交易4
グレンドというおっさんはどうしようもないアホだが、酒造りの技術には問題ないらしいということがわかった。大手の酒造所で酒が買えない以上、あのアホを頼るしかない。
方向性は決まった。さっさと買って帰ろう。
「話してくれてありがとう。助かったよ」
そう言って話を締めようとしたが、クレアが間に割って入った。
「ねぇ、教会のことは訊かなくていいの?」
あ、忘れてた。アーヴィンの話では、この領の教会はかなり規模が大きいらしい。今回アーヴィンの参加を見送った理由だ。
アーヴィンは教会から追われているので、こういった面倒がしばしば起きる。この面倒を回避するために必要な調査だ。
「教会……? まさか、あんたらは教会本部の関係者か?」
酒造所のおっさんは嫌そうな顔をした。教会と揉めているのだろうか。
「いや、違うぞ。事情があって調べているんだ。何か問題でもあるか?」
「その様子だと、本当に何も知らないようだな……」
おっさんは苦笑いを浮かべて答える。なにか問題があるのは間違いないようだ。
「どういうことだ?」
「ははは。大したことじゃないさ。ただ、この領の教会が独立宣言をしただけだ」
「いや、大したことだろ」
教会が勝手に離反したってことだよな。だいぶ大事なんじゃないかなあ。ミルジア教会は国が定める教会だったはずなんだけど、勝手な独立が許されるのか。
「もともと、この領の教会は少し異質だったからな。ミルズ神への信仰をやめ、火の神を祀ることに決まった」
「あれ? 火の神なんて居たっけ?」
この世界の神は、もとは全員実在する人間だ。何の神という概念は存在しなかったはず。
「アレンス神のことだが、神話を知らないのか? 10日で国内の魔物を焼き尽くしたという神話だ」
「へぇ……物騒な神が居たもんだな」
アレンスって、たしかルミアの兄でアレンシアを建国した神、だったかな。もう消滅しているんじゃなかったっけ。まあ、ミルズも消滅しているから同じことだが。
「オレたち酒造所は火を扱うからな。実際に火事も多いし、アレンス神を祀るのは自然の流れだと思うぞ」
焼き尽くす神を防火のために祀るってのはどうかと思うぞ。言わないけど。
「そんなことをして、教会本部とは揉めないのか?」
「使徒の宣言があったから、それほどの混乱はなかった。まあ、たまに揉めることもあるがな」
宣言……俺とルミアがやった放送のことだな。ミルズは悪で、悪は滅んだ、という趣旨の放送だ。ミルジアの教会は大混乱だったと聞く。本部もそれどころじゃない、という感じなのかな。
「住民は納得しているのか?」
「教会本部はオレたちから寄付金を巻き上げて、わけのわからないことに使うクソ共だからな。オレたちは歓迎しているよ」
おっさんから説明を聞いた。ミルジアでは酒を造ると教会への寄付が義務化されるらしい。この領は酒造りが主要産業のため、かなり多額の寄付をしていたようだ。そして、その金はこの領のために使われるわけではない、と。
金づるくらいに思われていたのかな。反発して当然だ。
ミルジアの教会は、順調に規模を縮小していっているようだ。アーヴィンが実家に帰る日は近いな。……まだ帰さなくてもいいか。ミルジアの案内役として、もう少し働いてもらいたい。
おっさんと話していると、1人の男が近付いてきた。歳は30代くらい、背筋がすっと伸びたやり手風の男だ。
「おっすおっす。調子はどう?」
男は、軽い調子でおっさんに話しかける。
「ああ、お疲れさまです。お待ちしていましたよ」
おっさんは、この男を出迎えるためにここに居たらしい。ただの暇人だと思っていたよ……申し訳ない。
「そっちの少年少女は誰? 新人さんかな?」
「客人ですよ。駆け出しの商人だそうです」
おっさんが俺たちのことを紹介すると、男はこちらに笑顔を向けて右手をあげた。
「へぇ? 僕はダニエル。よろしくね」
「ああ、あんたがダニエルか。噂は聞いている」
俺がそう言うと、ダニエルの口元が少し引き攣ったように見えた。
「ダニエルさん、ね。ところで、それはいい噂?」
「安心しろ。いい噂かはわからないが、悪い噂ではないぞ」
