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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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情報はプライスレス

 俺達は訓練を終え、宮廷魔導士の作業場兼住居である魔導院に顔を出すことにした。

 ルナの元職場で、俺も王城に居た頃はしょっちゅう顔を出していた場所だ。最初は使徒の魔法の教官だったリリィさんに連れられていったのだが、その後は魔道具作りを手伝ったり魔道具について教えてもらったりしていた。

 エルフについて教えてもらったのもここだ。実際にエルフに会って話が聞けたのだが、そのことはリリィさんも聞きたいのではないかと思う。


 ノックをして、久しぶりに魔導院の扉をくぐる。


「ん? コー君とルナじゃないか。久しぶり……と言うほどの時間も経っていないと思うが、どうした?」


 出迎えてくれたのはリリィさんだ。胸が大きな美人のお姉さんで、真っ直ぐな茶色い髪を背中まで伸ばしている巨乳。年はクレアよりも少し上くらいだと思う。

 ぶっきらぼうな喋り方で厳しい印象があるが、魔道具のことになると熱くなりすぎる残念な一面もある、親しみやすいお姉さんだ。

 初めは敬語で対応していたのだが、「君が敬語でしゃべると気持ちが悪い」と言われたので敬語をやめた。


「久しぶり……で良いと思いますよ? お久しぶりです、リリィさん」


「まあそれほど日が経っていないからな。元気そうで何よりだ」


「お前たちも元気そうじゃないか。ところで後ろの娘たちは誰だ?」


 リリィさんは俺の後ろに視線を向けて言った。クレアとリーズが立っている。リーズは野放しにすると危険なので、クレアに手をつないでもらっている。


「新しい仲間だよ。王都で魔道具職人を目指していたリーズと、魔道具職人の娘で冒険者のクレアだ」


 俺が2人を紹介すると、お互いに「よろしく」と簡単な挨拶を済ませた。

 こうして説明してみると、俺は魔道具にずいぶんと縁がある。良い仲間に恵まれたとは思うのだが、まだそれほど作れていないのが残念だ。

 どこかで本腰を入れて作りたい。というか作って売りたい。材料は高いが、単価が高くて利益幅が大きいんだよな。かなり儲かるはずなんだ。


「魔道具職人と職人の娘か。いい仲間を持ったじゃないか。素晴らしい。まずは中に入りたまえ。

 君たちの作品を見せてほしいのだが、何か持っていないか?」


 リリィさんが歩きながら話す。

 中に通してくれたので、研究室の入り口の近くにあるテーブルを囲んでみんなで座った。この一角は板でできた間仕切りで区切ってあり、応接室のような作りになっている。


「残念ながらたいしたものはまだ作れていないぞ。今見せられるのはこれくらいだ」


 俺はそう言ってウォッシュの魔道具を見せた。他にもシールドや身体強化強制ギプスを作っているのだが、リリィさんが一番喜びそうなのはこれだからな。

 身体強化強制ギプスは絶対見せられない。もしここで使われたりでもしたら、副作用が……。


「ふむ……。ん? 何だ、これは?」


 見たこともない魔道具に戸惑っているようだ。俺の魔法がベースになっているからエルフの魔道具に近い構成になっている。これを解読しようと思うと、ルナでも一年かかるそうだ。


「使ってみるとわかるが、体や服を洗うためのものだ。冒険者は風呂に入れないからな。俺たちは全員持っている」


 ちまちまと量産しているのだ。ウォッシュなら売ってもいいと思っている。簡単に作れて材料費も安く、需要が多いはずだ。

 リリィさんはさっそく使ってみたようだ。体全体を薄い水の膜が覆う。いろいろ実験した結果、石鹸がなくても十分に汚れが落ちることがわかった。調整次第で服のシミまで落とせる。専用の設計でシミ抜きも作ったのだが、こっちの方が売れるかも知れないな。


「おっ? おおお! すごい! 素晴らしいじゃないか! 私にも売ってくれないか? いくらだ? 金貨10枚までなら払うぞ」


 ずいぶん高く買ってくれるな……。この魔道具は卸値金貨3枚、露店売りで金貨5枚を想定している。

 とは言えリリィさんには世話になったからタダであげてもいいのだが。


「ルナ、リーズ、これはリリィさんにあげちゃってもいいかな?」


「いいんですか? 私はもちろん構いません」


「? いいよー」


 俺たちの作る魔道具は俺たちの合作だ。売るならまだしも、勝手に人にあげるのは良くないので2人に確認を取った。


「これはリリィさんにあげるよ。自由に使ってくれ」


「いいのか? 本当にいいのか? 金はいらないのか? かわりに何か欲しいものは無いのか?」


 口元を緩めながらテンパっているリリィさん。

 リリィさんから金を受け取るつもりはないが、せっかくだから魔導院の様子を聞いてみたい。


「ああ、構わない。ここに居た頃ずいぶん世話になったからな。そのかわり、何か面白い新作があれば見せてほしい」


「ありがとう。大事に使わせてもらうよ。残念だがあの後は新作を作れていないのだ。面倒事に巻き込まれそうでな、その対応に追われている」


 珍しい。リリィさんが新作を作っていないとは……。少しでも時間があればおかしなものをガンガン作る人なのに。

 最後に見た新作は、物を乗せると宙に浮く板だった。乗せたものの重さに応じて高さが変わるのだが、鉄の塊を載せたら空の彼方へと飛んでいった。リリィさんは涙目でリベンジすると誓っていたのだが、まだ作れていないようだ。


