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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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かんたんな仕事4

 俺は今、依頼者のところで運ぶ荷物をマジックバッグに詰め込んでいる。

 軽い箱は布かな……。重い箱に手をかけると、ガチャガチャと音をたてる。何が入っているんだろう。気になるところだが、依頼人は俺の手元から目を離そうとしない。重い箱を軽々と持ち上げる俺を見て、目を丸くしている。運ぶ箱の中身を確認したいのだが、そんなスキはなさそうだ。


 荷物は全部で軽トラ2台分くらい。聞いていたよりも少し多いが、これは依頼者が想定するよりも多く運ぼうとしているから。せっかくなので、できるだけ多くの荷物を運ぼうと思う。


「荷物はこれで全部か? 俺たちのマジックバッグにはまだ余裕がある。持てるだけ持っていくよ」


「あんたら、すげえな。荷物はこれで全部だが……可能ならついでにこの2つも頼む」


 包帯男は、自分が椅子とテーブルにしていた箱を指差して言うと、ふらつきながら中腰になり、壁に背をつけて地べたに座り込んだ。


「了解だ。一緒に運ぼう」


「うむ、助かった。あとはよろしく頼む」


 最後の二箱はよほどギッシリ詰まっているのか、異常なほどに重かった。持ち上げたときにガチャリと小さな音がなったから、金属であることは間違いないと思う。鉛の塊でも運ばされるのかな……? まあ、別にいいけど。



 包帯男に別れを告げ、ボロボロの倉庫をあとにした。そのまま結界の外に出て、外で待機していたクレアたちと合流する。そして、一気に森を抜けてなにもない草原まで駆けた。あたりに誰も居ないことを確認し、みんなに声をかける。


「止まるぞ。状況を確認したい」


 クレアたちの話も聞きたいし、荷物の中身も確認したい。受け取った荷物の一つは確認したが、残りの大多数は未確認の状態だ。万が一ということも考えられるため、すべての箱を開封して中身を確認しておきたい。もし一箱でも怪しい荷物があれば、即王城行きが確定する。


「了解です。お茶にしましょう」


 ルナはその場で停止すると、テーブルを出して休憩の準備を始めた。その間に、クレアたちが気付いたことを報告してもらう。


「何かおかしなことはあったか?」


「おかしいとまでは言わないけど……人が少なすぎたわね。あの現場、本当に2人しか居なかったわよ」


 クレアに続き、リリィさんが答える。


「結界を過信しているだけかもしれないが……」


 視界を遮る結界だ。一般人に対しては効果が期待できるが、気配察知が使える人には効果がない。魔物も気配を察知して動くため、魔物に対してもほとんど効果がないんじゃないかと思う。過信していいものではない。


 魔道具を買ったときに説明を受けなかったのだろうか……いや、その前に、結界の魔道具なんて売ってたっけ? 俺の記憶では、結界と言えば魔物よけの簡易的なものだ。


「あんな結界、もう市販されてるっけ?」


「心当たりがあります。先日、魔導院に行ったとき、『地方で新しい形式の結界が開発された』と話題になっていました」


 俺の問にルナが答える。新作の魔道具だったようだ。だとすれば、デメリットが周知されていなくても不思議ではない。


「それがアレっていうことか」


「いや、そうと決まったわけではないぞ。我々も現物を見たわけではない。魔導院に納入される予定らしいが、まだ届いていなかった」


 俺たちは王都付近で活動しているため、地方の動向には疎い。新しい魔道具を開発したのが地方に住む職人だった場合、王都でそれを知るまでにはそれなりに時間がかかる。


 結界について、俺たちがこれ以上知ることはできないな。ここで仕組みや開発者について議論しても仕方がない。一旦切り上げよう。


「とりあえず、結界のことは置いとこう。先に荷物の中身を確認したい」


 マジックバッグから箱を取り出す。全ての箱を取り出して並べたところで、リーズが突然嫌そうな表情を浮かべて呟いた。


「こんさん……近付いてくるよ」


「ん? 魔物か?」


「違う、あの人……」


 あの……? うわ、俺の索敵範囲に入った。これはパンドラの気配だ。草原に棲む魔物なら、適当に蹴散らして終わりだったのに……災害級の魔物よりも厄介なやつじゃないか。


 パンドラは、脇目も振らず俺たちのところに突進してくる。並べた箱を撤収して離脱するほどの時間の猶予はない。


「やあやあ、コーくん。探したよ」


 あっという間に俺たちの目の前まで来て、こともなげに言う。こんな草原の真ん中で、よく俺たちのことを見つけたな……。


 見た目と言動に騙されがちだけど、こいつの調査能力は一流だ。なんせ、単独で使徒召喚の真実にたどり着いたくらいだからなあ。そして、足の速さもなかなかのものだ。見るジアの兵士たちと神官たちから逃げ切ったくらいだから。


