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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第二章 旅の始まり
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山崩し

「じゃあこれからのことを話し合おうか」


「あたしはどうしたらいい?」


 尻尾をピンと立てて警戒するリーズ。大丈夫、おかしなことはしない。

 とりあえずはイベント対策だな。

 上手く詐欺師を追い返したのだが、たぶん今日明日あたりでイベントが起こる。

 数日何事もなければ取り越し苦労だが、用心するに越したことはないからな。


「まず、明日この部屋を引き払う」


「え? 何で? あたしの住む所は?」


 ぎょっとした顔で聞き返すリーズ。この散らかった犬小屋がそんなに大事なのか。

 でもこれは絶対必要。イベントが起きなくても引っ越したほうが良い。


「とりあえずは宿を借りることだな。多少の金は貸してやる。

 もうこの部屋は危険だ。あの大家が信用できない」


 少なくとも詐欺師に手を貸した時点でアウト。

 常習なのか今回だけなのかは知らないが、次家賃を滞納したらどうなるかわからない。


「私たちのパーティに同行してもいいと思います」


 ルナが何か決意したような表情で言う……。おかしいな。

 ルナはパーティメンバーを増やしたくないんじゃなかったっけ?


「ルナはそれでいいの?」


「はい。ここに住み続けるよりはいいと思います。

 これから一緒に魔道具を作る仲間です。

 宿は、さすがにコーさんと同室というわけにはいきませんが……」


 いったいどういう心境の変化なんだ。でも確かに同室はマズイな。一応嫁入り前の女の子だ。

 ルナ? 彼女はいいんだよ。むしろルナと俺が同室だから問題なのだが……。



「どういうこと? あたしも戦うの? 戦ったことなんて無いよ?」


「まあ、訓練すれば大丈夫だろ。初めて戦った時は緊張したし怖かったが、思ったより弱かった。

 この辺りに出る魔物なら大丈夫だろうが、危ないと思ったら担いででも逃げるよ」


 王都の周辺は、兵士と冒険者がうろうろしているから魔物なんかほとんど居ない。

 狩りに行くつもりなら、せめて森まで行かないと捗らないんだよ。


 ただし北東の森はダメ。行軍訓練の時に兵士が狩り尽くしているせいで、めったに魔物が居ない。


「そうなの? 一緒に行ってもいいの?」


「はい。よろしくお願いしますね」


 ルナはふんわりとした笑みで返事をした。

 彼女が同行を許すというのなら問題ないだろう。



 話が纏まったので、さっそく荷造りを始める。このゴミの山をどうやって捨てさせようか……。


「リーズはマジックバッグを持っているよな? 容量は?」


「うん、一個だけ。ベッドの上にある物が入るくらいだよ」


 足りないな。一度この部屋の中の物をマジックバッグに詰め込みたい。


「エンチャントされていないマジックバッグは無いか?」


「失敗作ならあるよ」


 そう言うと、ベッドの上からツギハギの鞄を4つ拾い上げて持ってきた。

 一応形にはなっているな。穴は空いていないし、ただの鞄としてなら何とか使える。


「ふんがっ!」


 俺が掛け声を掛けると、鞄が青白い光に包まれ、ゆっくりと光が消えていく。エンチャントの光だ。

 本当は掛け声なんか要らないんだけどね。声を出して勢いを付けないとダメっぽい出来の悪さだから全力だ。


 渡されたすべての鞄にエンチャントしてマジックバッグに変えた。容量は少ないと思う。


「え? これにエンチャントできるの?」


 ああ、一応ゴミの自覚有りか。確かに失敗作と言っていたもんな。


「形さえ整っていれば力技でなんとかなる。

 今ある5つのマジックバッグに荷物を詰め込もう」


 リーズは「うん!」と元気よく頷き、手元にある物を片っ端からバッグに放り込んだ。

 ダメだろ、分別しないと。


「待て待て、ちゃんと整頓しながら入れるんだ。

 右から、魔道具作成のための道具と高価な新品の材料、それと本当に大事なもの。

 次は普段の材料。

 真ん中はいる物、その次はいつか使おうと思っている物。

 一番左はいらない物だ。

 服と日用品は一度ルナに預けてくれ」


 リーズは「わかった!」と言ってバッグをひっくり返し、一度入れた物を出した。


『ガラガラガラベキボキッ!』


 だから壊してるって!



