王様からの初依頼
面倒なことに王から出頭命令が来ているんだけど、行くしかないなら早めに済ませたい。逃げてもいいならこのまま逃げるんだけどね……。
「王城から出頭命令があった。仕方がないから今日行こうと思うんだけど、みんなはどう?」
王からのメッセージは「いつ来てもいいから来い」だ。アポなしで突然訪問してもいいらしい。その緊急性がまた怪しいんだよ。俺の都合に合わせるって、どれだけ面倒なことを頼むつもりだ?
「あまり行きたくありませんが……私も行きます」
ルナが複雑な顔をしている。何となくなんだけど、王のことが嫌いみたいなんだよね。まあ王の命令で死ぬ寸前だったんだから無理もないか……。
俺は拒否権を持っているし、いざとなったら国外逃亡というのも考えている。変なことを命令されたら即バイバイだ。
「あたしも行くよー」
リーズも問題ないみたいだ。連れていくのは当然だが、謁見の間で走り回るようなことはたぶんしないと……言い切れない。首輪の購入が急がれる。
「王様から? 何で? あんた何か悪いことでもしたの?」
しまった。クレアにはまだ言っていなかった。というかリーズにもまだ言ってないんだけど、リーズはそういうことに無頓着だからなあ。
「いや、俺は王から直接ちょっとした任務を依頼されていてな。その任務というのが街の中の調査なんだが、たまに報告をすることになっている」
「王様から直接って……あんた何者?」
その辺の話もしていないんだよなあ。そっちは面倒だから今言わなくてもいいや。そのうち話そう。使徒召喚とか騎士相当に身分とか、すぐに説明できることじゃない。
「今度詳しく言うよ。長くなりそうだ。ところでクレアの用事はもういいのか?」
マリーさんの店に来たのは、クレアの用事があったからだ。
「もう取ってきたわよ、予備の鎧。昨日の訓練でダメにされちゃったから……」
そういえば盛大に壊されていたな。防具として機能しないほどボロボロだった。でもクレアも俺たちのような革製の服を買っていたはず。薄くて丈夫で高機能な防具だ。下手な鎧を着込むよりも全然いい。
「クレアも防具屋で服を買っていたよな? それを着ればいいじゃないか」
「あんなの着て戦えるわけないじゃない! あんたたちがおかしいのよ。攻撃を受けたら破れちゃうでしょ?」
「避ければ問題ない」
当たらなければ大丈夫。もちろん多少当たっても大丈夫だ。魔物の革だからそう簡単に壊れるものではない。軽い攻撃魔法も防いでくれるから、鎧よりも優れている。
「普通は避けられないの! 大切にしたいのよ。高かったんだから……」
ばつが悪い顔をして答えるクレア。クレアはまだ戦闘用には使わないほうがいいか……。俺達の服だって結構高かったんだ。破られたり斬られたりしたら怒る。
準備はできているようなので、さっそく王城に向かうことにする。
リーズには「余計なことをするな」と念入りに注意をしておいた。一応頷いてくれたから、多分大丈夫だろう。
王城は相変わらずだ。と言ってもつい最近来たばかりなのだが……。城の中に入るのは久しぶりだな。教会の人間と鉢合わせしたら嫌なので、前回来た時は屋外と魔導院にしか行っていない。
すれ違う兵士と挨拶を交わし、中に進んでいく。セキュリティどうなってるの? と思わないでもないが、俺は顔パスで入れる。地球のような身分証の管理ができるわけがないので、顔こそが一番の身分証になる。
「おい、使徒じゃない方! 昨日はやってくれたなあ!」
ふいに話しかけられた。『じゃない方』呼びは久しぶりだな。王城を出たら呼ばれなくなったから、今となっては懐かしい。
振り向くと、そこにはグラッド隊の名もなき兵士が居た。モブ感が凄かったから敢えて名前を聞いていないし、今後も聞かないつもりだ。
「お前らの作戦が悪いんだ。わざわざ不利な方に向かっていきやがって……」
「何言っていやがる! 魔法使いには接近戦、槍には長槍で対抗するものだろう」
ルナのことを魔法使いだと思っていたから、ああなったのか……。ルナは仕方がないとして、日本に居た頃に少しやっていたゲームだと、槍に対抗するのは近接武器だった。違うのか?
