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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第四章 王都の裏側編
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ブートキャンプ(実戦編)

 俺たちは訓練場に着き、訓練の開始を待つ。まだ訓練の準備ができていないので、少し時間が空いたのだ。

 ギルバートと話をして開始を待とうと思う。


「そういえば、なんでお前らはグラッド教官のことを『部隊長』と呼ぶんだ? 隊長じゃないのか?」


 部隊長という呼び名がイマイチしっくり来ない。聞き慣れていないんだ。


「ああ、グラッド隊は大隊だからな。グラッド部隊長の下に8つの小隊がある。小隊の隊長と区別するためだよ」


「へぇ、そういうことか。中隊が無いのは?」


「ただの隊員不足だ。常に募集をしているんだが、定員に達したことは一度もないよ。

 ところで、コーはずいぶん活躍しているみたいじゃないか」


「そうか?」


「ゴブリンだよ。兵士が討伐記録を付けているんだ。民間人が討伐した時は、おれたちのもとに報告書が回ってくる。

 200超えとは、なかなかやるじゃないか。実はおれたちの部隊も先日300匹ほど駆除してきたところなんだ」


 俺たちの記録を軽く抜いていくなよ……。魔物とのエンカウントは運の要素もあるからなあ。こいつらは運が良かったんだろう。羨ましい。


「そんなに居たなら、かなり儲かっただろう」


「お前らと一緒にするなよ。兵士は任務中に討伐しても報酬は出ないんだ」


「うわ……そうだった。それは残念だったな」


「逆だ。おれたちが駆除できれば、民間人に支払う報酬が少なくなる。その分、兵士の予算が増えるんだよ」


 どうやら兵士の予算と討伐報酬の予算は出処が同じらしい。本来兵士のために使うべき予算を討伐報酬にしているのか。冒険者はメリットを得るために討伐し、兵士はデメリットを回避するために討伐するんだな。

