人探し1
世紀末なミルジアの街から帰還して、数日が経った。滞在期間はほんの1日程度ではあったものの、ミルジアの闇を十分すぎるほど堪能できた。それなりに楽しかったが、住みたいとは思えないな。
その街の近くで採取したニュンパエアは問題なく使えた。加工が終わるまでに時間は掛かるが、品質、量ともに満足できるものだったらしい。というわけで、定期的に採取しにいくことになりそうだ。
いつものようにエルミンスールでのんびりしていると、突然転写機が震えだした。おそらく、王からの呼び出しだ。転写機を取り出して、書かれた内容を確認する。
『時下益々健勝のことと存じ候』
あ、これは飛ばしていい。ただの挨拶文だ。ここがめちゃくちゃ長い。追伸まで一気に読み飛ばす。
『報酬の支払いの準備ができた。直ちに登城せよ』
なるほど、盗賊逮捕の報酬だな。俺としてはツケにしといてもいいと思っていたんだけど。まあ、払うって言うなら貰いに行くか。
「ちょっと城まで行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
俺が軽く声をかけると、ルナが答える。俺は自分のマジックバッグを掴み、着の身着のまま王城のいつもの部屋に転移した。
王は偉そうに腕を組んで鎮座していた。とりあえず声をかける。
「よう」
「うむ、よく来た。まあ座れ」
王は慣れた様子で答え、俺にソファーに座るよう促した。目の前のテーブルには、金貨がうず高く積まれている。
「今回の報酬って、これ?」
「そうであるな。ここに金貨2000枚を準備した」
「ん? 多くないか?」
今回受け取る報酬は、全部合わせて1700枚の予定だったはずだ。ケチな王が勝手に増額……いい予感はしないよなあ。
「うむ。実は極秘の依頼があるのだが、引き受けて欲しい」
ほら、来た。交換条件だ。話を聞く前に金を見せられると、ちょっと断りにくくなるんだよ。卑怯な奴だ。
「聞くだけ聞こう。何だ?」
「人探しだ。先日の盗賊騒ぎの件で、重要な人物が一家まるごと行方不明になっておるのだ」
以前大捕物になった、盗賊団の件だ。貴族が深く関わっていたということで、かなり大事になったのだ。しかし、主犯格の貴族はすでに逮捕されていたはず。
「なんだ、逃げられたのか?」
「……後からわかったのだが、裏で手を引いていた貴族がいた。気付いたときにはすでに屋敷はもぬけの殻よ」
王は言いにくそうに言う。
俺が捕まえた貴族は、本当の黒幕ではなかったらしい。俺の知らないところでドラマがあったようだ。しかも、逃げられてバッドエンドだ。俺にその尻拭いをさせようっていうことだな。
若干面倒そうな案件、しかも極秘。人探しのセオリーである、人海戦術が使えない。かなり難しいんじゃないだろうか。
「逃げた先はわかっているのか?」
「国外に出た、ということまではわかっておる。おそらくミルジアだ」
そこまでわかっているのか。であれば、アレンシアから逃げた奴が行きそうな場所に心当たりがある。先日行った街だ。あの街じゃなくても、あの領内のどこかなら簡単に身を隠せる。あの領内を探せば、すぐに発見できるかもしれない。
ただし、見つけられるのは俺が知っている奴だけだ。この国には写真が無いから、俺には顔を知る術がない。
「別に引き受けてもいいんだけど、誰かもわからない奴なんて探せないぞ」
「うむ。奴の肖像画がある」
王はそう言って、壁に立てかけられた額縁に視線を送った。
そこには50歳くらいのダンディーなおっさんの顔が描かれていた。長い金髪をくるくる巻いて、スラッとして精悍な顔つき。人気ベテラン俳優のような雰囲気が漂っている。正直、かなり目立つ顔立ちだと思う。これなら簡単そう。
「なるほど。この顔を探せばいいんだな」
「いや……この顔を5倍くらい太らせて二重顎に、目は腫れぼったく。そして、鼻はもっと低くてボテッとしている」
「別人じゃないか!」
ダンディーなおっさんからイケメン要素がほとんど無くなったぞ。くたびれたデブジジィを探すのか……。難易度がグッと上がった。
「貴族の肖像画なんてそんなものだ。あと、ついでに頭は禿げているから気を付けろ」
最後のイケメン要素が髪とともに抜け落ちた。完全に別人だ……。この肖像画、本当に参考になるのか?
