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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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出金2

 ルナたち魔道具作成班に転移の魔道具作成を任せ、クレアとともにアレンシア王都にやってきた。転移した先はいつものように冒険者ギルドの屋根の上だ。これから不動産屋を探しに行く。

 その前に、俺は家の相場を知らない。クレアに確認しておこう。


「家ってのは、いくらくらいで買えるもんなんだ?」


「ごめん、アタシも詳しくない。今まで意識したことなんてなかったから……お店に行ってみないとわからないわ」


 クレアもよく知らないらしい。だが、不動産屋の場所は知っているようだ。クレアの先導で王都の家の屋根を走る。



 走ること数分、王都の西地区にやってきた。東寄りには貴族の家が並ぶ地区、西寄りには一般的な住宅地がある場所だ。ここより少し北に行くと教会本部があり、南に行くと歓楽街や商店街がある。


 屋根から降りて少し歩くと、クレアが小さな建物の前で立ち止まった。


「ここね……」


 店というよりも民家のような造りだが、どうやら不動産屋の事務所らしい。個人経営の小さな店といった様子だ。まあ、不動産屋は商品を店内に並べるわけじゃないから、店舗は小さくても十分なのだろう。


「ありがとう。とりあえず入ってみようか」


 静かに扉を開け、建物の中に入った。外見は民家だが、店内は意外と店っぽくなっている。1階は広いフロアと小さな事務室と思しき小部屋がある。

 フロアには4人がけの椅子とテーブルがワンセット、壁際には予備らしき椅子が数脚置かれている。壁には絵が掛けられ、部屋の隅には豪華な模様が描かれた壺が置かれている。……金、持ってるなあ。


 店内を見渡していると、一人の男が満面の笑みを浮かべながら、事務所から出てきた。


「いらっしゃいませ」


 恰幅のいい小さなおじさんだ。服も小綺麗で、金に余裕があるような印象を受ける。商売は繁盛しているようだ。


「家を探しているんだが、相談に乗ってもらえないだろうか」


「ありがとうございます。ご購入でしょうか?」


 おじさんの口ぶりで、賃貸も選べることが窺える。でも、今回は賃貸物件を探しているわけではない。家は大規模に改造する予定なので、賃貸ではなく購入で。あまり目立ちたくないから、できるだけ郊外のほうが有り難い。


「そうだな。あまり大きくなくていいんだが、とりあえず見せてくれないか」


「承知いたしました。こちらにどうぞ」


 おじさんは俺たちを値踏みするような目で見ると、笑みを浮かべて椅子に座るよう促した。そして、「では、少々お待ち下さい」と言って事務室に入った。


「……なんだか、緊張するわね」


 クレアが不安そうに言う。慣れない店に戸惑っているようだ。その気持はよく分かる。なんせ、今から金貨数千枚という買い物をしようとしているのだ。緊張するなというのが無理だろう。俺は普通の小市民なんだよ。でも、俺は緊張を必死で隠す。


「ナメられたら拙い。鍋を買うくらいの気持ちで、堂々としていよう」


「そうね。相手は本職の商人……弱みを見せたらぼったくられるわ」


 いや、まあ、そうなんだけど……そこまで言い切らなくてもいいと思うよ。俺は値引き交渉が有利になるかなあ? くらいのつもりだ。



 待つこと数分、気持ちを落ち着けるには十分な時間だった。気楽な顔で椅子に体重を預けていると、事務所から書の束を抱えたおじさんが出てきた。


「お待たせいたしました。資料をお持ちいたしましたので、まずはこちらを御覧ください」


 おじさんはそう言いながら俺たちの対面に座ると、おもむろに紙の束をテーブルの上に置いた。紙はこちら側に向けられている。


 俺は一番上の紙に目を落とした。そこには、手書きの間取りと、ざっとした説明が書かれている。庭付き2階建て、部屋の数はざっと見て10部屋以上。金額、金貨2万5千枚。


「うわっ! 高っ! こんなにするの?」


 予算の5倍です。高すぎるって。金を使えとは言われたけど、持っている以上の金を使うことはできないぞ。


 家を買うという案、却下したほうがいいのかなあ……そう考えていると、クレアがボソリとこぼす。


「待って。これは立地が良すぎるわ。庭もすっごい広いみたいだし……」


「おわかりいただけますか。こちらはある公爵家のご隠居様が住んでいらしたお宅です。魔法の名手でもございましたので、習いに来る方のために庭を広く取ってあるのですよ」


 貴族の爺さんが私塾みたいなことをしていたのかな。で、爺さんが亡くなったから屋敷を持て余して売った、という感じだろうか。当然ながら、俺もそんなに広い家は持て余す。訓練がしたければエルミンスールに行くよ。


