夜の運動会
無事に俺の予想が的中したわけだが。当事者のリーズはのんきにうとうとしている。
ちょっとケツを叩いて目を覚ましてやらないとな。
「2人とも、ちょっといいか? この部屋は包囲されようとしている」
「え……?」「なんで!?」
2人が同時に驚きの声を上げた。
気配察知が使えるのは俺だけだもんなあ。ルナにはそろそろ教えてもいいと思う。
敵はまだ見える範囲に来ていない。今のうちに部屋の明かりを消す。
「目的はリーズだ。可能性は高いと思っていたけど、やっぱり強硬手段に出たな」
「どうして? なんであたしなの?」
あれ? 気付いていなかったのか。
「今日のアレな。リーズを奴隷か何かにするための詐欺だよ。
なぜリーズを狙うのかはわからないが、たぶん誰かが買おうとしている。
あいつの対応を見る限り、購入先は決まっていると思う」
「え……? あたし奴隷になるの?」
質問ばっかりのリーズ。相当混乱しているみたいだ。いや、元々質問の多い子だったな。
「いや、どうするつもりだったのかは知らないぞ。
ルナ、この国に奴隷制度はあるのか?」
奴隷制度についてはまだ聞いたことがない。王城にも居なかった。全員、正規の従業員だ
「ありますよ。職人さんの小間使いや家のメイドをしたりします」
やっぱりあるのか、奴隷制度。
「奴隷の扱いはどうなんだ?」
「普通の暮らしをする人と、厳しい生活を余儀なくされる人がいます。一般奴隷、借金奴隷、犯罪奴隷の順で厳しくなりますね。
そして、奴隷を保護する法律は一般奴隷にしか適用されません」
なるほど。借金にこだわったのはそういうことか。
借金奴隷なら正当な扱いが必要ない。ということは、何をさせてもお咎め無しというわけだ。
絶対ろくなことにはならんな。悲惨な未来しか見えない。
リーズは理解したのか、していないのか……。キョトンとした顔をしてこっちを見ている。
「とにかく、相手はリーズを手に入れるために躍起になっている。
借金を負わせる作戦が上手くいかなかったから、次は強硬手段に出るつもりだ。
気配察知では全部で6人。実行するのはおそらく4人だ。残りの2人は外で見張りだろう」
アパートの入口に向かっている連中が4人で、窓に面した場所に向かっている連中が2人だ。
もしかしたら入口で1人待機するかもしれないが、最大値で伝えたほうが安全だ。
「どういうこと?」
リーズはいまいち危機感が無いな……。隅っこでおとなしくしておいてもらおう。
ルナは真剣な顔で小さく頷いていたので、状況を理解したことが伝わってきた。
リーズのフォローはルナに任せよう。
「もうすぐこの部屋は襲撃に遭う。リーズは騒ぐな。とにかく静かにおとなしくしていてくれ。
ルナはリーズを守ってやってくれ。前線には俺が立つ。
玄関から侵入してくるはずだ。不意打ちで迎え撃つ」
「え? え? ええ?」
戸惑うリーズを無視して準備を始める。
リーズはベッドの上。リーズの前には、荷物を抱えたルナが立つ。
この荷物、大半はゴミなんだけどな。持っていかないと面倒なことになりそうだから持っていく。
打ち合わせをしているうちに、包囲された。アパートの入口から階段を上る気配が伝わる。
「間もなく接敵……」
部屋の中に緊張が走る。接敵まで残り3秒、2秒、1秒……。
『バァン!』
大きな音を立てて扉が開けられ、同時に3人の人間が侵入してきた。1人は玄関の外で待機している。
襲撃犯の先頭の腹を蹴り上げる。体が“ク”の字(“く”ではない)に曲がり、『ヴォゴッ』とうめき声を上げながらその場に崩れ落ちた。
残りが怯んだスキに、2人目の懐に潜り込んで肘を顎に当てる……つもりだったんだけど勢いが付きすぎて頬に命中。『ゴギャッ』と音を立てて口から白い物と赤い液体を吐き出し、そのまま後ろに倒れた。
3人目は倒れる2人目を上手く避け、こちらに接近してきたのでそのまま鉄山靠(キッツイ体当たり)を打ち込む。吹き飛ばされた3人目は、玄関の外に居た4人目を巻き込んで廊下の壁に激突した。
「終わったぞ。外にも2人居るが、そっちは無視だ」
外に居る2人なのだが、こちらから攻撃を仕掛ける正当な理由が見当たらない。
実行犯は明らかに侵入者だから返り討ちで問題ないが、外の2人に攻撃を仕掛けると俺が襲撃者になりかねない。
「この人たちはどうするの?」
「首を刎ねておきましょうか?」
いやいや、物騒! 物騒!
