ブートキャンプ(応用編)
グラッド教官の提案により、俺たちは特別訓練を受けさせてもらえることになった。集団戦特化のルナと、戦闘経験が乏しいクレアのための特別メニューだ。
訓練に参加するため、遠くで素振りをしているクレアを呼び寄せた。
「何が……起こるの……?」
クレアはかなり不安な様子だ。青い顔で声も小さく、いつもの自信満々な態度はどこへ行ってしまったのか、とてもおどおどしている。
「教官が訓練を実施してくれるそうだ。ルナとクレアのための特別なものらしい」
「いーやーだー! アタシやりたくない! 見てたもん! あんたとリーズの訓練見てたもん!
あんなのアタシには無理!」
「いいから。な? これはクレアのためだ。教官には参加すると言ってある。そんなに大変な訓練ではないはずだ。大丈夫だから。な?」
「やーだー! かーえーるぅ!」
嫌がるクレアの手を握り、教官と兵士が待つ訓練場の真ん中に連れていく。
すまんがクレアは強制参加なんだよ。手軽に戦闘経験を積むチャンスだ。
何をするのかは知らないが、参加者全員が訓練場の真ん中で整列した。
「これより、集団戦闘訓練を執り行う。今回の訓練は、我がグラッド隊とコーのパーティメンバーの対抗戦だ」
グラッド教官が大きな声で号令をかける。対抗戦ということは、4対4の団体戦のようなものだろうか……。
「教官、詳しい説明をお願いします」
「うむ。今回訓練に参加した我が隊の兵士は、俺を含めて総勢で32名である。対するコーのパーティは4名。
これより、32名対4名による集団戦闘を行う」
「はぁ!?」「え……?」「何っ!?」
クレアとルナ、そして俺が同時に声を上げた。俺も聞いていないぞ。さすがに酷くないか?
さすがグラッド教官、予想の右斜め上を掠めていきやがる。
「コーからのリクエストだ。集団戦闘の訓練と戦闘経験を積む訓練が同時に行える、素晴らしい訓練だ」
ダメだ……。この人を信用した俺がバカだった。一騎打ちの模擬戦よりもハードじゃないか。
でも、まあ問題ないだろう。落ち着いて対処すれば大丈夫なはずだ。
集団戦には集団戦の戦い方がある。戦略次第で少人数の不利を減らすことができるのだ。多人数側が対処を誤れば、むしろ少人数側の方が有利にもなる。
「コーさん……どういうことですか……?」
ルナが涙目で訴えるが、俺も想定外だ。
「すまない……。俺もこんな訓練とは思っていなかった。だが、ルナなら間違いなく対処できるよ。向かってくる相手は兵士と思わず、ゴブリンだと思え。服を着たゴブリンだ。
ほら、アイツなんてまんまゴブリンだろ?」
岩石みたいな顔をした髪が薄いおっさん兵士を指して言う。コイツは俺が王城に居た時よく練習相手になってもらっていた男だ。「何故俺はモテないんだ?」が口癖の賑やかな男だった。「顔」と答えそうになるのを我慢した思い出……。
「そう……ですか? 確かにゴブリンに似ていなくも……」
「あんなゴッツイゴブリンが居たら逃げるわよ! どう見てもジェネラル級じゃない!」
喜べ、ゴブリン兵。クレアの中ではゴブリンジェネラルだそうだ。出世したな。討伐すれば金貨3枚だ。
「ジェネラル程度なら大したことないじゃないか。ゴブリンはゴブリンだ」
「話はまとまったか?