 苦労して探し出したところ悪いが、あいにく俺たちは仕事中だ。軽くあしらって追い払おう。


「またアンタか。忙しいって言っただろう」


「まあまあ、キミが損をするような話じゃない。ボクの話を聞いてくれないか?」


「いや、急ぐ仕事だ。終わってからにしてくれ」


 俺が追い払う素振りを見せると、パンドラはさらに食い下がってくる。


「それじゃあ遅いんだよ。今すぐだ。聞いてくれないなら、このままどこまでもついていくよ!」


 本当に追って来そうな勢いだ。振り払うほうが面倒な気がする。話くらいは聞いておくべきかな。


「わかった、聞くよ。何だ?」


「さっき盗賊のアジトの話をしたでしょ? その続き。聞きたくない?」


 そんなことか……。俺たちは別件の依頼中だって言ったはずなのに。


「聞きたくない。盗賊のことならギルドで確認した」


「そうじゃなくて、アジトの在り処! 目星を付けた場所があるんだ。情報を買ってくれない?」


 パンドラは、ものすごい剣幕で俺に詰め寄る。パンドラ自身は使えない情報だ。密入国者のパンドラは兵士に近付けないから、せっかく手に入れた情報が無駄になってしまう。そこで、俺たちに目をつけたのだろう。


 俺たちが発見したことにして報告すれば、パンドラが兵士に接触することはない。お互いに損しない提案だとは思うが……今は依頼の最中だ。盗賊狩りに参加している場合じゃないな。無理難題を言って断ろう。


「買ったところで使えない。アンタが確認までしてきてくれるって言うなら、買ってやってもいいけどな」


「ありがとう! すぐに確認してくる!」


 あれ? 無茶な要求だと思ったんだけど、思いの外かんたんに通っちゃったぞ? その条件なら買ってもいいが、問題は金額だ。


「待て待て、その前に金の話だ。その情報、いくらで売る?」


「前金で金貨10枚。確定した情報じゃないけど、悪くない金額でしょ?」


 悪くないが……パンドラが帰ってこなかった場合、俺たちは丸々損してしまう。保険は必要だな。


「前金なら、先に資料を渡してくれないか? パンドラが戻ってこなかった場合、その資料を兵士に渡して報酬を貰う」


「……信用できない? まあ、いいけど」


 パンドラは腑に落ちない顔で数枚の紙の束を取り出し、テーブルの上においた。情報は丁寧にまとめられているようだ。パンドラはかなり几帳面なのかな。


「たしかに受け取った。俺たちはしばらくここを動けない。このまま待っているから、ここに来てくれ。あまり遅いようだったら移動を開始するからな」


 金貨を取り出してパンドラに渡すと、パンドラはニッコリと笑って金貨を握りしめた。


「了解。すぐに行ってくるから、少し待ってて」


 パンドラはそう言って走り出す。休んだ気になれない休憩時間だったな……。気を取り直して検品作業だ。パンドラから受け取った資料は後回しにして、先に箱の中身を確認する。



 片っ端から箱を開ける。布、装飾品、魔道具、素材、武器、防具……新品もあれば、ジャンクに近いような中古品もある。どれも、商品として怪しいものではない。


「……おかしい。何も問題ないぞ」


 爆弾や違法薬物が出てくる覚悟をしていたのだが、どれもまともな商品だった。念入りな確認を終え、箱の蓋をしめてマジックバッグに戻す。


「ずいぶん手広くやってる店ね……。なんていう商会?」


「それが、どこにも書いてないんだよな。マドフっていう人も教えてくれなかったし」


「なんだか気持ち悪いわね。この依頼、絶対怪しいのに……」


 クレアはまだ疑っている。俺自身も、まだどこかで疑っている。最後に、「ついでに」と言われたクソ重い箱の中身も確認しよう。


 その箱をそっと開けると、大量の硬貨が詰まっていた。金銀銅、各種。箱いっぱいにギッシリと。


「開けなきゃ良かった……」


 荷物としては問題ない。しかし、硬貨の箱だけは触るべきではなかった。万が一「減っている」と言われた場合、言い逃れできなくなる。たとえ減っていなくても、言えてしまうのだ。


