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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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交易4

 グレンドというおっさんはどうしようもないアホだが、酒造りの技術には問題ないらしいということがわかった。大手の酒造所で酒が買えない以上、あのアホを頼るしかない。

 方向性は決まった。さっさと買って帰ろう。


「話してくれてありがとう。助かったよ」


 そう言って話を締めようとしたが、クレアが間に割って入った。


「ねぇ、教会のことは訊かなくていいの?」


 あ、忘れてた。アーヴィンの話では、この領の教会はかなり規模が大きいらしい。今回アーヴィンの参加を見送った理由だ。


 アーヴィンは教会から追われているので、こういった面倒がしばしば起きる。この面倒を回避するために必要な調査だ。


「教会……? まさか、あんたらは教会本部の関係者か?」


 酒造所のおっさんは嫌そうな顔をした。教会と揉めているのだろうか。


「いや、違うぞ。事情があって調べているんだ。何か問題でもあるか?」


「その様子だと、本当に何も知らないようだな……」


 おっさんは苦笑いを浮かべて答える。なにか問題があるのは間違いないようだ。


「どういうことだ?」


「ははは。大したことじゃないさ。ただ、この領の教会が独立宣言をしただけだ」


「いや、大したことだろ」


 教会が勝手に離反したってことだよな。だいぶ大事なんじゃないかなあ。ミルジア教会は国が定める教会だったはずなんだけど、勝手な独立が許されるのか。


「もともと、この領の教会は少し異質だったからな。ミルズ神への信仰をやめ、火の神を祀ることに決まった」


「あれ? 火の神なんて居たっけ?」


 この世界の神は、もとは全員実在する人間だ。何の神という概念は存在しなかったはず。


「アレンス神のことだが、神話を知らないのか? 10日で国内の魔物を焼き尽くしたという神話だ」


「へぇ……物騒な神が居たもんだな」


 アレンスって、たしかルミアの兄でアレンシアを建国した神、だったかな。もう消滅しているんじゃなかったっけ。まあ、ミルズも消滅しているから同じことだが。


「オレたち酒造所は火を扱うからな。実際に火事も多いし、アレンス神を祀るのは自然の流れだと思うぞ」


 焼き尽くす神を防火のために祀るってのはどうかと思うぞ。言わないけど。


「そんなことをして、教会本部とは揉めないのか?」


「使徒の宣言があったから、それほどの混乱はなかった。まあ、たまに揉めることもあるがな」


 宣言……俺とルミアがやった放送のことだな。ミルズは悪で、悪は滅んだ、という趣旨の放送だ。ミルジアの教会は大混乱だったと聞く。本部もそれどころじゃない、という感じなのかな。


「住民は納得しているのか?」


「教会本部はオレたちから寄付金を巻き上げて、わけのわからないことに使うクソ共だからな。オレたちは歓迎しているよ」


 おっさんから説明を聞いた。ミルジアでは酒を造ると教会への寄付が義務化されるらしい。この領は酒造りが主要産業のため、かなり多額の寄付をしていたようだ。そして、その金はこの領のために使われるわけではない、と。


 金づるくらいに思われていたのかな。反発して当然だ。


 ミルジアの教会は、順調に規模を縮小していっているようだ。アーヴィンが実家に帰る日は近いな。……まだ帰さなくてもいいか。ミルジアの案内役として、もう少し働いてもらいたい。



