魔道具屋という魔窟の娘
『トントン』
部屋をノックする音で目が覚めた。昨日はさすがに疲れた。かなり長時間起きたままだったからな。
扉の向こうを確認すると、着替えを済ませて冒険者スタイルになったルナが立っていた。
「おはようございます。よく休めましたか?」
「起こしに来てくれたのか。ありがとう」
さっと着替えを済ませ、ルナとリーズの部屋に向かった。
2人の防具は買ったのだが、俺はまだ王城で貰った宮廷魔導士の実験服を着ている。
とても動きやすいから重宝している。
「今日はリーズの訓練も兼ねて外で狩りをしようと思う。
ついでに冒険者登録もしておこう」
「うん。あたし戦ったこと無いけどいいの?」
心配そうな顔をするリーズ。槍ならリーチが長いから比較的安全で恐怖心も少ないはずだ。
慣れれば問題ないだろう。
「訓練するから問題無い。それに冒険者の仕事は戦うことではないぞ。任務の遂行に必要だから戦うだけだ」
冒険者ギルドのカウンターで冒険者登録の手続きをする。対応してくれたのはやはりエリシアさんだった。
マジでいつ休んでいるの? 冒険者ギルドは意外とブラック?
「リーズさんはランクなしになります。
あまり無いケースなので少し面倒なのですが、お二人はFランクですのでまだ指導係になることができません。
パーティを組むなら、まずはリーズさんがランクを合わせる必要がありますが……」
ランクなしのノルマがあるな……。今は別行動をしたくない。裏道を探そう。
「指導係になるためには、何ランクになればいいんだ?」
「Cランクです。模擬戦による試験もありますが、お二人でしたらすぐだと思いますよ」
「じゃあ、ランクなしが最速でFランクになるためには、どうしたらいい?」
「指導係の方に手伝ってもらえれば、すぐにFランクに上がります。
でも、知らないランク無しの方に進んで指導する高ランク冒険者さんは、あまり居ませんので……」
そういえば、髭のレイモンドに初めて会った時「Fランクになったら」と言っていたな。
世話好きなあの髭ですら嫌がるのか。
「指導係は兼任できるのか? 二つのパーティを同時に指導するとか」
「稀にありますね。手が空いている高ランクの方が少ない時は、複数のチームを同時に指導することがありますよ」
よし。この手で行こう。しばらくの間、俺たちは二つのチームだ。
「わかった。ありがとう。
ルナ、レイモンドの紹介の件だが、前向きに検討しようと思う。リーズのためでもあるから協力してほしい。
まあ、性格や方向性が合わないなら無理にとは言わないが」
ルナは笑顔で「わかりました」と頷いた。なんと言うか、ルナはリーズに甘い。
エリシアに相談しているうちに、リーズの手続きが終わった。ちなみに現在、リーズの身分証は魔道具ギルドの所属になっている。
Fランクになれば冒険者ギルドの身分証が貰えるそうだ。俺? 俺は特例だよ。
「そういえば、昨日の夜レイモンドさんの姪御さんが帰ってきましたよ。
今日は『マリーの魔道具店』というお店にいらっしゃるそうです」
お、いいタイミングだ。しかし何故『マリーの魔道具店』なんだよ。まあいいけど。
出掛けに壁に貼られた依頼表を確認したのだが、Fランクの依頼が少し増えている。
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屋根の調査
報酬:大銀貨1枚
難易度:F
備考:
屋根から異音がするので、原因の調査を。
修理箇所がなければ依頼達成。
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主に屋根の調査。どうした? ネズミが増えているのか?
簡単そうな依頼だ。屋根に登って状態を確認するだけ。修理まではしなくていい。
でも特に受けたい仕事ではないので、冒険者ギルドを後にした。
「いらっしゃいませ!」
マリーの魔道具店の中に入ると、いつもの間延びした喋り方ではない誰かの声が響いた。
マリーさんではないが、よく似ている。マリーさんを若くした感じ。年は俺の少し上くらいかな。
町娘風の服装で、長い黒髪を縛ってポニーテールにしている。
前に言っていた娘かもしれない。印象が間逆なのだが……。この人は“なんだかしっかりした人”という印象だ。
「あんたはマリーさんの娘?」
「そうだよ。ママのお知り合い? すぐに呼んでくる」
娘はそう言って作業部屋に消えていった。
ハキハキ喋るなあ。キビキビ動くし。本当に娘か疑わしいくらいだ。顔はそっくりだから親子間違いなしなんだけど。
「あら~。いらっしゃい~。今日はどうしたのぉ?」
いつもの間延びした喋り方で安心した。今度はちゃんとマリーさんだ。
「冒険者のレイモンドという男の姪を探している」
「え~? レイちゃんのお知り合いだったんですかぁ?」
レイちゃん? あの見た目で? 無いわー。伸び放題の髭を蓄えた関取体型の、酒臭くてイカツイおっさんだよ?
マリーさんは驚いた顔をしているが、俺の方が驚きだよ。あいつレイちゃんって呼ばれてんの?
