追加調査4
今日はボナンザさんに誘われた市場の日だ。残念ながら、ルナとリリィさんは不参加。夜明け前から王都に向かい、盗賊が使っていた結界の詳細を調査している。
市場の本格的な開始時間は昼頃らしいので、俺たちは遅めの時間に王都の家でボナンザさんと合流した。
「ちょっと遠いから走るわよ」
ボナンザさんはそう言うと、近くの屋根の上に乗った。俺たちもそのあとに続く。
俺たちはトン、トン、トンとリズミカルに屋根を蹴り、ズンズンと進んでいく。対するボナンザさんは、バキ、ベキと小気味の良い破壊音を奏でながら、転がるように突っ走っている。
「ボナンザさん、もう少しゆっくり走ったほうが良くないか?」
そうしないと、冒険者の仕事が増える……悪いことばかりでもないのか? いや、悪い。
「そ? ちょっと早かった?」
ボナンザさんはそう言って急に立ち止まる。行き場を失った運動エネルギーは、ボナンザさんの足を伝って屋根に直撃。一層大きな破壊音が辺りに響いた。
「……ごめん。余計なことを言った。先を急ごう」
家の持ち主には気の毒なことをしたなあ。屋根に余計なダメージを与えてしまったぞ。
走ること数十分。ボナンザさんが立ち止まったのは、王都北側の職人街だった。それも、かなり人通りが少ない。こんなところには辻馬車も通らないだろう。市場をやるような土地ではない。
「何だ、ここは。本当にここで合っているのか?」
「えっと……たしかこの辺り……」
ボナンザさんはキョロキョロと辺りを見渡し、近くにあった大きな倉庫に近付いた。
その倉庫は、木造ながら飛行機が何機も駐機できそうな大きさだ。正面には大きな扉。ボナンザさんはその扉を素通りし、側面の壁に手をかける。そして、そのままその手を引き、壁板を引き抜いた。
『ベキベキッ』
木が裂けるような音が鳴り、倉庫の出入り口が増えた。
「行くわよ」
「なんで!?」
どうして正面を避けて壁を壊したんだよ。堂々と正面から乗り込んだら良かったんじゃないのか?
「入り口で招待状とか身分証とか言われたら面倒でしょ? 木造なんだから、どこから入るのも自由よ」
理由は理解できた。身分証の確認はたしかに面倒。でもさ、『木造だから』は壊してもいい理由にはならないだろ。たしかに木は石と比べれば壊れやすい。だからと言って、木造は出入り自由ではないぞ。
「まあ……壊れてしまったのは仕方がない。せっかく出入り口があるんだから、ここから入らせてもらおうか」
ボナンザさんに出入り口についてとやかく言うのは、もうやめた。家のセキュリティを突破されまくっているうちに、言っても無駄だと気づいたのだ。そういうものだと受け入れれば、気は楽になる。
幸いなことに、破壊された壁の向こうには誰も居なかった。それどころか、中はかなり閑散としている。だが、店がないわけではない。まばらに露店スタイルの店が並んでいる。立地が悪いせいなのか、俺たちの到着が早すぎたせいなのか、店も客もそれほど多くないようだ。
壊れた壁に壁の残骸を立て掛けて穴を隠し、倉庫の奥へと進んでいく。
歩きながら店の様子を探るが、各店で扱っている商品は、どうも統一感がないように思う。職人が使う道具や材料があるのはわかるが、明らかに中古に見える家具や食器類もあって、どこの層に向けた店なのかがよくわからない。
倉庫の中を歩き続ける中、ボナンザさんが突然口を開いた。
「今日の主な催し物は昼に始まる競売だから、それまで暇よ」
「そうなのか。俺も調べたいことがあるから、ちょうどいいな」
今日調べたいのは、この市に盗品が出品されてないか。そのために、未発見の盗品のリストを頭に叩き込んできた。品物はいろいろあるが、なぜか高級布が一番ヤバいらしい。とにかく、高級な布が出品されていたら要チェックだ。
「そうだ! 競売の目録があるから、今のうちに目を通しておくといいわ」
ボナンザさんは、そう言って俺に1枚の紙を渡した。そこに書かれた一覧に目を落とす。宝石類、武器類、薬品類ときて、最後に目玉商品という注記。その下に、一番大きな文字で『高級絹、王家の紋章入り』……。
「ブフォッ!」
思わず吹き出した。先日盗賊に盗まれた、一番ヤバいらしい商品だ。
「どうしたの?」
「思いっきり盗品が出品されているみたいなんだけど……」
「あたり前じゃない。今日の市は泥棒市よ?」
ボナンザさんはこともなげに言う。
「聞いてないぞ!」
「あら、言ってなかったかしら。まあいいじゃない」
良くはない。いや、絶対に良くない。うっかり買ってしまったらどうするつもりだったんだよ……。買うほうも同罪なんだぞ。