ルナはリーズにずいぶんと肩入れをしているみたいだ。もしかしたら、同じ魔道具職人として何か思うことがあるのかもしれないな。
「とりあえず縛るだけにしておこう。後で兵士に突き出す。
それよりも、まずはこの場を離脱しよう」
「あの……それでは逃げられてしまうのではないですか?」
「そうなんだが、外の連中に気付かれる方がマズイ。応援を呼ばれたらどうなるかわからないからな」
最悪、火柱の魔法をぶちかましてやれば一瞬で炭なんだけど、街中で使う魔法ではない。落雷の魔法はもっとダメ。
……スタンガンは有りだったな。
逃げられないようにスタンガンを撃ち込んでおこう。ついでに威力調整の練習だ。死なない程度の電撃で……死なない程度ってどれくらいだ?
うめき声を上げて倒れている襲撃者をロープで縛りながら、『バチィン』と派手な音を立てて電撃を与えていく。
ビクンビクンと体を震わせる襲撃者たち。……成功だ。死んでいない。
外で練習をしていた時はそんなに気にならなかったが、ツンとした鼻を刺すような臭いが部屋に籠もっている。
オゾン臭だ。狭い部屋でやることじゃないな。
「コーさん……何をされているんですか?」
引きつった顔のルナとリーズ。ゴメンね、臭かったよね。
「雷の魔法だよ。これを食らうとしばらく動けない。
今のうちに出るぞ。急ごう」
こちらからの不意打ちだったこともあるが、思いの外簡単に無力化できた。
この部屋には明かりが無く、向こうは暗闇に慣れた状態で、こちらはリーズ一人……だと思っていたはずだ。
残念でした。来ることを知っていたし、準備していましたよ?
玄関を抜け、外に出る。外はまだ真っ暗だ。空には星と月がきれいに輝いている。
逃げるつもりならこのまま真っ直ぐ走るのだが。「こっちだ」と誘導した先は、部屋の窓に面した通り。
リーズの部屋が見える所まで走ると、前後から男に挟まれた。
俺達が居ることに少し戸惑ってはいたが、何事も無かったかのように無言でナイフを構えて攻撃してくる。
あざーす。と言いたい。わざわざ反撃する理由を作ってくれたんだ。むしろ感謝だよ。
前に居る男に急接近してスタンガン(強)を打ち込み、すぐに振り返って背後の男にもスタンガン。
スタンガンの魔法は、なかなかの初見殺しだ。何しろ触れただけでアウトだからな。
おまけに非殺傷。人を殺す覚悟が無いというのもあるが、こんな街中で殺っちゃうのはマズイ。
処理がね……。街の外ならどうにでもできるんだけど。
それに情報が欲しい。
外でビクンビクンしている襲撃者を抱え、一度リーズの部屋に戻る。
明かりを点けて顔を確認するが、全員見覚えがない男だ。冒険者でもないな。それならギルドで見かけているはずだ。
部屋に転がる4人とともに並べたが、4畳半に9人詰め込んだ状況はキツい。
ルナとリーズを廊下で待たせ、俺が襲撃者とお話ししよう。会話ができる程度に回復させた。
「なあ、誰に頼まれた?」
「知らない」
「何のためにやった?」
「知らない」
「お前らは何者だ?」
「知らない」
ダメだ。話にならない。一番ガタイの良い男の腕を曲げてみよう。『ベキッ』と鈍い音が鳴り、関節が一つ増えた。
男はうめき声を上げて顔を歪めるが、まだ口が固い。困ったね。
威圧の魔法で威嚇した方が早いかな。ちょっと強めに……。
「もう一度聞くぞ? 誰に頼まれた?」
「……言え、ない……」
なかなか手強いなあ。小さく震えながらも、黙秘を続けている。
その後、少し時間を掛けて頑張った結果。いろいろ喋ってくれた。
連中は死んでいないから大丈夫。このまま兵士に突き出せば良い。犯罪は犯罪なので、このまま野に放つようなことはしないよ?
