お宅訪問
買い物を終えたルナたちは、家に帰ってから上機嫌でファッションショーを開催した。俺は「似合うよ」と「いいんじゃないか」を繰り返すだけだ。「似合うよ」と「いいんじゃないか」がゲシュタルト崩壊しそうだった。
ちなみに、みんなは新拠点用の家具も買ってきてくれた。棚やテーブルセット、ソファやベッドなど。ここに住むつもりはないが、泊まることはある。その時のための家具だ。生活するために必要な家具はすべて揃った。
「それで、いくら余った?」
「すみません、24枚を残して、全部使ってしまいました」
ルナは申し訳無さそうに言う。使うべき金貨は1000枚あって、976枚も使えたわけだ。どこに謝る要素があるのだろう。上出来だ。
「ありがとう。よくそんなに使えたな」
俺たちは、必要ないものは買わないし、必要以上に高いものは買わない。たった1日で1000枚の金貨を使うのは、かなり大変だったはずだ。
「服が意外と高くて……明細を書きましたので、ご確認ください」
ルナは、そう言って一枚の紙を手渡してきた。そこには、手書きで品目と金額が書かれている。
「そんなに丁寧なことはしなくても良かったのに」
「いえ、歯止めが効かなくなりそうでしたので。明細は必要です」
ルナが気まずそうにそう言うと、後ろに居たクレアが苦笑いを浮かべながら強く頷いた。俺が見ていないところで、何か問題が発生していたようだ。誰かが調子に乗って買いすぎたのかな? まあ、今回に限ってはそれがありがたかった。
「じゃあ、これで金を使うのは終わりだね。明日からは普通の暮らしに戻そう」
王からの依頼だけど、これは報告しなくてもいいかな。みんなが買い物をしているうちに報告を済ませたようなものだし。
この日の夜。俺からも、いずれこの家を明け渡す日が来るという旨をみんなに伝えた。それがいつになるかはわからないから、今のところは普通に生活するし、普通に家を改造する。ただし、改造に時間をかけても意味がない。できる範囲で軽く改造するだけに留める。
それから数日後、ようやく塀の建設が完了した。それと同日に、家の改造も完了した。改造の内容は、空調の完備とセキュリティの強化だ。さらに状態保存も強化しているので、簡単には壊れない。
セキュリティの強化には力を入れていて、エルミンスールにもあるような魔道具の扉を再現している。
あらかじめ登録した人が魔力を通すと、自動で扉が開く仕組みだ。普通の鍵は取り外した。見た目はドアノブも鍵穴もないシンプルな扉だが、俺たち以外には開けることができない。
そして、沼のようになっていた庭の脱水も順調だ。さらに砕いた石を敷き詰めたので、ぬかるみに悩まされる心配は無い。
「完成したな……」
「はい。みなさん、お疲れさまでした。仕様書に仕組みをまとめましたので、お手すきのときにご確認ください」
ルナはそう言って分厚い紙の束を俺に渡した。中身はかなり詳細な説明書だ。これを書くだけでも結構大変だっただろうに……。でも助かる。これがあれば、不具合が起きたときに俺にも修理することができそうだ。
「ありがとう。読ませてもらうよ」
「では、一度エルミンスールに帰りましょうか」
ここに住むわけではないので、作業が終わったならエルミンスールに帰る。だが、まだ一つやり残したことがあることに気づいた。
「ちょっと待ってくれ。宿の店主に一言あってもいいんじゃないか?」
いつも使っていた宿には、家を買ったことを伝えたほうがいいような気がする。店主にはいろいろ世話になったし、ボナンザさんの友人でもあるわけだし、宿には用がなくても、店主には今後も世話になる可能性がある。
「そう? 気にしすぎだと思うわよ?」
「いや、礼儀の問題だ。気を悪くするかもしれないだろ」
もちろん店主がそんなことを気にするとは思わないが、万が一気にする人だったら拙い。たまに居るんだよな、気にする人。ちょっとした手間で憂いが無くなるのだから、やっておいたほうがいい。
みんなには先に帰ってもらい、1人でいつもの宿にやってきた。時間的に、看板娘が休憩中で店主が仕込み中のはず。今なら大丈夫だ。
宿の中には案の定誰も居ない。厨房に向かって声をかけた。すると、奥からのそりと大男が出てきた。店主だ。
「よう。泊まりか?」
「いや、今日は挨拶だけだ。王都に家を買ったんだ」
