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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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開拓8

 予定外の魔物の襲撃に見舞われたが、開拓は概ね順調だ。襲撃の後始末にルナたちも加わったことで、整地も捗った。

 もう俺たちが手を出さなくても問題ないんじゃないかな。近いうちに代わりの冒険者の派遣を催促しに行こう。


 それはともかく、俺に課された最後の仕事について話し合っておこうと思う。


「さて、ネスターを排除する方法を考えようか」


 エルミンスールの食堂で、そう切り出した。すると、アーヴィンが間髪入れず呟く。


「ヤッちゃうの?」


「どうしてそうなるんだよ……。一応、あんなんでも悪い人間ではない。もっと穏便に済ませるぞ」


 ネスターはリーダーの素質が皆無というだけで、けっして悪人ではない。ミルジアではそれが悪人の条件らしいが、無能なだけなら退任させればいい。まあ、それが難しいんだけどね。


「穏便にって言っても、辞めさせるのは無理なのよね?」


「そうなんだが、なにか方法があるかもしれない。とりあえず、この国の法律を再確認してみるよ」


 俺が騎士相当の身分を押し付けられたとき、法律に関する書類も受け取った。その書類を読めば、村長に関するルールも書かれているはずだ。


 みんなで手分けをして書類に目を通す。


 そして何枚目かに、気になる文言を見つけた。念のため確認を取る。


「なあ、騎士って貴族?」


「ちょっと違うけど、一応貴族みたいなものよ。それがどうかした?」


「村長の任命は領主または貴族が行うって書いてあるんだよね」


 俺の身分は騎士相当。俺が勝手に決めていいっていうことだ。ネスターの立ち位置は村長ではなく責任者。まだ正式な村長ではない。ということは、俺が違う人に任命すればいいんじゃないかと考えた。


「……ダメね。特別な理由がない限り、責任者はそのまま村長に任命されるって書かれてるわ。貴族が任命するって、ただの式典の話みたい」


 クレアが書類を片手に説明する。

 どうやら、開拓村が正式に村として認められたとき、式典が行われるらしい。任命はその式典のメインイベントだ。貴族を招待して盛大にやりましょう、というだけの話で、村長交代云々とは関係ないようだ。


「そうか……じゃあ無理だな」


「やっぱり、自分から辞めるって言わないと無理なんですかね……」


 ルナの言う通り、村長本人が辞任を表明した場合のみ、村長の交代が認められる。でも、ネスターは絶対に辞めたがらないだろうなあ。どうしたものか……。



 案が固まらないまま次の日を迎えた。みんなが法律の調査を買って出てくれたため、今日は俺の単独行動だ。開拓村なら自由がないから、俺1人でも問題を起こさないだろう、というみんなの判断だ。いつも問題を持ち帰るみたいな言い方はやめてほしい……まあ、ほぼ事実だけど。