 俺が困り顔で箱の蓋をもとに戻していると、リーズがボソリと呟いた。


「開けたって言わなきゃ、わからなくない?」


「あ、それもそうか。パンドラが帰ってくるまでまだ時間がかかりそうだから、パンドラが残したメモでも読んで待とう」


 うん、きれいに蓋を閉じれば問題ない。箱の中身は見なかったことにして、パンドラが残した資料の、一番上の紙に目を落とす。被害者は主に商人で、通行料と称して金品を要求するタイプの盗賊だったらしい。


 次に目に飛び込んできたのは、盗賊の被害にあった物品リストだ。装飾品、魔道具、素材……被害にあった商品は多岐にわたる。中でも目玉商品は、王城に献上する予定だった高級布だ……ん? このリスト、どこかで見たような……。


 配達の荷物が入ったマジックバッグをポンポンと叩きながら言う。


「もしかして、これは全部盗品なのかな……?」


「……謎が解けたわ。ちょっと頭が固くなってたのかしらね」


 クレアが苦虫を噛み潰したような表情で言う。


 俺たちは危険物であることを前提に考えていたため、『荷物が盗品である可能性』を見落としていたのだ。先入観が邪魔をして、目が曇っていた。悔しいな……。


 いや、待て。偶然の一致ということも考えられる。


「結論を出す前に、地図も確認しよう」


 そう言って、紙をパラパラとめくる。几帳面なパンドラのことだ、地図くらいは残しているだろう。その予想は的中した。大まかではあるが地図が書かれていて、どう見てもさっき俺たちが居たあたりだ。間違いない。


「結論が出たな」


 リリィさんが苦笑いを浮かべて言う。


「気づけて良かったよ。怪しまれずに盗品を回収できたのも良かった」


 パンドラの情報に感謝だな。まあ、王都に運んだときに気づける可能性もあるが、気づいたタイミングとしては今がベストだと思う。俺たちは何も知らなかったおかげで、連中に怪しまれることもなかった。



 パンドラを待つ間、転写機を取り出して王城に連絡を入れる。俺たちの状況と、アジトの場所を報告するためだ。


 王城にアジトの監視を依頼して、報告を終えた。今日中にも、王城から兵士が派遣されるだろう。王との契約では俺が逮捕まで行うことになっているが、首謀者の逮捕を狙うために免除してもらった。


 結構長々とやりとりをしていたのだが、パンドラはまだ帰ってこない。遅いな……と思ったとき、パンドラの気配が近付いてきた。休憩用のテーブルを撤収して待つ。


 パンドラは俺たちの姿を確認すると、大慌てで駆け寄ってきて、息を切らしながら言う。


「すまない……あの地図の場所には何もなかった。ガセ情報を掴まされたようだ」


 パンドラはギリギリまで粘ったが、アジトの発見には至らなかったのだろう。結界の存在に気づかなかったらしい。この報告で、逆に確信が得られた。


「いや、大丈夫だ。助かったよ。とても有益な情報だった。ありがとう」


「え? どういうこと?」


「アジトには結界が張ってあるんだよ。だから、遠くから見ただけでは見つからない。情報に誤りはなかったよ」


 目で確認するのが無理な結界だから、見つからないのも無理はない。パンドラも気配察知ができる様子だが、目で確認しようとしているのにわざわざ気配察知で追うようなことはしないのだろう。


「どうして知ってるんだい……?」


 パンドラは怪訝そうに尋ねてくるが、のんびりと答えている場合ではない。パンドラは一度喋りだしたら長くてめんどくさいから、パンドラが息を切らしている間に逃げる。


「それは別にいいだろ。報告は俺の方で済ませておく。俺たちは急ぐから、じゃあな」


 そう言って駆け出し、パンドラから離れた。次に向かう先は王都だが、今から行くと早く着きすぎる。一度エルミンスールに帰って一日待とう。

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