 結果的に魔物の数は減るのだから問題ないわけだ。


「ほう。対決ということだな? 受けて立とう。大量に討伐してきてやる」


「止めてくれ! おれたちの給料が減る!」


「いいじゃないか。面倒な仕事が減るぞ? お前らは王城の警備兵だろうが」


「それは違うぞ。 グラッド隊は斥候部隊だ」


「はぁ? 斥候?」



 斥候と言えば、できるだけ敵との遭遇を避けて情報を持ち帰るのが主な任務だ。そのため、戦闘能力よりも調査能力や移動速度を重視される。

 そう考えるとこの部隊は少し様子がおかしい。訓練は生還の確率と任務遂行能力を高めるために必要なことだが……。


「斥候と言えば、最前線に配備されるものだろ?」


「お前の国ではどうだったか知らないが、この国の斥候は最後尾から前衛の兵団を追い抜いて、真っ先に敵地に乗り込むんだよ」


 ギルバートが説明するが、やはり様子がおかしい。斥候と言えば、常に最前線に居て、必要な時に偵察に向かうのが仕事なはずだが……。


「ちょっと何言ってるかわからない。斥候の定義とは何だ?」


「真っ先に現場に潜入して、地形や敵の状況を把握する」


「そうだな」


「そして、可能ならば敵を殲滅して帰還する」


「それがおかしい!」


「どこがおかしい? この国ではそれができないやつは斥候とは呼ばないぞ。ただの先行隊だよ」


「なるほどな……。よくわかったよ」


 この国の斥候の定義はおかしい。少人数で敵地に潜入して破壊工作を行う……それは地球では特殊部隊と呼ぶ。



 ギルバートと話をしていると、訓練用の武器が運び込まれた。訓練用の剣は刃がない鉄の塊だ。普段の武器を使うことはできない。

 全員で訓練用の剣を手に取るが、俺たちが普段使う武器は少し特殊なものが多い。訓練用の武器中に、同じ形のものなどあるわけがなかった。

 何とかならないかな……。エルフの長老に聞いた魔法属性で解決できそうだ。金属の加工なら『変質』と『操作』で形を作ることができると聞いた。


 試しに片手剣を加工してみる。80cmほどある片手剣の刀身を、50cmほど落とす。形を整えて……。

 一応短剣の形をした鉄の棒ができた。これは慣れがいるなあ。


「おいコー、何をしているんだ……?」


 片手剣を片手にうんうん唸っている俺を不審に思ったのか、ギルバートが話しかけてきた。


「俺たちが普段使っている武器に合わせようと思ってな。なんとなく形ができたからこれを使うよ」


「どうやってやったんだよ……? いや、そうじゃなくて、それは一応兵営の備品なんだけど」


「どうせ壊すんだからいいじゃないか。4本くらい」


「まあ、そうだな。じゃあ壊れた剣を持ってくるから、それを使え」


 ギルバートはそう言って4本の壊れた剣を持ってきた。折れたり曲がったりした片手剣と大剣だ。

 それぞれを適当に作り変え、みんなの分の模擬剣を作成する。リーズの武器は長柄なので、ただの鉄の棒を作って代用にする。


「じゃあ、みんなはこれを使ってくれ」


「コーさん、これどうやって作ったんですか……?」


「エルフの長老に聞いた魔法属性だよ。ルナも練習してみなよ。身体強化の応用だから、すぐにできるようになるはずだ」


 ルナとリーズは身体強化が使えるようになっている。すでに初期の俺よりも上手く使えているはずだから、魔法も簡単に使えるだろう。




 武器の準備を終えると、久しぶりのグラッド教官がにこやかに登場した。見るからに機嫌が良さそうだ。……危険だな。

 この人は機嫌がいい時ほど手加減ができなくなって、やりすぎる傾向にある。俺も気合を入れて掛からないとなあ。


「それでは訓練を開始する。まずは各々武器を取り、素振り!」


 兵士が素振りを始め、ルナとクレアとリーズがそれに続く。みんな素直に従っているようで安心だ。特にリーズ。妙な動きを見せる気配は無い。俺が渡した鉄の棒を握って振りを確かめている。


「コー、お前はこっちだ。久々に模擬戦をやろう」


 ノリノリで笑顔のグラッド教官。のっけから全力だな。身の丈ほどある大きな剣を中段に構え、俺が武器を構えるのを待っている。感じる威圧感から、本気モードであることがわかる。


 せっかくだから教官から貰ったアドバイスの一つ、威嚇をしてみよう。多少は上達しているところを見せないとな。

 ターゲットを教官1人に絞り、威嚇の魔法を全力で使う。エルフの魔法属性を意識するなら、おそらく『付与』だ。ターゲットに“恐怖心”を付与する。


「ぬっ……」


 教官がうめき声を上げて厳しい顔をした。


「腕を……上げたな……」


 グラッド教官はそう言い終えると、ガタガタと小刻みに震え、剣を地面に落として『ズシャ』と顔面から崩れ落ちた。

 あれ? 気絶しちゃった? やりすぎたかな。教官に近づき、治癒魔法をかける。


「大丈夫ですか?」


「コー、今のは何だ? 頭の中をかき回されたような気分だった」


 なるほど、そうなるのか。恐怖を与えるというより、感情を無理やり揺さぶる魔法になったみたいだな。予想とは違う結果だが、調整次第でかなり使い勝手が良い魔法になりそうだぞ。


「魔法です。教官が相手でしたので、全力で掛けました」


「ふむ……その魔法はよく注意して使いたまえ。しかしこれでは剣の訓練にならん。攻撃魔法は無しだ」


 あらためて教官と対峙する。今度は魔法無しだ。片手剣を強引に加工して作った短剣型の鉄の棒だが、使い慣れた長さだから問題ない。


『ガキィ!』


 グラッド教官は躊躇なく全力の一撃を振り下ろした。教官が持つ大剣は俺の頭上から高速で襲いかかるが、短剣で受ける。大剣をそのまま横に逸らして地面に逃した。

 大剣は地面に浅く突き刺さる。教官は土を巻き上げながら大剣を頭上高く振り上げた。


 もう一度振り下ろしが来る。


 教官の懐に潜り、短剣で右手首を打ち付けた。教官の顔が痛みに歪み、手首が曲がってはいけない方向に曲がった。

 大剣のように派手に吹っ飛ばすことはできないが、確実にダメージが入った。並の兵士ならこれで終了だろう。


 しかし教官は並の兵士ではない。利き手ではない左手1本で大剣を構え、まるで片手剣を扱うかのように突きを繰り出した。

 首元に襲いかかる剣先を短剣で弾き、再度懐へ潜り込む。


 この世界に来たばかりの時は苦戦していたが、王城を出る頃にはこちらから攻撃する余裕があった。そして今、こちらのペースで攻撃できている。小回りの効く短剣なら懐に入ってしまえば圧倒的に有利だ。

 しかし短剣での一撃ではダメだ。地味だから勝負が決まらない。


 短剣で牽制しながら、左に回り込んで鳩尾をめがけて蹴りつけた。


『ボゴォッ』

 教官は音を立てて宙を舞い、5回ほど回転してエビ反りの体勢のまま停止した。地面に打ち付けられた手足が、あらぬ方向に曲がっている。……死んでいないよね?


