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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第二章 旅の始まり
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ワン子のおうち

 リーズの家は、2階建てのボロアパートの二階にある一室だった。風呂なし共同トイレの4畳半。

 ()()散らかっている? 嘘だ。()()()散らかっている。

 狭い部屋にぎっしりと、ゴミなのか材料なのかわからないものが散乱している。


 なんというか……犬小屋?




「どこにどう座ればいいんだ?」


 土足でズカズカと中に入る。たまに『パキッ』とか『クチュッ』とか音がしているが気にしない。


「踏まないで~! 靴を脱いで~!」


 ん? この世界は洋式だ。スリッパみたいな部屋履きはあるけど、基本は土足。

 ましてやこの散らかった部屋で裸足とか、針の上を歩くようなものじゃないか。


「この部屋で土足禁止?」


「材料と道具が床に置いてあるのっ。

 ほら、こうすれば大丈夫だから!」


 床の上の荷物を強引に押しのけるリーズと、部屋の隅で山積みになるゴミ。

 リーズはゴソゴソと音を立てて、次々にゴミを隅に追いやっている。


『ゴソゴソゴソバキッ』


 何か壊れたよ?


「これで大丈夫!」


 大丈夫なの? まあいいけど。

 ランプの魔道具を取り出して、空いたスペースにルナと二人で腰を下ろす。リーズは自分のベッドに座ったが、ベッドの上もゴミでいっぱい。

 いったいどこで寝ているんだろう。


「じゃあ、話を始めよう。俺たちは魔道具を作ろうとしている。

 ルナは元宮廷魔導士で、魔道具の知識は十分に持っている。紋章と魔法陣は彼女に任せる。

 俺はまだ未熟だが、エンチャントだけは自信がある」


「すごーい! 宮廷魔導士さんなんだ。でもなんであたしなの?」


 すっかり緊張が解け、尻尾がゆらゆら揺れている。触ってみたいけど怒られるかな。


「リーズはずいぶんと器用じゃないか。

 普通はあんなゴミから魔道具を作れないし、作ろうとも思わない」


 魔道具は材料の質と紋章の設計とエンチャント。そしてそれらを上手くまとめるのが形成。

 全部が上手くいった時に質の良い魔道具が出来上がる。


 普通ならゴミから作ったらゴミしかできない。



「ありがとう! じゃあさっそく何か作らせて。家賃が払えないの」


 あー。そうだった。ド貧乏少女だった。そこまで切迫しているということは、今日は何も売れなかったんだろうな。

 かわいそうだから聞かないでおこう。


 どうしようかな。ウォッシュの魔道具を作ってもらおうか。




『ガチャ』


 不意に扉を開く音がした。玄関を見ると、厳しい顔をした痩せたおばさん。その奥には、身なりの良い男が張り付いたような笑みを浮かべて立っていた。


「大家さん……」


 リーズの元気が急に無くなった。家賃の取り立てだろうか。

 家賃が払えないようなら前払いで作業を依頼してもいいんだけど。


「家賃も払わないで、お友達を家に呼んでおしゃべりですか?」


 いやみったらしい言い方をするおばさんだな。


「ううん、お仕事……」


「それなら家賃を払えますね。今日お金が入ると言っていましたもんね」


 露店を当てにしていたのか。たぶん無理だろ……。

 ルナに目配せをする。

 俺の意図に気が付いたようで、真剣な眼差しで小さく頷いた。


「なぁ、家賃はいくらだ?」


「なんですか? あなたが代わりに支払ってくれるのですか?」


 怪訝そうな表情をするおばさんと、小さくなって、子犬のように怯えるリーズ。


「いや、いくらかと聞いているだけだ」


「家賃はひと月で大銀貨5枚です。でもこの子は四ヶ月も滞納していますので、家賃は金貨二枚です」