「レイちゃんというのはレイモンドのことで間違いないのか?」
「そうよ~。義理の弟なのぉ。小さい時から知っているのよ~」
レイモンドの幼少期か……想像がつかないな。子供の頃から毛むくじゃらの小太りで、魔物のケツから生まれてくる想像しかできない。
「そうか……。それはいいが、姪というのはどこに居る?」
「アタシだよ。アタシに何か用?」
返事をしたのはマリーさんの娘。え? 同じ遺伝子入っているの?
やはりレイモンドは人の子ではないということか……。
「レイモンドの紹介でな。俺たちの指導係として打診されている」
「え? それすごい助かる! アタシからもお願い!」
指導係って喜んでやるものなのか?
「あらあら~。お二人でしたら安心ですねぇ」
「お互いが納得したらの話だ」
「そっかぁ。
Cランクになったら誰かを指導しないといけないんだ。
アタシは女一人だし、まだ若いからちょっと大変なの。
ママの知り合いなら安心だし……お願い!」
Cランクにもノルマがあるのか……。冒険者も結構大変だな。
若い女の子が一人でよくわからない男の集団に混じって旅をする……。聞いただけで不安になるぞ。
聞いただけではなんだか不安な人だと思ったが、実際に会ってみるとしっかりした人だ。
俺はこの人が指導係で問題ないと思うんだが。
「ルナ、どう思う?」
リーズには聞かない。リーズはさっきから店に並んだ魔道具を真剣な眼差しで観察している。
「こら、あまり離れるな」と腕を引っ張ったが、それでも魔道具の観察に一生懸命なのでしばらく放置することにしたのだ。
まあ、リーズのためでもあるから受け入れてほしい。
「そうですね……。私は良いと思いますが、条件はどうでしょうか。報酬の件ですとか」
報酬体系、うちは特殊だからなあ。この子をパーティメンバーとして扱うのか、それとも俺たちが依頼者になって報酬を支払うのか。
「アタシは冒険者収入の1割でいいわ! アタシも手伝うからかなり儲かるわよ!」
1割って破格だぞ。それだけ稼ぐ自信があるということか。悪くないな。
冒険者は月に金貨15枚を稼いで一人前と聞いたことがある。1割ということは150枚稼ぐつもりか……。
ゴブリン1500匹分だな。うん、無理ではない。森に籠ればすぐに達成できそうだ。この子のためにもゴブリン工場を探さなければ。
「すまないが、こいつはまだランク無しなんだ。一緒に指導してもらえるか?」
「うーん……大丈夫! 任せて!」
少し迷ったようだが了承してくれた。
リーズの世話もしてくれるのか。助かる。……リーズのことはなぜか少し犬扱いしてしまうな。
あの子は見た目じゃなくて行動が犬なんだよ。そこが可愛らしいところではあるので、あえて注意したりはしないけど。
「じゃあ頼むよ。Eランクになるまでよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
俺とルナが頭を下げると、リーズも一緒に頭を下げた。リーズは空気も読めるし気遣いもできる、いい子なんだよな。
「ありがとっ! こちらこそよろしくね!」
「ところで、名前を聞いていないんだが……。俺はコーだ」
俺の自己紹介に合わせて、2人は「ルナです」「リーズだよ」と自己紹介をつなげた。
「アタシはクレアよ。よろしく!」
「今日は店の手伝いだったんだな。指導は明日からでいいか?」
「今からでも大丈夫。掃除をするつもりで帰ってきたんだけど、なんだかキレイになってるから……」
俺たちの仕事だ。掃除したと言ってもマジックバッグに物を詰め込んだだけだからな。
在庫が減っているわけではないから安心はできない。
「このお二人のおかげなんだよ~」
「じゃあ、ママがさっき言っていた冒険者って……」
「俺たちだな」
「ありがとう! アタシ、掃除に10日は覚悟してたの! 本当に助かったわ」
クレアは俺の手を取り、上下にブンブンと揺すった。全身で感謝を表現するクレアに「仕事だから気にするな」と告げる。
在庫を処分して倉庫を空けて整理して……。確かに、まともに片付けようと思えば10日は掛かるな。
「俺たちは王都に宿を取っているが、どうする?
ベッドは一つ余っているから一緒に来てもいいぞ」
これからの活動のことを考えると、できるだけ近くに居たほうがいい。トラブルが発生した時の対応が遅れるからな。
「うん。そうさせてもらうわね。宿泊料は後からまとめて払うわ」
毎日いちいち精算していたら面倒だからな。そうしてもらえると助かる。
ちなみに、踏み倒されることはあり得ない。俺たちがクレアに支払う報酬の方が大きいから。
「マリーさん、ありがとう。娘さんは預かっていくよ」
言葉だけ聞くと悪いことしているみたいだな……。誘拐犯の『お前の娘は預かった』みたい。もしくは『娘さんを僕にください』かな。
「じゃあね、ママ。行ってくるね」
「は~い。気を付けてね~」
緊張感が全く無いマリーさんの見送りを受けた俺たちは、ギルドで手続きをしてから宿に戻った。
まだ日が高いのだが、今後の打ち合わせがあるので予定変更だ。狩りは明日からにする。クレアも居るから捗るだろう。
ある日の井戸端会議。
「昨日の夜、屋根からガンガンガンという音が鳴っていなのよ」
「うちもよ。その時、ダンナが外で動く何かを見たって言っていたの」
「そうなの? うちの子は壁に張り付く何かを見たって言っていたわよ」
「「怖いわね~」」