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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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追加調査2

 盗賊は無事捕まえたが、すべての盗品を取り返したわけではなかった。国は残りの盗品をすべて回収したいらしい。そのための追加調査の依頼を受け、冒険者ギルドにやってきた。

 ここで調べるのは、盗賊絡みの依頼を受けた冒険者についてだ。現在わかっているのは、マドフと名前の知らない冒険者合わせて5人。あいつらは輸送係として雇われた冒険者ではないから、まだ他にいると見て間違いないだろう。


 冒険者の動向であれば、受付のエリシアさんに聞けばいいんじゃないかと思う。閑散としたギルドを進み、エリシアさんに話しかける。


「お疲れ様。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間いいかな?」


「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ。聞きたいこと、ですか?」


 この時間の冒険者ギルドはほとんど客が居ない。混むのは、新しい依頼表が張り出される早朝と、完了の報告に来る夕方だけ。話を聞くなら今だと考えたのだ。


 とはいえ、話を聞くにしても説明が難しいな。何から聞けばいいのかわからず、迷ったあげく話を切り出した。


「アルコイの盗賊の件なんだけど……」


「その件でしたら、アルコイでお聞きになったほうが確実だと思いますが……」


 言いよどむ俺に、エリシアさんが首を傾げて答えた。聞き方が拙かったな。アルコイのことなんて、王都のギルドで聞いてもわからないのは当然だ。聞き方を変えよう。


「いや、王都に協力者が居たみたいなんだ。冒険者が何人か捕まっている」


「あ、なるほど。その件ですね。どういったご質問ですか?」


 捕まった、という情報はすでに知っているらしい。話が早くて助かるな。


「まず、どんな奴だったか聞かせてほしい。交友関係とか、主な活動内容とか、なんでもいい」


「捕まった冒険者さんのことですね。わかりました。でも、どうして……?」


 エリシアさんは、不思議そうな表情を浮かべた。困ったな、どこから説明したものか……。


「実は俺も、そいつらの1人から声をかけられてな」


「そうなんですか!?」


 エリシアさんは驚いてカウンターから身を乗り出した。


「ああ。依頼を引き受けるフリをして、全員まとめて兵士に突き出した」


「あ……コーさんが捕まえたんですね」


 エリシアさんはホッと胸を撫で下ろすと、軽く笑みを浮かべた。安心したところで、本題に移ろうと思う。


「そこで、だ。盗品は全部回収したつもりだったんだけど、かなり足りないらしい。国から残りの盗品を探す依頼を受けたんだ」


「なるほど……。でしたら、できる限りの協力をさせていただきます」


 エリシアさんは目に力を宿して強く頷くと、話を続けた。


「捕まったのは、全部で5人でしたね。まず、3人は王都でたまに見かけるパーティでした。ランクはE、建築や運送を得意としていたようです。それと、Dランクのソロの方が2人。申し訳ありませんが、この2人は王都で見かけたことがないのでわかりません」


 冒険者ギルドの職員と言えど、すべての冒険者を把握しているわけではない。王都で活動していない無名な冒険者なんて、知らなくて当然だな。


 ランクについても納得した。冒険者ギルドでは、ランクによって受けられる依頼が制限されている。EランクやDランク冒険者は報酬が高額な依頼を受けられないので、報酬だけで暮らすのは難しい。多くの冒険者は、交易や魔物の討伐で副収入を得て、それで生活している。

 そんな冒険者のもとに高額な報酬が提示されれば、多少怪しくても心が動くのも無理のない話だろう。


「俺は、他にも依頼を受けた冒険者が居ると見ている。思い当たる奴はいないか?」


「……すみません。冒険者ギルドは、ギルドが関係しない依頼を把握することができません」


 あの依頼は冒険者ギルドが斡旋したものではないから、冒険者ギルドが把握しているはずがない。それは理解しているから、質問の切り口を変える。


「突然羽振りが良くなったりとか、最近様子がおかしい冒険者は居ないか?」


「すみません、そんな方ばかりですので……」


 言われてみればたしかにそうだ。冒険者にはギャンブル的な一発逆転がある。交易で一山当てたとか、高額買い取りの魔物を討伐したとか、理由は様々だが大金を得るきっかけが多い。一攫千金の夢があるから人気の職種なんだ。


