表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
280/317

出金3

 不動産屋のおじさんに別れを告げ、エルミンスールに帰ってきた。思ったよりも早い帰宅だ。

 いつもの作業部屋に入ると、ルナが声をかけてきた。


「おかえりなさい。家はどうでした?」


「いい家あったぁ?」


 リーズも興味津々の様子。期待するような目を俺に向ける。


「ああ、なかなか手頃な物件を見つけてきたよ。みんなにも見てほしいから、一度一緒に行こう」


「わかりました。今から行きます?」


「いや、すぐに契約できるように、先に金を準備するよ。内見は明日でいいだろう」


 ルナたちが了承すれば、すぐにでも契約するつもりだ。そのために、あらかじめ金貨を準備しておきたい。金貨は丁寧に片付けてあるわけではないから、準備をするのに時間がかかるんだよな。



 クレアと2人で金貨を数えた。3000枚、ただ数えるだけでもなかなか面倒な作業だ。ついでに残りの金貨の数も数えておいたのだが、2000枚を超えたので途中でやめた。使うのも大変だな……。


 金貨の準備を終えて手が空いた。転移装置の進捗はどうなっているかな。聞いてみよう。


「すみません、すぐには作れないかもしれません」


「そんなに難しいのか?」


「いえ、材料が足りないんです。高価な材料が大量に必要で……」


 転移装置は片側だけでもちょっとした金庫くらいの大きさがある。小さな部品の組み合わせらしいのだが、その一つ一つがそれなりに高い材料を必要とするようだ。高いだけではなく、手に入りにくい材料もあるのだろう。


 今から集めたんじゃ、何ヶ月かかるかわからないな。でも……。


「材料ならあるじゃないか。もともと設置されている転移装置をバラして使えばいい」


「あ……って、いいんですか?」


 ルナはハッとした表情を浮かべ、すぐに顔をこわばらせた。エルミンスールの設備をバラすことに、少し抵抗があるみたいだ。


「問題ないよ。地下には二度といかないつもりだったんだから」


 というより、転移装置は壊すつもりだった。有効利用できるなら、そのほうがいいだろう。


「あれが使えるんなら、すぐにでも完成しそうだな」


 リリィさんが言うと、ルナは小さく頷いた。


「わかりました。使わせていただきます」


「じゃ、ディエゴ側の装置を外してくるよ」


 宮殿側の装置はルナたちでも外せるが、ディエゴ側はそうはいかない。一度転移魔法で移動して、装置を外したら転移魔法で帰ってこなければならない。なかなか大変だ。俺かエルフの長老にしかできない。



 ディエゴに悟られないよう、慎重に転移した。予想はしていたことだが、壊したはずの装置はやはり修復されていた。

 家を買うという案が出たおかげで気づいたが、このまま放置していたら、いずれディエゴが脱走していただろう。考えただけでもうんざりする……。気づいてよかった。


 仕組みがよくわからないので、根本から無理やり引き剥がす。


『ベキョッ!』


 何かが壊れる音がした。足元をよく見ると、固定された部分が床ごと剥がれている……。まあ、装置本体は無事だ。問題ない。


「何者だぁっ!」


 問題発生! 遠くからディエゴの声が聞こえた! ……さっさと逃げよう。



 作業部屋に戻り、ルナに転移装置を引き渡した。


「これでいいか?」


「ありがとうございます。おかげで早く完成しそうです」


 現物を改造するだけになったから、かなり手間が省けたのだろう。


「それは良かった。無理しなくていいけど、よろしく頼むよ」


「はいっ! がんばります!」


 転移装置はルナたちに任せっぱなしだ。ちょっと悪い気はするんだけど、俺が手を出さないほうが早く終わりそうなんだよね……。



 次の日、準備を整えて家を見に行く。不動産屋のおじさんを引き連れて、例の物件に訪れた。


 今日は買うつもりでしっかりと周囲を確認する。引っ越したあとでご近所トラブルとか、最悪だからな。と言っても、さすがは超不人気地区。周囲の建物は少なく、家の周り数十メートルは雑草が生い茂るぬかるみだ。


