もし鎧のイケメンがヒロインなら即座に返品します
食堂を後にして、長い廊下を抜けた先に数部屋分の扉が見える。城の別館のようなものだな。
「こちらが使徒様のお部屋になります」
フィリスさんが扉を開けて案内する。
来客用の部屋と思われる。ベッドは二つ、丸テーブルと椅子のセットや、書き物用の机と椅子のセットがあり、羽根ペンなども備えてある。
そこそこいいホテルのツインルームみたいだ。結構いい部屋みたいだけど良いのかな。
「お二人でお使いになりますか? お一人ずつでも構いませんよ」
「……二人で使います」
善が蚊の鳴くような小さな声でつぶやく。えー、一人の方が楽じゃん。
「では、ゼン様とミオリ様のお二人でご使用ください」
「え?」
「はい?」
俺が聞き返したら普通に聞き返された。
「使徒様のお部屋ですので、あなたはこの部屋ではありませんよ」
俺はこの部屋を使えないそうだ。王様の話では使徒と同じ扱いだったよね? 一応客人扱いだよね?
「あなたの部屋は後ほど案内します。廊下でお待ちください」
居たの? とでも言わんばかりの態度で退室を促された。何だこいつ。
仕方がないので廊下に出ると、鎧のイケメンが現れた。
「よう、迷ったか?」
イケメンがフランクに笑顔で話しかけてきた。若干空気が読めないタイプかもしれない。悪いやつではなさそうだけど。
「いや、案内待ち。ここは二人の部屋だから。あんたは誰だ?」
こういう時はフランク返しだな。初対面で丁寧な態度で接すると、後からめんどくさくなる可能性がある。
「おう、すまんな。俺は兵士のギルバートだ。あんたはコーだったか。さっきの謁見の時も居たんだがな。あんたらの護衛だよ」
「護衛? 要るのか?」
「この城の中で危険なことは無いが、迷ったりしたら大変だろ。
見回りをしながら、あんたらを見かけたら声を掛けるよう言われている」
「なるほどね」
「使徒は二人で一部屋か。あの二人は恋人同士っぽかったからなぁ」
ニヤニヤしながらつぶやいている。ゴシップ大好きか。こいつ俗物っぽくていいな。
「なんだ、羨ましいのか?」
イタズラっぽく聞いてみる。
「ああ、羨ましいよ。おれ、なぜかモテないんだよ。見た目も悪くないし、兵士はモテるはずなのになあ」
わかる。たぶんこいつはモテない。「いい友達でいましょう」とか言われるタイプだ。ガサツだし気遣いできないんじゃないかな。
「うん。モテなさそう」
笑顔で答える。初対面の勝手なイメージなんだけどね。
「おまえ、はっきり言うなよー」
俺の背中を叩きながら笑顔で返してくる。気を悪くしなくて良かった。
「おれさ、死ぬまでに一度でいいから言ってみたいセリフがあるんだよ、この戦いが終わったら、街に残してきた婚約者と結婚するんだ……ってね」
あーそれ有名な奴ー。言ったら死ぬぞ。死ぬまでにって、言ったら数日後に死ぬぞ。
「たぶん、それは言わないほうが良いと思うよ……」
警告はしておく。惜しいやつを亡くしてしまった……とか言いたくないし。
「かっこいいと思うんだけどなあ」
それは『かっこよく活躍する』ではなく『かっこよく散る』だ。そもそもかっこよくもないわ。死亡フラグだし。無駄死にならぬネタ死にだな。
『ガチャ』
扉が開いてフィリスさんが出てきた。部屋の説明、終わったのかな。
「では、案内します。ついてきてください」
「あ、はい。じゃ、またな、ギルバート」
「おう。ゆっくり休めよー」
ギルバートはそう言って巡回に戻ったので、無言で歩くフィリスさんについていく。
「こちらの部屋を使ってください」
フィリスさんが一番端の扉を開いて案内する部屋に入ると、八畳くらいの部屋、大量の棚に道具や消耗品が積まれた倉庫だった。
「ここ、で良いんですか?」
念のため確認する。
「はい。只今、この迎賓館は使徒様のために貸し切りとなっています。
私が代表して管理を任されておりますので、安心して休んでください」
なるほど。馬小屋じゃなくて良かったねって言いたいのか。理解した。
フィリスはそのまま何も言わず去っていった。挨拶どころか部屋に入ることもなく。
うーん。この状況、王が意図してやったことか、バカが暴走した結果なのか。判断に困るな。
召喚直後、リア充と話をしている間にあの人たちが言い合っていたことは俺たちは聞いていない。
あの間に俺の対応が決まったはずだ。後で確認する必要があるな……。
部屋への案内も終えたので、リア充どもと話をしたほうが良いかもしれない。
今後の動きを打ち合わせしておこうと思う。
『トントン』
使徒ルームの部屋をノックする。