説明は以上だ。準備ができたと判断したら開始する」
教官は勝手に話を進めて訓練を開始しようとした。
何も聞いてねー。説明した? 終了条件とか勝利条件とか戦闘離脱の条件とか何も聞いていないわけだが、いったいどう戦えというのか。
「ちょっと待ってくれ、訓練の終了と戦闘の離脱はどうしたらいい?」
「そんなものはいつもと同じだ。吹っ飛んだら離脱。吹っ飛ばしたら勝ちだ」
一騎打ちならそれでもわかりやすくていいと思うのだが、集団戦では拙いだろう。兵士が邪魔をするから吹っ飛ばない。後ろに控える兵士ごと吹っ飛ばすのは、ルナとクレアには無理だ。
そもそも、ルナは俺やリーズのような攻撃ができるわけではないので、吹っ飛ばすこと自体が困難だ。
「ルナの戦闘スタイル上、それは無理だ。ルナの攻撃が有効打になったと判断した時点で負けを認めて離脱してくれ」
「ふむ、そうか。短剣では大きな衝撃は無理だな。了解した」
グラッド教官は、こちらの提案を快く受け入れてくれた。ルナの戦闘スタイルを考慮すると、これが一番良い。
思い切り武器が振れるように、ルナの模擬剣を加工し直そう。
長さはいつものナイフに合わせるが、刀身をただの棒に作り変えた。警棒のようなものだ。これなら思い切り突き刺しても痛いだけだ。
出来上がった警棒をルナに渡し、準備が整った。
「ねえ……本当にやるの? アタシ帰っちゃダメ?」
「ダメに決まっているだろう。俺たちがフォローに入れるから一騎打ちよりはマシだと思うぞ?」
これも集団戦のメリットだ。仲間をフォローするのも戦略のうち。ついでだから、俺は誰かをサポートする訓練をしようかな。全体を見て行動しなければならないから、かなり難しい。
リーズは楽しそうにキョロキョロしている。やる気はありそうだな。リーズに難しい動きは求めていない。目の前の敵をぶっ飛ばすことができれば合格だ。
一部の兵士は集団戦に合わせて武器を持ち替えている。槍と片手剣がメインなようだ。教官はなぜか大剣を持ち替えようとしていないが、何か考えがあってのことだろう。
兵士の観察をしていると、教官が大声で何かを話しはじめた。
「全隊員に告ぐ。まずはコーだ。奴が一番危険だから俺が相手をする。
次に、金髪の少女だが、彼女は元宮廷魔導士の魔法使いだ。距離を取らせるな。
獣人の少女は、見ての通り間合いが広い。長柄を扱える者が対処せよ。
最後に黒髪の少女だ。彼女は戦闘経験が浅いらしい。存分に可愛がって差し上げろ」
グラッド教官の指示に続き、兵士たちが「おおおお!」と雄叫びを上げた。
教官の声が大きすぎて、作戦が丸聞こえだ。しかも対処を誤っている。罠か?
ルナは魔法も使えるが、近距離が得意だ。リーズは間合いが広いが、単に接近されることを嫌っているだけだ。ぶつける相手が逆だろう。
一応罠を疑うが、この指示が本気ならこちらが有利になる。
「まず、教官の相手は俺が引き受ける。
本来なら背中を取られないように円陣を組むのが正しいのだろうが、今回は敢えて無しだ。
積極的に攻め込み、できるだけ少ない手数で敵を減らしてくれ。弱いやつから狙ったほうがいい」
仲間に背中を預けるなんていうシーンはよくあるが、それは相手が全員同レベルか格上の場合だ。格下を相手に不覚を取る可能性もあるので、数を減らすことに専念したほうがいい。まあ、相手を一撃で沈められるという前提の戦略だ。
教官だけは危険だから俺が引き付けでおく。あの人は味方もろとも吹っ飛ばす可能性があるからな。
お互いの作戦会議を終えると、何の合図もなく兵士が襲いかかってきた。これもルールのうちで、この国の戦闘訓練には開始と終了の合図がない。それは今回の集団戦も同じようだ。
「お前の相手は俺だ」
俺の目の前に本気モードのグラッド教官と真剣な顔をしたギルバートが立ちはだかった。