 冒険者の金儲けにはギルドが関わらないことも多いだろうから、ギルドは冒険者の懐具合なんか把握していないはず。この線から探るのは難しいのかな……。とりあえず、エリシアさんでも知っていそうなことを聞こう。


「じゃあ、そのEランク冒険者の交友関係はどうだ?」


「それが……あまり行儀の良い人ではなかったので、積極的に関わろうという人は居なかったと思います」


 冒険者は偉い人と関わることが多いため、マナーが重要視されている。そんな中でマナーの悪い奴が居ると、悪目立ちして孤立する。例のEランク冒険者はそういう奴だったようだ。こいつらが人集めに協力したとは思えないな。


 得られた情報は少ないが、今日の調査は一旦終了だ。


「そっか。教えてくれてありがとう。助かったよ」


「いえ、大してお力になれず申し訳ございません」


 エリシアさんはそう言って深々と頭を下げた。


 今聞けることはすべて聞いた。エリシアさんに再度礼を言って、冒険者ギルドを後にする。



 外に出ると、突然スマホに着信があった。相手はルナだ。何かあったのかな。とりあえず通話にしてみる。


「どうした? 何かあったか?」


『突然すみません、お時間よろしいですか?』


「大丈夫。ちょうど今帰るところだよ」


『王都の家にボナンザさんがいらしています。お立ち寄りいただけますか?』


 ボナンザさんか……最近よく会うなあ。あの人、暇なのかな。


「了解。すぐに行くよ」


 スマホを切って、誰も居ない家の庭に転移した。ボナンザさんの目の前に転移しちゃうと、いろいろ面倒そうだからね。



 家に入ると、ルナたち4人が居た。ただいま、と声をかけようとしたところで、ボナンザさんの声が聞こえる。


「おかえり。早かったわね」


 声がしたほうに目を向けると、ボナンザさんの他に8人の女性が居た。


「ああ、ただいま……って、この人数はなんだ?」


 全員黒装束の若い女性だ。見覚えのある人も何人か混ざっている。というか、先日の暗殺者だな。それと、ずいぶん前に戦った3人も居る。


 俺が戦った6人は、みんなかなりの手練だった。初対面の2人もきっと戦える人だ。まるで襲撃の準備をしているみたいだけど……どういうつもりだ?


「前みたいなことがあると困るから、うちの子たちを紹介しようと思って。名前までは覚えなくていいけど、顔はしっかりと覚えてね」


 この人たちとは二度も戦うことになった。三度目が訪れないように顔を合わせておこう、というボナンザさんなりの配慮だな。


「わざわざ悪いな」


 8人は一斉に自己紹介を始めたが、名前は覚えなくていいと言うから、遠慮なく聞き流した。一度に8人なんて絶対に覚えられない。顔と気配は覚えたからいいだろう。


 自己紹介を終えたところで、ボナンザさんが口を開く。


「みんな、うちの調査員よ。何人かは会ったことがあるでしょ?」


 調査員? 戦闘員の間違いだろ。俺には暗殺者にしか見えないぞ。対人戦、それも街中での戦闘に特化した戦闘員だ。しかし……。


「どうして女ばかりなんだ?」


「あたしが女だからってのもあるけど、女奴隷って売れないのよ」


「え? 全員奴隷?」


「そうよ。店に置いてても売れないから、アタシが雇って鍛えてるの。みんなそれなりに強いわよ」


 ボナンザさんは奴隷商もやっている。よくよく話を聞くと、奴隷は働き手として買われることが多いらしい。特に多いのが農場と工房で、体力のある男のほうが使い勝手がよく、女性は敬遠されるそうだ。女性を鍛えるというのは、ボナンザさん流の社会貢献なのだろう。


 しかし、いくらなんでも鍛えすぎじゃないかな。ボナンザさん基準の()()()()だもん。この人たち、明日から兵士に混じっても問題ないと思うぞ。まあいいけど。


「顔は覚えた。お互い、今度から気をつけような」


「はい。今後とも、よろしくお願いします」


 代表者らしき女性がそう言って頭を下げると、残りの7人はスッと頭を下げて一歩引いた。8人の用事は終わったらしい。


 すると、ボナンザさんが俺の前に立って腕を組んだ。


「自己紹介が終わったところで、もう一つ話があるわ。近々おもしろいことがあるんだけど、あんたも一緒に行かない?」


「おもしろいこと……?」


 ボナンザさんのおもしろいこと……悪い予感しかしない。今度は何と戦わされるんだ?