 しかし面倒事かあ……。巻き込まれないためにも詳しく聞いておこう。


「面倒事、というのは何だ?」


「近年、教会が2つに分かれていてな……。その片方の一派が魔道具を良く思っていないのだよ。彼らが最近になって急に勢力を伸ばしてきて、無視できない状況なのだ」


 宗教の内部分裂か。よくある話だ。元々教会に近付くつもりは無かったのだが、益々近寄りたくない。全力で避けよう。


「ありがとう、参考になったよ。俺たちもエルフについて新しい情報を仕入れたんだが、落ち着いてからのほうが良さそうだな」


「何っ? それは教えてくれ。教会など関係ない。遺跡でも見つかったのか? それとも新しい魔道具か?」


 どこまで情報を開示するかが迷うところだ。普段なら全部話しても問題ないのだが、今は揉め事を抱えている。余計なことを言って揉め事の解決が遅れてしまうと拙い。


「いや、今は止めておこう。その面倒事が解決できてからだ。落ち着いたら冒険者ギルドで俺を尋ねてくれ。居場所がわかるようにしておくよ」


「うむ……そうか……。じゃあ解決したらすぐに行くぞ。それまでは王都の近くに居てくれ」


「元よりその予定だ。森の調査を依頼されているからな。普段は『風鈴亭』という宿に滞在しているから、そっちに来てくれてもいいぞ」


 宿に来てくれたほうが早い気がする。トラブルを避けるために冒険者は定宿を教えないという暗黙のルールがあるのだが、今回に限り無視だ。


「わかった。できるだけ早く解決させよう」


「仕事の邪魔をして悪かった。そろそろ行くよ」


 どうも忙しいらしいので、俺たちはさっさと退散することにした。アポ無しで仕事中に押しかけたのだ。これ以上長居するとさすがに迷惑だろう。

 間仕切りの向こう側にいる他の宮廷魔導士達にも軽く挨拶をして、俺達は魔導院を出た。




 用事は終わったので、王城の門に向けて歩く。

 城内を歩くのにリーズを野放しにはできないので今度は俺が手をつないだのだが、ルナが頬を膨らせながら上目遣いで俺を見つめ、もう片方の手をつないできた。嫌ではないのでそのまま歩く。


「コー!」


 のんびりと歩いていると、後ろから突然声を掛けられた。振り向くと、そこに居たのは善と一条さんが居た。

 まあ居るのは不自然なことではないんだけどな。広い城内で会うとは思わなかった。部屋に行くつもりは無かったから、向こうから来てくれるのはありがたい。


 教会の情報なら使徒の2人がなにか知っているかも知れないな……。


「よう、数日ぶりだな。訓練は捗っているか?」


「ああ、順調だよ。しかし……」


 俺をじろじろと見る使徒の2人。何かおかしな点でも?


「いろいろ聞きたいことがあるんだけど……女の子増えてない?」


 そういえばコイツらと最後に会った時は、まだルナしか居なかったな。


「パーティメンバーのリーズとクレアだよ」


 リーズとクレアがかるく自己紹介をすると、使徒の2人が自己紹介を返した。


「ねえ……その耳、本物なの?」


 一条さんはリーズの耳が気になるようだ。俺も初めて見た時は気になった。


「本物だよー」


 リーズが耳をピクピクと動かしてみせた。


「お前らは獣人を見たことが無いのか? 王都では珍しいらしいが……」


「そうだね。見かけたことはあるけど、間近で見たのは初めてだよ。

 僕はそれよりもコーの服が気になるんだけど……どこで買ったの?」


 使徒の2人は相変わらず王城から支給された町人風の布の服を着ているみたいだ。買いに行く暇も無いだろうから仕方がないだろうが、今着ている服は悪くない。軽くて動きやすそうだ。

 一方、俺の服は王都の防具屋で買った革製品。真っ黒なロングコートとヴィジュアル系バンドの舞台衣装のような本革のパンツとシャツ。頭にはつば広ハットを載せている。かなり動き回ったので、たった数日なのにずいぶん体に馴染んでいる。

 地球の人間にはあまり見られたくなかった……。特にこの2人には。


「王都の防具屋だよ。高機能で防御力が高く、便利な逸品だ」


 デザインには触れない。カッコいいとは思うのだが、溢れ出す中二感を否定できない。


「コーくん、指抜きグローブが足りてないよ。買ってあげようか?」


「いらねえよ!」


 一条さんがニヤニヤしながら言う。困ったことに内心では欲しいと思っているんだよ、指抜きグローブ。マチェットを振るときにあると良いなって思っているんだよ。

 でもフル装備になっちゃうじゃないか。革のロングコートに真っ黒な服と指抜きグローブといえば中二スタイルの完成形じゃないか。


「その服はいくらだったんだい?