「ほう、それはめでたい。もうそんなに稼いだのか」
店主はニコリと笑って答えた。本気でめでたいことだと思っているように見える。俺が客じゃなくなるということに気づいてないのかな。
「ありがとう。でも悪いが、宿に泊まることはないと思うぞ」
「いや、何を言っているんだ。食堂だけでも来ればいいだろう。王都に住むんだから、以前より頻繁に来られるだろ?」
「あ、なるほど。たまに使わせてもらうよ」
外食をするという習慣がないから気づかなかった……。普通に美味いから、外食先としては優秀なんだよな。
そういえば、俺は幼い頃から外食というのをあまりしたことがない。俺にとって外食と言えば、バーベキューかキャンプだった。外で食べるからね。
挨拶だけのつもりだったが、家の場所や間取りを聞かれ、つい長居をしてしまった。
エルミンスールに帰ってきた頃には、日が暮れかけていた。間もなく夕食だ。ルナたちは食事の準備中だが、俺に手伝えることはない。かと言って、何かを始めるには時間が足りない。家の仕様書でも読んで食事を待とうかな。
食堂の椅子に座り、仕様書を開いた。すると、部屋の隅で本を読んでいたアーヴィンが俺に声をかけてきた。
「最近家に居ないね。どこに行ってるの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 王都に家を買ったんだよ」
「へ……? ここは?」
アーヴィンは、不安そうに言う。
「いや、引っ越すわけじゃない。転移装置を王都に設置して、いつでも買い物に行けるようにしただけだ」
「なるほど……」
アーヴィンはそう呟いて一瞬安堵の表情を見せるが、すぐに顔を曇らせた。まさか、行きたいのかな?
「アーヴィンも行ってみるか?」
「え? いいの?」
引きこもりのアーヴィンにしては珍しい。家から出たくないわけではないのか。
アーヴィンはミルジア国民であり、アレンシアに入国する許可を得ていない。密入国者だ。バレたら面倒なことになる。ただし、一度防壁の中に入ってしまえば身分証の確認なんてめったにないから、バレることはないと思う。
「あまり動き回らなければ、特に問題ないだろう」
「じゃあ行く!」
「そのかわり、近くには何もないぞ。一応王都の中ではあるが、かなり外れの方なんだ」
王都の西側にある一番近い市場でも、それなりに離れている。走れば5分くらいだが、迷子になるには十分な距離だ。そこまで行くのは大変だと思う。
「そっか……でもいいよ。たまには外に出たいから」
「出たいんだったら、いつでも言えばいいだろ。俺たちはしょっちゅう外に出ているんだから」
「安全な場所に行くなら、喜んでついていくんだけどね……」
この世界では、一度防壁の外に出てしまえば敵だらけだ。魔物も居るし、盗賊も居る。俺たちは人間を避けているから盗賊に遭ったことはないが、魔物とは頻繁に遭遇している。まあ、魔物にはこちらから近づいているんだけど。
そんな危険がいっぱいな防壁の外だが、アーヴィンだって転生前はしょっちゅう出ていたはずだ。今だって、そこそこ戦える程度には鍛えている。1人で街道を歩くくらいなら、特に問題ないだろう。
「来ればいいじゃないか。俺たちが普段出歩くような場所であれば、それほど危険は無いぞ」
「オーガが出るような森は安全とは言わないよ……」
何を言っているんだろう。オーガなんて、ただの大きなゴブリンだろうに。アーヴィンにはまだ倒せないのかな……。またどこかで鍛えてやる必要がありそうだ。考えておこう。
次の日、アーヴィンを引き連れて王都の屋敷にやってきた。アーヴィンは初めての訪問になるので、せっかくだから転移装置ではなく玄関から入らせることにした。そのため、転移先は家の庭だ。
扉に魔力を通し、扉を開ける。手をかざすだけで開く自動ドア。日本よりも便利なのでは? なんて思っていると、家の中に誰かの気配を感じた。
今日の同行者はアーヴィンだけだが、他のみんなも転移装置を使って自由にここに来られる。誰かが先回りしているのだろうか。
「あれ? 誰か来ているのか?」
そう声をかけると、ソファの上に乗ったトドのような物体がズイと動き、こちらに顔を向けた。
「どこに行ってたのよ。お邪魔してるわよ」
ボナンザさんだ……え? セキュリティは?
