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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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開拓7

 アーヴィンの気分が少し落ち着いたようなので、クレアがいる村の広場に移動しようと思う。アーヴィンは飲んだポーションを半分くらい戻していたけど、効果は消えないのかな……。


「アーヴィン、具合はどうだ?」


「う……ん、もう平気。少しくらいなら走れる」


 アーヴィンは具合の悪そうな声で返事をする。やはり、ポーションとともに魔力も吐き出したみたいだ。今のアーヴィンに走らせるのは酷だろう。


「わかった。俺が抱えていこう」


「え……?」


 嫌そうな表情で身構えるアーヴィンを小脇に抱えた。懐かしの移動スタイルだ。最近はアーヴィンもまともに走れるようになったから、久しぶりだな。



 俺たちは村の端っこで戦っていたのだが、小さい村なので広場からはたいして離れていない。ほんの数分走っただけで到着できた。

 そこでは、不安げな兵士と開拓民たちが武器を構えて並んでいる。ある程度状況を把握しているクレアは平然とした顔で立っているのだが、開拓民たちは俺たちと魔物の状況を知る由もないからなあ。


「待たせたな」


 小脇に抱えたアーヴィンを下ろしながらそう声を掛けると、クレアが買い物から帰った人に向けるような口調で言う。


「お疲れさま。どうだった?」


「魔物の集団は撃退した。半数くらいは逃したが、当分襲われる心配はないと思うぞ」


 俺の言葉に、開拓村の兵士は戸惑いの表情を浮かべる。


「えっと……どういうことでしょうか。我々は戦わなくてもいいんですか?」


「ん? 言った通り、魔物はもう逃げたぞ。念のため、今日は作業を中断したほうがいいだろうけど、明日からは普通に作業できる」


 もう魔物の心配はないが、開拓民たちは精神的に疲れているはずだ。こんなときに作業をしたら、普段はしないようなミスで怪我をするかもしれない。今日はおとなしくしたほうがいい。


「ありがとうございます!」


「おかげで助かりました!」


 開拓民たちは武装を解除し、口々に感謝を述べる。面と向かって感謝されるのは慣れていないから、どうもむず痒い。


「身にかかった火の粉を払っただけだ。気にするな」


「とんでもない。コーさんのおかげで、この村は救われました」


 この村の中で、俺の株が急上昇だ。とてもむず痒い。

 目立つのは慣れていないんだよなあ。俺はどちらかと言うと、陰でコソコソ動くほうが性に合っているんだ。やっぱりルナたちに任せるべきだったか……? いや、それだと間に合わなかった。ここは諦めて、素直に感謝を受け取ろう。


「わかった。感謝は受け取る。だが、本当に気にしなくていいぞ」


 適当に手を振りながら答えた。俺はもう話が終わった気分だったのだが、開拓民たちは代わる代わる感謝を述べてくる。俺はまるでベースを一周したホームランバッターのようだ。

 いや、もういいだろ。俺にはまだ仕事が残っている。これから討伐した熊を回収しないといけないんだよ。


 一通りのお礼を受け取ったところで、最後に息を切らしたルディが俺の手を取った。


「コーさん! ありがとうございます! 全員の無事が確認できました!」


 走り回って確認したルディには悪いが、俺はマップで全員の無事を確認しているんだ……。


 ルディは確認のために奔走しっぱなしだったようで、ほんの少しの間でやつれたように見える。良く言えば気配りができて責任感が強い、悪く言えば気苦労が絶えない人なんだろうな。