「俺が前に聞いた話だと、槍には剣で対抗するらしいが、この国では違うのか?」
「どんな達人の話だよ。剣が槍に勝てるなんて物語の中だけだぜ。相手が長柄を持ち出したら、もっと長い槍で対抗する。これが一番だ」
うーん……なるほどな。これが現場の声か。集団戦だったら近接武器で対応してもいいと思うんだけどなあ。長柄はスキが多い上に小回りが効かないから、近接武器で畳み込まれたら相当不利になる。
まあ、俺は偉そうなことを言えるような達人じゃないから余計なことは言わないけどね。
「参考になったよ、ありがとう」
「いや、いいんだ。ところで……何でお前の周りには可愛い女の子がそんなに居るんだ! 俺はそっちのほうが許せない! なぜだ! 兵士はモテるはずなのに! なぜ俺の周りには筋肉自慢の男しか居ない!」
すごい剣幕で捲し立てるモブ兵士。なんだ、こいつそんなにモテないのか?
「俺に言われたって知らないよ。ルナ、どう思う?」
「私に言われても困ります! この人に縁が無かったとしか……」
ルナは可哀想な目で兵士を見ている。クレアとリーズも憐憫のまなざしを送っている。女性陣満場一致でこいつはモテない認定をされたようだ。
本当に兵士はモテるのか? ギルバートも同じことを言っていたが……コイツら誰かに騙されてないか?
「なあ、じゃない方。何でお前はそんなにモテている? 俺にもその女運を分けてくれよ……」
「まあ……頑張れ……」
俺からは何も言えないわ。顔はブサイクではないと思うんだけど、女の子にしかわからない問題があるんだろう。
かわいそうなモブ兵士と別れ、王が待つ謁見の間に進む。そこの門番兵士もやっぱり顔見知りだ。この門番は先日の訓練は仕事中だったようで、参加していなかった。悔しそうな顔をしながらさっくり通してくれた。
「良く来てくれた。ずいぶん早いが、王都に居たのか?」
扉を抜けると、すでに王が玉座に座っていて、俺の顔が見えるとすぐに話しかけてきた。歩きながら答える。
「はい。事情があってしばらく王都に滞在することになりました」
「ふむ……」
王に向かって10mほど歩き、立ち止まる。作法としては跪くのが正しいのだとは思うが、よくわからないから立ったままだ。胡座で座っていいなら座るんだけどね。
俺が歩いている間、王はずっと考え込んでいた。
「どうかされましたか?」
「いや、其方らは王都から出ていくつもりだったのではないのか?」
「そのつもりでしたが、冒険者としての依頼のため今は離れることができません」
森の調査依頼だ。下手に離れると調査ができなくなるから、しばらく王都で我慢している。
「そうか……今すぐ依頼をキャンセルして王都を離れることはできぬか?」
ずいぶん無茶言うな。無理に決まっているだろうに。王命とあれば依頼はキャンセルできるだろうが、失われた俺の信用は返ってこない。自分の事情でキャンセルするなら仕方がないが、王ごときのワガママのためにキャンセルなんかできない。
「無理です。俺は前回の報告に対する回答だと思っていましたが、そうでないなら帰りますね」
くるりと回れ右をして、みんなにも帰ると宣言した。
前回の報告は、リーズ拉致未遂事件で発覚した「役人の不正について」と「通貨単位なんとかしろよ」というクレームの2件だ。まだどちらも回答を貰えていない。
役人の不正はそのままリーズの問題の解決にもつながるため、早急に対処してほしいのだが……。
「待て。その件についての回答もある」
くるっと反転して王に向き直した。そういうことは早く言えよ、まったく。俺の用はそれしかないというのに。
「ありがとうございます。ではお聞かせいただけますか?」
「その前に、其方の後ろに居る者は誰だ?」
「行動を共にする仲間です。俺が気が付かなくても彼女らなら気付くことがあると思って連れてきました」
はい。ただの言い訳です。深く考えているわけないじゃん。パーティメンバーだから何となく連れてきただけだよ。
「ふむ。了承した。
まず通貨単位についてだが……おい」