「どうやって入ったんだ……?」
「どうやってって、鍵もない扉じゃない。普通に開いたわよ?」
たしかに鍵穴は無いが、普通には開かない……はず。
「いやいや、鍵は掛かっている。魔道具の鍵だから、俺たちにしか開けられないはずだ」
「嘘だと思うなら試してみなさいよ。普通に開くから」
ボナンザさんに言われ、扉に向き直った。この扉は、外から魔力を通せば内側に開き、内側から魔力を通すと外側に開く。魔力による自動ドアだから、内側からも魔力を通さないと開かない。
ボナンザさんは魔力を通さずに押し開けたはずだ。俺もそれと同じように、魔力を通さずに思い切り押した。
……開かない。力が足りないのだろうか。
次は家を押し倒すつもりで、全力で押した。
すると、扉はズズズと音を立てて外側に開いた。
「ホントだ……開いた……」
どうやら、扉を閉めようとする魔力よりも強い力で押せば、開いてしまうらしい。酷いセキュリティホールだな。
「その鍵、意味ないわね」
いや、かなりの力が必要だったぞ。一般人や普通の泥棒には無理だろう。それこそ重機並みの力が必要だ。普通の家の扉なら、鍵が開く前に扉が壊れる。
ボナンザさんはかなり特殊な例だとは思うけど、どうしよう……念のため対策しておこうか。戦車が来ても開かないくらいに。
「そうだな。改良しておくよ」
「それはそうと、いい家じゃない。買ったんだって?」
相変わらず情報が早い人だ。宿屋の店主に聞いたんだろうな。友人らしいから。
「だろ? 掘り出し物だよ」
「今日は引越し祝いを持ってきたの。あたしンち結構近いでしょ? ご近所さんになるわけだから」
たしかにボナンザさんの家も西地区にあるが、ここからは地下鉄2駅分くらい離れている。近所とは言えないんじゃないかなあ。まあ、引越し祝いは貰うけど。
「わざわざ悪いな」
「いいのよ。中身はうちのコが作ったケーキよ。店でも出してるものだから、男性ウケもいいわ。みんなで食べてね」
ボナンザさんは30センチ四方くらいの木箱をテーブルの上に置いた。ボナンザさんは奴隷商の傍ら、キャバクラみたいな飲み屋も経営している。その店で出しているケーキなら、期待していいと思う。
「ありがとう。あとでいただくよ」
そう言って木箱をマジックバッグに仕舞った。お返しをするべきなのだろうが、今は保存食代わりのクッキーくらいしか無いんだよな……。俺はお茶の場所すら知らないし。
とりあえず誰かを呼ぼう。スマホで呼び出せば、すぐに来てくれるはずだ。ボナンザさんの前ではスマホを使いたくないから、アーヴィンに任せる。
「アーヴィン、ルナかクレアを呼んできてくれないか? 俺ではお茶も入れられない」
「すぐに帰るからいいわよ。気を使わないで」
「悪いな……」
お茶の場所くらいは聞いておくべきだな。あとで確認しておこう。
「そんなことより、アーヴィンちゃんも久しぶり。この家にはもう慣れた?」
ボナンザさんがアーヴィンに向かって問いかけると、アーヴィンは気まずそうに首を横に振った。俺が代わりに答える。
「いや、アーヴィンはこの家に来るのが初めてなんだ」
「そうなの? じゃあ、あたしがこの周辺を案内してあげよっか?」
「それは助かる。アーヴィンも、1人で散策するよりいいよな?」
「うん、お願いします!」
「ふふふ……誰も知らないような抜け道を教えてあげるわ。ついてらっしゃい!」
ボナンザさんは颯爽と立ち上がり、扉を押し開けて家の外に出ていった。いや、当たり前のように開けたぞ……。あの人、本当に普通に開けたんだな。マジで改良が必要だ。
アーヴィンとボナンザさんが散策しているうちに、セキュリティを改善しておこう。みんなの手をわずらわせるのは悪いから、今日の作業は一人でやる。ルナに貰った仕様書が大活躍だな。






