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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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人探し3

 黒い牙とかいう謎の犯罪者集団に襲撃され、それを撃退した。目の前には、大漁の男たちが横たわる惨状が広がっている。なかなか酷い状況だが、誰も死んでいない。平和的解決だ。


 終了を察知したのか、遠くに逃げていたアーヴィンが帰ってきた。


「終わった?」


「おう。問題ない」


 さっき俺が使った落雷の魔法は、無差別攻撃だが範囲が狭い。アーヴィンが逃げた辺りまでは届かない。アーヴィンも問題無さそうだ。


 俺たちは無傷、金も盗られていない。被害ゼロだから、これで終わらせてもいいかもしれない。だが、まだ終わらせない。こいつらは犯罪者集団。治安悪化の元凶だ。一言文句を言ってやりたい。


「はい、全員整列!」


 そう言って全員を立たせる。反抗的な目をしている人間はもう居ない。俺の指示通り、男たちは立ち上がって列を作った。


 そんな中、街を出たはずの大中小トリオが、身を震わせながら歩いてきた。


「酷い目に遭った……」


「なんで居るんだよ!」


 落雷を受けるほど近くに居たのか、服が泥だらけになっている。


「アンタが連れ去られるのを見て、追ってきたんだよ」


「加勢しようと思って近くに隠れていた……」


 3人は、律儀にも俺を追ってきたらしい。中途半端に離れていたようで、俺の気配察知にも引っかからなかった。


「そりゃ悪かったな。気付かなかった」


 ……いや、気付いていてもどうにもならなかったかな。無差別攻撃だから。


「まあいい。今度から、アンタのことは見捨てて逃げることにする」


 中男が苦笑いを浮かべながら言う。俺もそれをオススメするよ。邪魔だから。


 アホ3人は無視して、黒い牙の話を聞こう。整列する連中に顔を向け、大声をあげた。


「おい! ここの責任者は誰だ?」


「責任者……?」


 責任者では通じないのか。言い換えよう。


「この集団のトップ、頭だよ」


「頭はオレだ……です」


 小太りの中年が手を挙げた。貫禄があり、どっしりとした容姿。服装も小綺麗で、いかにも偉そうな雰囲気だ。でも目は死んでいる。


「言葉遣いはどうでもいい。それより、いつもこんなことをしているのか?」


「ああ……。仕方がないんだ。この街では普通に商売をしても儲からない。税金が高すぎて、どれだけ稼いでも全部持っていかれちまう」


 それは俺も経験したな。冒険者ギルドでは、本来貰えるはずの報酬の半分も残らなかった。たぶん他の商売でも同じだろう。


 正規の身分証を持っていれば回避できる税だが、この領の半数は逃亡者と犯罪者だ。正規の身分証はすでに失くしているか、持っていても出せない。


 一見犯罪者や元犯罪者を救済しているように見えるが、得をしているのは領主だけといった様子。領内の犯罪率が上昇することで、真面目な領民も割を食っている。


「まともな領民なら逃げ出しそうだな」


「この領の出身というだけで、他の街に入れなくなる。だから移住者なんてほとんど居ない」


 この領はイメージも悪いのか……。そう言えば、アーヴィンもあまりいい顔をしなかった。この調子だと、他の領に移っても苦しいだけか。


 それに、他の領も一律で受け入れ拒否したほうが早いだろう。犯罪者と普通の人なんて、ひと目では見分けられないからな。


 他の街に居辛くなってこの街にたどり着き、ここで犯罪を重ねることでさらに他の街や国に行き辛くなる。悪循環だ。この街の闇は俺が考えていたよりもずいぶんと深いなあ。


「領主に抗議をすればいいんじゃないか?」


「そんなことをしたら、すぐにブタ箱か奴隷行きだ……いや、その場で処刑か」


 意見を言ったら即処刑か。ずいぶんと物騒だな。この街の犯罪者たちは、みんなギリギリで生きているみたいだ。「詐欺をやめろ」って言ってやるつもりだったのだが、そんなことを言える雰囲気ではないか。


「……そうか。まあ、頑張れ」


 としか言えないよ。犯罪者集団を止めるのは為政者の仕事だ。領主とミルジア政府が考えるべき問題だから、俺が口を出しても仕方がない。


 それに、俺の常識は日本が基準になっている。多少この世界にも染まりつつあるが、それも治安が良いアレンシアの常識だ。ミルジアの、ましてや犯罪が当たり前のこの領では、常識が違うのは当然のこと。俺の価値観で口を出すのは拙い。