 露店での魔道具の価格は一つ金貨3枚前後。泥棒対策で高いものを持っていかないから、普通の店はそんなもんだ。

 リーズの魔道具は質が悪いから、一つあたり大銀貨5枚前後で売っていた。


 4個売れれば家賃が払えたはずだ。……露店の出店料があるからもう少しか。



「いいですか?」


 奥で控えていた男がズイと前に出てきた。


「あんたは?」


「国の徴税官です。こちらの大家さんに頼まれて同行しました。

 家賃は金貨2枚ですが、大家さんはこちらの方の家賃が支払われないせいで、税金を滞納されています。

 この方のせいですから、税金の滞納金と迷惑料が上乗せされます」


「え? 聞いてない!」


 リーズが驚いた顔で立ち上がり、大声を上げる。

 でもこんなことってあるのか? 日本では絶対にありえないぞ。


 できるだけ小さな声でルナに「これは普通のことなのか?」と尋ねたら、困った顔で小さく首を振り「ありえません」と答えた。

 やっぱりおかしいな。


「全部合わせて金貨20枚です。

 今日お支払い頂けたら問題ありませんが、お支払いできないということになると、一緒に来ていただく必要があります」


 ふむ。なるほどな、詐欺だ。払えないとこをわかったうえで大金を吹っかけてきている。

 困ったな。ここで連れていかれるわけにはいかないぞ。


「おかしいです!」


 ルナが突然大声を上げた。珍しいな。いつもおとなしいのに。


「何がですか? この方のせいで迷惑している人が居るのです。当然の請求額ですよ?」


 この男、自信満々だな。

 確か、王から法律に関する資料を貰っていた。後で調べてみよう。


「コーさん、払いましょう!」


 ルナが感情的になっている。相当腹が立ったのか? それともリーズに同情しているのか。

 うーん。連れていこうとしていると言うことは、奴隷か何かとして売り飛ばすということだよな。

 リーズに金貨20枚以上の値が付くということだ。“魔道具職人として”というのはあり得ない。


 ろくなことにはならないな。


「そうだな、払おう」


「え? 無関係の方に口を挟まれると困るのですが」


 戸惑う詐欺師にすかさず追撃。


「国に払う金だ。誰が払っても問題ない。それに俺たちはリーズの関係者だ」


「確かにそうなのですが……この方に支払っていただかないと困るというか……」


 明らかに動揺する詐欺師。何となくわかってきたぞ。

 たぶんリーズの売り先がすでに決まっているんじゃないかな。

 今回の件で強引に借金を背負わせて、本人の同意の上で身売りさせるつもりだと思う。


 リーズは客観的に見て、かなり可愛い。そして王都では珍しい獣人。

 どこかの変態が大金を積んでもおかしくはない。



「俺たちはリーズの客で、魔道具の作成を依頼しに来た。連れていかれると困る」


 大家と男は、部屋に散乱しているリーズ作の魔道具(失敗作)を見ながら「こんなゴミに?」とつぶやく。

 その意見には全体的に同意なんだけどな。


「え? いいの? 本当に?」


 リーズは目を白黒させて戸惑っている。まあそうだろうな。金貨20枚は大金だ。

 当然だが俺もタダで詐欺師に差し出すつもりは無い。


「ああ、契約料だと思ってくれ。気にするな。

 まずは家賃の金貨2枚を支払う。領収証のようなものはあるか?」


 これは当然の義務だからな。踏み倒すのは良くない。



 この国では領収証という文化は一般的ではなく、商人同士や国相手の取引でしか使わない。

 ギルドで報酬を受け取る時に「領収証は要らないの?」って聞いたら教えてくれた。

 個人単位で使うことはまず無いそうだ。冒険者は受け取りのサインをして終了。



「それなら支払帳があるよ!」


 リーズがごみの山をあさり始めた。


『ゴソゴソゴソ……ガラガラガラガラガラベキベキッ!』


 大々的に壊れたよ?