「それは良かった。ところで、君たちは駆け出しの商人って言ったよね。礼儀って知ってる?」
ダニエルは作り笑顔を貼り付けて、諭すように言った。
「ん? ああ、一応な。人並みには知っていると思うぞ」
礼儀、か。勉強不足は否めないが、それなりに勉強したつもりだ。
「あんた、ほら、敬語! 敬語!」
おっさんが俺に怒鳴った。あれ? 敬語を使うと舐められるから、敬語を使わないのが常識だって教わったんだけどなあ。
「いいよ、いいよ。クソ生意気で、ふてぶてしくて、威勢がいい。昔の僕を見ているようだ」
敬語は必要ない、と解釈していいのかな。でも、嫌味のような、ただの感想のような、どちらとも取れる微妙な発言だ。嫌味だったとしたら、俺の態度が気に障ったのかな。礼儀として、どちらとも取れる微妙な嫌味で返そう。
「それは嬉しいな。あんたのようになれるなら、このスタイルを続けさせてもらうよ」
「あははは! 気に入った! 何か困ったことがあれば僕を頼るといいよ」
ダニエルは笑いながら言う。俺の返答は正解だったらしい。
「それはそうと、今日はとんでもない水を仕入れてきたんだ。君たちも見ていくといい」
ダニエルはそう言って、厳重に栓をされた不格好な瓶を取り出した。せっかくだから、遠慮なく見ていこうかな。
瓶はワインボトルくらいの大きさで、中身は透明な水だ。ダニエルは強引に開栓すると、小さなグラスに静かに注ぐ。
すると、水の中から小さな気泡が生まれ、水面でシュワシュワと弾けて消えた。
「あれ? これって……」
「すごいだろ? 南の山で採れる魔法の水だよ。この水で割ると悪酔いしない、と言われているんだ」
炭酸水だ。しかも、天然の。結構珍しいんだよな。悪酔いしないというのは嘘だろうけど、この世界で炭酸が飲めるとは思わなかった。コーラの再現……は無理だな。レシピがわからない。果実水の炭酸割りなら作れるか。
よし、買えるなら買おう。炭酸水は絶対売れるし、俺も飲みたい。
「この水は買えるのか?」
「買えるけど、高いよ。1瓶金貨10枚だ」
本当に高いな……。節約すれば1ヶ月暮らせるくらいの金額だぞ。たかが水1本なのに。
「高すぎない?」
「この水は保管が悪いとすぐに魔法が解けて、ただの水になってしまうんだ。瓶も高いしね」
炭酸が抜けちゃう……当たり前か。逆にどうやって瓶詰めしているのか不思議なくらいだ。
「すごーい! 不思議ー!」
リーズのテンションが上っている。グラスを持ち上げ、底から見たり横から見たり。グラスの内側に張り付く気泡が気になって仕方がないようだ。
「大丈夫なの? これ、本当に飲んでいいの? 飲めるの?」
クレアは逆に心配が勝っている様子。初めて見た人は不審に思うかもね。
「心配ないさ。できたてのエールみたいなものだよ」
ダニエルが言う。エールはビールみたいなものなのかな。だとしたら、ダニエルの説明は大正解だ。その泡の正体はただの二酸化炭素……って、そうだよな。これはただの二酸化炭素だ。
「これ、うちで作れないかな」
「はっはっは! そりゃあ難しいよ。いろんな錬金術師が挑戦して、みんな失敗した。それができたら大金持ちだね」
ダニエルは笑いながら言う。どうやら気泡の中身は知られていないようだ。ただの二酸化炭素なんだから、空気中から集めて水に溶かせば作れるはず。いつも作っている魔道具より全然かんたんだと思う。
「やってみないとわからないだろ。俺も挑戦してみるよ」
「いいんじゃない? やってみなよ。まずは実物を知らないとね。それ、飲んでいいよ。そのかわり、もしできたら僕にも売ってね」
この1杯だけで、金貨1枚分くらいだろうか。気前よく飲ませてくれるらしい。先行投資のつもりか、恩を売るつもりか。遠慮なく飲ませてもらう。
炭酸は間違いなく入っている。味のない炭酸水だ。しかしかなりの微炭酸。飲み慣れたシュワシュワ感ではなく、開栓してから1日経った炭酸水といった感じ。要するに、気が抜けた炭酸水。美味しいとは言えないが、懐かしい味だ。
「ありがとう。参考になった」
「それだけでいいの? 1本くらい買っていったら?」