 開拓村のテントから出たところで、ネスターと鉢合わせした。俺のテントは村の外れにあるから、この先は村の外だ。まだ朝礼前だから、そっちに行っても誰もいないはず。


「おはよう。こんな時間からどこに行く気だ?」


 ネスターにそう声を掛けると、ネスターは足を止めた。


「おはようございます。報告書が書けましたので、王都まで届けに行きます」


 ネスターが直接? アホなのか? 魔物の襲撃で現場が荒れているんだから、責任者が現場を離れるなよ。報告書なんて誰が届けてもいいだろ。


 いや、報告書……これだ! 一石二鳥のいい案を思いついた。


「俺が行く。上層部に知り合いがいるから、ついでに兵士の増援を頼むよ」


「それは頼もしい。ぜひご同行お願いします」


 ああ、邪魔だなあ。同行しても意味ないんだよ。適当にあしらっておこう。


「行くのは俺だけだ。あんた、冒険者の本気の走りについてこれないだろ?」


「いや、しかし……責任者が行かないわけには……」


「責任者なら現場で指示を出せよ。みんなが困る。いいから報告書を渡せ」


 たぶん、この村の人たちはずっとネスターに振り回されていたんだろうな。作業が捗らないわけだよ。


「わかりました……。お願いします」


 ネスターは不承不承に頷き、報告書が入った厚い封筒を俺に渡す。俺はそれをマジックバッグに放り込んで、村の外に向けて走り出した。



 村を出たところで王城内のいつもの部屋に転移する。王は仕事中らしいから、仕事を終えてこの部屋に来るまで、しばし待機だ。


 ソファに横になってしばらく待っていると、扉が開いて王が入ってきた。上体を起こして声を掛ける。


「よう」


 王は驚いたように体をこわばらせ、ため息交じりに言う。


「其方はなぜ事前連絡をせぬのだ……。転写機の使い方を知らぬ訳でもあるまいし」


 確かに転写機を使えば事前連絡ができるような気がしないでもない。でも……。


「面倒。そんなことより話があるんだ。ちょっと時間いいか?」


「話? 開拓村のことでか?」


 王はそう言って俺に向かい合わせに座った。


「まあ、そうだな」


「……うむ、良いであろう。申せ」


 本題はネスターの処遇だが、それを先に話してしまうと警戒されるかもしれない。とりあえず当たり障りのない話題から。


「まず、開拓はかなり進んでいる。早いとこ専任の冒険者を派遣してほしい」


 実際、これも急いでほしい。俺たちにできそうな仕事は伐採と整地くらい。建築関係の仕事を受けたことがなく、あるのは試験勉強で得た知識だけだ。現場で役に立つはずがない。さっさと引き継いで任務を終わらせたいんだ。


「ふむ……先の報告では、かなり遅れているという話だったが?」


「状況は日々変化するんだよ。建築の人手が足りず、土地と材料が余っている。俺たちではどうにもならないから、慣れたやつがほしい」


「承知した。冒険者ギルドにそう進言しておこう」


 マジで急いでほしいけど、ギルドの都合もあるしなあ……。もう少し急かすか。


「それから、開拓村が襲撃にあった。熊の集団だ」


「なっ! 無事なのか!? 被害状況は!?」


 王は怒鳴り声をあげて勢いよくテーブルを叩き、少し腰を浮かした。かなり焦っている様子だが、俺が焦っていない時点で察してほしい。


「俺たちが食い止めたよ。混乱したが、被害はない」


「そうか……」


 王は安堵のため息を吐きながらソファに座り直した。安心しきっているところ悪いんだけど、王の仕事はこれからだよ。


「今は大丈夫だけど、対策しないとまた来るだろうな」


 一応、俺たちは村を出る前に魔物を狩り尽くす予定でいる。でも、しばらくしたらまた魔物が増えるだろう。今後のことを考えると、今の警備体制では絶対にもたない。


「うむ。では、兵士の増員を検討する」


「いや、兵士よりも冒険者を増員してほしい。村には自由に動ける人間がいないんだ」


 兵士は村の周辺しか警備しないみたいだから、遠くから来る魔物への対処が遅れてしまう。昨日の襲撃でそれがわかったから、自由に動ける冒険者を増やしたほうがいい。


「承知した。合わせてギルドに報告しておく。話はそれだけか?」


 いやいや、本題はこれからだよ。


 今回のプランは俺の信用に傷がつく恐れがあるが、王からの信用なんかそれほど必要ない。そもそもアレンシアに住んでいるわけじゃないし、エルフのおかげでエルミンスールは自給自足が成立している。