 目印になるようなものがなく、どこからが購入予定の土地なのかわからない。


「これ、土地の境界線はどうなっているんだ?」


「草が生えているあたり、すべてでございます」


「結構広いな……」


 この手に負えない雑草地帯、かなりの広範囲に渡って俺たちの土地になるのか……。むしろありがた迷惑だぞ。管理が大変だ。


「土地はオマケだと思ってください。土地を省いたとしても、値段は変わりませんので」


 受取拒否したいレベルなんだけど、おじさんはバラ売りするつもりがないみたいだ。仕方がない。受け取っておくか。


 申し訳程度に舗装っぽくなっている道路的な何かを進み、建物の前にやってきた。改めて確認するが……やっぱり外装は酷いわ。そして周囲の不要な土地が邪魔。


「これは……酷いですね」


「ふむ。私は好きだぞ、こういう雰囲気」


「自然がいっぱーい」


 この惨状を自然がいっぱいという一言で済ましていいかはわからないが、少なくともリーズとリリィさんは気に入ったらしい。ルナはあまりお気に召さない様子だ。


「中はそれほど酷くない。中を見てから考えてくれ」


 建物の中に入り、昨日と同じように設備を見て回る。


 1階は広いリビングが1部屋、作業場らしき広間が1部屋、そして小さなキッチン。2階は8畳くらいの部屋が8部屋あった。住むには十分だが、あまり使わないだろうなあ。

 地下には広い倉庫と井戸があり、井戸の近くに水浴び場がある。主に使うのはこっちだ。倉庫に転移装置を設置して、エルミンスールとの行き来に使えればいいと思っている。


 広さも設備も申し分ない。俺はここを買う前提で考えているが……買うかどうかはルナたちの反応次第だ。



 一通り見たところで外に出たのだが、そこでルナとリリィさんがボソリとこぼした。


「あの……予算は足りていますか?」


「うむ。少し予算を超えるのではないか?」


 2人もこの建物の価値がたった3000枚だとは考えていないようだ。施された魔道具の価値を考えると明らかに安いからな。


「いや、この建物、実は金貨3000枚なんだよ」


「何人か死んでる?」


 リーズも俺と同じ感想……。やっぱり安すぎる物件は怪しいよね。


「死んでないらしいぞ。単純に、外装がボロくて立地が悪いだけだ。安くしないと買い手がつかないんだろ」


「なるほど……。外見は酷い有様ですもんね」


「たぶん、この家は中途半端なのよ。貴族向けの造りなのに、貴族が住むような土地じゃないから」


 クレアは誰も欲しがらないと言いたいのだろう。建物は庶民向けとは言えない。買うとすれば、貴族か商人か冒険者だ。

 でも、貴族はこんなジメジメしたところに住みたがらないだろうし、商人や冒険者はギルドや商店街が遠いから敬遠するはず。設備だけは豪華なのに……誰も得しない物件だな。


「……非常に耳が痛いのですが……いかがでしょうか」


 おじさんが、とても申し訳無さそうに言う。持ち主の目の前でするような会話じゃなかったなあ。


「悪いな。ここを買おうと思うんだけど、みんなはどう思う?」


 おじさんに一瞥して、みんなに問いかけた。


「あたしはどんな家でも大丈夫だよ」


 リーズは建物を眺めたまま言う。どんな家でもあるだけマシっていう考えなのかな。


「私も賛成だ」


「建物は悪くないと思います。賛成です」


 リリィさんとルナも賛同してくれた。これで決定かな。


「ここに決めるよ。さっそく契約したいんだけど、いいか?」


 おじさんに向き直って言うと、おじさんは苦笑いを浮かべて返事をした。


「買っていただけるのはありがたいのですが、本当によろしいのでしょうか」


「ん? 何がだ?」


「立地もよくありませんし、それに……その……外装も……」


 たしかに、この場所はどこへ行くにも遠い。それに、この近辺はとてもジメジメしていて快適とは言えない。だが、逆にそれがいい。ここは用がなければ誰も近づかないような土地だ。人が少ないから転移装置を不審がられる不安が少ない。

 目立ちたくない俺にはピッタリだ。


「ああ、外装はこっちで直すから問題ない。立地だって、言うほど悪くないぞ」


 外装の酷さは若干気になるが、できるだけこのままにしておこうと思う。無理にきれいにすると、この場所から浮いてしまう。周囲に溶け込むために、『魔女の住む家』をキープするつもりだ。ただ、塀くらいは作りたいかな。