「ゲフォッ! ゲホッグォッホォ!」


 剣を杖にして起き上がり、咳き込みながら赤い液体を吐き出す教官。良かった。死んでいない。

 隊所属の治癒魔法使いが大急ぎで教官に駆け寄り、治癒を施している。これで安心だ。


「グラッド教官、大丈夫ですか?」


「うむ。大丈夫だ、問題ない。本当に腕を上げたな……。いずれまた模擬戦をしよう」


 教官は、何事もなかったかのように体に付いた土を払い、手足の動きを確認している。治癒魔法は上手く効果を発揮したようだ。


「あたしもやりたーい!」


 訓練場の隅で素振りをしていたリーズが言う。どうやら俺を見て興味が湧いたらしい。今のリーズなら、グラッド教官が相手でもそこそこ勝負になりそうな気がする。


「俺は構わないが……。グラッド教官はどうです?」


「ふむ。いいだろう。稽古をつけてやる」


 リーズは笑みを浮かべながら「おねがいしまーす」と言って教官の前に立った。

 ちなみに、ここの訓練では開始と終了の合図など無い。向かい合ったら開始とみなし、スキを見て攻撃を仕掛けるのが通例だ。そして、剣を捨てて降参するか相手を吹き飛ばすまで模擬戦は終わらない。


「えいっ!」


 先に動いたのはリーズだ。体の正面で棒を構え、鋭い踏み込みで教官の胸元を突く。教官はスルリと躱し、大剣で横薙ぎの一閃を放つが、リーズはバックステップで避ける。大剣を振り下ろせば横に躱し、棒を振り回せば軽くいなす。まさに一進一退という様子だ。

 しかし、両者がまだ本気を出していない。リーズの動きはいつもよりも荒く、教官もまだ本気モードではない。


「すごいですね……」


 リーズの戦いぶりが気になったのか、ルナが隣に来て言う。

 いやいや、ルナも十分戦えると思うぞ。一騎打ちに向いた戦い方ではないから模擬戦では苦戦するかも知れないが、ルナはリーズよりも安定感がある。


「まだだ。お互いまだ本気じゃない。……そろそろ来るぞ」


 教官は一歩後ろに引き、剣を構え直すと、威圧感が一気に膨らんだ。リーズも何か感じたようで、目つきが変わる。まるで獲物を追う獣のようだ。


「ふんっ!」


 掛け声とともに剣を振り上げる教官。だが……一歩遅い。リーズはそれ以上の速度で踏み込み、横に薙ぎ払った。ガラ空きになった教官の胸に、リーズの棒が食い込む。


「ごはぁっ! ぐへっ……ごふ……」


 またしても宙を舞うグラッド教官。今度はきれいに弧を描いて頭から着地した。……死んでいないよな?


「やったぁ!」


 殺っちゃった?

 いや、剣を杖にして起き上がった。良かった、死んでいない。


「グバァッ! ゴファッゲフォッゴフッ!」


 さっきよりも盛大に血を吐く教官。大急ぎで駆けつける治癒魔法使い。治癒を受けて元気いっぱいの教官。よし、ワンセット完了。


「リーズ! よく頑張ったな。やるじゃないか」


 俺はそう言ってリーズの頭を撫でた。ルナも「おめでとうございます」とリーズをねぎらう。


「ありがとぉ!」


 照れ笑いを浮かべ、頬を赤く染めて尻尾を振るリーズ。

 リーズが持っている模擬剣は、剣ですら無い本当にただの棒なのだが、もし本物のグレイヴなら教官の体は2つに分かれていただろう。

 大金星と言っていい。この隊で一番強い教官に勝ったのだ。これは後で何かご褒美だな。


「教官、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ……問題ない……彼女は何者だ……?」


「俺のパーティメンバーです。普通の魔道具職人ですよ」


 教官は疲れたような表情を浮かべ、力なく「そうか……」と呟いた。

 どうせならルナとクレアにもアドバイスをしてほしいところなのだが、体力的に大丈夫だろうか。


「残りの2人もやるか?」


 教官は姿勢を正して聞いてきた。


「いいんですか? 教官がやると言うなら是非お願いをしたいところですが……。

 あいにく彼女は集団戦特化ですし、向こうで素振りをしている彼女はまだ経験不足です。模擬戦ではなくアドバイスがいただければ、と思います」


 ルナとクレアを指して言う。ルナはやや非力であるため、派手な戦闘に向いていない。乱戦時に急所を刺して一撃で沈める戦法に特化している。クレアは単純に戦闘経験が不足しているので、教官が相手では荷が重い。


「そうか。それならば良い訓練があるぞ。本当はお前にもやるはずだったのだがな」


 ルナは必死で首を横に振り、やらないと抗議している。

 この教官が勧める訓練だということに一抹の不安が残るものの、模擬戦よりも厳しいということは無いだろう。せっかくの機会だからルナにもやってほしい。


「ルナ、こんなチャンスは滅多にない。教官が良い訓練だと言っているんだ、やってみよう。俺が一緒にやってもいいから。な?」


 俺の必死な説得で、ルナは不承不承ながらコクリと頷いた。クレアには確認していないが、元々クレアのための訓練だ。嫌とは言わせない。


 さて、訓練も後半戦に突入だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 流石になんの経験もないリーズが勝ってしまうのは如何なものかと思う
[一言] 「この国の斥候の定義はおかしい。少人数で敵地に潜入して破壊工作を行う……それは地球では特殊部隊と呼ぶ。」 威力偵察じゃないかな?
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