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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第一章 旅をしたいのに王城から出られません
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イケメンおじさんは異様に強いと相場が決まっている

 まず手に取った本は『オーラと魔力』



 紙が貴重ということもあってか、本一冊は割と薄い。内容が濃いのだと思うが、濃すぎて理解できないことも多少あった。

 それでも、本の通りにいろいろ試した結果、予想外にあっさりうまくいったみたいだ。以前からよくやっていた瞑想が効果的だそうだ。


 趣味のキャンプをしていると、何もすることがない時間がかなり多い。

 雨が降ると拠点から出られなくなるし、火が使えないので何もできない。


 そんな時によくやっていたのが瞑想だ。


 瞑想しながら冗談半分で気配察知とかできないかと思って練習していたら、周囲の獣が何となく分かるようになった。

 調子に乗って隠形とかできないかなーと森の中で瞑想していたら、素手でうさぎが捕まえられるようになった。




 その時の経験を基に瞑想をしてみると、あっさりと魔力を感じることができた。

 自分の中にある魔力と、周囲の空間にある魔力。


 自分の中で循環させると、身体能力が上がったのがわかる。どれくらい強化されたかは訓練で試してみないとわからないな。


 周囲の魔力に意識を向けると、何となく周囲の状況がわかる。気配察知だ。


 うさぎを捕まえた時の感覚を思い出し、自分から漏れ出している魔力を限界まで抑えることも試した。たぶん、存在感が無くなるんだと思う。


 魔力が明確になったおかげなのか、日本に居た時よりも強化されている。




 実践しながらの読書だったため、昼までには一冊しか読めなかった。

 せっかく紹介してくれた本だから、わかりやすい場所に固めてしまっておく。


 明かりが着いていないランプを見つけたので試してみたら、明かりがついた。確かに簡単だな。


 ランプの明かりは点きっぱなしなのだが、そろそろ昼だと思う。時計が無いのでわかりにくいが、鐘の音が聞こえた。

 何時なのかはわからないが、一日に何度か鐘が鳴っている。朝は短い鐘が二回。しばらく時間を空けて長めの一回。たぶん昼の合図だと思う。


 食堂に来てみたのだが、食堂には誰も居なかった。時間間違えた? とりあえず倉庫に帰ろうと廊下に出たらギルバートが居た。


「よう、訓練に参加するかい?」


 いつも陽気なギルバート。


「ああ、そのつもりだ。しかし、昼食はどうなっているんだ?」


「ん? そんなもの無いぞ?」


 おや? こりゃ昼食という文化自体が無いんだな。


「ああ、すまない。俺が元いた国では朝、昼、夕の三食が普通だったんでな」


「そうか。珍しいな。パンや干し肉を持ち歩いて、休憩時間に食うんだよ。昼の鐘が休憩の目安だな。

 兵士には関係ないが、文官はその時に休憩しているよ」


 昼の鐘だったのは予想通りだな。昼に何も食えないというのはキャンプでは普通のこと。慣れているので問題ない。

 でも、明日からは朝食のパンを数個貰っておいたほうが良いな。


「ところで、俺の指輪の不具合があって、俺の言葉は片言で聞こえてるらしいな」


 一言断ったほうがいいと思う。練習相手にもなりそうだし。


「不具合だったのか? 喋り方が変な奴なんだと思っていたよ」


 やっぱりこいつガサツだな。良く言えば豪快、かな。何にせよ悪いやつじゃないな。


「しばらく言葉の勉強をする。そのうち上手くなるよ」


「まあ、気にすんな。訓練行くんだろ? 何か食っておいたほうがいい。おれの干し肉やるよ」


 そう言って干し肉(謎肉)を渡してきた。マジで何の肉なんだろう。しかし食える時に食うというのは鉄則。ありがたく貰っておく。




 ギルバートの案内で到着した場所は城の外。大きな広場があり、数人の軽装の男が準備運動をしている。

 訓練は鎧無しのようだ。体術の訓練かもしれない。考察をしていると、ギルバートが教えてくれた。


「早朝の訓練は鎧を装備して行軍訓練、午後の訓練は軽装で剣術と体術の訓練だ。

 教官の機嫌次第で難易度が変わるから気を付けろ」


「怒らせないように気を付けろってことか?」


「いや、怒らせないのは当然のことだが、今日の教官は機嫌が良い時の方が危ない。

 教官のテンションを上げないように気を付けてくれ。死人が出る」


 まじかー。ノリノリになっちゃうのかな? 怒らせるのは問題外、ヨイショして機嫌を取ると地獄。難易度が高い人みたいだ。


「特に、予想以上に良い動きをする奴とか、才能がありそうな奴を見つけた時が危険だ。俺たちでは止められなくなる」


「気を付けるよ……」


 引きつった顔で返事をした。

 バトルジャンキーかよ。結局普通に訓練しても危ないじゃないか。目をつけられないようにおとなしくしていよう。


「訓練は毎日やっているのか?」


「平時は毎日やっているが、毎日訓練に参加するわけではないぞ。隊によって割り当てられている。

 非番の者が任意で参加することもあるがな」


「なるほど。今はできるだけ参加したいから助かるよ」


「いい心がけだな。明日の早朝訓練も参加するか?」


 ギルバートはニヤニヤしながら聞いてきた。

 行軍訓練ということは、おそらく基礎体力の訓練だろうが、ニヤニヤが引っかかる。


「鎧が借りられるなら参加したいな」


「ハハハハ。聞いておいて何だが、止めておいたほうが良い。午後の訓練で様子を見てからだ」


 アメリカンな笑い声を上げながら返事を返す。


「キツイのか?」


「キツイな。初めて参加した時は無事に帰還できる気がしなかった」


 おいおい、訓練で何をするんだよ。


「どんな訓練なんだ?」


「あっちに山があるんだが」


 うっすらと見えている山を指差して言う。結構離れているな。


「食料を担いであの山の頂上まで行って、朝食を作って食い終わったら帰ってくる。それだけだ」


 ただのハイキングじゃないか。でも装備と食料と水で相当重いな。


「ただし、移動中はほぼ全力疾走。遅れると朝食が食えない。

 朝食の撤収までに間に合わないと置いていかれる。魔物がうろつく森の中、一人で走って帰ってくることになる」


 下手したら死ぬじゃん。


「おいおい、死んだらどうするんだ」


「今のところ死者は出ていないが、危険な目にあっても助けてはもらえないな。

 一応、遅れた者は教官の補佐が監視している。死んだら連れ帰ってもらえるぞ」


 要するに、死ぬ前提の訓練だと……。運良く死人が出てないだけじゃないのか?