「こちらからはもう関わらない。あんたも、できれば敵対しないでくれ」


 頭は死んだ目で訴えた。俺としても、自分が絡まれなければ文句はない。お互いに不干渉、それが一番平和でいい。


「お前らこそ、もう絡んでくるなよ」


 ひとまず解決だ。俺に関係ないところで犯罪を重ねてくれ。いや、こいつらがやっていることは、この領では犯罪にならないのかもな。


 よく考えたら、俺はミルジアの法律を知らない。ミルジアが『力こそすべて』な国だとしたら、こいつらがやっていることはすべて合法だ。


「もういいか……?」


 頭が恐る恐る言う。体は横を向き、今すぐにでもこの場を離れたいように見える。


 帰りたいところ申し訳ないが、1つ質問しておきたい。


「ところで、最近アレンシアから高貴な人間がこの領に来たとの情報があった。そいつに心当たりはないか?」


「知らんな。探せと言われれば探すが……」


 おお、いいじゃないか。犯罪者集団であれば、特殊な人脈なんかも持っていそうだ。せっかくだから手伝ってもらおう。


「同郷の者として支援するように言われているんだよ。見かけたら教えてくれ」


 完全にウソだが、正直に答えることはできない。探しているなんて知られたら警戒されるからな。支援であればあってもおかしくないし、支援を求めて向こうから寄ってくる可能性もある。


「わかった。見かけたら伝える」


「ああ、頼んだぞ。あと、俺たちのことは探すな。いつまでもこの街に居るとは限らない」


 俺たちが名乗っているレイトンとジョナサンは実在しない。居ないはずの人間を探されると厄介だ。今のうちに釘をさしておく。


「では、誰に伝えれば?」


「あの3人だ。あいつらは冒険者だから、冒険者ギルドに行けば会える」


 アホ3人に指をさして言う。すると、3人組は目を白黒させる。


「オレたち? なんで?」


「頼むよ。この街の知り合いなんて、お前らしか居ないんだ」


「そっか! よし! 任せろ!」


 小男が張り切った声で元気に言った。大男と中男は、戸惑いの表情を浮かべながら小さく頷く。


「じゃ、頼んだぞ。お前ら3人は、ここに残って今後の打ち合わせをしろ」


 そう言って、この場を後にした。黒い牙はそれなりに大きな組織らしいから、ちょっとした糸口にでもなればいいかな。闇雲に探すよりはずいぶんマシだ。さて、改めて冒険者ギルドで情報収集をするか。



 入り組んだ細い路地、ここを通るのは面倒だし迷いそう。というわけで、屋根を走って冒険者ギルドに向かう。


 ミルジアは、アレンシアと違って建物の高さが一定じゃない。激しいアップダウン、ボロい足場。気を抜くと屋根を踏み抜く。走りにくい屋根を抜けて、冒険者ギルドにやってきた。


 中はあいかわらず、暇そうな酔っ払いがたむろしている。働けよ……。いや、働いても大した金にならないから、やる気が起きないのかもしれないな。


 混み合うギルドの中をズカズカと進み、カウンターまでやってきた。今日は絡まれなかったな。初回限定イベントなのだろうか。まあいいや。カウンターのハゲ散らかしたおっさんに声をかける。


「よう。ちょっといいか?」


「ああ、あんたらか。身分証はどうした?」


 おっさんは俺たちのことを覚えていたようだ。おっさんが言う身分証とは、以前ここで貰った他人の冒険者証のこと。身分証としても使えるが、あくまで他人の物だから少し調べたらすぐにバレる。


「すでに処分したよ。拙かったか?」


 処分というか、詐欺師の若者から逃げるために渡した。いまさらだけど、ちょっと迂闊だったかな。


 詐欺師の後ろに居たのは黒い牙の連中だ。あいつらが他人の身分証を手に入れて、普通に処分したとは考えにくい。たぶんろくでもない使い方をしていると思う。


「いや、処分したのであれば問題ない。どうせすでに使い物にはならんよ」


 もともと、数日で使えなくなると言われていた。とはいえ、悪用しようと思えばいくらでも……いや、考えるのはやめよう。悪いのは俺じゃなく、黒い牙の連中だ。


 せっかくだから、正規の冒険者証を発行してもらおうかな。魔物を討伐したときに、換金できる手段がないと困るから。


 この身分証のシステムを日本風に言うと、運転免許証とマイナンバーカードの関係と同じだ。どちらも身分証として使えるが、役割が違う。


 今回発行してもらうのは本人名義の冒険者証だ。ミルジアで正規の冒険者として活動することができる。偽名ではあるものの、バレるリスクは低い。まあ、バレたところで賄賂を払えばどうにでもなるんだけどね……。余計な金がかかるから、正規の冒険者証を持っておいて損ということはない。


