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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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お散歩2

 今日はボナンザさんとハイキングに出掛けることになった。ボナンザさんは俺たちの先頭に立ち、家の扉に手をかける。


「待て待て。俺たちにしか開けられないって言っただろ」


「あら、そうだったわね」


 俺はボナンザさんの前に出て、扉に魔力を通した。すると、扉は音もなく開く。


「へぇ……そうやって開くのね」


「本来はな。無理やり押し開けられるなんて考えもしなかったよ」


 そう言いながら家の外に出た。そこで気づいたのだが、玄関先の床に、くっきりと足型の凹みが残っている。ボナンザさんが全力で踏ん張った証だろう。どうしてそこまでして開けようとしたのか……。



「ところで、どうやって防壁の外に出るんだ?」


 今から行くのは王都の外。防壁の外に出るためには、王都の門をくぐらなければならない。面倒なのがアーヴィンの扱いだ。身分証を持っていないから、まともな方法で外に出ることはできない。


「コーは抜け道を知らないのね。だったら教えてあげるわ。王都には何箇所か非正規の抜け道があるのよ。たまに盗賊が使うからね」


 ボナンザさんは、趣味で盗賊潰しをしているらしい。その趣味の一環で、抜け道を知ることになったのだろう。


「盗賊が使っているんなら、塞がなくていいのか?」


「監視してるから大丈夫よ。抜け道を使う人なんて、大抵やましいことがあるんだから」


 あえて抜け道を放置することで、怪しい人を見つけやすくしているそうだ。抜け道を使うと、もれなくボナンザさんにバレるのか……。



 俺の家の近くにある抜け道は、雑草と木で巧妙に隠された木の扉だった。扉の回りはぬかるみが酷く、あまり近づきたくない。だからこそ見つかりにくいのだろう。

 ここの他の抜け道は、地下に掘られたトンネルだったり、民家の庭先にあったりするらしい。どれも兵士の目の届きにくい場所にあるそうだ。まあ、兵士に見つかったらすぐに塞がれるから、当然だな。


 無事に王都の外に出て、東の山に向かう。俺たちが今居るのは王都の西側だから、かなり遠回りすることになる。しまった、東側から出れば良かった……。


「山まで走るわよ。遅れずついてきて」


 ボナンザさんはそう言って駆け出した。ボナンザさんの足元から、ものすごい勢いで泥が跳ねる。遅れるなと言われても、ボナンザさんの後ろは走りたくないぞ。少し距離をあけて、ボナンザさんの後を追った。


 30分ほど走っただろうか。もうすでに、王都が見えないくらいのところまで進んでいる。ボナンザさんは快調に走り続けるが、アーヴィンが音を上げた。


「待って……早すぎ……」


 うっかりしていた。アーヴィンはまだ子どもだから、歩幅が短い。俺たちのペースに合わせるのは大変だ。だからといって、俺が抱えたんじゃアーヴィンのためにならないし……。


「ボナンザさん、止まってくれ!」


 大声で呼びかけたが、ボナンザさんは止まる気配がない。距離をあけたせいで、声が届かないようだ。


「もう無理……」


 アーヴィンが死にそうな声を出したところで、ボナンザさんが急に停止した。ボナンザさんは、左にある小高い丘に目を向けている。


 一見するとなにもないが、小高い丘の向こう側に、数人の人の気配が感じられた。やや弱い『警戒』の反応だ。

 この反応は街の中で出会えば敵と判断するが、街の外では当てにならない。気を張っているだけでも『警戒』の反応が出るため、魔物に警戒している冒険者は全てこの反応になる。仕事中の冒険者であれば、『警戒』で正常な状態なのだ。


 知り合いであれば『警戒』でも誰かわかるが、この3人は俺の知らない人だ。敵味方の判断がつかないので、俺たちは特別な理由がない限り近づかないことにしている。


「ゴメン、ちょっと待って。用ができたから、少しの間ここで休んでてくれない?」


 ボナンザさんは、俺達が追いつくのを待ってそう言った。ボナンザさんの知り合いでも居たのだろうか。


「用?」


「すぐに終わるわよ。アーヴィンちゃんは疲れてるみたいだから、ちょうどいいでしょ?」


 ボナンザさんは、アーヴィンに目配せして言う。当のアーヴィンは、膝に手をかけて息を切らしている。返事をする気力も残っていない様子だ。


「そうだな。お言葉に甘えて、少し休ませてもらうよ」


 のんびりと歩くボナンザさんを見送りつつ、マジックバッグから防水布を出して地面に敷いた。すると、アーヴィンはその布に倒れ込んだ。


「助かった……」


 アーヴィンは自分のマジックバッグから水筒を出し、寝っ転がったまま水を飲んでいる。その体勢で水を飲むの、逆にしんどくないか?



