泥棒ダメ。ゼッタイ。
俺たちは『マリーの魔道具店』に来ている。
今日の報告と売り上げ金の引き渡しのためだ。正直、多少横領してもバレないんだよな。やらないけど。
様子を見に来るとかしたほうがいいと思うよ?
「お疲れ様~。今日はどうでしたかぁ?」
「思っていた以上に大変だったよ。それなりに売れたと思う」
そう言って、硬貨が入った袋と、どの硬貨が何枚あるかをメモした紙を一緒に渡した。
「すごいですね~。ほとんど売り切れたんじゃないですかぁ?」
「いや、結構残っちゃったよ。
3分の1くらい売れ残ったと思う」
「ずいぶん高く売ったんじゃないですかぁ?」
「いえ、適正価格で売りましたよ。
コーさんのおかげで一つも盗まれていないんです」
「へぇ~。盗まれないなんてすごいですぅ。
前に私が出店した時は、何十個も盗まれましたよ~」
それは盗まれ過ぎでは?
リアルもってけドロボーじゃないか。スキが多そうに見えるんだろうな。
混雑時に俺が発見した万引き犯は10人ほど。
そいつらが全員盗んでいったとすれば、10個以上は盗まれる計算だ。
対策しないとキツイだろうなあ。
「でも、申し訳ない。鐚銭をつかまされた。金貨8枚だ」
正直に言って謝る。
ボナンザさんに俺たちの責任じゃないって言われたけど、やっぱり俺たちの責任だろう。
自分の店なら仕方がないで済むけど、他人の店だからなあ。
「たったの8枚ですかぁ? 少なくて良かったですぅ」
と思ったら喜ばれたぞ?
ダメだ、この人。絶望的なほど露店に向いてない。
「そんなに多いことなのか?」
「そうですよぉ。店でもありますけど、今日みたいな混雑する露店は特に多いですよぉ。
銀行に持っていったら私が疑われましたよぅ」
疑われるほどの量ってどういうことだよ。相当な量じゃないか。
うん。この人、見た目でナメられて、口調で侮られてる。
「マリーさんは露店、諦めたほうが良さそうだな」
「次は娘にお願いしますぅ。娘も冒険者なのよ~」
なんだ、娘がいたのか。この人の娘か……。若干心配だが……。大丈夫か?
「この前の掃除もそうだが、何で娘に頼まなかったんだ?
それに娘がいるなら旦那もいるだろ」
「夫はもう死んじゃったのぉ」
悲しそうな表情のマリーさん。この世界、たぶん平均寿命が短いんだと思う。
怪我は魔法と魔法薬で何とかなるが、病気になると簡単に死ぬ。
「悪いことを聞いた。すまない」
「いいのよ~。ずいぶん前の話だからぁ。
娘はねぇ、今王都に居ないから頼めないのぉ。
追加依頼を出した時に、職員さんから帰ってくるって聞いたのよ~」
「なるほどな。これからは俺たちも魔道具を作ることになると思う。
今日はいい経験をさせてもらったよ。ありがとう」
「良い体験ができました。
ありがとうございました」
「こちらこそ、こんなにお金が入るとは思っていませんでしたよ~。
ありがとうございましたぁ。
報酬はギルドに預けておくから、あさってくらいにギルドに行ってねぇ」
マリーさんと喋ると若干疲れるんだよな。
テンポというかリズムというか、ゆっくりすぎてなあ。
マリーさんの店を出てギルドに来た。依頼の完了報告とランクアップの説明を受けるためだ。
指導係を決めないといけない。一応レイモンドの姪が候補に上がっているが、まだ会っていないのでどうなるかわからない。
ギルドに到着すると、入り口の近くに目を輝かせたリーズが立っていた。
「悪い、先に報告をしてくるから中で待っていてくれ」
リーズをギルドの中に連れていき、適当な椅子に座らせた。緊張しているのか、耳をピクピクと震わせてキョロキョロと周りを見渡している。
早めに終わらせてあげたほうがいいな。
カウンターで依頼の完了を報告する。受付はいつものお姉さんだ。この人、いつ休んでいるの?