 リーズは「うーん」と唸りながら荷物の選別をしている。俺とルナはバッグに詰める手伝いだ。

 こりゃ時間が掛かりそうだな。宿では食事の提供が始まっているはず。

 今日の分は支払い済みだから食べないともったいない。

 あと外泊の連絡もしておいたほうが良い。冒険者は街の外で死ぬこともあるから、帰ってこないと心配される。


「すまないが俺は一度宿に戻る。すぐに戻るから、作業を続けてくれ」


「え? それなら私も行きますよ?」


「いや、外泊の連絡と3人分の食事を貰ってくるだけだ。本当にすぐ戻る」


 静かに「わかりました」と頷くルナ。


「え? 泊まるの?」


 心配そうな顔をするリーズ。遠慮など要らないぞ。

 ここの荷造りをすべてリーズ一人に任せたら、夜が明けても終わらない。


 だいたい、この狭くて散らかった部屋のどこで寝ろというのか。今日は徹夜覚悟だよ。


「一人で荷造りをするつもりか?」


「うっ。おねがいします……」




 観音開きの部屋の窓を開け、縁に足を掛けて上に跳ぶ。壁を蹴りながら、無事屋根に乗ることができた。

 すっかり暗くなった街を見渡し、宿の方角を確認。何となく方角がわかったので、屋根の上を走った。


 ギルドから宿は歩いて10分、ギルドからリーズのアパートまで歩いて15分。合わせて歩いて25分。

 でも、屋根の上を走れば3分だ。あっという間に宿(の屋根の上)に着いた。

 ひらりと飛び降りて宿に入ると、看板娘が出迎えてくれた。


「おかえりなさい! いつもの女の人は?」


 宿屋の看板娘とは、朝と夕方ほぼ毎日顔を合わせる。だが、業務的な会話しかしたことがない。


 この子はとても可愛らしい女の子だ。いかにも街の子という地味ながらも清潔な服。

 薄茶色のブラウスを着て、首元には黒いチョーカー。くるぶしまであるロングスカートをひらひらさせながら、元気に働いている。


 仲良くしたいとは思うのだが、この子はたぶんまだ10歳くらい。何を喋ったら良いのかさっぱりわからない。



「まだ仕事中だ。すまないが食事を包んでほしい。

 急な話で悪いんだが、できれば3人分。金は払うよ」


「わかりました! ちょっと待ってて!」


 パタパタと宿の奥に掛けていった。この国、子どもでも仕事するんだよな。学校とか無いのかな。

 少し待っていると、大きな木箱を抱えた看板娘が「おまたせー!」と言いながら駆け寄ってきた。


「ありがとう。今日は宿に帰らない思う。そして、明日からたぶん一人増える。

 今のうちに支払いをしておきたいんだが、いいか?」


 受け取った木箱をバッグに仕舞いながら言う。

 結構大きいな。3人分で頼んだが、少しおまけしてくれたみたいだ。


 ここの店主は料理がなかなか美味い。

 店主は40代くらいのおっさんなのだが、朝何度か顔を合わせた程度。夕方は料理を作っていて忙しいからな。



「はい! いいよ。4人部屋にしますか?」


 今泊まっている部屋はツインの2人部屋。慣れた部屋だしあまり変えたくない。

 あと、リーズには同室で泊まらないと言ってある。


「いや、2人部屋を2部屋で頼む。食事は3人分、桶とタオルは2セットだ」


 一人部屋で安く泊まれればいいのだが、一人部屋は広くて高い。チームリーダーなどの一番偉い人用の部屋だからだ。

 作業をするならこの部屋が最適だけど、そこまでしなくてもいいだろう。


「はい! 大丈夫です。明日からだね。わかりました!」


 代金は全部で大銀貨2枚と銀貨6枚。支払いを済ませ、宿の壁を蹴って駆け上がる。




 帰りも屋根の上最短ルートを使って3分でリーズのアパート(の屋根の上)に辿り着いた。

 しかし、屋根の上に上がるのは簡単だったが窓から部屋に戻るのは難しいぞ……。足場が無い。


 魔力で手足を壁に貼り付けるのは可能だよな、たぶん……。

 さっそく試す。失敗しても地面に落ちるだけだ。たいしたことはない。

