中二病は不治の病
買い物はまだ続く。次はテントだ。クレアの案内で雑貨屋に向かう。
「アタシは適当に買ってくるから、あんたたちも勝手に見て回るといいわ。
買い物が終わったら、ここで待ち合わせね」
クレアはそう言って1人で店の中に入っていった。
続いて俺たちも店に入る。中はコンビニ2つ分くらいの広さがあり、二階も店舗になっているようだ。
売っているのは、鍋や包丁などの日用品とちょっとしたアウトドア用品だ。少々のポーションと魔道具も置いてある。
街の外に出る人に向けた品揃え。たぶん冒険者のための雑貨屋だ。
「テント以外に必要な物はあるか?」
俺基準で考えないほうがいい。異世界だからな。現地の人のアドバイスは聞くべきだろう。
「そうですね……これから寒くなります。寝袋を買っておいたほうが良いですね。
雨や雪も降りますので雨具もあったほうが良いと思います」
「そうか。わかった」
寝袋は持っていない。今は上に布を掛けて寝ている。雪が降るくらい寒くなるなら、ちゃんとしたシュラフがあった方がいいな。
雨具は外套があればいいと思う。後で防具屋かな。
「リーズはどうだ? ……リーズ?」
「リーズさんなら走っていってしまいましたよ?」
マジかー。リーズのために首輪とリードを買ってあげた方がいいかもしれないな。
「そうか……。とりあえず俺たちだけで選ぼう」
3人分と予備でもう一つ大きめのシュラフを手に取って、テント売り場に向かう。
シュラフは金貨1枚。これは高いよな、たぶん。大事に使いたい。
テント売り場から俺を呼ぶ声がする。行ってみると……。
「こんさん! あたしこれがいい!」
展示のために店内に設営されたテントの中で、横になってゴロゴロ転がるリーズが居る。
「わかった。わかったからテントの外に出てくれ」
本当に首輪が必要かもしれない……。
ルナが「はいはい、こっちですよー」と言いながらリーズを引っ張り出してくれたので、テントの中を覗いてみる。
リーズが選んだテントは、8畳ほどの広さがある円錐型の背が高い物。日本ではティピーと呼ばれている形だ。
1本の支柱が大きいが、パーツが少なくて比較的コンパクト。中を広く取りやすくて快適だ。
これならいいだろう。荷物とリーズを抱えてカウンターに向かうと、クレアが何やら揉めていた。
「もうちょっと安くしてくれてもいいじゃない。
数日前にも買ったばっかりなんだから覚えてるでしょ?」
無茶な値切り交渉をしているみたいだ。カウンター係のおばさんはうんざりした顔をしている。
もうそれ以上の値引きは無理だろう。
「もう止めておけ。おばさんも困っているだろ」
「何よ? いいじゃない。買ったばかりだったのよ?」
「それは聞いたよ。値引きにも限度ってものがある。金は渡したんだから持っているだろ」
さっき金貨80枚を渡したばかりだ。クレアはしぶしぶ支払いを済ませ、店の出入り口に向かった。
俺たちもさっさと支払いをして店の外に出た。
「余計なことしないでよね」
クレアは顔を合わせると、いきなり文句を言ってきた。
「余計なことじゃない。あのまま続けていたら店を追い出されたかもしれないぞ」
はっきり言って迷惑な客だからな。
「あの人は粘れば値引きしてくれるって有名なのよ」
「そうなのか? それは悪かった」
なるほど。無茶な交渉をするのが常識だったと。
悪いことをしたな。どうもつい日本基準で考えてしまう。いや、値引き交渉は日本国内でも地域差があるか。
「まあいいわ。次は防具ね。今のうちに盾を買っておきたいわ」
「盾? 使っていなかったよな?」
昨日のグレイウルフ戦では使っていなかった。あそこは使いどころだろう。あの時使わないでいつ使うんだ。
「持ってなかったのよ。Cランク試験で壊れちゃったの。
お金がなかったし、Fランクの指導なら無くても大丈夫だと思ったのよ」
「いや、いるだろ。模擬戦をするかもしれないしな。
それに、急に何かあった時にいつもの装備が無いと危険だ」
クレアは意外と問題児だな。うっかりが多い。性格はマリーさんの真逆だが、そういう所はそっくりだ。
「あんただって戦闘するような装備じゃないじゃない」
そうかな? 動きやすくていいぞ?
