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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第三章 冒険者編
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竜の飼い主のジジイ

 長老の爺さんとは自己紹介だけをして一度別れた。テントの設営とかまどの準備があるからな。


 設営が完了する頃には日が傾き掛けていたので、そのまま夕食の準備に取り掛かる。

 今日の食材は蛇だけなのだが……。野菜が欲しくなるな。


「本当に食べるんですね……」


「嫌?」


「嫌ではないですけど……覚悟が必要です」


「楽しみー」


「そうね……アタシもなぜか楽しみになってきたわ。めったに食べられる物じゃないからね」


「でも俺たちだけで食べ切れる量ではないからな。革と今日食べる分だけを確保したら、この村に寄付しようと思う」


「そうですね。かなり困っておられたようですし、それが良いと思います」


 ルナの言葉にリーズとクレアが頷く。燻製にして保存しても良かったのだが、作業に一晩掛かるからなあ。いくら村の外れだと言っても、一晩中煙をモクモクさせるのは迷惑だろう。

 それに一晩中火の番をしなければならないからかなり大変だ。燻製は次回捕獲した時にしておこう。



「野営の準備は順調かの?」


 突然背後から声がして慌てて振り返ると、長老の爺さんが籠を持って立っていた。気配なく背後に立つのは本当に止めてほしい。というか、この爺さん気配を隠すのが巧すぎるぞ。

 気配察知の精度が落ちているとは言え、一応数メートル以内の気配ならわかるはずなのに……。リーズも一緒に驚いているから、リーズですら気が付いていないということだ。


「ああ。これから食事の準備をするところだ。

 ところで爺さん、背後から突然声をかけるのは止めてくれ。いちいちびっくりする」


「それはすまんかったの。儂の悪い癖じゃ。

 それより、差し入れじゃ。饗しと言うには貧相なものじゃが、この村の野菜じゃよ」


 長老はそう言って籠に入った貧相な野菜を俺に渡した。いかにも夏野菜的な物が揃っている。トマトやきゅうり、ナス、とうもろこしのような日本でも定番のラインナップだった。

 地球とあまり違わない野菜なのだが、明らかに小さく、形も悪い。地球の野菜はチート改良が施されているので比べるのが申し訳ないが、王都で手に入る物よりも貧相なのは何故だろう……。


「ありがとう。助かるよ。ちょうど野菜が欲しかったところだ」


 俺は貰い物に文句を付けられるほど図太くはない。素直にお礼を言う。


「しかし、その……村のみんなの名誉のために言っておきたい。

 村の野菜が貧相なのは今年だけじゃ。いつもはもっと立派な実をつける。

 畑が小さくなった分、一つの畑に撒く種の量を増やしたのじゃ……。そのせいで小さくなってしもうた」


 ああ。交易できない弊害がそんな所にも出たか……。他所から食料を買うこともできない、完全な自給自足だもんな。野菜でこの状況ということは、麦のような主食もこんな状況なんじゃないのか? この村、結構詰んでいるぞ。