 頭を下に向け、手足を壁に貼り付ける。垂直の壁をスルスルと這う俺の姿は、まるでトカゲのようだ。


「ただいま」


 頭からにゅるりと部屋に入ると、「うわっ」という2人の驚きの声で迎えてくれた。


「おかえりなさい。何を……しているんですか?」


 壁に貼り付いたまま横になる俺を見て、怪訝そうな顔をするルナ。

 かっこいいだろう? もっと褒めてもいいんだよ?


「新しい魔法だよ。壁に貼り付いて移動する魔法」


「またそんなおかしなものを……」


 不満気な顔をしながら呟く。教えてほしいのかな。

 壁を押してヒラリと飛び降りる。『ベキッ』あ、何か踏んだ……。


「踏まないで~! 壊さないで~!」


 涙目で抗議するリーズ。自分では壊すくせに……。「ごめんね」と謝って手伝いを再開した。




 ようやく片付いてきた。感覚的には午前2時頃かな。朝も早かったのでとても眠い。

 2人もうつらうつらしている。

 部屋に残された物はほぼ全て捨てる物なので、いらない物バッグに放り込んで作業終了だ。

 備え付けの机とベッドを残し、何もない4畳半の部屋になる。


 床の拭き掃除を2人に任せ、バッグの中身を確認してみた。


 作成道具のバッグはそれなりに荷物が詰まっている。それはいい。

 案の定“いる物”と“使うかもしれない物”のバッグがパンパン。そしていらない物のバッグはスカスカ。


「よし。じゃあ道具が入っているバッグだけ残して、あとは全部捨てる」


「え? なんで? 全部いるものだよ!?」


 リーズは貧乏だから高いものを持っていない。道具ですら安物だ。

 この際だから全部買い直しても良かったのだが、道具は高くて良いものよりも使い慣れたものの方がいい。


 服はルナに任せた。着られるレベルにない服はすべて雑巾だ。

 材料やリーズにとっての“いるもの”は、俺から見たら全部ゴミ。


「旅にこんな荷物はいらない。本当に大事なものだけ持っていれば問題ない。

 材料はもっと良いものを買えばいい。この材料からは良い魔道具は作れないからな」


「うっ。確かにそうだけど……」


 リーズが悲しそうな顔で俯く。耳と尻尾もしゅんとしている。

 少し心が痛むが、ここは心を鬼にして捨てさせなければ。


 道具のバッグだけをリーズに持たせ、残りのバッグは俺が没収。朝イチでゴミ捨て場だ。

 下手にリーズに持たせたら、ひっくり返して中身を漁りそうだからな。



 さて、部屋も片付いた。一息ついたところで、法律を確認しよう。

 城を出る時、王から渡された書類だ。住居と税金の項目に目を通す。

 面倒くさい回りくどい書き方をしてあって、よくわからない……。


 でも、今日の取り立ては間違いなく違法だ。ただし国からの返金は補償されない。刑が確定してから本人と決闘、ということになりそうだ。

 素直に全額返金してくれれば許さなくもないな。相手の強さがわからないから、正直決闘はしたくない。


 弱そうな見た目だったけど、この世界は魔法があるから見た目は全く当てにならないんだよ。



 よくわからない法律の資料を適当に眺めていると、タイミング良く気配察知に反応が。


「やっぱり来たか……」


 思わず独り言を言ってしまったが、2人は俺のつぶやきに気が付いていないようだ。


 さて、どうしようかな。

 読んでいただいてありがとうございます。


 昨日ついに累計ポイントが100ptを超えました。

 皆様の応援のおかげです。


 読んでくださった方々に、そしてブックマークや評価をしていただいた方々に、あらためて感謝申し上げます。


 次は1000ptを目指し、もっと面白い話を書けるように日々努力して参ります。

 これからも応援よろしくお願いします。

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