 とても高そうに見えるんだけど……」


 日本で同じデザインの服を買おうと思うと、たぶん30万円くらいになるはずだ。全身本革だからなあ。靴だけでも5万円くらいだ。

 でも金貨一枚の価値がよくわからない。生活費で計算すると10万円くらいなんだが、服や武器が高すぎて同列に扱えないんだよな。


「この国の金貨で11枚? だったかな……?

 一緒にブーツや帽子を買っているから帳簿を見ないとわからないな」


 善は呆気にとられたような顔をしている。驚いて声も出ないようだ。外で働いていれば買えない金額ではないんだけどなあ。

 かわりに一条さんが声を上げた。


「そんなに高いの!? なんでコーくんはそんなにお金をもってるの?

 冒険者ってそんなに儲かるの?」


 日本基準だと高校生が持っている金額じゃないんだけど、この国では14歳から仕事をしているから、同じ年代でも金を持っているやつは結構いるはずだ。


「まあ、それなりに儲かるんじゃないかな。俺たちはまだ駆け出しだから、他所の冒険者がどんなものか知らないよ」


「ねえ、冒険者って、みんながコーみたいに稼げるわけじゃないのよ?

 この人が異常なだけ。変な夢を持たないほうがいいわ。

 低ランクでも職人見習いよりは稼げるけど、まともに稼げるようになるのはCランクになってからよ」


 冒険者の先輩であるクレアが教えてくれた。そうだったのか……。たしかに低ランクの依頼は報酬が安い。武器一つ買ったら数回分の報酬が飛んでいくな。

 善は自分の懐を確認しながらブツブツ言っている……。使徒の任務を放り投げて冒険者になるようなことはしないだろうが、自分の報酬と比べて思うことがあるのだろう。


「そうらしいぞ。俺はよく知らない。

 それよりも、俺にも聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「なに?」


「最近教会の中で動きがあるようなんだが、何か知らないか?」


 “教会”という単語を聞き、2人が顔色を変えた。寂しそうな、怒っているような、複雑な表情だ。


「フィリスさんが解任されたよ。他にも世話係として派遣されていた人たちは全員居なくなった。

 僕たちからも世話係を代えないようにお願いしたんだけどね。ダメだったよ」


 おや? やっべー、俺のせいじゃないよね? ちょっとだけ……消費税分くらい俺のせいな気がしないでもないぞ。


「何があったんだ?」


 白々しい顔で言ってみる。


「コーのあの一件の後な……教会の中でクーデターみたいなことがあったらしいんだよ。僕たちも詳しくは聞いていないよ」


 良かった、俺のせいじゃないらしい。でも騒動の一部には関わっていそうだ。


「で、どんな連中が後を引き継いだんだ?」


 さっきリリィさんが言っていた一派が絡んでいるのかも知れない。となれば、騒動が解決するまでは使徒の2人とは会わないほうがいい。


「王様と対立しているみたいで、あまり深く関わるなって言われているんだ。だから僕たちもよく知らないよ」


 王と対立する教会の人間か……。しかし、王も意外と仕事をしているじゃないか。王に報告書を出してから数日経つが、まだ返事が来ていない。たぶん教会関係のいざこざに巻き込まれて忙しいのだろう。


「ありがとう、参考になった。じゃあ、そろそろ行くよ」


「ねえ、次はいつ会えるのかな?」


 一条さんが恋人みたいなことを言い出した。多感なお年頃の男子高校生にそんなことを言ったらダメだぞ?


「さあな。王城にはまた来るから、その時かな」


「もう! なんでこの世界にはスマホが無いのよ!」


「そうだな……」


 忘れていた。そういえば地球にはスマホとかいうチートツールがあるんだった。俺はほとんど使っていなかったからすっかり忘れていた。だって、キャンプしている時は充電できないんだぜ……。

 太陽光充電器を買ってまで使いたいと思わなかったから、電源は常にオフだった。


 魔道具で作れそうだな。魔力で動くなら電池がいらないから、充電切れに困ることもない。後で試してみようと思う。

 今日は教会について知れたのでかなり満足だ。今後の教会の動きには要注意だな……。俺が目を付けられているのは間違い無いだろう。

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