村人と邂逅
さっそく第一村人発見だ。近くの畑で作業をしている。さっそく声を掛けてみよう。
「こんにちは」
「誰……?」
第一村人は酷く驚いたような顔をして、こちらを見つけるなり声を掛けてきた。
たぶんエルフだ。20代くらいのキレイな女性で、金色の長い髪を後ろで縛っている。耳が少しだけ尖っているようだが、それ以外の見た目は人間と変わらない。
「すまん、驚かせて悪かった。俺たちはエルフについて調べている者だ。
危害を加えるようなことはしない。話をさせてもらえないか?」
「……誰か来て!!」
言葉は通じるのか心配だったが大丈夫だった。でも第一村人に仲間を呼ばれた。ちょっと面倒かな……。
第一村人は、鎌を構えて臨戦態勢だ。武器を取り出そうとしたリーズとクレアを無言で制止する。
「何事だ!」
剣を持った2人の女の子が駆け寄ってきた。どちらも小柄な金髪少女だ。少女が持つ剣は、ファルカタ型の片手剣ではなく普通の両刃の片手剣。マクハエラはどこに行った? 伝説の剣を持ってこい。
「やあ。こんにちは」
「誰だ!? どうしてこの村に入れた!?」
できるだけにこやかに、爽やかに、挨拶をしたつもりなんだが、警戒を解いてくれない2人。
エルフは結界が突破されたことが不思議でしょうがない様子だ。俺も何故突破できたのかはわからない。ルナが何かしたんだと思うが……。
「ルナ、どうして結界を突破できたんだ?」
「わかりません……。何故か、こうすることが正しいと思ってしまいました。ここまでの道順もそうです」
「君たちは……?」
俺たちの後ろから突然声が掛けられた。
驚いて振り返ると、いつの間にか背後に1人の白髪の小柄な爺さんが立っていた。口元には白い髭をたくわえているが、どことなく上品に見える。
その爺さんは武器のような物は持っておらず、無警戒で俺達に歩み寄ってくる。その瞳は自信に満ち溢れているようで、威厳のようなものを感じた。
「どうしてこの場所がわかったのじゃ?」
爺さんが質問を重ねる。不安や戸惑いの色は見えない。堂々とした佇まいで、俺たちをじっと見つめた。
「親切なドラゴンが案内してくれたぞ?」
嘘はついていない。俺たちはあのドラゴンを追ってきただけだからな。……もしかしたらアイツは罠に掛けたつもりだったんじゃないのか?
普通の人間なら結界に近付いた時点で遭難する。近くに川も無いただの森で遭難したら、生きて帰ることは困難だからなあ。
「む……ウォルファンが連れてきたと……」
アイツ名前があったの? やはりエルフの飼いドラゴンだったか。
「そうだな。アイツは案内したつもりは無いかもしれないがな」
「失礼なことはしておらぬか? ウォルファンは極端に人間が嫌いじゃからのう」
おや? 多少の衝突は覚悟の上だったけど、ここの人たちはそれほど人間を恨んでいないのか? 有り難いことだけど。
「いや、失礼なヤツではあったが、そこはお互い様ということでいいだろう。
それよりあんたたちは人間を恨んではいないのか?」
「恨んだこともあった……。じゃが、今は恨んではおらぬよ。全ての人間が悪ではないと理解できたのは戦争が終わった後じゃったがのう」
「そうか……。あんたらは人間と関わりたくないと思っているかもしれないが、俺たちはここの人たちに対して危害を加えるつもりはない。話をさせてもらいたいだけだ」
「ふむ……。こんなことは初めてでのう。どうしたら良いかわからぬ」
「まずは警戒を解いてくれないか。手土産を渡したい」
さっきの蛇を渡してしまってもいいのだが、ここはもっと喜ばれそうなルビーと銀を渡そうと思う。サファイアもおまけしておく。
銀は少量だし、ルビーとサファイアは土から作った物だからタダだ。俺の懐は痛くない。
「なっ! これをくれるというのか!?」
爺さんは大喜びで受け取ったのだが、若いエルフは喜んでいる様子はないな……。どちらかと言うとがっかりしているようだ。
「若い人たちが喜んでいないようだが、この村ではあまり貴重なものではないのか?」
「若い者はこれの価値を知らんのじゃ。許してやってほしい。
それに、今この村で最も必要な物は食料だからのう」
銀とルビーの価値を知らない? 魔道具を作る奴なら知っていると思うが……。エルフと言えば魔道具だろう。
まあ、食料が必要だというのはわかる。余程文明が進まないと食料は不足する。食料が豊富にある王都が異常なんだ。
でも、村の周りにはそれなりの規模の畑があり、そこそこ実っているようだった。魔道具もあるので、地球並の生産効率があってもおかしくないんだがなあ。
喜ばれるかわからないが、マンバも渡そう。
「全部を渡すわけにはいかないが、こんなものも持っている」
マンバを取り出しながら言うと、若いエルフたちの顔色が変わった。首のない大蛇に驚きながら、嬉々とした表情を浮かべる。
ここでは食べる文化があるんだな。先にこっちを渡したほうが話が早かったかもしれない。
警備らしき2人の少女はそのまま警戒しているが、最初に出会った1人は畑作業に戻っていった。
「有り難い。近頃食料が少なくての。少々難儀しておった」
「畑はたくさんあるようだが?」
「いや、畑の広さは足りておらぬよ。この村の周囲には結界があったであろう?」
ルナが突破した結界のことだな。方向感覚は狂うし気配察知は機能しなくなるし、なかなか厄介な結界だった。森の中では見えない壁を作るタイプの結界よりも危険だ。
「ああ。その結界がどうかしたか?」
「近頃、結界の範囲が狭くなったのじゃ。そのせいで畑がだいぶ狭くなってしまっておる」
「結界が壊れかけているのか?」
「いや、今稼働している結界は問題ない。結界の装置は3つ有ったのじゃが、そのうちの2つを壊されたのじゃ」
問題あるじゃん! 3つのうち2つが動いてないって相当な危機的状況だぞ。
「またどこかの国に攻め込まれているのか?」
「そうではない……。エルフの過去の過ちじゃな。やってはならぬことに手を染めた報いじゃよ」
おや? 人間が侵略戦争を吹っかけて滅ぼしたと思っていたけど、エルフも何かやらしていたのか?
