隠し事は隠そうとするほど喋っちゃう
おかしな気配は森の奥。危険性はわからない。捕捉されても攻撃されないかもしれないし、突然襲ってくるかもしれない。
全員で向かうのはリスクが高いな。ここは気配が隠せる俺が1人で斥候を引き受けたほうがいいだろう。
「俺も気配を発見した。確かに違和感がある気配だ。
様子を見てくるから、みんなはここで待っていてくれ」
「私も行きます」
「ダメだ。ここに何かあった時、リーズとクレアの2人では危険だ。
危ないと思ったらすぐに離脱してくれ。その場合、集合場所は薬草を採取した川辺だ」
ルナはしぶしぶ「わかりました……」と頷いた。
戦力的にルナを2人の護衛として残したほうがいい。ルナはまだ気配を隠せないから、相手に捕捉される危険性もある。
というか、すでに捕捉されていてもおかしくないんだよな。魔物の気配察知を甘く見るのは拙い。全員で行動すると、敵対行動とみなされて即戦闘になる可能性もある。
「アタシは反対。今すぐ全員で引き返すべきよ。
異常があるのは間違いないんだから、ギルドに報告して調査隊を派遣してもらいなさい」
一理ある。というかそれが正解だと思うんだけどね。
「まだ敵対されていないのだから、踏み込むのも悪くないだろ。
確認するだけだ。危ないと思ったらすぐに離脱する。みんなも準備だけはしておいてくれ。
リーズ、異常を感じたらすぐに言うんだぞ」
「わかったー」
みんなを残して奥に向かう。違和感はまだ先。気配を隠し、みんなの位置を確認しながら進むと、森の先に一際明るい場所が目に入った。
沼がある。沼を囲むように、木がない広場のような場所が広がっている。これ自体はおかしいことではない。
おかしいのは、そこに居る生き物。大型バスよりも大きな緑色の体は、全体が鱗で覆われている。ずんぐりとしたトカゲのような見た目だが羽のようなものが生えている。
ドラゴンだな。強キャラのド定番だ。こちらを気にすることもなく、体を丸めてのんびりと昼寝をしているようだ。
うーん……。思ったより弱そう。今なら不意打ち一発で倒せそうだ。特大アンチマテリアルライフルなら貫通できそうなんだよな。
いいかな? 殺っちゃってもいいかな? ダメだよなあ……。
敵対していない以上、余計な攻撃はするべきではない。こちらの攻撃を避けられたら面倒だ。
しかし妙だな……。俺の気配察知は、ゲームのように画面表示されるわけではないが、感覚で警戒レベルがわかる。
魔物が相手なら、いくら敵対していなくても気配察知では“警戒”の反応だ。しかしコイツの反応は“注意”。街に居る家畜と同程度の反応なのだ。
奥にいるはずの魔物が入口付近に出てきたのは、たぶんこいつのせいではないかと思う。
それを考えると駆除するべきなんだろうけど、確信が持てない。とりあえず一度戻ってクレアに聞いてみよう。
「この奥に沼があったのだが、そこにドラゴンが寝ていた」
「はぁ!?」
「見たーい!」
「本当ですか……?」
クレア、リーズ、ルナ、それぞれが色々な反応を見せる。しかしリーズよ……その反応でいいのか?
リーズは初戦闘で割と戦えてしまったせいなのか、かなり魔物をナメている。どこかで一度注意しておかないとな。
「ここは危険よ! すぐに離れるわよ! 急いで!」
「ちょっと待ってください。コーさん、それはどんなドラゴンでしたか?」
ルナがクレアの意見を遮って質問してきた。種類が気になるようだ。
「いつもの武器屋くらいの大きさで、緑色の鱗に覆われていた。羽も生えていたな」
大型バスで通じれば楽なんだけどなあ。見た目は、捻り無しのザ・ドラゴンという感じで、ド定番な形だ。
せっかくの異世界なんだから、もっとブッ飛んだ見た目をしていてもいいと思うよ? 足がフラミンゴとかさ。
「……コーさん、もしかしたら神竜かもしれません」
「はぁ? 何言ってるの? そんなのいるわけないじゃない! 魔族の手下よ?」
「いえ、魔族の手下ではありません。エルフの守護神です。悪いものではないはずです」
おいおい、一気に情報が流れすぎて対処が追いつかないぞ。
一つ一つ処理をしていこう。
「ルナ、神竜とはなんだ?」
「魔物の竜種とはまったく違う竜です。エルフが絶滅する前は、エルフが『神の御使い』と呼んで崇めていました。
大戦時に、エルフと共に滅ぼされたと言われています」
「何言ってるのよ。エルフ? 違うでしょ? 魔族と一緒に滅ぼされた竜の親玉じゃない」
「クレアは黙っていてくれ。話が進まない。
一応注意しておくけど、クレアが知っている昔話は間違っているから。世間で出回っている話は作り話だ」
クレアは「はぁ?」と一言つぶやいて考え込んだ。
よし、狙い通り。クレアの性格上、黙れと言われたら絶対に黙らない。でも他に考えることを与えてやれば黙る。
手っ取り早く黙らせたけど、たぶん後で説明を求められるんだよな……。めんどくさい。
「ルナ、話を続けてくれ」
「神竜はエルフと近い所に居て、人の言葉を操れたと聞きました。
そのドラゴンが神竜なら、何か聞けるかもしれません」
「もう一度ドラゴンの所へ行く、と?」
「そうですね……。できれば確認したいです」
「あたしも見たーい!」
リーズ……そういう問題ではないのだ。自重してほしい。
どうしよう……。問題は神竜ではなかった時だ。確認するためにはこちらから姿を現す必要があるが、その時点で奇襲攻撃ができなくなる。
ガチンコタイマン勝負になると、無傷の勝利とはいかないよなあ。火とか吹かない? 買ったばかりの服が燃えちゃうよ。
リーズとクレアは普通に心配。殴られたら怪我をしそうだ。……リーズなら避けるな。心配なのはクレアだけだった。それなら何とかなりそう。
「わかった。もう一度接近しよう。起きる気配は無かったが、いつでも逃げられるように警戒しておいてくれ。
向こうが攻撃する気配を感じたら、俺がすぐに攻撃を仕掛ける。みんなはそのスキに離脱しろ」
「え? ちょっと! 本当に行く気? アタシは嫌よ!」
うーん、やっぱりクレアは嫌がるよな。嫌がるやつを無理やり連れていくのは良くないなあ。中止するか……。
「クレアさん……。真実を……知りたくありませんか?」
出た! キラーワード! これを言われて「知りたくない」と答える中二病患者は居ない!