 いや、たぶん補佐が周囲の魔物を駆除しているんだと思う。緊張感を持たせるための演出だろうな。


 何にせよ、予想以上にキツイ。無理だな。


「なるほどね。いずれ参加させてもらうかもしれない」


 言葉を濁して断っておく。


「生還できそうになったら改めて誘うよ」


 この国の兵士は練度が高いんだろうな。訓練を受けたいなんて軽く言ったけど、生きて帰れるのか心配になる。




 雑談を終え、しばらく準備運動をしていると、厳しい顔をしたナイスミドルなおじさんがやってきた。雰囲気から、例の教官であると推測される。


「準備はいいか? そろそろ始めるぞ」


 広場の中央に立ったおじさんが大きな声を張り上げる。


「あの人が教官だよ。グラッド部隊長。おれたちも行くぜ」


 ギルバートが腕を引いて連れていく。整列する兵士の中に混ざると、教官に声を掛けられた。


「誰だ、お前は。名を名乗れ」


「コーと申します。王様の許可を頂き、本日から参加させていただきます」


 そういえばきれいな言葉を心がけても片言に聞こえるんだよなぁ。


「そうか。聞いている。使徒じゃない方の奴だな」


 うわー、その言い方されるかー。でも確かにそうなんだよな。使徒じゃない方が定着しそうで怖い。


「そうです。よろしくお願いします」


「使徒はどうした? 一緒じゃないのか?」


「彼らはまだ疲弊しているみたいなので、参加できないと思います」


「わかった。ではお前はしばらく素振りでもしておけ」


 練習用の剣はただの鉄の塊みたいだ。刃が入っていないどころか、適当に叩いて形だけ作ったみたいな。重さとリーチの感覚が掴めればいいという考えかな。

 剣道の経験は無い。体育の授業で少しやったくらいだ。握り方と振り方を習っただけ。しかも剣のタイプも違う。


 この国の剣術は、片手剣と盾のスタイルと両手持ちの大剣のスタイルが主流のようだ。二通りある理由はわからない。一種に絞ったほうが良さそうなのにな。


 素振りしている感を出すために、小さめのクレイモアみたいな両手剣を選ぶ。

 ただし、かなり重い。普通に振るだけでも腕が上がらなくなりそうだ。さっき学んだ身体強化を試してみよう。


 軽く強化しただけのつもりだったが、剣を振るには十分だったようだ。竹刀でも振っているかのような感覚で自由に振れる。



 剣術は一から習う必要があるな。そう思って訓練中の兵士を見ると、模擬剣で打ち合いをしている姿が見えた。キン、カンと派手な音を立てて、模擬戦をしている。

 型とか構えとか決まっているのかな。見る限り、適当に感覚だけで打ち合っているように見える。


 たまに隊長が割り込んで何か指導しているみたいだから、真面目に指導してもらえると思って良さそうだ。

 訓練を眺めていると、不意に隊長と目が合った。


「おい、素振りはもういいのか?」


 おっと、ぼーっとしてるように見えたかも。


「いえ、すみません」


 すぐに素振りを再開した。


「いや、いい。こっちへ来い。打ち合いの訓練に参加しろ」


 寝耳に水だ。やってもーた。訓練初日、まだ素振り始めたばっかりだぜ。いきなり打ち合いとか無理ゲーすぎる。


「素振りだけでは退屈だろう。すぐに来い」


 逃げ口上を考えていたら追い打ちを食らった。もう逃げられない。