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。ただの市場だから。あんたもそういうの、好きでしょ?」


 ボナンザさんはため息交じりに言う。俺の警戒が伝わったらしい。


 思い返せば、ボナンザさんと初めて会ったのもフリーマケットだったな。ただの市場で戦闘になることはないだろう。今回は安心して参加できそうだ。


「そういうことなら、俺も参加するよ。みんなはどうする?」


「行くっ!」


 リーズが諸手を挙げて参加を表明した。すると、クレアがリーズをチラッと見て言う。


「アタシも行くわ。コー1人じゃ大変でしょ?」


 市場とあれば、かなり混雑することが予測される。そんな中、俺1人で自由すぎるリーズの相手をするのは少し大変かもしれない。


「頼むよ。ルナとリリィはどうする?」


「ぜひ行きたいのですが……」


 ルナは言いよどみ、リリィさんに視線を送った。


「うむ。ハッキリとは言えない。魔導院から依頼があった。例の新しい結界について、出処を調べることになったのだ。参加できるかどうかは調査の進捗次第だな」


 盗賊のアジトに張られていた結界のことだ。まだ市場に出回っていない、最新の魔道具だそうだ。存在ですら一部でしか知られていない。作り方なんて開発者しか知らないはずだ。盗賊が手に入れられるようなものではない。


 魔導院とは持ちつ持たれつでやっていきたいから、この依頼は受けたほうがいいな。


「そっか……手伝えることはあるか?」


「ありがとうございます。でも、昔の知り合いへの聞き取り調査ですので、私たちにしかできないと思います」


 ルナたちが魔導院に居た頃の知り合いに、話を聞きに行くという仕事だ。知り合いが少ない俺の出る幕はないか。


「あ……それは無理だな。了解だ。あとはアーヴィンだが……」


 俺がそう言いかけると、ボナンザさんは食い気味で答えた。


「アーヴィンちゃんは連れてきてね」


「わかった。どうせ暇してるだろうから、大丈夫だと思うよ」


 ボナンザさんの誘いだ、なんて言うと警戒されそうだから、行き先を告げず連れ出そう。問題ない。


 話は終わりだが、ここでふとボナンザさんの趣味について思い出した。趣味で盗賊を追っているボナンザさんなら、盗品輸送の依頼を受けた冒険者について、なにか知っているかもしれない。


「あ、そうだ、俺も一つ聞きたい。盗品の輸送に関わった冒険者を探しているんだけど、なにか知らない?」


「そうね……あんたより先に2組の冒険者が依頼を受けたらしいわよ」


 ボナンザさんは思い出すような素振りを見せると、首をひねりながら答えた。あまり歯切れがよくない返事だ。


「どこの誰だ?」


「それが、わかんないのよ。アタシたちが情報を手に入れたときには、すでに引き渡しが終わってたわ」


 歯切れの悪い様子はこのせいか。ボナンザさんも取り逃していたらしい。


「珍しいな。逃したのか」


「……そう言わないでよ。アタシたちだって万能じゃないんだから」


「責めてるわけじゃないさ。居たことがわかっただけで十分。ありがとう」


 情報伝達手段が乏しいこの世界で、最新の裏情報を常にキャッチし続けるなんて不可能だ。そんな中、ボナンザさんは上手く情報収集している。うしろの8人が頑張っているのかな。


「何かわかったら、あんたにも知らせるわ。同じ趣味を持つ者として、情報は共有しましょう。じゃあね」


「いや、勘違いしないでくれ。俺は別に……」


 俺の言葉も聞かず、ボナンザさんたちはすっと立ち去った。誤解は解けずか……。まあ、別に困るようなことじゃないからいいか。


 ボナンザさんのおかげで少しは情報が得られたけど、十分とは言えないなあ。冒険者ギルドは空振り、ボナンザさんも詳しくは知らない。八方塞がり? これ以上の調査は難しいかもしれない。

 この調査、軽く考えて引き受けたけどかなり厄介だぞ。金貨20枚でも安すぎる。もう調べるあてが無いんだけど、次はどこを調べようか……。

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