 おっさんと話していると、1人の男が近付いてきた。歳は30代くらい、背筋がすっと伸びたやり手風の男だ。


「おっすおっす。調子はどう?」


 男は、軽い調子でおっさんに話しかける。


「ああ、お疲れさまです。お待ちしていましたよ」


 おっさんは、この男を出迎えるためにここに居たらしい。ただの暇人だと思っていたよ……申し訳ない。


「そっちの少年少女は誰? 新人さんかな?」


「客人ですよ。駆け出しの商人だそうです」


 おっさんが俺たちのことを紹介すると、男はこちらに笑顔を向けて右手をあげた。


「へぇ? 僕はダニエル。よろしくね」


「ああ、あんたがダニエルか。噂は聞いている」


 俺がそう言うと、ダニエルの口元が少し引き攣ったように見えた。


「ダニエルさん、ね。ところで、それはいい噂?」


「安心しろ。いい噂かはわからないが、悪い噂ではないぞ」


「それは良かった。ところで、君たちは駆け出しの商人って言ったよね。礼儀って知ってる?」


 ダニエルは作り笑顔を貼り付けて、諭すように言った。


「ん? ああ、一応な。人並みには知っていると思うぞ」


 礼儀、か。勉強不足は否めないが、それなりに勉強したつもりだ。


「あんた、ほら、敬語! 敬語!」


 おっさんが俺に怒鳴った。あれ? 敬語を使うと舐められるから、敬語を使わないのが常識だって教わったんだけどなあ。


「いいよ、いいよ。クソ生意気で、ふてぶてしくて、威勢がいい。昔の僕を見ているようだ」


 敬語は必要ない、と解釈していいのかな。でも、嫌味のような、ただの感想のような、どちらとも取れる微妙な発言だ。嫌味だったとしたら、俺の態度が気に障ったのかな。礼儀として、どちらとも取れる微妙な嫌味で返そう。


「それは嬉しいな。あんたのようになれるなら、このスタイルを続けさせてもらうよ」


「あははは! 気に入った! 何か困ったことがあれば僕を頼るといいよ」


 ダニエルは笑いながら言う。俺の返答は正解だったらしい。


「それはそうと、今日はとんでもない水を仕入れてきたんだ。君たちも見ていくといい」


 ダニエルはそう言って、厳重に栓をされた不格好な瓶を取り出した。せっかくだから、遠慮なく見ていこうかな。


 瓶はワインボトルくらいの大きさで、中身は透明な水だ。ダニエルは強引に開栓すると、小さなグラスに静かに注ぐ。


 すると、水の中から小さな気泡が生まれ、水面でシュワシュワと弾けて消えた。


「あれ? これって……」


「すごいだろ? 南の山で採れる魔法の水だよ。この水で割ると悪酔いしない、と言われているんだ」


 炭酸水だ。しかも、天然の。結構珍しいんだよな。悪酔いしないというのは嘘だろうけど、この世界で炭酸が飲めるとは思わなかった。コーラの再現……は無理だな。レシピがわからない。果実水の炭酸割りなら作れるか。


 よし、買えるなら買おう。炭酸水は絶対売れるし、俺も飲みたい。


「この水は買えるのか?」


「買えるけど、高いよ。1瓶金貨10枚だ」


 本当に高いな……。節約すれば1ヶ月暮らせるくらいの金額だぞ。たかが水1本なのに。


「高すぎない?」


「この水は保管が悪いとすぐに魔法が解けて、ただの水になってしまうんだ。瓶も高いしね」


 炭酸が抜けちゃう……当たり前か。逆にどうやって瓶詰めしているのか不思議なくらいだ。


「すごーい! 不思議ー!」


 リーズのテンションが上っている。グラスを持ち上げ、底から見たり横から見たり。グラスの内側に張り付く気泡が気になって仕方がないようだ。


「大丈夫なの? これ、本当に飲んでいいの? 飲めるの?」


 クレアは逆に心配が勝っている様子。初めて見た人は不審に思うかもね。


「心配ないさ。できたてのエールみたいなものだよ」


 ダニエルが言う。エールはビールみたいなものなのかな。だとしたら、ダニエルの説明は大正解だ。その泡の正体はただの二酸化炭素……って、そうだよな。これはただの二酸化炭素だ。


「これ、うちで作れないかな」


「はっはっは! そりゃあ難しいよ。いろんな錬金術師が挑戦して、みんな失敗した。それができたら大金持ちだね」


 ダニエルは笑いながら言う。どうやら気泡の中身は知られていないようだ。ただの二酸化炭素なんだから、空気中から集めて水に溶かせば作れるはず。いつも作っている魔道具より全然かんたんだと思う。


「やってみないとわからないだろ。俺も挑戦してみるよ」


「いいんじゃない? やってみなよ。まずは実物を知らないとね。それ、飲んでいいよ。そのかわり、もしできたら僕にも売ってね」


 この1杯だけで、金貨1枚分くらいだろうか。気前よく飲ませてくれるらしい。先行投資のつもりか、恩を売るつもりか。遠慮なく飲ませてもらう。


 炭酸は間違いなく入っている。味のない炭酸水だ。しかしかなりの微炭酸。飲み慣れたシュワシュワ感ではなく、開栓してから1日経った炭酸水といった感じ。要するに、気が抜けた炭酸水。美味しいとは言えないが、懐かしい味だ。