「なるほどな。これだけの広さ、俺たちには必要ない。もっと狭くてもいいんだ」


「そうね。立地も良すぎるわ。もっと郊外でもいいのよ」


 クレアが追い打ちを掛ける。俺には判断できなかったが、よほど良い場所だったのだろう。


「左様でございますか……それでは、こちらはいかがでしょう」


 おじさんは、そう言って紙を三枚ほどめくった。今回は金貨1万枚。さっきよりはマシだけど、それでも予算オーバーだ。ここを買うなら、近いうちにもう一仕事する必要がありそうだ。

 広さや間取りは問題無さそうだけど……。よく見ると、この紙には周辺の地図も書かれていた。さっき、クレアはこれを見て判断したんだな。


 どれどれ……隣の隣が教会本部の広場だねぇ……。勘弁してよ! 教会とご近所さんになる気は無いぞ。


「立地が気に入らないわ。貴族が住むような場所ばっかりじゃない。もっと普通の家は無いの?」


 クレアが俺に代わって意見を言うと、おじさんは怪訝そうな顔で聞き返す。


「え? あの……失礼ですが、お二人はお貴族様のご夫婦ではないのですか?」


「夫婦……?」


 クレアが小声で呟き、顔を真っ赤にして黙った。代わりに俺が答える。


「違う違う、俺たちはただの冒険者だ。パーティメンバーも他にいる」


「そうでしたか。大変失礼いたしました。しかしながら、ご高名な冒険者様なのでしょう? こういったところに家をかまえても、誰も文句は言いませんよ?」


 誰に何を言われようが関係ない。貴族が住むような場所に魅力を感じないだけだ。幸い、王都は治安が良いから、どこに住んでも犯罪に巻き込まれるような心配は少ない。


 そんなことより、どうして俺たちを高名な冒険者だと思ったんだ……?


「なんでそう思った? 俺たちは、どう見ても一般人だろう」


「いえ、お召し物が……お貴族様でもそう見ない、高級品でしたもので……」


 あ、服か。俺たちは高い服を着ているから、金持ちだと思われたらしい。防具として最適だから、着ているだけなんだけどなあ。


「本当に、ただの冒険者なんだよ。予算だって多くないから、一等地に家を持つつもりはない」


 俺の言葉に、おじさんはひどく落胆したような表情を見せる。なんだ、儲からない相手は客じゃないとでも言う気か?


「左様ですか……大変心苦しいのですが、当店ではお貴族様向けの物件しかご用意していないのです」


 あ、俺たちが入る店を間違えたのか。それは申し訳ないことをしたな。例えるなら、本格的な高級寿司屋に入って「ツナマヨ軍艦を出せ」と言っているようなものだ。ちょっと恥ずかしい。


「なるほど、出直すよ。無駄な時間を使わせて悪かったな」


 俺たちが間違えたせいで時間を無駄にさせてしまったのだから、チップくらいは渡したほうがいいだろう。今後世話にならないとも言い切れないので、少しでも心証を良くしておく。


 マジックバッグから数枚の銀貨を取り出すと、おじさんは両手の平を前に突き出して大げさに振った。いらないという意思表示だろうか。


「いえ、お気になさらず。別の店をご紹介いたしますので……」


 おじさんがそう言いかけたところで、クレアが声を出した。


「これっ! ここはいいんじゃない?」


 クレアが手に持っている紙を覗き込む。


 地下に大きな倉庫もあって、8LDKくらい? 一人一部屋使える広さだ。かなり広い。手に余るほど広いのに、価格はなんと金貨3000枚。格安だ。安すぎて心配になるくらい……10人くらい死んでいてもおかしくない金額だぞ。