「そういうことは先に言ってくれよ」
俺を含め、俺たち全員が普通に買い物を楽しむつもりだったのに。この行き場のないモヤモヤをどうしてくれるんだよ。
「コーだって、盗品の行方を気にしてたじゃない? 良かれと思ったのよ」
「……そうだな。教えてくれてありがとう」
教えてくれたことには感謝するよ。情報を望んでいたのは事実だ。でもなあ……伝え方って大事だと思うよ。マジで。
「他になにか聞きたいことある?」
さっき聞いたこと以上に重要なことは無いと思う。でも、一つ気になることはある。ちょっと聞いておこうかな。
「少し気になったんだけど、どうしてこの布が目玉なんだ? 高級なのはわかるけど、もっと高そうなものがあるのに……」
盗賊のアジトでも、王城でも、一番気にされていたのはこの布だ。俺から見ると、ただの布。魔物素材でもないし、特殊な効果が付与された魔道具でもない。それなのに、今回のオークションでも一番の目玉商品という扱いになっている。
「何言ってるのよ。こんなものが世に出回ったら、大変なことになるわよ。この紋章があれば、誰でも王家の関係者だと名乗れるわ」
なるほど……理解した。俺は勝手に『王家に喧嘩を売った』と解釈していたけど、単純に紋章が出回るのがヤバいのね。
王家と関わりがある人物なんて、どこに行ってもVIP扱いだろう。街はフリーパス、店は特別待遇、その他にも特典はたくさんありそうだ。
「それは危ないな」
「そういうこと。その馬鹿な商品を誰が売りに出したのか、そしてどこの馬鹿が買うのか。それが気になったのよね」
この布を買って悪用しようものなら、とんでもない罪になると思う。バレなければ天国、バレたら即処刑台だ。それでも欲しがる奴は居るのだろう……。だからこその目玉商品だもんな。
これを使って得をしそうな人間といえば、真っ先に思いつくのは盗賊だ。盗賊がどんな街にも自由に出入りできるようになる。買った奴は盗賊と関係がある人間、と思っていいかもしれない。
ボナンザさんは、次の獲物の目星をつけるつもりなのだろうか。
そんなことを考えていると、ボナンザさんが突然とある露店の前で唸った。
「んんっ!?」
「どうした?」
「いいものを見つけたわ。見てて」
ボナンザさんはそう言うと、目の前に並んだナイフを右手で握った。そして、その刃先を自分の左手に押し付ける。ボナンザさんは器用に皮だけを切り、腕から血が流れた。
「何しているんだよ!」
慌てて声を出すが、ボナンザさんは澄ました顔で答える。
「やっぱりこれ、毒が塗ってあるわね。ちょっと刺さっただけで悶絶。血も止まりにくいみたいね。使えるわぁ」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「何度も言ってるでしょ? アタシに毒は効かない。アタシが持つにふさわしいと思わない?」
そういえば、この人は即死級の猛毒でも死なないんだったな……。
「まあ、うん。ボナンザサン以外には扱えないかもな」
慣れていない人が使ったら、自爆しそうなナイフだ。使い慣れた人であっても、何かの拍子にナイフを奪われたら危ない。そう考えると、毒が効かないボナンザさんにはちょうどいいか。
「他にもおもしろそうなものがいっぱいあるわね……。競売が始まるまで、まだ時間があるわ。しばらく別行動をしましょうか」
ボナンザさんの買い物には付き合いきれないから、別行動しておきたいところだ。しかし、その前に確認しておく必要がある。
「ちょっと待った。この市に出ている商品は、全部盗品なのか?」
「露店の商品は盗品じゃないわよ。借金のカタに取り上げられたものがほとんどね」
まっとうな商品ではありませんでした……。そんな商品は、言ってみれば曰く付きだ。たしかに安いかもしれないが、何らかの問題もセットになっている恐れがある。面倒極まりないから、できれば関わりたくない。
「俺にとっては同じようなものだよ……。ろくなもんじゃないじゃないか」
「そうでもないわよ。相場より安く買えるし、意外と掘り出し物もあるわ。めったに経験できることじゃないんだから、ゆっくり見てみなさい」
「まあ、見るだけだな。買うのは控えるよ」
クレアも軽く頷いた。同意したということでいいのかな。リーズはキョトンとしているけど、大丈夫だろう。
「……まあいいわ。昼の鐘が合図だから、その前に改めて集合しましょう。じゃあね」
ボナンザさんは、そう言って目の前の商品に目を向ける。この店は武器がメインだ。不気味な色の液体が入った小瓶もあり、ボナンザさんはそれを気にしている。……毒かな?