ルナ……よくわかっているじゃないか。で、クレアは中二病なのか?
「……わかったわ。アタシも行く」
中二病だった。おかしな形をした“伝説の剣”を買っちゃうくらいだ。素質はあると思っていたよ。
クレアは、小声で「アタシも真実を知る日が来たのね……」とつぶやいていた。結構重症じゃね?
結局4人で最接近することになった。目標は接触を試みること。ドラゴンを起こす係は俺だ。限界まで気配を殺し、鉄の弾丸(特大)を5発、背後に浮かべた。正直特大の弾丸を5発も長時間維持するのはキツいのだが、仕方がない。
「コーさん……? それは何ですか?」
ルナは特大の弾丸が気になる様子だ。
「アンチマテリアルライフルの大型版だ。特大グレイウルフを貫通する弾丸だよ」
特大グレイウルフをオーバーキルした弾丸が5発。ドラゴンが相手でもたぶん足りる。大根みたいな鉄の塊が、俺の背中でふわふわと浮いている。いつでも発射できる態勢だ。
ルナが呆れたような顔で俺を見ている……。何故だ……。かっこよさが足りないのか? 超無駄だけど、光でも出すか……?
弾丸から爽やかな香りを発生させようか悩んでいたところで、例の沼に到着した。弾丸女子ウケ改造計画は先送りになってしまった。
3人を木陰に残し、俺が1人で接近する。手を触れようとしたところでドラゴンの目が開いた。気配は相変わらずの“注意”だ。
『何のようだ、反逆者共』
ドラゴンの口が動き、低い声が鳴り響く。たぶんコイツが喋っているのだろう。意思の疎通が可能なのか?
「反逆者とはどういうことだ?」
『世界に巣食う寄生生物が、我に何用かと聞いている』
ん? 話が違うよ、ルナさん? 完全に喧嘩売っているよな。悪い物だと思うよ? 撃ってもいいかな? いや、もう少し我慢だな。
「お前は神竜か? 喋っているということは神竜だと思ってもいいのか?」
『……何用かと聞いている。答えるつもりがないなら消えろ』
うーん、コイツ実は悪い奴ではないな。警戒を解くつもりは無いが、少し話をしてみよう。
「訳あってエルフの痕跡を探している。もしかしたら神竜なら……うわっ!」
言葉をつなげようとした瞬間、ドラゴンは突然尻尾を振り回した。俺は驚いて後ろに飛び退く。
何が気に障ったんだ? ドラゴンの怒りのツボがわからない……。
『貴様ら人間共は、まだ執拗にエルフを狙うか』
ドラゴンは話しながらも攻撃の手を止めない。尻尾の次は大きな腕で殴りかかってきた。
上から振り下ろされた拳は「ズンッ!」と音を立てて地面にめり込む。
『あれから何年経ったと思っている? エルフなどもう残っておらん』
コイツ何か知っているな。自分からベラベラと喋るやつは、言いたくないことを隠しているやつだ。
ただ、やっぱり悪いやつじゃない。本物の悪党は何も喋らず殺しにかかる。行動よりも口が先に動いている時点で、殺すことを躊躇しているということだ。
しかし、自分から情報を垂れ流しちゃうあたり、実は結構お人好しなんじゃないかな。
たぶん手加減もしてくれている。
攻撃も遅いし、相変わらず殺気ゼロで“注意”だしね。モーションが大き過ぎて、どこをどう狙っているかがモロバレなんだよ。
「生き残りがいるとは思っていないさ。俺はエルフの技術を追っているだけだ」
『同じこと! 勝手に侵略して皆殺しにし、今度はエルフたちが必死で隠した技術も奪おうというのか!』
情報提供ありがとうございます。コイツ、ガンガン喋るなあ。実は教えたいんじゃないのか?
さて、エルフの技術とやらはどこに隠したのかな。
「昔のことは知らない。それに俺はこの世界の生まれではないからな」
『神界の勇者か!?』
急にドラゴンの殺気が膨らむ。気配察知の反応は“注意”から“警戒”に変わった。これからは本気の戦いになるな。
まさか異世界人が地雷とはね。神界の勇者が異世界人だったことが確定したぞ。
幸いなことに、コイツの意識は俺だけに集中している。俺が攻撃を避け続ければ3人に攻撃が向かうことは無さそうだ。
思う存分やってやろう。覚悟しろよ? テンプレドラゴンめ。