「なるほどな。大変そうだな。今日はこの蛇を寄付させてもらうが、主食は足りているのか?」


「お主は痛い所を突くのう……。小麦の備蓄は残っておるから、今年は心配には及ばぬぞ。

 しかし、マンバの肉は本当に貰っても良いのか? 保存食にすることもできるじゃろうに」


 爺さんはさらっと流したけど、たぶんピンチだな。爺さんは今年はと言った。去年の残りがあるから今年は平気。でも来年の分は保証されていないという状況だろう。

 だからといって俺にできることは無いからなあ。しばらくの間は俺が交易商をやってもいいが、この村には金があるのだろうか……。


「保存食を作るのも手間がかかるからな。蛇は気にしないでくれ。

 それと、食料で困った時は言ってくれ。王都で仕入れてきてやる。その分の金は貰うけどな」


「ふむ……。すまない、そう言ってもらえると助かる。金は村の倉庫を探せば多少は有るはずじゃ。大昔の物じゃがな」


 爺さんは少し考えながら言った。

 大昔ということは、戦争前の金か? もしかしたら美術品的な価値が付いているかもしれないな。ただの思いつきだったが意外といい交易になるかもしれない。


「なあ、爺さん。あのドラゴンは今日は居ないのか?」


「おるにはおるのじゃがな。どこで何をしてきたのか、魔力を使い切って寝ておるよ」


 俺と遊んでました。とか言ったら怒られそうだな。いろんな方面から。

 でも交易をするなら邪魔になりそうなんだよなあ。一応和解しておきたい。


「すまないが、起きたら教えてくれ」


 爺さんは蛇肉を受け取ると、礼を言って去っていった。

 俺達も、野菜を持ってきてくれた爺さんに感謝をしながら夕食の準備を続ける。




 火を起こし、一通りの下拵えを終えて一息ついていると、遠くから何かが飛んでくる。サイズ、シルエット、飛び方。すぐにわかった。あのドラゴンだ。


『人間共! 何故ここに居る!』


 顔を合わせてすぐに喧嘩を売るドラゴン。空に浮いたまま俺たちを怒鳴りつけた。

 面倒なやつだよ、本当に。


「お前が案内してくれたからな。堂々と正面から入らせてもらったよ」


『貴様! 後をつけたか!』


 そう言って火を吐こうとした。モーションがわかりやすい上に溜めが長い、欠陥技だ。ただし今回は空の上から。殴って止めることが困難だな。

 チラリとルナとリーズを見ると、警戒はしているが手を出せないで困っていた。

 ……うーん、やっぱり俺がやるしかないよなあ。

 アンチマテリアルライフル通常弾の準備をする。今回はこちらも威嚇射撃のみだ。小指ほどの鉄の弾丸を5発、空中に浮かべた。


「俺が威嚇をする。シールドで防御するから、みんなは俺の後ろにいてくれ」


 みんなに指示をを出すと、3人は頷いて俺の後ろに並んだ。

 顔のすぐ横を狙って、撃つ。乾いた音を立てて飛んでいった弾丸は、ドラゴンの翼の端を貫いて夕空の彼方へと消えていった。

 やべえ、当たっちゃった。

 ドラゴンは驚いた顔をしたが、攻撃を中断しようとはしていない。続けて残りの4発も撃ち込む。この弾丸は上手くドラゴンの頭の横を掠めていった。



 しかしまだ火を吐く準備を崩さない。まさに炎を吐き出そうとした瞬間。


「待たんか! 馬鹿者!」


 爺さんだ。またしても音もなく俺たちに近づき、フッと飛び上がってドラゴンの頭を殴りつけた。「ゴッ」と鈍い音を立ててめり込む拳。あんなのジジイの一撃じゃないぞ……。

 ドラゴンは涙目で地上に下り、身を縮こまらせた。


『しかし長老……人間ですぞ……』


「余計な諍いを村に持ち込むな。馬鹿者が」


 ドラゴンはしゅんとしている。完全に叱られる犬だ。飼い主が長老ということでいいのかな。


「ウォルファンと言ったか? 俺はこの村と争うつもりはないんだが、お前はどうなんだ?」


『人間如きがその名で呼ぶな! へぶっ!』


 ドラゴンが文句を言うと、長老がドラゴンの足を力強く踏みつけた。ジジイの細いかかとが足の甲に突き刺さる。……あれは痛いぞ。


「長老もそのへんで許してやってくれ……。で、どうなんだ? お前が争うつもりなら村の外で決着をつけようか?」


 長老はドラゴンに目配せをすると、ドラゴンは不承不承に俺たちに頭を下げた。


『すまなかった』


 一応これで手打ちということでいいのかな。


「俺も当てるつもりは無かったんだがな。少し当たってしまった。悪かった」