ガチャと扉が開き、善が出てきた。誰が来たかを確認する前に扉を開けるなよ……。
「おう、どうした?」
顔色は相変わらず青い。エロいことはしていないみたいだ。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「うん、構わないよ」
うん、覇気がない。元気もない。目には生気が無い。
とりあえず部屋に入り、丸テーブルを囲んで席に着く。
「ちょうど僕たちも話がしたかったんだ」
一条さんも椅子に座っているが、うつむいて元気がない。顔は青いが、目が腫れて真っ赤になっている。
「さっきの王様との話。帰る方法を探すって言ってたけど、本当にあるのかな」
「あると思う。簡単ではなさそうだけどね」
「もし見つけたら、僕たちも連れていってくれないかな」
ですよねー。帰りたいよねー。神がどうのこうのとか、そういうことは信者に言ってください。
「それは構わないぞ。ただし、いつになるかはわからないし、本当に帰れるかも保証できないし、帰ったところで向こうの時間がどうなっているかもわからないけどな」
こっちの時間の経過と地球の時間が同じとは限らない。というか、確実に違う。下手するとこっちの一年が地球の数百年という可能性すらある。
「う……ん。そうだよな。でも、今は帰れる可能性に縋るしかないから」
「で、二人はこれからどうするんだ?」
「とりあえずは、訓練を受けて修業しようと思う」
世話になる以上、与えられた義務は果たすべきだろうな。俺は義務無いけどね。
「世界のトップレベルになれって話だったよな。そっちもそう簡単なことではないね」
「そうだね。でも、僕たち使徒は特別な力が与えられてるって。数年でトップレベルになれるらしいよ」
おぅ……転移チートかよ。俺は持ってないけど。
「チート持ちかよ。いいじゃん」
「良くないよ。軽く言うなよ……。でも僕たちはそんな実感無いんだけどね。日本に居たときと何も変わらない」
「自分じゃ分からないんじゃないの? そんなもんだよ」
「そんなもんかな……。それにしても、コーは平気そうだね。何で?」
何が? と思ったけど、よく考えたらそうだな。突然拉致されて変な義務背負わされたんだ。そりゃ戸惑うわ。
「俺は変な義務ないからな。元々ヨーロッパで一人旅する予定だったし、渡航費用が浮いてラッキーと思ってる」
「は?」
「え?」
俺、変なこと言った?
「そうか……。コーはそういう奴だったな。親に二度と会えないかもしれないとか思わないのか?」
確かにそうだね。それは心配だ。
「それは思うけど、無理やりでも帰る予定だから。なんとかなると思ってる」
「いや、時間がどうなってるかわからないって、さっき……」
「可能性の問題ね。地球の時間と全く違うかもしれない、ほぼ同じかもしれない。帰ってみなきゃわからないから、今心配しても仕方がないぞ」
「そうだね……」
「俺は俺なりに帰る方法を探すから、お前らも何かわかったら教えてほしい。情報交換だな」
「それは当然だよ。僕たちにどれだけのことができるかわからないけど、頑張るよ」
「あと、修業が終わりそうになったら、ギリギリまで引き延ばせよ。
神の世界に行ったらもう俺には手が出せなくなる」
さすがに神の世界へ行く方法を探すのはメンドイ。わざわざ迎えに行く気は無いぞ。
「ああ。なんとか頑張るよ」
「しかし、勇者ではなく使徒なんだな」
「うん、この世界には魔王も邪神も居ないらしいからね」
「じゃあ何で召喚されたんだ?」
「神様の話では、困っている人たちを助けたり、教会の作業を手伝ったり、兵士と一緒に魔物と戦ったりするんだって」
やっぱり居るんだ、魔物。猟銃も無いのに野生生物と戦うとか、地球じゃ無理ゲーすぎるけど、剣と魔法でなんとかするのかな。
でもわざわざ異世界から召喚する意味無くね?
「この世界の人は使徒に与えられる力に耐えられないそうだよ」
「なるほどね」
そういうことか。都合よく力を与えて、即席で使える人材を確保、あとは助手としてこき使うつもりか。
「俺は修業には関わらないから、頑張ってくれ」
「そうだよな。できれば手伝ってほしかったけど、これは僕たちの問題だよね」
嫌です。使徒のメリットが何も無いのにデメリットだけ押し付けるとか無いわー。
「じゃあ、基本的には別行動で。定期的に情報交換をしよう」
「そうだね。じゃあ、僕たちはそろそろ休むよ」
「おう。また明日な」
そう言って部屋を出る。一条さんは結局何も喋らなかったな。精神的ダメージが大きいのかもしれない。
外はもう日が落ちている。薄暗い廊下を歩いて倉庫に戻った。