「まずは俺が稽古をつけてやる。構えろ。どこからでも打ち込んでこい」


 戸惑っていたら隊長自ら歩み寄り、目の前に立ちふさがった。近くで見るとものすごい()()()だ。

 ……オーラ? 自分で感じたことに違和感を持つ。オーラなどを感じたことは、今までに一度もなかった。

 しかし、隊長を目前にして確実に感じられる威圧感。無意識にそれをオーラと認識していた。


 確実にオーラだな。身体強化をすると出てくるのだろうか。それとも実力者になると普段から垂れ流しになるのか?




 しかたがない。やるしかない。覚悟を決めて剣を構える。


 初めから全力で面を打つ、当然受け流されるがそのまま左側面にステップし、死角になる位置から横薙ぎに剣を振る。すばやく弾かれて距離が空く。


 何度打ち込んだかわからない。打ち込めば流され、弾かれ、躱される。それどころか、隊長は一歩も動くこと無く対処している。

 まるで大人と子どもだ。元々まともな打ち合いになるとは思っていなかったが、ここまで来ると逆に開き直る。

 どうせ当たらないのだから殺す気で剣を振る。


 開き直ると見えてくるものもある。剣を振りながら気配を隠してみたら、意外と上手くフェイントになったみたいなので、隠形を細かくオンオフして翻弄する作戦に出た。

 数回打ち込むと、初めて隊長を動かすことに成功した。一歩だけ後退させることに成功したのだ。


「やるじゃないか。ではこちらからも行くぞ!」


 成功したけど同時に失敗した。隊長は笑みを浮かべながら剣を構え直した。とってもご機嫌だ……。

 さっき注意されたばかりだったのに……。やっちまった。




 必死で剣を受け、無様に避ける。あたったら即死じゃね?という勢いでガンガン打ち込んでくる。

 地面を転がって避け、吹っ飛ばされて地面を転がる。服はボロボロの泥だらけだ。


 もう隠形をコントロールする余裕などないので、気配察知に意識を向けている。

 実践で使う覚えたての気配察知は、相手の筋肉の動きや視線の動きが何となく分かるような気がする程度。3メートルも離れれば分からなくなる。

 それでも剣を避けるには何とか使える。


 でもこれ、いつ終わるの? 「参った」の一言も声に出せないくらい必死で避け続けている。

 身体強化はさっき覚えたばかり。なんとか剣が振れる程度の技量。かなり健闘したと思う。集中力も切れてきた。本格的にヤバイかもしれない。


 一撃を受ける覚悟でいたら、隊長が不意に距離を取った。

 隊長が剣を構えると、威圧感がどんどん大きくなる。そしてとても嬉しそうな顔をしている。

 これは本当にヤバイ。たぶん俺が避け続けたせいでご機嫌がさらに良くなったと思われる。


「参りました。もう勘弁してください」


 俺はバックステップで更に距離を取って剣を捨て、両手を上げて宣言した。


「なんだ、もう終わりか」


 教官は残念そうな顔をしている。威圧感も霧散した。


「剣はまだまだだが、動きは良い。次回からは本格的に鍛える。俺が教官を務める日は必ず顔を出すように」


 う……。次回も死にかけ決定だな。毎日じゃないのが救いだが。


「了解しました……」


 身体強化を解くと崩れるように倒れてしまった。

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