「ありがとうございます。では、お支払いはいかがいたしましょうか」


「全額現金だ。持ってきた」


「え……? 全額ですか? 振り込み……」


 あれ? ニコニコ現金払いは喜ばれると思ったんだけど、なんだか少し迷惑そうだ。


「悪いな、俺は銀行の口座を持っていないんだ」


「なるほど……承知いたしました。では、現金で受け取らせていただきます」


 おじさんは苦笑いを浮かべて言う。なんだかかなり迷惑そうな……。こういうときはクレアに聞こう。クレアの耳元で、小声で訊ねる。


「なんであんなに迷惑そうなんだ?」


「ああ……ほら、金貨はずっと家に置いておけるようなものじゃないから、このあと金貨を抱えて銀行に行かなきゃいけないのよ。でも、金貨ってすごく重いじゃない?」


 割と忘れがちなんだけど、普通のマジックバッグは重量がそのままのしかかるんだったな……。中に入れたものの重量を感じなくなるのは、高級品のマジックバッグだけだ。

 なるほど、おじさんはこのあと強制的に筋トレをしないといけないのか。それは悪いことをしたなあ。


「俺のマジックバッグを貸すよ。重さを感じないから、これで銀行に持っていくといいぞ」


 そう言いながら予備のマジックバッグに金貨3000枚を放り込み、おじさんに渡した。


「な……! お気遣い感謝いたします! 助かります!」


 ものすごく感謝された……。それはさておき、金は払ったんだから、早く家の改造に着手したい。


「家はもう住んでもいいのか? 改造したいから、できるだけ早くほしいんだけど」


「ああ、やはり改装なさるのですね。こちら現状渡しの物件ですので、すぐに住んでいただいて構いませんよ」


 ありがたいな。もっと面倒な手続きがあると思っていたんだけど……。


「書類とか、契約書はないのか?」


「後日で構いませんよ。マジックバッグをお返しに来ますので、そのときでいかがでしょうか」


 改造工事は1日で終わるような作業ではないと思うから、誰かは家にいるはずだ。1人でも家に残っていれば、スマホで俺を呼び出すことができる。


「了解。数日の間は誰かが居るから、いつ来ても大丈夫だ」


「承知いたしました。それでは私は失礼させていただきます。ご購入、ありがとうございました」


 おじさんは、深々と頭を下げて歩き去った。おじさんを適当に見送り、家の中に入る。



 うっすらとほこりが積もった玄関ホール。今は居心地がいいとは言えない。まずは改造プランについて会議する。


「よし、それじゃさっそく改造を始めようか」


 ここで、ルナたちに改造案を伝えた。


 まずは転移装置を設置する。次に扉を魔道具化。スマホに鍵の機能を持たせてオートロックにする。ここまでの改造は必須だ。あと、家を囲む塀も必須かな。これは魔道具じゃなくていいけど。

 エルミンスールに直結する家だから、セキュリティは万全にしておきたい。


 さらに空調を完備して、空気清浄機を組み込む。できれば状態保存の効果も強化したい。ついでに、庭の水分を除去する魔道具がほしい。


「魔力が足りませんね……」


「キャパシタでどうにかならない?」


「……わかりました。頑張ってみます」


 ルナは遠くを見つめて答えた。ちょっと難しい注文だったのかな。


 かなり手間のかかる作業になりそうだ。しばらくの間はエルミンスールからここに通い、家の改造に専念する。ルナとリーズとリリィさんは魔道具の整備、クレアは掃除だ。


「手伝おうか?」


「あ……いえ、コーさんが手を出すと、家が要塞になってしまいそうなので……」


 ルナは遠慮がちに言う。要塞は好まれないようだ。兵器を満載した家、いいと思うんだけどなあ。


「じゃあ、掃除を手伝うよ」


「え? 掃除なんて1人で十分よ。それより、塀の設置をお願いしてもいい?」


 塀は魔道具化する予定がないので、普通に設置するだけだ。とは言え、俺たちの中に塀を作れるメンバーは居ない。冒険者なら誰でもできることらしいから、そろそろ慣れたほうがいいかな。


「了解だ。任せとけ」


 よし、張り切って作ろう。塀の作成は専用の魔道具があるから、まずはそれを買いに行く。


 ……また高い買い物になるなあ。なんだかんだで金貨5000枚は使い切れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