「ありがとう。参考になった」


「それだけでいいの? 1本くらい買っていったら?」


 ダニエルは、バッグから新品の瓶をチラ見せしながら言う。試飲させて買わせるつもりだったのね。商魂たくましい奴だ。


「味は覚えた。問題ない」


「そう? じゃあ、期待して待ってるからね」


 覚えたと言うより、覚えていると言ったほうが正しいかな。日本で飲んでいるからね。


 二酸化炭素なんてありふれた気体だし、今だって吐き出し続けている。これを集めて水に溶かすだけなんだから、この場で作ることだって可能だろう。さっさとエルミンスールに帰って、すぐに試したいな。


 そうと決まれば、グレンドの酒造所に移動しよう。適当に買い付けて、すぐに帰る。そう考えた矢先、遠くからグレンドの酒やけした声が聞こえてきた。


「おやぁ? そこに居るのはダニエルじゃないか!」


 わざとらしい言い方だ。ダニエルが来ることを聞き、売り込みに来たのだろう。


「うげぇっ!」


 ダニエルは顔を歪め、うめき声をあげた。そんなに会いたくなかったのか……。


「そんなしみったれた酒を買っていないで、うちの酒も買っていってくれよ。1樽だけでもいいからよぉ!」


 グレンドはおっさんとダニエルの間にズカズカと割って入り、ダニエルの肩を掴んだ。当然、おっさんは怒る。


「おいっ! 商売の邪魔をするんじゃねぇ!」


「失礼な。邪魔なんかしてねぇだろ。オレはただ、交渉をしているだけだ」


 どう見ても邪魔しているだろ。無関係な俺が見てもわかるよ。


「じゃあ、僕はここで。急ぎの用があるんだ」


 ダニエルはグレンドの腕を強引に引き剥がし、逃亡を試みた。しかし、グレンドは逃さない。ダニエルの腕をがっしり掴む。


「そう言わず、な! いい酒が余ってんだ! たまにはいいだろ? 買ってくれよ」


「間に合っている! 君とは二度と関わらないって言っただろ!」


 ダニエルは語気を強めた。よほど嫌だったのだろう。今もグレンドの手を振りほどこうと、必死でもがいている。どうしよう……ここで助けたら恩を売ることになるんじゃないかな。


「待てよ、グレンド。その酒は俺が買うから、手を離してやれ」


「んん? リーズちゃんの旦那じゃねぇか。居たのか」


 俺のことは視界に入っていなかったらしい。どれだけ必死なんだよ。


「とりあえず3樽。評判が良ければ次はもっと買う。どうだ?」


「3樽……金貨240枚だが、そんなに払えるのか?」


 1樽あたり80枚、ちょっと高いかな。払えなくはないけど、今はこっちのほうが優位なはず。強気で根切り交渉をしてみよう。


「高い。150枚だな。その金額で良ければ、今日現金で払う」


「現金で……?」


 よし、食いついた。あと一息で押し切れそうだぞ。マジックバッグから金貨を掴んで取り出した。手の中には金貨が20枚くらい。それをグレンドに見せる。


「どうだ? 悪くない話だと思うぞ?」


「本当に即金で払えるんだな?」


「もちろんだ。だからその手を離してやれ」


「よし、わかった! 気が変わらねぇうちに、酒造所に帰るぞ! ついてこい!」


 グレンドは強く掴んだ手を離し、踵を返してツカツカと歩き出した。すると、ダニエルが俺の耳元で呟く。


「ありがとう。本当に助かったよ」


「気にするな。俺たちはグレンドの酒造所に行くから、ダニエルはゆっくり商談を進めてくれ」


 そう言い残してこの場を離れた。もともと、グレンドの酒を買うのは決めていたこと。ついでにダニエルに恩を売れたのだから、かなり儲けものだったな。



 グレンドの酒造所で酒を受け取ると、グレンドはしきりに頭を下げてきた。


「いや、本当に助かった。首をくくる寸前だったんだよ。これで来年も酒を造れる」


 首をくくるって……10年売れ残ってれば、そりゃあなあ。むしろ、よく10年もやってこれたよ。逆にすごいわ。そして生活よりも酒造りを優先するあたり、職人としての意地を感じる。



 酒は無事買うことができた。今回の買い付けは3樽のみ。王とレイモンドの分、そしてボナンザさんの分だ。3人に試飲してもらって、反応が良ければ再度買い付ける。グレンドの酒造所が継続できるかどうかは、この3人次第だな。


 その前に、炭酸水の実験をしないと。酒と一緒に売れば、さらに高値をつけられるかもしれない。楽しみだ。

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