 ボナンザさんが戻るまで、あと何分くらいかかるだろうか。ただ休むだけではもったいない。いい機会だから、アーヴィンを少し鍛えよう。


 アーヴィンはまだ気配察知が上手くない。リーズほどとは言わないが、せめて俺たちと同等の技術は身につけて欲しい。アーヴィンの武器は銃。遠距離射撃と気配察知の相性はバツグンだ。鍛えて損することはない。


「アーヴィン。向こうに人間が居るんだけど、わかるか?」


「え?」


「気配察知だよ。慣れてくれば感じられるようになる。今ボナンザさんが向かっている先だ」


 アーヴィンにも基礎は教えてある。あとは慣れだ。意識して気配を探ろうとすれば上達していく。


「……わからないよ」


 アーヴィンは、申し訳無さそうに呟いた。まあ、相手の気配はそんなに強くないから、わからなくても無理はないだろう。


 気配察知で感じているのは、相手の存在感や感情の強さだ。人によって気配の強さが違うが、感情が大きく動いたときも気配が強くなる。今だと、一番わかりやすいのはボナンザさんの気配だな。


「ボナンザさんの気配はわかるか?」


「うん、なんとか」


「あの人は気配が強いから、わかりやすいんだ。まずはボナンザさんで慣れろ」


 異常なほど存在感があるボナンザさんなら、訓練にちょうどいい。アーヴィンにはボナンザさんの気配を追わせた。



 ボナンザさんが丘を越え、俺たちの視界から消えた。しかし、気配はわかる。アーヴィンもその気配を追えているようだ。


 しばらくすると、突如、3人の気配が強くなった。強い『警戒』の反応だ。


「あっ! わかった!」


 3人の気配が強くなったことで、アーヴィンでも捉えられるようになったようだ。


「上出来だ。やるじゃないか」


「あ……離れる……」


 3人が急に走り出し、ボナンザさんがその後を追う。気配だけで判断するところ、3人はボナンザさんから逃げているみたいだけど……。ただの知り合いではなかったのかな。


 合計4人の気配はすごい勢いで遠ざかり、やがて俺の索敵範囲を超えた。


「そこまでわかれば問題ない。これだけ離れたら、俺にも感じられないよ。この距離でも気配がわかるのは、俺たちの中ではリーズくらいだろうな」


 これだけの距離となると、練習よりも本人の資質によるんじゃないかと思う。俺だってずっと気配察知を使っているが、上達の兆しが見えない。



 周囲に注意を向けたまま、しばらく休憩を続けた。すると、ボナンザさんに動きがあったようだ。ボナンザさんの気配が索敵範囲に入った。


「帰ってくるよ」


 アーヴィンもそれに気づき、指をさした。


「ああ、そうだな。布を撤収して待っていよう」


 ボナンザさん本人は見えないのに、丘の向こうから土煙が見える。ボナンザさん、行きはのんびりしていたのに、帰りは高速移動だ。


「ただいま。待たせたわね」


 そう言って近づくボナンザさんの顔に、血しぶきがついている。


「……何があったんだ?」


「顔見知りの盗賊が居たから、軽く殴ってきたのよ」


 相手はボナンザさんの敵だったようだ。ボナンザさんがゆっくり歩いて行ってたのは、相手に気づかれないためだったのかな。


「大丈夫なの……?」


 アーヴィンが心配そうに呟くと、ボナンザさんは得意げな顔で答える。


「このアタシが、たった3人の盗賊を相手に遅れを取るとでも?」


 相手の3人は大丈夫ではないようだ。軽く殴った、というのは嘘だな。きっと強く殴っている。まあ、相手は盗賊だ。同情のしようがない。


「しかし、たった3人で盗賊か……」


 ずいぶんと少ない。街のチンピラでも、もっと人数が多いと思う。偵察かなにかだろうか。


「違うわよ。元は30人くらい居たんだけど、アタシとしたことが、うっかり逃しちゃったのよね。今日のはその残党」


 元の盗賊団は、ボナンザさんが数日前に壊滅させたそうだ。その盗賊がどうなったのかは、怖いので聞いていない。


「アタシが居る王都に近づくなんて、馬鹿ねえ」


「よほどの用があったんだろうな」