ギルバートが邪魔だなあ。先に排除しておこう。
ギルバートは大剣から片手剣に持ち替えている。まずは武器破壊だ。俺の短剣とヤツの片手剣は同じ素材でできている。刀身が小さくて薄い分、単純な強度では負けている。
そこは魔法で補おう。属性魔法『変質』で強化して、教官の攻撃を躱しながらギルバートに斬りかかった。当然ヤツも剣で受けようとするが、俺の狙いはそれだ。剣の付け根を狙って振り抜く。
『ベキィィィン』
鈍い音が鳴り、片手剣の刀身が飛んでいった。唖然とするギルバート。だがそれは良くないな。戦闘中に武器が壊れたくらいで心を乱してはダメだ。
すかさずギルバートの横腹に回し蹴りを叩き込んだ。ヤツは刀身が無くなった片手剣で受けようとして、鍔だけが空を切る。慣れって怖いな……。反射的に剣で守ろうとしたんだな。
「ごべはぁっ……!」
ギルバートは言葉にならない言葉を発し、蹴られた衝撃でそのまま訓練場の隅まで転がっていった。
「やはり一筋縄ではいかぬか……」
グラッド教官はそう呟くが、転がるギルバートを横目で追いながら動揺一つ見せず攻撃を繰り返している。
でも教官1人なら問題ない。下手に倒して兵士の統率が崩れたら嫌なので、教官の攻撃を避けながらみんなの様子を確認した。
まずは、兵士が真っ先に向かっていったルナの方を見ると、複数の兵士に囲まれていた。身動きがとれない位置から正面の兵士の膻中に強烈な突きを放つ。一撃で体の自由を奪われた兵士はその場に倒れ込んだ。
倒れた兵士を足場にして、背後に居た兵士を相手に左手の短い警棒で秘中を刺す。不意に呼吸を止められた兵士は、そのまま後ろに倒れて転がった。
1人の兵士がルナの不意をついて急接近。それを勘付いたルナが人中にめがけて警棒を突き出すと、兵士は慌ててガードする。しかし、ルナのもう1本の警棒が明星に突き刺さった。
しばらく眺めていたのだが、終始この調子だ。というかまた上達している……。なんで急所を明確に狙っているの? 以前は首を切り落としていたじゃないか。人間の急所なんていつ知ったんだよ。
派手にふっ飛ばすようなことはできないが、確実に戦闘不能の兵士を量産していった。ルナの攻撃を受けた兵士は、離脱する余裕もないほど悶え苦しんでいる。
ルナは何も心配要らないな。むしろ兵士が可哀想だ。
次はリーズだ。リーズにも開始早々から兵士が群がっている。リーズが相手をしている兵士は、集団戦と聞いて武器を持ち替えた連中だ。槍を持った兵士が多い。でも本当に馬鹿正直に指示に従ったようで、罠の心配は無かった。
兵士は距離を取ってリーズのスキを狙うが、リーズの間合いに入った瞬間、棒が襲いかかる。直撃を受けた兵士は、キレイな弧を描いて武器を構える兵士の上空を通過していく。
無茶な踏み込みをする兵士にも、容赦ない一撃が待っている。横薙ぎの一撃をくらい、背後の兵士を巻き込んで後ろに転がっていく。
リーズにも心配ないが……兵士が死なないかが心配だ。
最後にクレアだ。脅威ではないと判断されているため、群がる兵士は少ない。だがその少ない兵士にずいぶん梃子摺っている様子だ。
右の兵士に剣を振れば左の兵士が攻撃を仕掛け、前に意識を向ければ後ろから殴られる。集団戦の悪いパターンだ。ターゲットを一撃で撃破できないとこうなる。
これは拙いな。すぐに救援に向かわないとクレアが負けてしまう。負けることは悪くないのだが……袋叩きにされるとトラウマになってしまうかもしれない。
教官に意識を集中し、一気に畳み掛けたい。懐に潜り込んで蹴り……はさっきやった。さすがに二度目は通用しないだろう。
硬化した短剣で大剣を弾いて教官の体勢を崩す。向う脛を蹴って左手で顎先を殴り、剣先が下を向いたところで短剣を右肩に振り下ろす。その勢いのまま左手首に短剣を当て、大剣を落とすことに成功した。