ダニエルは、バッグから新品の瓶をチラ見せしながら言う。試飲させて買わせるつもりだったのね。商魂たくましい奴だ。
「味は覚えた。問題ない」
「そう? じゃあ、期待して待ってるからね」
覚えたと言うより、覚えていると言ったほうが正しいかな。日本で飲んでいるからね。
二酸化炭素なんてありふれた気体だし、今だって吐き出し続けている。これを集めて水に溶かすだけなんだから、この場で作ることだって可能だろう。さっさとエルミンスールに帰って、すぐに試したいな。
そうと決まれば、グレンドの酒造所に移動しよう。適当に買い付けて、すぐに帰る。そう考えた矢先、遠くからグレンドの酒やけした声が聞こえてきた。
「おやぁ? そこに居るのはダニエルじゃないか!」
わざとらしい言い方だ。ダニエルが来ることを聞き、売り込みに来たのだろう。
「うげぇっ!」
ダニエルは顔を歪め、うめき声をあげた。そんなに会いたくなかったのか……。
「そんなしみったれた酒を買っていないで、うちの酒も買っていってくれよ。1樽だけでもいいからよぉ!」
グレンドはおっさんとダニエルの間にズカズカと割って入り、ダニエルの肩を掴んだ。当然、おっさんは怒る。
「おいっ! 商売の邪魔をするんじゃねぇ!」
「失礼な。邪魔なんかしてねぇだろ。オレはただ、交渉をしているだけだ」
どう見ても邪魔しているだろ。無関係な俺が見てもわかるよ。
「じゃあ、僕はここで。急ぎの用があるんだ」
ダニエルはグレンドの腕を強引に引き剥がし、逃亡を試みた。しかし、グレンドは逃さない。ダニエルの腕をがっしり掴む。
「そう言わず、な! いい酒が余ってんだ! たまにはいいだろ? 買ってくれよ」
「間に合っている! 君とは二度と関わらないって言っただろ!」
ダニエルは語気を強めた。よほど嫌だったのだろう。今もグレンドの手を振りほどこうと、必死でもがいている。どうしよう……ここで助けたら恩を売ることになるんじゃないかな。
「待てよ、グレンド。その酒は俺が買うから、手を離してやれ」
「んん? リーズちゃんの旦那じゃねぇか。居たのか」
俺のことは視界に入っていなかったらしい。どれだけ必死なんだよ。
「とりあえず3樽。評判が良ければ次はもっと買う。どうだ?」
「3樽……金貨240枚だが、そんなに払えるのか?」
1樽あたり80枚、ちょっと高いかな。払えなくはないけど、今はこっちのほうが優位なはず。強気で根切り交渉をしてみよう。
「高い。150枚だな。その金額で良ければ、今日現金で払う」
「現金で……?」
よし、食いついた。あと一息で押し切れそうだぞ。マジックバッグから金貨を掴んで取り出した。手の中には金貨が20枚くらい。それをグレンドに見せる。
「どうだ? 悪くない話だと思うぞ?」
「本当に即金で払えるんだな?」
「もちろんだ。だからその手を離してやれ」
「よし、わかった! 気が変わらねぇうちに、酒造所に帰るぞ! ついてこい!」
グレンドは強く掴んだ手を離し、踵を返してツカツカと歩き出した。すると、ダニエルが俺の耳元で呟く。
「ありがとう。本当に助かったよ」
「気にするな。俺たちはグレンドの酒造所に行くから、ダニエルはゆっくり商談を進めてくれ」
そう言い残してこの場を離れた。もともと、グレンドの酒を買うのは決めていたこと。ついでにダニエルに恩を売れたのだから、かなり儲けものだったな。
グレンドの酒造所で酒を受け取ると、グレンドはしきりに頭を下げてきた。
「いや、本当に助かった。首をくくる寸前だったんだよ。これで来年も酒を造れる」
首をくくるって……10年売れ残ってれば、そりゃあなあ。むしろ、よく10年もやってこれたよ。逆にすごいわ。そして生活よりも酒造りを優先するあたり、職人としての意地を感じる。
酒は無事買うことができた。今回の買い付けは3樽のみ。王とレイモンドの分、そしてボナンザさんの分だ。3人に試飲してもらって、反応が良ければ再度買い付ける。グレンドの酒造所が継続できるかどうかは、この3人次第だな。
その前に、炭酸水の実験をしないと。酒と一緒に売れば、さらに高値をつけられるかもしれない。楽しみだ。