 復讐を狙っていたのだろうか。だとしても、ボナンザさんをどうにかしたかったら3人では足りない。安全にいくなら、グラッド教官クラスが10人はほしいところだ。


「今となっては、何の用だったかなんて知りようがないわね」


 ボナンザさんは、うんざりとした顔で首を横に振った。丘の向こうで何があったか……考えないようにしよう。


「ボナンザさんも少し休むか?」


「大丈夫。先に進むわよ。日が暮れちゃうわ」


 ボナンザさんはパンパンと手を叩き、遠くに見える山に顔を向けた。以前、王城の訓練で登っていた山の隣の山だ。訓練の山よりも随分高い。もしあの山に登るのなら、日帰りは難しいかもしれないな。


「今日行くのはどこなんだ? そんなに遠いのか?」


「近いわよ。あの山だけど、頂上に行こうって言うんじゃないから、昼の鐘が鳴る前には着くわ」


 どうやら、山の中腹が目的地になるようだ。


「だったら、そんなに急がなくてもいいじゃないか」


 急ぎすぎるとアーヴィンが倒れる。帰りのことも考えないといけないから、もう少しペースを抑えたほうがいい。転移魔法が使えれば楽なんだけど、ボナンザさんには見せたくないんだよなあ。あとが怖いから。


「早く行かないと、向こうで遊ぶ時間が減るでしょ?」


「遊ぶ? なにかあるのか?」


 この世界は娯楽が少ないから、遊ぶと言われてもピンとこない。まさか、フィールドアスレチックがあるわけじゃないだろうし……。


「それは行ってからのお楽しみよ。まあ、運次第だけどね」


 遊べるかどうかは運に左右されるらしい。気になるところだが、今聞いても教えてくれないだろうな。気を取り直して先を急ごう。



 アーヴィンは十分に回復した。今度は少しペースを落とし、山に向かって突き進んだ。草原を突切り、川に差し掛かった。ボナンザさんは川の中に突撃する。


「待って! そこに道は無いよ!」


 アーヴィンが叫ぶ。初々しい発言だ。俺も初めてこの川を超えたとき、同じ感想を抱いた。


「大丈夫。この川は浅いから走って渡れる」


「そういう問題じゃない!」


 嘆くアーヴィンの背中を押して川に入った。アーヴィンにとっては少し深いかもしれないが、足がつかないわけじゃない。問題なく渡れそうだ。


 時折足を滑らせて流されそうになるアーヴィンの襟を掴みつつ、川を渡りきった。


「酷い目にあった……」


 アーヴィンが苦い顔でこぼす。アーヴィンは難関を乗り越えたつもりでいるらしいが、本当に酷いのはこの先だ。


「いや、まだ始まったばかりだ。前を見てみろ。結構急斜面だぞ」


 目の前には、進む足を止めたら滑り落ちそうな斜面。ボナンザさんは当然のように真っ直ぐ進む。


「……え? ここを進むの? 崖だよ……?」


「いや、直角じゃないから崖じゃない」


 崖は直角から。この世界の常識じゃないかったっけ? グラッド隊でそう習ったんだけど。



 そうこうしているうちに、ボナンザさんは見晴らしのいい高台で立ち止まった。


 ここが地球なら、展望台が設置されて観光地になりそうなくらい見晴らしがいい。近くには小さな沢が流れている。水はそのまま飲めそうなくらいきれいだ。ボナンザさんがこんなところを知っているなんて、意外だな。


「ここよ。アタシのとっておき。お茶の準備をしましょう」


 人工物は何もなく、他に誰かが居るような気配もない。それどころか、魔物の気配すらない。不自然なほど静かだ。


「いい場所じゃないか。こんな場所も知っているんだな」


「有名なところだからね。でも、ここに近づく人なんて少ないから、邪魔される心配は無いわよ」


 ここにたどり着くまでの道のりは、それなりに厳しいものだった。ここまで来るのは一般人には無理だ。王城での早朝ハイキングの経験者くらいじゃないと難しいかもしれない。こんないい場所なのに、来られないのは可哀想だなあ。


 いや、こんなにのんびりしていて、本当にいいのか? この静けさが逆に怖い……。

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