連中は傭兵ギルドの所属だった。冒険者ギルドとは違い、対人戦闘や荒事専門のギルドだ。組織は合法だが、請け負う仕事は非合法なものも多い。
傭兵ギルドは仕事の斡旋ではなく人の仲介だからな。仕事の内容までは責任を持たない。
ただ、こいつらは本当に何も知らなかった。詐欺師エリックに頼まれただけ。リーズに対して恨みがあるわけでもなく、仕事としてやっただけだ。
本当に徹夜になってしまったな……。もう夜が空けそうだ。空は薄っすらと明るくなってきている。
早い人は仕事を始める時間だ。
「ごめんね。おまたせ」
廊下で待つ2人に声を掛けた。もしかしたら寝ているかもしれないと思ったが、2人とも起きていた。
真っ青な顔をして小さく震えている。体調が良くないな。早く寝かせてあげよう。
「何を……していたのですか? 何か気持ち悪い音が聞こえてきましたが……」
「ちょっとお話をしていただけだよ。変なことはしていない」
「話をする音じゃなかったよ?」
「ああ、話しやすくしただけだよ。気にするな。
俺は兵士の所へ行く。2人は先に宿に戻って休んでいてくれ。今日の分は3人分で支払いを済ませてある。
襲撃はもう無いと思うけど用心してね」
街には、疎らだが一般人が歩く姿が見られる。この時間なら野良暴漢が出没することは、ほぼ無い。
今リーズから離れるのは危険かもしれないが、襲撃犯の情報を当てにするなら、この仕事を受けたのはこいつらだけだ。
来るとしたら次の夜。でもここに留まる事は避けたほうが良い。昼間でも襲撃できなくはないからね。
「いいんですか? 私たちも行ったほうがいいと思いますけど……」
「いや、全員で行くと、事情聴取で拘束されると思う。2人はもう休んだほうが良い」
当事者が居なければ拘束時間が短くなるはず。部外者から聞くことは少ないから。
それにさっきから眠気は限界を超えているはずだ。逆に目が冴えてくる頃だろう。体力と思考力は地に落ちている。
俺は徹夜作業に慣れているからね。キャンプの時は、暇な時は暇だが忙しい時は死ぬほど忙しい。
拠点の設営と水源・食料の確保、薪を拾って火を起こす。初日の行動なのだが、下手をすると30時間くらい寝ずの作業になる。
眠いし疲れているのだが、まだ限界には程遠い。
「お気遣いありがとうございます。では、先にお休みさせていただきます」
「ありがとう。先に寝てるね」
ルナはリーズに強化魔法を掛けてあげたみたいだ。自分も身体強化を使って走っていった。
これでひとまず安心だろう。
襲撃者を縛ったロープを掴み、兵士がいる街の門に向かう。一番近い詰め所だ。
俺も早く帰りたいから、軽く走る。初めての早朝訓練を思い出すなあ。あの時もこうやってボアを引き摺ったよ。
掴んだロープの先から「痛ぇ!」とか「ぐあぁ!」とか聞こえてくる。早朝から迷惑だから静かにしてほしい。まだ寝ている人も居るんだよ?
王都の門に着いた。軽く走ったので時間はたいして掛かっていない。引き摺った襲撃者もまだ生きている。
門番の男に「おい」と声を掛けた。
「どうした、こんな朝早くから」
門番の男は眠そうに対応する。たぶん夜勤なのだろう。
「知人が襲撃を受けた。こいつらが犯人だ。代理で引き渡しに来たのだが、いいか?」
「わかった。事実確認をしよう。君には確認が取れるまでここで待っていてもらう」
渡して終わりじゃないのかよ! 確かにマズイか。縛られたやつが被害者の可能性もあるからな。
もしここで襲撃犯が嘘を吐くとかなり面倒なことになる。その場合、社会的地位が低いやつが犯罪者にされる。
「それは困るな。今日はまだやることがある」
そう言って身分証を取り出す。身分証と言っても任命証の方だ。
内容を確認した門番は、みるみるうちに顔色を青くした。
「失礼致しました! この者の調査は我々が責任を持って確認致します。本日はお疲れ様でございました」
効果はてきめんだ! いや、本当に使いすぎないように気を付けないと……。癖になりそうだ。
「今回は事情が混み合っていてな。誰が指示したかは確認しなくてもいいよ。
ある個人を狙って襲撃したという事実だけを確認してくれ」
今回は本当の黒幕がわかっていないからな。もし貴族が絡んでいたら、すべて無かったことにされかねない。
中途半端に調べられるくらいなら無視してもらったほうがいい。
「承知致しました!」
きれいな敬礼で返す門番。一言注意しておいたほうが良いな。
「普段は身分を隠しているから、そのつもりで。普通の冒険者として接してくれ」
「了解しました!」
元気よく敬礼を続ける門番。本当に了解したのか?
後のことは門番に任せ、一度宿に向かう。屋根の上を走るから速い速い。
宿の屋上に到着したので地面に飛び降りて中に入ると、いつもの少女が「おかえり」と言って迎えてくれた。
少女に部屋の鍵を開けてもらって部屋に入ると、2人はもう寝ていた。よほど眠かったらしい。
2人で2つのベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまったようだ。
ルナは自分がいつも使っているベッド。リーズは俺がいつも使っているベッド。
ところでこの場合、俺はどこで寝ればいいの?
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