「あ……それは……」


 おじさんが言いよどむ。やっぱりワケアリ物件だったようだ。


「詳しく聞いてもいいか?」


「はぁ……ここは、ある貴族令嬢様が魔法の研究をするために建てたものです。使用人も多かったので、広くて部屋もたくさんありますが……」


 おじさんは、ため息交じりに言う。かなり言いにくそうな様子だ。こういうときは、こっちから言ってあげたほうがいいんじゃないかなあ。


「もしかして、実験中に事故でも起きたか?」


 そして使用人もろとも事故死したとか。


「いえ、事故は日常茶飯事でしたが、それによる死傷者は出ていません。単純に、前の持ち主様が地方に嫁がれたので不要になっただけです」


 事故はあるんかい……。でも、それによって問題が起きていないなら、どうしてこんなに安いんだろう。


「だったら、なんでこんな値段なんだ?」


「場所をよく見て。ここ、前にも行ったでしょ?」


 クレアに言われ、住所を確認する。そこは、以前教会と一緒に炊き出しをしたスラム街だった。

 王都の西区よりももっと西。防壁の際にあるようなその土地は、水はけが悪くて陽当たりも悪く、常にジメジメしている。王都で最も地価が安い地域だ。貴族がそんなところに住んでいたというのは驚きだな。


「そうなんです。買い取ったものの……売れるわけがありませんし、おすすめもできません」


 おじさんは気まずそうに言う。たぶん、付き合いがあるから仕方なく買い取ったのだろう。赤字覚悟で。可哀想に。


「わかった。その物件がほしい。見せてくれないか」


 即決してもいいんじゃないかと思うけど、さすがに現物を見ずに買うのは怖い。


「え? 正気……本気ですか?」


「正気だし本気だ。クレアも、そのつもりで見せたんだろ?」


「え? まあ、うん。冒険者ギルドにはちょっと遠いけど、悪くないと思うわ」


 クレアも悪くないと思っているようだ。


「……わかりました。では、現状をご確認していただきます。ご一緒していただけますか?」


 おじさんは、苦笑いを浮かべて立ち上がった。俺たちは、これから内見に向かう。



 おじさんの足に合わせ、30分くらい歩いた。走ればすぐなのに……。まあ、贅沢は言えないか。


 書かれている場所に到着したが、少し面食らった。家の土台は苔に侵食され、家全体が蔓に覆われている。植物の魔物かと疑うくらい、屋根の上までびっちりと。元がどういう形だったのか、想像することもできないほどだ。


 日本に居た頃、ゴーヤみたいな蔓性の植物で日差しを遮る、グリーンカーテンというものが流行っていたと思う。この屋敷も蔓性の植物に覆われているが、グリーンカーテンのようなおしゃれなものではない。一言でいうと、『魔女が住んでいそうな家』である。


「さすがに酷いな」


 眉をひそめて呟く。即決しなくてよかった……。


「手入れされてる様子が無いわね。売れないだろうからって放置してるんじゃない?」


「それを言われると、耳が痛いですな……ははは」


 図星だったらしい。いつ物好きが現れるかわからないんだから、蔓を切るくらいはしたほうが良かったんじゃないかなあ。


「じゃ、さっそく中を見せてもらおうか」


 家の中に入ると、カビ臭い空気が頬をさすった。むせ返るほどではない。ホコリも、思ったよりは酷くない。外見に見合わず、中は意外と住めそうな状況だった。


「この家、魔道具なんじゃない?」


 クレアの言う通り、エルミンスールほど強力ではないけど、状態保存が掛けられているみたいだ。他にも防音や換気も掛けられているように思える。


「さすがですね。おわかりいただけますか。魔法の研究ということで、かなり配慮されております」


 金貨3000枚は伊達ではないらしく、建物は高度な技術で建てられている。むしろ、金貨3000枚では買えないくらいだと思う。いや、土地がマイナスなんだろうな。酷い外見もマイナス要因だ。


 さらに奥へと歩みを進める。多少のホコリは舞うのだが、不思議と嫌じゃない。エルミンスールの宮殿に、初めて足を踏み入れたときのような感覚だ。


「地下倉庫も広いわ。家の中に井戸まである……」


「ここでいいんじゃないかと思うけど、ルナたちの意見も聞きたいな」


「そうね。一度帰りましょう」


 内見を終えたので、エルミンスールに帰ってルナたちに報告しようと思う。明日改めてみんなに確認してもらい、問題なければ決めてしまおう。

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