 アレンシアとの関係が拗れたところで、困るのはむしろ王のほうだろう。あの王、最近俺に面倒事を押し付けすぎなんだよ。多少拗れてくれたほうが助かるくらいだ。


「ついでなんだけど、もう一つ提案がある」


「提案とな。申せ」


 もちろんネスターのことである。しかし、絶対にこの名前を出すわけにはいかない。悟らせてもいけない。慎重に行こう。


「村に、開拓の足を引っ張っている奴が1人いるんだ」


 仕事が遅い奴はどこにでも居るから、この言い方なら問題ないはず。


「ふむ……それがどうかしたか?」


「本人は真面目で勤勉で悪いやつじゃないんだけど、どうも集団行動に向いてないみたいなんだよ」


 嘘ではない。真面目で勤勉なのも本当。ただ、どうしようもなく無能なだけだ。それを言い換えた。


「其の者がどうしたのと言うのだ?」


「どんな仕事でもいいから、そいつでもできる職があるなら紹介してほしい」


「ふむ……なぜ其方がそんな世話をする必要がある?」


 おっと、少し警戒されたか。うまく躱さないと……。


「そいつは村の人にも『現場を離れてくれたほうが開拓が捗る』って思われているんだけど、他に行き場がないんだよ。嫌われて孤立したら可哀想だろ」


 すでに嫌われているんだけどね。立場上孤立してないだけで。あんな小さな村で孤立したら、生きていくのも困難だろう。そんなことは王も理解しているはず。


「其の者について、もう少し詳しく申せ」


 もっともらしい理由を述べたつもりだけど、まだ警戒されてるっぽいなあ。とはいえ、俺はネスターの身元を保証したくないし……。


「健康な男性だよ。仕事が遅くて応用が利かない人だから、重要な仕事は任せられないと思う。歩くのは好きみたいだから、歩く仕事があればいいんじゃないかな」


 これだけ具体的な情報を提示すればどうだろう。結構細かいことを言ったけど、ネスターのことだって言われなければ、たぶんピンと来ないと思う。


「其の者、名前は何と申す?」


「あ……名前を忘れちゃったな」


 即答した。だって言えないんだもん。記憶喪失になるしかないよね。


「名前がわからぬなら任命書を書けぬぞ」


「あとで俺が書くから、そこは空欄にしてくれて構わない。開拓村は忙しいから、俺もそう何度もここに来られないんだよ」


 それらしい言い訳だが……通るか?


「うむ……。1つだけ思い当たる仕事がある。誰もやりたがらないような仕事だが、それでも良いか?」


 通った。よし、俺の勝ちだ。多少怪しまれた気がするが、俺の説明は矛盾していないはず。


「問題ないよ。助かった。ありがとう」


「其方がお礼を口にするとは……いったい何の前触れだ?」


 さすがは王だ。いい勘してるよ。


「俺をなんだと思っているんだ。感謝をすればお礼くらい言うぞ」



 その後、王は部屋を出て外の役人たちと話をしていた。任命書の手続きをしているのだろう。


 出来上がった任命書を受け取るとき、王はニヤッと笑った気がした。してやったりのつもりなのか。よほど嫌がられる仕事なんだろうな……。



 王に軽く挨拶をして、エルミンスールに転移した。いくら足が早くても、王都に日帰りするのは無理だと思うんだ。怪しまれないために、開拓村に行くのは明後日にする。


 さて、午後が暇になった。王から預かった任命書に名前を書き入れるついでに、仕事の内容を確認しよう。


 王がネスターにあてがった仕事は、書庫の管理者だ。ただし、司書ではない。国内各地に点在する司書がいない小規模な図書室の、すべての蔵書をチェックして紛失や破損がないかを確認する仕事。

 小規模の図書室は各地の銀行や役所などの国の施設の中にあるそうなのだが、誰が管理するのか正式に決まっていなかったらしい。本は高価なはずなのに、扱いがぞんざいだなあ。


 各地の図書室の規模は、どこも1000冊未満だそうだ。チェックして報告書をまとめるだけなら1日で終わる。国中を歩き回る仕事だが、それほど忙しくはないな。1年かけて国を一周するだけだ。


 ていうか、この仕事……ほぼ1年中馬車に乗ってるだけなんじゃね?


 やりがいは無さそうだ。自宅にも帰れないし、誰もやりたがらないのも無理はないな。でも、ネスターが好きな『責任者』で、断りにくい『王からの任命書』が揃った。ネスターなら断らないだろう。


 この任命書をネスターに渡せば、ネスターの排除は成功だ。さらに、俺が押し付けられそうになっていたネスターのお世話を、王と役人に押し付けることができる。まさに一石二鳥だね。


 みんなにこのプランを説明すると、クレアがボソリと呟いた。


「相変わらず、意地の悪いことをするわね……」


「そうか? 平和的解決だろ?」


 村人は誰も困らない。ネスターだって労せず役人になれるんだから、損しないはずだ。困るとすれば……。


「たぶん、王様には恨まれると思います」


「望むところだ!」


 これに懲りたら俺に仕事を押し付けることが減るんじゃないかな。最高かよ。どうぞ恨んでください。


「どうしてそんなに自信満々なんですか……?」


「いや、今回はうまくいったなあって思ってさ」


 ちょっとうまく行き過ぎた感があるものの、とにかく村に平和が訪れた。


 俺は近頃王の策略にはまりっぱなしだったから、王も油断していたんだと思う。数日後、ネスターが王城に登場するぞ。王はさぞかし驚くだろうな。ざまあみろ。

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