今はまだ宮廷魔導士の実験服を着続けているわけだが、不便だと感じたことはない。強いて言うなら破れやすい事くらいだ。
でも、俺もそろそろ何か防具を買おうかな。
「そうだな。防具は俺の行きつけの店がある。そこでいいか?」
「いいわ」
ルナとリーズの服を買った防具屋に行こう。鉄の鎧や鎖帷子みたいなゴツいものではなく、革製の防具をメインで扱う店だ。
店に着いたので、中に入る。この店はデザインが良いんだよ。現代日本でも通用しそうなくらいだ。
「ここ、服屋じゃない!」
店に入るなりクレアが叫んだ。
「いや、防具屋だろ。鎧も売っている」
「看板をよく見てみなさいよ」
そう言われて看板を見る。そういえば店名を知らない。
「看板には『革職人ブライドルの店』と書かれているな」
「でしょ? 革職人は魔物の素材で服や靴を作る人のことよ」
マジか。どうりでデザイン性の優れた物ばかり並んでいるわけだ。かっこいいからいいと思うけどね。
魔物の素材ということは、リーズの服に使われている蜘蛛の糸は魔物の素材なのか。
「魔物の素材なら質も性能もいいじゃないか。何の問題がある?」
「鎧は鉄でしょ? 革の鎧でもいいけど、この店の革鎧は実戦的じゃないわ」
ここの革鎧は薄いんだよな。動きやすそうでいいと思うんだけど。
でも鉄の鎧はないわー。正直邪魔でしかない。殴られたら凹むし、剣なら身体強化だけで防ぎきれるし。
「鉄の鎧なら着ないほうがマシだ。重くて邪魔」
「何言ってるのよ。どうやって剣を防ぐつもり?」
「クレアさん、コーさんは本当に必要ないのです。
兵士の戦闘訓練の時、当たり前のように無傷で回避しますよ?」
「はぁ?」
クレアが信じられないと言った顔で俺を見ている。
いや、あんな鉄の塊で殴られたら服が破れるじゃないか。そりゃ避けるって。
クレアは結局、軽量の革製の盾を選んでいた。円形のカエトラというタイプの盾だ。
ちなみに、鉄の鎧は売り物ではなかった。鉄の鎧に使う革ベルトのディスプレイだったみたいだ。
俺はどうしようかな……。前に気に入ったライダースは高すぎるからなあ。
「コーさん、これはいかがですか?」
「似合うと思うよー」
ルナとリーズが1セットの服を持ってきた。つや消し黒の革の上下で、ボタンのかわりに小さなベルトで締めるようなデザインになっている。
なんだかヴィジュアル系の衣装みたいな服だな……。中二感がすごい。
せっかく2人が選んでくれた服だ。とりあえず着てみたが、意外としっくりくる。
うーん、溢れ出る中二感を無視すれば、とてもいい服だ。かっこいいのは確かなんだがなあ。
「ダメ、ですか?」
ルナが上目遣いで聞いてきた。ダメじゃないよ。全然ダメじゃないよ。むしろ最高だよ。
「よし、これを買おう」
中二感は無視だ。この世界に中二病は無い。
値段は金貨11枚。案外高いのだが、動きやすさと温度調整が売りらしい。夏から冬まで対応できるファンタジー素材だ。
「次は外套だな。防水性がしっかりしたものがいいな」
「こんさんにはこれだよー」
リーズが黒い何かを持ってきた。
「リーズ、これは外套ではなくて、ロングコートって言うんだよ?」
しなやかな革でできた真っ黒なロングコートだった。かっこいいよ。かっこいいんだけどさ。更に中ニ感が出ちゃうじゃん。
「コーさん、これもです」
そう言って持ってきたのはこれも真っ黒なつば広ハット。何? 俺をどうしたいの?
結局押し切られ、すべてを買うことになった……。服に合わせて靴も変えた。これも黒のブーツだ。
結果、ファンタジーゲームの強キャラみたいな格好になったよ。主人公ではない、終盤裏切ってラスボスになりそうな奴。
当初の目的だった外套もしっかり買った。ルナとリーズは大きなストールのような物を、俺のは普通のマントだ。俺はロングコートがあるのでたぶん使わないと思う。
「買い物はもういいのかしら?」
自分の買い物を終えたクレアが来たのだが、革の鎧を脱いで着替えている。
黒いジャケットに、ベージュの布でできたタイトなパンツ。大人っぽい服装で似合っているのだが……。
「どうしたんだ……?」
「いいじゃない! 気に入っちゃったのよ!」
顔を赤くして答えるクレア。どうやら店員に捕まっていたみたいだ。店員が俺たちの所に来なかったのはそういうことか。
「お似合いですよ」
「似合ってるよー」
クレアは、2人の褒め言葉に更に顔を赤くして、俯いてしまった。
買い物を終えた俺たちは、いつもの宿で部屋を取った。
いつものように2人部屋を2部屋だ。問題児2人組が同室なのは少し心配だが、仕方がない。
ルナと2人になったので、例の「気になること」を聞いてみた。
「さっきの武器屋の話、なんだったんだ?」
「……店主さんが言っていた『どこかの国』なんですけど、たぶんエルフの国のことです」
「うん、何となく気付いていた」
正直ちょっと予想していた。この国の近くで滅んだ国って聞くとね。
でも行ってみたい気はする。遺跡になって残っているのか、完全に破壊されて別の国になっているのか。どちらかはわからない。
遺跡が残っているなら探したいな。俺の第二希望『アジア横断遺跡巡り』が『異世界横断遺跡巡り』になるぞ。
「私もマクハエラらしき記述を見たことがあるんですが、本物は『空を切り裂く』と書かれていました」
「空を……?」
ずいぶんとファンタジーな武器じゃないか。大げさに言い過ぎだろ! と言い切れないのが異世界。
マジであり得ることなんだよな。例えば魔道具とか。
「はい。空間系の魔道具だと思います。そして、召喚の術式も空間系の魔法です」
「なるほど。マクハエラには帰る方法の手掛かりがある、ということだな?」
「そうです。探してみる価値はあると思いますよ?」
ふむ。帰る方法ねぇ……。完全に忘れていたわ。異世界が楽しすぎるんだよ。もう帰らなくても良くね? って思い始めている。
まあ、使徒の2人のためにさがしてやるかあ。
「そうだな。探してみようか」
「はい! コーさんが帰る時は、私もついていきますからね!」
はい?
さらっと何を言っているの? いや、いいけどさ。俺はいいんだけどさ。
「いいの?」
「はい。王城を出る時にそう決めていました。コーさんが嫌でなければ……ですけど」
「嫌なわけ無いじゃないか。一緒に帰ろう」
上目遣いで懇願するルナに、頷くことしかできなかった。
いいの? 本当に連れていくよ?
日本に連れて帰ったら、戸籍とか何やら問題が起きそうだな。帰る前に対策を考えておこう。