邪魔したら悪い。ここを離れよう。
ボナンザさんから離れ、あちこちをフラフラする。やはり並んでいる商品には統一感がない。適当にかき集めました、といったラインナップだ。
そんな中、とある露店にいびつな形の木塊がいくつも転がっていることに気づいた。
ソフトボール大のグロテスクな木塊……コブ材だな。シモンが削って食器にしていた、高級素材だ。これだけ大きなコブ材はめったに手に入らない。それが8つも。シモンにも注文しているけど、あれから会っていないから受け取ってない。
いつか自分で作りたいとも思っていたんだよな。ここで買わなければ、次のチャンスはいつのなるだろうか……。
「欲しいの?」
「まあ、そうなんだが。正直迷っている。なあ、おっさん。これはどういう経緯で売りに出されたんだ?」
店主らしきおっさんに尋ねた。
「これを扱っていた職人が死んで、その子どもが売り払ったんだよ。気持ち悪い木の塊だ。そんなものをどうするんだ?」
ああ、このおっさんはコブ材の用途を知らないのか。たしかに見た目は不気味だが、仕上がりは美しい。日本では、食器じゃなく家具や装飾品として加工することのほうが多いくらいだ。
「ちょっと特殊な材料なんだ。知らなくても無理はないと思う」
売りに出された経緯も問題なさそう。ただの遺品整理だな。でも、やっぱり迷う。
「買えばいいんじゃない?」
クレアから助け舟が。
「でも、2人は我慢してるだろ」
「え? そんなことないよ? 欲しい物が無いだけ」
リーズがすまし顔で答えると、クレアもそれに続く。
「アタシも同じ。安いとは思うけど、欲しいとは思わないわ。家には一通り揃ってるから……」
言われてみればそれもそうか。キャンプ道具も一通り揃えたし、家財も一式揃えたばかり。趣味の道具にしても、みんな実益を兼ねた趣味を持っているから、普段から惜しむこと無く金をかけている。敢えて今買わなければならない理由が思い当たらない。
「強いて言うなら、そこにあるガラスの瓶は欲しいわね。どれだけあっても困らないから」
「あたしはその革が欲しいかな。質は良くないみたいだけど、試作用にはちょうどいいかも」
「その瓶は、隠居して田舎に移り住んだ薬師のババァから買い取った。そっちの革は……未熟なくせに店を開いて失敗した若造から買い取ったもんだな。どっちも素性はハッキリしてる。心配ないぜ」
おっさんは『盗品じゃない』ということをアピールしているらしい。俺の心配とは微妙にズレているが、特に問題ないな。いわゆる倒産品という類のものだろう。
若い職人は少し気の毒な気がしないでもないけど、俺が危惧しているような問題ではない。
「おっさんを信用するよ。今挙げた商品を全部くれ」
「まいど! 金貨2枚にまけといてやるぜ」
本当の相場を知らないから、どれくらい安いのかわからない。でも、たぶんコブ材だけでそれ以上すると思う。いい買い物だったな。
「ねぇ、そろそろ始まるんじゃない?」
露店を見て回っているうちに、結構時間が経過したようだ。
「そうだな。会場に行ってみよう」
今から合流地点に行けば、ちょうどいいだろう。あの盗品はどこの誰が出品したのか……それを確認して王城に報告だ。