「まったく探せる気がしないんだけど」
「鼻の横のホクロは本物だ。そこで見分けろ」
何その無理ゲー……。まったく知らない人で、参考になるのは別人の肖像、正しいヒントはホクロ1つだけ。これだけの情報で人探しをするのはさすがに無理だ。
「ホクロがあるデブなんて、探せばそこら中に居ると思うぞ」
「そのホクロから長い毛が生えていてな。奴はその毛を宝毛と呼んで大切にしていた。それで見分けられるのではないか?」
日本にも宝毛っていう文化はあったはずだけど、なんか違う気がする……。それはいいとして、それでもやっぱり難しいと思うぞ。ホクロのあるおっさんを見かけたら、片っ端から声をかけるの? 難易度高いよ。
「他に見分ける部分は無いのか? 例えば好物とか趣味とか」
「ふむ……変わった生き物が好きで、とにかく金が好きだったと記憶している。好物は、高いものなら何でも食べていたように思う」
少しだけ絞り込める要素が見つかった。『金儲けの匂いがする高級料亭』みたいなところを探して張り込めば、運が良ければ遭遇できるかもしれない。
「十分とは言えないが、なんとかなるかもしれない。やるだけやってみるよ」
「うむ、任せた。期限は設けぬから、多少時間がかかっても良いぞ」
話は一通りまとまったかな。目の前の金貨は仕舞っても大丈夫そうだ。積まれた金貨を掴んだ。そのとき、金貨を握る右手に違和感を覚えた。
「あれっ?」
「今回はミルジア金貨を準備した。ミルジアに行くのだから、そのほうが都合が良いだろう?」
どうして依頼を受ける前提で準備しているんだ……。
「俺が断ったら、どうするつもりだったんだよ」
「それは国内で余っている金貨であるからな。勝手に鋳潰すわけにもいかず、交易の取引量を増やすわけにもいかず、難儀しておったのだ」
ミルジアの硬貨は、アレンシアで使うと価値が2割ほど減る。逆も同じだ。鋳潰せないというのは、国家間の取り決めだろうか。ミルジアとアレンシアは仲が悪いから、こうした取り決めを作ることすら困難なのかもしれない。
何が戦争の火種になるかわからないから、慎重にならざるを得ないのだろう。
またこの王の策略に乗せられた感じだ。もともと余っている金貨で、国内での価値は2割減。不良在庫を押し付けられたような形になっている。俺が依頼を断っても王の懐はほとんど痛まないだろう。
まあ、ミルジアの商人と取り引きをするならむしろありがたい提案だ。俺としても損したわけではない。策略に乗せられて気分は悪いが、損得で言うなら悪くない。でも、こうなってくると話が変わるぞ。
「ところで報酬は? これだけとは言わないよな?」
金貨を仕舞いながら、追加の交渉をする。この金貨の価値から考えると、この報酬では安すぎる。アレンシアの金貨に換算した場合、実質100枚分くらいの価値しかないから。
「成功報酬で、金貨200枚を予定しておる」
「いいだろう。それと、必要経費も前金に入れてくれ」
報酬と経費は別だ。例の街はとにかく金がかかるから、少しでも余分に貰っておきたい。
「その金でどうにかしろ。見つかったら払う」
王は難しい顔で首を横に振った。成功報酬に上乗せして支払うつもりらしい。それはそれでありがたいが、見つからなければ大損するのはこっちだ。
「ちょっと条件悪すぎない? それなら、せめて金貨50枚くらいは前金に上乗せしてくれよ」
「いや、高すぎる。必要経費として20枚出すから、その中でやりくりしろ」
「……渋いなあ。まあいいけど。もし見つかったら、全額請求するからな」
王はあの街の滞在費の高さを知らないらしい。5日も滞在費したら消えそうな額だけど、貰えただけマシだと考えよう。うまく節約すれば、もう少し長く滞在できるはずだ。
滞在費が尽きたら、そのときにあらためて追加を頼もう。断られるようなら調査を断念する。
「よし。ミルジアの渡航許可書はいつでも発行できる。準備ができたら冒険者ギルドへ顔を出すように」
王は満足そうに深く頷くと、話をまとめようとした。気になる発言をしたので、一度ストップを掛ける。