爺さんが苦々しい表情を浮かべて話を続けた。
「人間を恨むこともあったがのう……。エルフも非道なことをした。我々は滅びる運命にあったのじゃ」
「いいでしょうか? 私が生まれた国には、僅かですがエルフに関する文献が残っていました。
その中にはエルフが非道なことをしたという記録はありませんでしたが……」
「む……そうか……。そうじゃったのう。その兵器を知っているのはハン帝国と名乗った連中だけじゃ。
戦争が終わっても兵器だけは残り、我々に牙を剥く。皮肉なもんじゃのう」
「その兵器とやらは壊せないのか?」
「無理じゃな。余計な犠牲を増やすわけにはいかん。そう出くわす物ではないからのう」
「ねえ、話がそれているわよ?」
クレアが話の流れを修正した。兵器についてもっと知りたかったのに……。
「……すまぬ。そうじゃったな。お主らに貰ったルビーと銀……これがあれば結界が修理できる。
もうこの村では手に入らぬ物だから諦めておったのじゃ。感謝する」
なるほど。この村は森を切り開いて作ってある。こんな所に鉱脈があるとは思えないからなあ。そしてどことも交易をすることがなければ資源が偏る。
修理する手段がわかっていても、どうすることもできなかったのか。
「材料が手に入らないということは、あんたたちはもう魔道具を作っていないのか?」
「そうじゃな……。国を捨てて逃げた時には、もう有能な職人は残っておらんかった。材料も手に入らぬしのう。すでに失伝しておるよ」
「そうか……。残念だな」
「すまぬが、こちらの質問にも答えてくれぬか」
「なんだ?」
「ここに張られた結界はエルフだけを通す結界じゃ。それ以外の者は道に迷ってしまう。
お主らは人間のようじゃし、1人は獣人じゃ。どうやって辿り着いたのか不思議でのう」
「あの……それは私です。誰かが呼んでいるような気がしたので、そこに向かって来ました」
ルナが申し訳なさそうに手を挙げて言った。でもルナが居ないと辿り着けなかったんだよなあ。道に迷って面倒なことになっていたと思う。
「なっ!? そんなことが……有り得ない話ではないかも知れぬのう……」
「爺さん、どうした?」
今まで冷静で堂々としていた爺さんが戸惑いを見せた。
「戦争が始まる前じゃ。エルフの姫が人間の国に嫁いだことがある。人間の寿命では何世代も前の話じゃから知らぬだろうがのう。
お主はその子孫じゃと思う。お主の家系はどうなっておる?」
戦争前って言ったら1000年前じゃないか。そんなに時間が経っていたら家系もクソも無いだろう。血も薄まりきってカルピスウォーターの水割りカルピス抜きで、みたいな状態だと思うぞ。
「両親は私が子供の頃に死んでしまったので……何もわかりません……」
ルナの両親はすでに死んでしまっていたのか……。何となく聞きにくくてまだ聞いていなかったんだよな。
でもルナよ、そんなに真面目に答えなくてもいいと思うぞ? 1000年前なんて文献でも残っていない限りわからないよ。
「そうか……それは悪いことを聞いてしまったのう。
戦争前ともなると、エルフですら生きている者は居ない。年寄りの戯言と思ってくれ」
ルナがエルフの姫の末裔か……姫? 王家の末裔なのか……うん。特に関係ないな。だからどうしたという話だ。
「それで何か問題でもあるのか?」
「すまぬ。お主らにはどうでも良い話じゃったな。お主らはエルフの末裔とその家族であろう。たいした饗しはできぬが、ゆっくりしていくと良い」
ようやく警戒が解かれた。まあ、閉鎖された村に知らない誰かが居たら、それは不審者だ。警戒されるのも無理はないな。
しかしこの爺さん、なぜか戦争を見てきたかのように言うなあ。エルフと言えば長寿というイメージがあるし、とんでもない年齢の可能性もあるな。
「なあ、爺さん、あんた年はいくつなんだ?」
「儂か……歳など数えておらんからのう……おそらくじゃが800歳くらいじゃ」
適当だな、おい。でも年を取るとそんなもんか。800歳ということは、もう戦争を知らない世代だ。ということは親から聞いたのかな。
爺さんはこの村の村長的な立場で、長老と呼ばれていた。本人は「ただ歳を取っただけで偉いものではない」と言っていたが、村の住民が認める長なんだろう。
今日は村の隅っこにテントを張らせてもらうことにした。