺気立った君たちが来たから勘違いしちゃったんだよね」


 俺の気配察知は万能ではない。殺気や害意に反応して『警戒』を出すが、その害意が俺たちに向けられたものかどうかを判断する機能が無いのだ。

 だから俺は状況で判断している。この場所に害意満々で突撃してくる、それは勘違いするだろうよ。


「あたし……勘違いで殺されかけたんですか……?」


 顔を引き()らせて言う。

 やべー、超怒ってる。でもお互い様だよね? 放置したら俺たちが襲われるところだったんだから。


「殺す気は無かったから。だからごめんて。ね? なんだったら何かエンチャントしようか? ほら、多分できるからさ。

 ルナ、リーズ。これに電撃の魔法をエンチャントできないかな? 武器にエンチャントは無理でも(つか)とか(つば)あたりにさ」


「え……できる……と思いますけど……」


「できるのー? 武器を魔道具にするのは無理じゃないの?」


 武器が魔道具化できないのは刀身が鉄だからというのと、刀身を熱して叩くから。

 鉄にエンチャントするだけでも相当難しいが、どうにかして鉄にエンチャントしたとしても剣を鍛える段階で術式が壊れる。

 鍛えた後にエンチャントをするのはもっと難しい。鍛える時に金属の魔力処理が抜けてしまう。


 でも拵えは別だ。銀で作ってもいいし、叩いて作るわけでもないから問題無いはずだ。


「刀身じゃなければ大丈夫。電撃の魔法は鉄を通るから、柄と鍔の部分にエンチャントすれば効果を発揮するよ」


「そんなことで騙されません!」


 女の子はまだご立腹みたいだ。困ったな……。


「まあ、いいじゃないの。勘違いさせたあたしたちにも責任はあるわ。

 コーの対応次第では逆の立場になっていたんだから、今回の件はあんたも水に流しなさい」


 ボナンザさんのオトナな対応が炸裂した。それを言ってもらえると助かる。


「女将さんがそう言うなら……はい……」


「そう? じゃあさ、最初に当たっちゃった魔法あるよね? あれエンチャントしてあげるよ。

 大人の男も一撃でこんな具合になるよ?」


 食堂の隅で白目を剥いてビクンビクンしている男を指差して言う。死んではいないが、非殺傷武器としてはかなり効果的だ。


「当たっちゃったって何ですか! 不慮の事故みたいな言い方をして! ……こんなことになるの?

 危なすぎますよ! あたしたちになんてものを……」


「ほら、結果的に効かなかったわけだし。すぐに治療できるから大丈夫!」


「こんさん、できたよー」


「早いな、ありがとう」


 俺が必死で弁解しているうちに電撃の魔道具(スタンガン)が完成したようだ。相変わらず仕事が早い。出来上がったのは(つか)の部分だけ。後で交換すれば剣に組み込める。

 ちゃっちゃとエンチャントを完了して動作確認をする。感電防止処理は問題ないようだ。

 隅に転がっている襲撃者で効果を試す。


『パシィ』

 青白い火花が散り、襲撃者の体が一瞬ビクンとこわばる。効果は上々だな。十分な戦力になりそうだ。


「ほら、こんな具合だよ。相手を殺さないで無力化する便利な武器だ。使い勝手は良いと思うよ?」


「……貰っておきますけど! お礼は言いませんからね!」


「ほら! あんたも謝んなさい。あんただってコーが無抵抗だったら襲ってたでしょう!」


「……そうですね……。ごめんなさい」


 ふう……。これで一件落着だ。手強い敵だった。過去最強なんじゃないのかな。

 あー焦ったあ。正直もうかなり疲れたから、すぐに帰りたい。帰って寝たい。酒を飲みたい気分というのはこういう時のことを言うのかな……。

いつも読んでいただきましてありがとうございます。


感想にて不自然な点を指摘されましたので、少々修正しました。

今後の展開に変更はありません。


※修正について

>>コーが謝る必要あるの?

 コーが加害者であることは間違いないので謝る必要があると考えます。

 お互い謝るべきと思ったので修正しました。


>>捕らえられた女の子が強気すぎない?

 殺されかけた人は、目の前に加害者が居たらたとえ正当防衛でも怒ると思います。

 勘違いで殺されかけたのですから、自分のことは棚に上げて怒るのも無理はないかと思います。

 強気な部分は修正しました。

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― 新着の感想 ―
ボナンザ側に問題ありとは思うけど、 根本的な問題は、誘拐を放置してる様な王国制度か王様にあるんじゃないかなぁ。
屋根に穴をあけた家の修理代は誰が支払うのかな?
[気になる点] 【本話のあとがきに対して】 ボナンザ配下と主人公には、お互いの立場がある。  著者の述べてることは、ボナンザ側の立場から見た一方的と言っても良い見解であって、第三者的に見れば、片や屋根…
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