「いや、待て。本名で活動するわけにはいかない。偽造か偽名で頼む」
あの犯罪者だらけの街で本名を名乗るなんて、ただの自殺行為だと思うぞ。詐欺師のいいカモだ。それに加え、俺は一度偽名で活動している。そのときに詐欺師にも会った。本名を知られたら、面倒なことになる未来しか見えない。
「む……偽造など、国に頼むことではないだろう」
あれ? オマリィのおっさんは快く偽造してくれたんだけどなあ。
「偽名じゃないならいらない。自分でどうにかするよ」
「……聞かなかったことにしよう。この件に、我が国は関与していない」
王は引き攣った顔で目をそらし、そう呟いた。どうやらこの国にとって、渡航許可書の偽造はかなりヤバいことらしい。たかがミルジアに、ビビりすぎなんじゃないかなあ。いや、単純に戦争を避けたいだけだな。
今は違うが、少し前のミルジアはいつでも戦争できる態勢を整えていた。ほんの小さな種火でも、かんたんに戦争が起こる状態だったようだ。
アレンシアがミルジアに負けるとは思えないけど、戦争は勝っても負けても損失が大きいから。この王はやるだけ損だと考えているのだろう。王が気を使うのも無理はないか。
「了解だ。勝手に偽造して勝手に探す」
前回と同じ手段は使えないだろうが、まだ他に案はある。上手くいけば永続的に使える身分証が手に入るはずだ。
「うむ。コーとその一行は、ミルジアに渡航しておらん。ということにしておく。思う存分調べてきてくれ」
ん? そっちの帳尻合わせはオッケーなんだ……。基準がよくわからないな。
国内なら誤魔化せるけど、ミルジアが絡むと誤魔化せないっていうことなのかなあ。国同士が仲悪いから、いろいろ面倒なんだろう。
「じゃ、準備ができたら勝手に行ってくるよ。期待するなよ」
「うむ、任せた。期待しておる」
話が通じてない! 期待すんなってのに。難易度激高なクソ依頼なんだから。
ターゲットについて、かんたんなプロフィールをまとめた紙を王から受け取り、王城を後にした。まさか、こんなにすぐミルジアへ再訪することになるとはね。
エルミンスールに戻り、みんなに王からの依頼を報告した。
「というわけで、アーヴィン。引き続き案内を頼む」
「なんでっ!?」
アーヴィンが慌てて聞き返すと、ルナが続ける。
「私たちもお手伝いしますよ?」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、とにかく治安が悪くて金がかかる街なんだ。みんなの顔を知られたくないってのと、単純に金がもったいないから」
俺とアーヴィンはすでに顔が割れているから仕方がないとして、ルナたちの顔まで知られるのは歓迎できない。なんせ偽名で動いているから、本名と結び付けられるリスクは避けたいところだ。
そして、王から支給された活動費はたったの金貨20枚。普通の街なら十分すぎる額なんだけど、あの街ではそうはいかない。無茶苦茶な滞在費がかかるから、人数を増やしたらその分活動できる日数が減る。
「そうですか……。手伝えることがあれば、いつでも言ってくださいね」
「え? じゃあ、ボクの代わりにミルジアへ……」
「ダメだ! アーヴィンは強制参加。オマリィ家の権力が必要になるかもしれないからな」
アーヴィンの親父はそれなりに名が通った貴族だ。どうしようもない問題が発生したとき、手助けが願える。アーヴィンを連れて行くのは保険の意味もある。
「でも、またアバルカ領なんだよね……?」
アーヴィンが心配そうに言う。アバルカ領というのが例の領の正式な名前だ。賄賂と犯罪の街、アバルカ領。なんとも中二病っぽい響きだね。
「国外の犯罪者が身を隠す場所に、他に心当たりでも?」
「無いけど……」
「だったら決まりだ」
嫌そうなアーヴィンを引き連れて、もう一度あの街に行く。今回は採取の必要がないから、前回よりはゆっくりできそうだ。でも、街の中では宿泊したくないからなあ……。
よし、街で泊まることは諦めて、荒野のキャンプでも楽しもう。そうと決まればさっそく準備を始める。面倒な依頼ではあったけど、楽しくなりそうだ。