「儂の身内が失礼した。ウォルファンには儂から言って聞かせるので穏便に済ませてほしい」


「いや、いいんだ。何度も言うが、俺たちは争うつもりはない」


「ところで……お主のさっきのアレは何だ?」


 使う度に聞かれているな……。いいかげん説明が面倒になってきたぞ。


「魔法だ」


 説明が簡略化されるのは仕方がないことだと思うよ。もっとわかりやすい魔法を開発するか……。


「それは見ればわかる。人間の魔法はそこまで発達しておるのか?」


「いえ、コーさんだけおかしいのです。私たちは今も昔も詠唱で魔法を使います」


「俺の魔法はエルフの魔法のようだと言われたのだが、違うのか?」


「ふむ……近いのは間違いないのう。しかし我々が使う魔法とは違う。人間が使う魔法が詠唱魔法というのなら、我々の魔法は抽象魔法じゃ。

 お主の魔法は抽象魔法に近いが、魔法の属性を無視して強引に発動しておる」


「じゃあ、俺の魔法は何なんだ?」


「ありえんほどの魔力で無理やり発動させるゴリ押し魔法じゃな」


 酷い魔法でした。使えているんだからいいじゃないか……。属性って言われてもなあ。


「属性がどうもよくわからない。水とか火とか言われても、どうもピンとこない」


「水? 火? そんなものは属性とは言わんぞ?」


「ちょっと待ってください! それはどういうことですか? 私はそれ以外の属性を知りません」


 ルナが顔色を変えて言うが、俺も同感だ。王城ではそう説明されたからなあ。で、違和感だけが残った。


「お主らがどういう原理で魔法を使っているかは知らぬが、我々の魔法は自然の摂理を利用し、または干渉して発動させるものじゃ。

 属性は変質、変化、錬成、操作、付与の5つじゃな」


「そうなんですか……。教えていただいてありがとうございます」


 ルナが妙に腑に落ちたような表情をしている。何か感じるものがあったのだろうか。俺も何となくわかった。

 炎を出す魔法は空気の温度を上げるだけだ。炎は赤いものだという先入観が赤い色を付けている。

 アンチマテリアルライフルの魔法は、鉄を発生させて運動エネルギーを与えている。一瞬で最高速度に到達するのもその効果だ。


 どれも自然現象の延長上にある。突き詰めれば原子もエネルギーの塊だから、エネルギーを与えれば原子も発生する。

 俺が鉄を出す時は“無”から強引に発生させているんだが、もしかしてもっと省エネな方法があるってこと?


「メモを取るからちょっと待ってくれ。もっと詳しく知りたい」


 爺さんの授業が始まった。ルナは一緒に授業を受けることを希望したので、クレアとリーズに夕食の準備を任せ、2人で爺さんの講義を聞いた。ウォルファンは律儀にもその場に待機し続けている。帰っても怒られないと思うのだが……。


 完全に日が暮れ、夕食の準備が終わった。爺さんも一緒にと誘ったのだが、もう自分の家で準備されているということで今日はお開きとなった。

 時間が短かったこともあり、あまり詳しくは聞くことができなかった。しかし大収穫だ。特に魔法の属性。確かにこれを知らないと魔法が使えないわ……。


 属性と主な効果はこうだ。

『変質』

 対象の性質を変える。物を固くしたり柔らかくしたりする。

『変化』

 対象の状態を変える。温度を変える、雷を起こす。

『錬成』

 魔力を物質に変換する。水を出す、石を出す。

『操作』

 対象を操作する。物を動かす、風を起こす。

『付与』

 対象に効果を与える。魔道具作成など。


 詠唱魔法でも中身は同じ。詠唱というキーワードで発動しているだけだ。属性と自然の摂理を学ぶ必要が無いので比較的簡単。

 マジックバッグのような空間を操作する魔道具は『変質』と『操作』を同時に発動しているみたいだ。異世界召喚はこの延長にあるというのは間違い無さそうだな。

 結局俺の身体強化は謎のままだった。全属性を同時に発動しているようなのに、消費魔力が極端に少ない。爺さん曰く「ありえん」だそうだ。


 魔法の効果は熟練度で大きく変わるという。このまま研究を続ければ帰る方法は解決できそうだ。何年掛かるかわからないけどな……。



 今日は村の中ということで見張りを立てる必要がない。貴重な休息日になった。テントである以上ある程度の警戒は必要なので、警報の魔道具だけをセットして休むことにした。

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