王の掛け声で、部屋の隅に控えていた細身の偉そうなおっさんが一歩前に出た。
「造幣部のモルガンだ、私から説明する。この件はお主から報告を受ける前からすでに対応を開始していた。すでに一部で使われているという『センス』をそのまま通達することになる。
国内すべてはしばらく時間がかかると思うが、来年中には王都の市井に伝わるだろう。以上だ」
おっさんは話を終えて引っ込んだ。この人は、厳しい顔をしているが威圧感を覚えない。たぶん文官なのだろう。
何だ、別に言わなくても良かったのか。せっついた効果はあったと思うが、次回からはもっと情報を絞ろう。
センスが使えるようになれば楽だが、たぶん今後も金貨何枚という表現が無くなることはないだろうなあ。その方が便利な面も多い。
「了解しました。余計な進言をして申し訳ありません」
適当に謝っておく。こういう時はプライドとか面子とかうるさいことを言う人も居るからな。
「次の件であるが、調査中である。其方が王都に居ると調査がやりにくいのだ。できれば王都の外に出てほしい」
邪魔者扱いかよ! 出ていってほしいのなら喜んで出ていくのだが、森の調査もあるしなあ。困った。
「なぜ俺が居ると拙いのですか?」
「一部の教会の人間が関わっているようでな。其方が狙われる恐れがある」
わお! ターゲットは俺でした。しかも教会かよ。最近悪い噂しか聞かないぞ。害悪だな。やっぱり焼くか……。
でもリーズは俺と知り合う前から狙われていたよなあ。何か関係があるのかな。
「俺が狙われているなら、俺が囮になれば済む話ですよね?」
その方が手っ取り早いよ。適当に囮になって適当に殲滅すればいいだけの話だ。教会本部ごとこんがりと焼いてやる。
人を殺すのは抵抗があるが、死なない程度に焼くのなら問題ない。どうせすぐに治る。
「それはならぬ! 其方は手出しをするな! これは王命ではない。余からの頼みだ……」
必死で懇願する王。なんでそんなに拒否をするんだ。多少の恩は感じているのだから、これくらいの手伝いはしてもいいと思っているのに。
「そこまで言うなら宿でおとなしくしておきますよ……」
「うむ。そうしてくれると助かる」
うーん、残念。俺だったらさっと焼いて終了できるのに。小さな火は難しいけど大きな火なら得意だぞ。
しばらく宿に引きこもっていればいいか。どうせまた何日かしたら森に入るんだ。
「でも、もし襲われたら反撃してもいいですよね?」
これだけは確認しておかないとなあ。攻撃されても無抵抗とか、どこぞの聖人でもなきゃ無理。やられる前に反撃しないと手遅れだ。
「それは構わぬ。だが……少しは遠慮してくれ」
遠慮って何? 反撃に遠慮もクソもないと思うのだが……。身の危険が迫っているんだから全力で返すだろ。手加減しろってことかな……。それなら死なない程度に殴るから心配要らないぞ。
「了解しました。用件はこれで終わりですね? 俺たちは失礼します」
もう一度回れ右をして、みんなを見回す。ルナ、クレア、リーズ……リーズ? やっぱり居なーい! 注意したよね? 余計なことするなって言ったよね?
最近リーズは気配を隠すのが上手くなった。俺とルナのスキを突いてフラッと居なくなる。俺、一応気配察知を使っているよ? なんで居なくなるの?
3人で辺りを見回すと、リーズは部屋の隅で窓から身を乗り出し、外を眺めていた。
「リーーズ! 帰るぞ!」
良かった……。一応おとなしくしていてくれたようだ。走り回ったり別の部屋に侵入したりしていなくてよかった。
謁見の間に居た人たちは、全員がリーズの動向に気が付いていなかったようで、皆一様に驚いた表情をしている。もしリーズの自由な行動に気がつく奴が居るなら仲間にしたいよ。
リーズがパタパタと尻尾を振ってこちらに来た。みんなが揃ったので謁見の間を後にする。
今日はこのまま王都を散歩したいところなのだが、おとなしくしていてくれって頼まれたからなあ。暇つぶしのための素材を買って宿に帰ろう。
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