このスキを逃すと面倒だ。鳩尾に蹴りを入れて訓練場の隅まで吹き飛ばし、教官の排除に成功した。
すぐにクレアのもとへ駆けつけ、邪魔な兵士をなぎ倒した。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけ無いでしょ!」
意外と元気そうでよかった。クレアは囲まれて一斉に攻撃を受けながら、致命傷を上手く避けている。戦闘中の集中力はたいしたものだ。決定打に欠けるものの現状維持はできているみたいだった。
しかしこのままではジリ貧だっただろう。多対一では疲労度が全く違う。あっという間に体力を奪われて勝負が決まってしまう。
周囲の兵士を排除してクレアへの救援を終えた頃には、もう無事な兵士は1人しか残っていなかった。
「これで終わりですっ!」
「ごへぁ……!」
ルナの一撃で、最後の兵士が崩れ落ちた。訓練場を見渡すと、治癒魔法使いがクソ不味いポーションを片手に大急ぎで治癒をして回っている。
治療を終えた兵士も疲労困憊の様子で、座ったまま動けないでいる。
「本日の訓練はこれにて終了だ。コーとその仲間たちの健闘を讃えよう。これだけの人数差がありながら、無様にも完敗だ」
ただ1人、グラッド教官だけが元気に立ち上がり大声をあげる。あっさりと負けを宣言すると、そのまま城の中へと歩いていった。
訓練の終了を宣言されたので、クレアに治癒魔法を掛けた。クレアだけがずいぶんボロボロになっている。前から着ていた革鎧はもう限界だろう。今にもバラけてしまいそうなほどボロボロになっている。
「みんな、お疲れ様。よく頑張ったね」
「お疲れ様でした。
思っていたよりも簡単でした。怯えていたさっきまでの自分が滑稽に思えますね」
「どこがよ! まだ足が震えているわよ! アタシはもう嫌だからね!?」
「えー? 楽しかったよー?」
3人が各々の感想を述べる。やはりルナとリーズには楽勝だったようだ。武器の相性が良すぎて正直ぬるすぎたくらいだ。
「今回は教官が戦略を誤ったからな。ルナに接近戦を挑み、リーズに槍での戦いを挑んだ。本来なら逆だ」
「確かに……そうですね。兵士さんたちは、私の攻撃に当たりに来ているように感じました」
「そうだねー。あたしもそんな感じだったよ? どんどん飛んでいくから気持ちいいの」
「あんたたちと一緒にしないで! アタシなんて……治療してもらったけど、まだ痛いような気がするわよ!」
クレアはかなり攻撃を貰っていたからな。俺が割って入らなければ袋叩きになっていた。
集団戦はこれが怖いんだよ。一度躓いただけで囲まれて一斉に叩かれる。だからこそ先に人数を減らす必要があるのだ。
「ルナとリーズもクレアの状態を把握していたよな? これが集団戦のリスクだ。たとえ格下が相手だったとしても、一度の油断と失敗で簡単にクレアのような状態に陥る。2人も注意してくれ」
俺の締めの一言だ。これで今日の訓練は終わり。集団戦には驚いたが、結果的にとても良い訓練になった。
この後はポーション作りの道具を買いに行く予定なのだが、まだ早い時間なので確実に時間が余る。
ついでに何かしておきたい。みんなの意見を聞こう。
「まだ日が高いが、どこか行きたい所はあるか?」
「……私、魔導院に行きたいです。せっかく来たので、みんなの顔を見たいです」
魔導院は宮廷魔導士の作業場兼住居、ルナの古巣だ。俺も何度も顔を出しているから、みんな顔見知りだ。現状報告や魔道具の情報も聞きたいから行きたいな。
「俺は行きたいと思うが、みんなはどうだ?」
「行きたーい!」
「アタシも付き合うわよ」
全員了承ということなので、全員で魔導院に向かう。リーズは魔道具職人だし、クレアは職人の娘だ。2人とも興味が無いわけではないだろうな。
兵士に挨拶をして訓練所を後にした。エルフのことは教えたほうがいいのかなあ……。たぶん知りたいだろうな。