一応この世界にも一週間、一ヶ月の考え方はある。一週間は7日、一ヶ月は30日と31日の月が交互に。暦の由来は宗教絡みなのでよく知らない。
でも『日曜日は休み』みたいな常識が存在しないので、雇われの労働者は年中休みが無かったりする。
このお姉さんも休んでいないのかもしれないな。
「お疲れ様でした。報酬はまだお渡しできないので、依頼者の報告があるまで待っていてくださいね。
それと、おめでとうございます。明日からFランクになります。
あらためて自己紹介しますね。受付のエリシアです。よろしくお願いします」
ここで明らかになるお姉さんの名前。今まで知らなかったんだよな。聞くチャンスが無かったのもあるが、お姉さんも自分からは教えてくれなかった。
「なんだ、今更自己紹介かよ」
「ランク外の冒険者の方とは親しくなりすぎないように、というのがギルドの規則なんです。
便宜を図っていると思われて、トラブルの元になりますので」
おいおい、俺はVIP待遇になりかけたんだが、それは良かったのか?
ギルド長が勝手に便宜を図るなら良いのかもしれないが……。騎士相当の身分の奴に突っかかっていく奴はいないだろってことかもな。
「そんなことでトラブルになるんですか?」
ルナは納得していない様子で、頭の上にハテナを浮かべている。
割と温室育ちのお嬢様っぽいところがあるから、こういうことには鈍感なんだろうな。
純粋な子だから、おかしなトラブルを起こす人が理解できないみたい。
「なります。お二方も知っていると思いますが、Fランクの依頼でも知識や経験が必要ない依頼は少ないのです。
ですから、普通はもっと時間が掛かります。人によっては30日で3件はかなり厳しい条件です。
元々何かの専門知識や経験を持っている人は早いのですが、時間がかかる人はそれを不満に思います。
不真面目で経験が浅い人ほど文句を言う傾向にあるので……」
エリシアさんは言いにくそうな、申し訳無さそうな顔をして答えてくれた。
たぶん本人はもっと仲良くしたいと思っているんじゃないだろうか。
自分にそういうことが無いとは言い切れないので声には出さないが……。
どこの世界でも同じだよな。仕事ができない人ほど「自分に仕事が回ってこない」と文句を言う。
ランクアップが早いやつがギルドの受付と仲良くしていたら、矛先はギルドに向かうだろう。
暴力行為に出たり、勝手に「不正だ」と騒いでギルドの品位を貶めることもあると思う。
確かに、俺たちが受けた依頼は特殊かもしれないな。
配達は高品質なマジックバッグを持っていないと難しい。
魔道具店の掃除は何も必要なかったが、依頼料が激安だから不真面目な奴はいくら困窮していても受けない。
マリーさんの追加依頼は魔道具の専門知識が有ってこそだ。
ルナは「そうですか」とつぶやいて、寂しそうな表情を浮かべながら俯いている。
俺もルナが居なければもっと時間が掛かっていたはずだ。
ゴブリン狩りが依頼に含まれれば簡単なんだけどな。残念ながら指名依頼以外の討伐は、どんなにヤベー奴でも依頼達成にならない。
もしルナが居なかったら、髭のレイモンドのパーティに入っていたかもしれないな。嫌だけど。
「なあ、やっぱり指導係が居ないとEランクになるのは難しいのか?」
「そうですね……。
中には自分たちだけで頑張ると言う人も居ますが、途中で諦めて指導係を探す方がほとんどです。
でも、お二方にはレイモンドさんの紹介があるので、ほぼ決まったようなものですよ?」
エリシアさんはいつもの爽やかな笑顔に戻った。
できるOLっぽい雰囲気。まさしく『お姉さん』という感じ。
レイモンドの姪という肩書は少し不安なんだよな。ボナンザさんみたいな人が来たらどうしよう……。
ボナンザさんは悪い人ではなかったけど、見た目がね、イカツすぎるんだよ。
「そうだな。一度会ってみるよ」
「では、その方の都合が付いたらお知らせしますね」
リーズを待たせているので、エリシアさんにお礼を言ってカウンターを離れた。
リーズは冒険者ギルドの居心地が良くないのか、耳と尻尾をしゅんとさせて椅子に座っていた。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、今日はありがとう!」
リーズは立ち上り、笑顔で頭を下げた。元気に見えるが、尻尾がピンと張ったままなので、警戒しているのだろう。
ここで話をするのは避けたほうが良さそうだね。
「じゃあどこかで話をしようか。どこか良い場所はあるか?」
「もう日が暮れる時間ですので、酒場や食堂しか開いていないと思います」
ルナが申し訳なさそうに答える。
一番簡単なのは俺たちが泊まっている宿屋なのだが、一人分の料金を追加で支払う必要がある。
さすがに宿屋に連れて帰るわけにはいかないし、どうしようか……。
「少し散らかってるけど、あたしの家でいいよ!」
特に代案があるわけでもないので、リーズの厚意に甘えよう。
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