「身分証を持ってきた。冒険者登録を頼む」


 そう言ってオマリィから貰った身分証を提示すると、ハゲおっさんは訝しむような目を俺に向けた。


「うん? 身分証……?」


「何か問題でも?」


「いや、ない。少し待ってろ」


 少し怪しまれたらしい。いやまあ、どう考えても怪しいよね。自分が渡した他人の身分証と同じ名前の身分証を持ってきたんだから。でも、これは正規に発行された身分証だ。文句は言えないだろう。



 しばらく待つと、ハゲおっさんが2枚の板っ切れを持って帰ってきた。そして、カウンターの上に手のひらを置いて言う。


「発行手数料、登録料、審査料、礼金、合わせて金貨2枚。それが2人分で4枚だ」


「高っ!!」


 アーヴィンが叫ぶ。俺も同じことを思った。値段の根拠がはっきりしないボッタクリ価格だ。


 発行手数料と登録料、内容カブってない? 審査料? 何を審査したって? 素通りだっただろ。そもそも礼金って何? アパート借りたわけじゃないんだから。


「突っ込みどころしか無いが……」


「金が無いなら貸すぞ?」


 ハゲおっさんは、不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感しかしない。絶対高利貸しだろ。


「大丈夫だ。現金で払う。しかし、もう少し安くならないか?」


「嫌なら別の街で発行してもらうんだな」


「払うよ……。どうせ別の街に行っても同じだろ」


 不本意だが払うしかないだろう。この領の人間は全員が詐欺師のようなものだ。おそらく、申請の回数を重ねるごとに発行料はどんどん釣り上がる。


「よくわかってるじゃないか」


 ハゲおっさんはニヤリと笑った。俺の予想はどこまで正解だったのかな……。それはさておき、本題に入ろう。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「何だ?」


「今、人を探していてな。アレンシア出身の偉い人なんだけど。心当たりはないか?」


「……人にものを尋ねる態度ではないな」


 ハゲおっさんはカウンターを人差し指でトントンと叩きながら言う。金をせびっているのだろうか。仕方ない。活動費から支払おう。


 金貨を1枚、カウンターの上に置いた。


「これでどうだ?」


「悪いが、私は会ったことがないな。冒険者ではないし、ここに依頼をしに来たこともない」


 ハゲおっさんは首を横に振った。まだ何か知っていそうな態度だが……金貨をもう1枚追加してみよう。


「他に知っていることは?」


「領主館での食事会に見慣れない人間が出入りしている、という噂を聞いた。知っているのはそれくらいだ」


 領主のパーティであれば、豪華で高価な食事が提供されるだろう。ターゲットは美食マニアの貴族らしいから、訪れていてもおかしくないな。調べるならそこか。


「その食事会、次はいつ開かれる?」


 そう言いながら、金貨を1つ追加した。


「知らんな。食事会に招かれるような奴は貴族か大商人くらいだ。私には縁がない」


 ハゲおっさんは、そう言ってカウンターの上の金貨を自分側に引き寄せた。「これ以上聞くな」という意思表示だろう。本当に知らないのか、喋ったら拙いのか。どちらかはわからないが、得られる情報は無さそうだ。


「十分だ。ありがとう」


 支払った情報料は金貨3枚。正直痛い出費だが、得られた情報を考えると安いものだろう。ターゲットまで、確実に一歩近付いた気がする。


 次にやることは決まった。領主または領主の関係者に接近して、パーティの招待状を得る。黒い牙に依頼をすれば、どうにかしてくれるだろう。


 ……金がかかる気がしてならないぞ。いったい、いくらの賄賂が必要なんだよ。いくらかの持ち出しは覚悟する必要があるな。クソ貴族め、絶対に捕まえてやるぞ。

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