 リーズはそんなことはお構いなしに、小さなファイルのようなものを俺に渡した。

 支払日と大家のサインだけが書かれたシンプルな紙。

 これがあれば支払った証明になるな。



 大家に金貨2枚を渡すと、苦虫を噛み潰したような表情で受け取った。

 たぶん分け前があったんだろう。貧乏な店子も追い出せて一石二鳥だ。


 一応、以前のサインを見て筆跡を確認する。

 わざと筆跡を変えて「自分のサインじゃない」とか言い出しかねないからな。



 次に詐欺師の金貨18枚だ。こっちは絶対に後から取り返す。ちょっと貸すだけ。


「役人なら国から発行された身分証があるだろう?

 支払う前に、徴税官殿の所属と名前を教えてくれ。

 それと、領収証が欲しい。後から『貰っていない』と言われても困るからな」


 男は「わかりました」と引きつった笑顔で頷いて、懐から木の板を取り出した。

 見る限り本物の身分証だな。


===============================


 名前:エリック・コンマン

 階級:--

 所属:王都庁舎

 職:徴税官


===============================


 俺の判断だけでは心配なので、ルナに確認してもらう。「どう?」と聞いたら「本物だと思います」との答え。


 名前と所属を紙に写して返した。

 身分証は細かいことは書かれていない。どこに勤務しているかと何をしているか。

 問題を起こしてクビになった場合は身分証を没収されるが、普通に退職した場合は職が空欄になるだけ。

 年老いたり、怪我や病気で退職した人のための救済措置だ。


 ちなみに、偽造はできない。チャチな木片に見えるがれっきとした魔道具。素人は騙せても魔道具職人の目は誤魔化せない。


 この男の場合、職が空欄になっていないので現役の徴税官ということだろう。

 この国では、一般市民でも名字を持っている場合がある。家の名前で商品や技術をブランド化しているので、重要な職人の家系には名字が与えられる。

 なので、“コンマン”という名字を辿れば生家がわかるわけだ。




 しかし、コイツは今悪いことをしているという自覚が無いのか?

 せめて偽造身分証を持ってこいよ。バレるけど。



 全力でにこやかな笑顔を作り、金貨18枚を男に渡した。

 フルパワーの笑顔なのは嫌味だ。


「確かにお預かりしました。私から国に納めさせていただきます」


 領収証を受け取って確認する。

 日付、金額は問題ない……。振出人が国になっているな。これは良くない。

 そして但し書きが無い。何のための金かわからないぞ。


 この領収証はたぶん無効になるな。

 コイツ個人としては受け取っていても国が受け取ったわけでは無いから、いくらでも言い逃れできる。


「これじゃダメだな。俺が指示する通りに書いてくれ」


 振出人を個人名義にし、国の代理であることも追加。但し書きを細かく書かせる。

 男は大きく引きつった顔で、手を震わせながら領収証を完成させた。


 これで準備は完了だ。



「もういいでしょうか? 用が無いようでしたらこれで失礼させていただきますが」


 男は笑顔を貼り付け直して言うが、元より俺たちはコイツに用がない。さっさと帰れ。


「ああ。いいだろう。さっさと帰れ」


 男と大家は無言で部屋から出ていった。大家のおばさんは鬼の形相になっていたけどね、関係ないね。



「本当に良かったの? あたしまだ何もしてないよ?」


 不安気な犬、もといリーズ。今にも泣き出しそうな顔をしていたので、今はルナが隣で慰めている。


「ああ。大丈夫だ。家賃は仕方ないが、18枚の金貨は返してもらうよ」


 リーズは「え?」と言って体を強張らせた。何の心配をしているんだ?

 明日庁舎に行って、俺が領収証を突き付ければ、たぶんすぐに返ってくるぞ?


 もしかして、その前に起きるはずのイベントを想像したのかな。

 俺の考えが正しければ、近いうちにそのイベントが起きるんだよなあ。


 どうしよう……。お金が儲かるイベントじゃないから無視したい。

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