 少なくとも、ネスターよりはリーダーに向いている……あれ? そう言えば、リーダーであるはずのネスターからはお礼を言われていないぞ。


「ところでネスターはどうした?」


「『報告書を書く』と言って、テントの中にいきました」


 どう考えても他にやることがあるだろ。作業員の安否確認とか、現場の状況確認とか。まあ、全部ルディがやったみたいだけど。


「ねえ。やっぱりあの人、早く始末したほうがいいと思うよ」


 アーヴィンが小声でささやく。


「俺もそう思う。事後処理が酷すぎるわ」


「それだけじゃないの。聞いてよ」


 続いてクレアだ。俺の知らないところで何かがあったらしい。


「何があった?」


「さっき村の中を走っているときに、ネスターに会ったのよ」


 クレアは不満そうな顔で話を始めた。俺がネスターには優先して情報を渡すようにと言ったので、クレアたちはそれを守ったのだろう。


「それで?」


「アタシたちは『すぐに全員を広場に集めて』って言ったのね。そしたら……」


 ネスターの返答は、「急いで避難計画を立てます」だった。しかも、「安全に避難するための方法を考えますから、作業員たちに『その場を動くな』と伝えてください」とも言ったらしい。


 ダメだこいつ……。お前が机に向かっている間に、何人の村人が犠牲になるんだろうなあ。


「そんなことがあったんですね……」


 話を聞いたルディは、遠くの虚空を見つめて呟く。若いルディのほうが何倍も頼りになるわ。少しはルディを見習えよ。こいつ、何より先に飛び出していったぞ。


「やっぱりダメだな。あいつは村長に向いてないわ」


「コーさんも、そう思われますか……」


 ルディは残念そうな顔で俯き、そうもらした。


「ああ、素人目にも酷すぎると思う。代表者を代えたほうがいいんじゃないか?」


「そうしたいのは山々ですが、無理なんです。犯罪でも犯さない限り、村長になることが決まっています」


 ルディは眉間にシワを寄せて苦笑いを浮かべ、開拓のルールを教えてくれた。


 この国では土地は領主の持ち物で、村を運営するのは村長になるらしい。その村長は、原則として開拓の指揮を執った人間が務めるそうだ。国や領主には、理由なく村長を罷免するような権限がないらしい。これは開拓民の士気を下げないためのルールなのだという。


 村長が簡単にクビになるようでは、住民が国や領主に不信感を抱く。それに、権力が暴走しかねない。このルール自体は賛成だ。


「いやいや、今回の一件は、罷免する理由になるんじゃないか? ネスターは明らかに統率能力が欠けている」


 俺から王に直接口添えしてやってもいい。それくらい無能だと思う。もし俺たちとルディが居なければ、この村はもたない。ちょっとしたトラブルで崩壊するだろう。


「それが簡単ではないのです。『能力不足は経験を積めば補える』という考えがありまして……。村長の交代は国王様でもできないことなんです」


 王に頼んでも無理なの? 一見すると絶対王政っぽいのに、王の権力は弱いらしい。なんとも不自由な政治体制だな。


 この『経験を積めばいい』という考え、なんとなくこの国の教会の教えと共通するものを感じる。教会の人間が好きそうな綺麗事だ。現場の苦労を理解していないあたり、浮世離れした教会っぽい。


 ネスターが立派なリーダーに育つまで、周囲は長い目で見てサポートしろということだろうか。この地を治める貴族や役人が苦労しそうだ……あれ? 王は俺をここの領主にさせようとしていたよな……。


 まさか、ネスターのなだめ役を俺に押し付けようとしていた?


「はぁ……」


 思わずため息が出た。


「どうしたの?」


「嫌なことに気づいたんだ。気が変わった。今すぐにでもネスターを排除しよう」


 あの王のことだから、あの手この手を使って俺を領主にしようとするだろう。どうせネスターを俺に押し付けるのが目的なんだろうから、ネスターが居なくなれば問題ない。


「え? 突然どうしたの? どういう心境の変化?」


 アーヴィンが目を白黒させて言う。ネスターの排除に消極的だった俺がいきなり排除を口にしたので、少し戸惑っているらしい。


「自衛のためだ。ネスターが村長になったら俺が困る」


 方向性は決まった。開拓を進めつつ、ネスターを排除して後がまを探そう。そうしないと、しばらく王が鬱陶しいことになる。俺の心の平穏のため、ネスターには失脚してもらうよ。


「コーさんが? なぜ? 開拓が終わったらこの地を去るんですよね?」


「俺の問題だ。ルディは気にしなくていい。俺たちはまだ後始末が残っているから、そろそろ行くよ」


「そうですか……。わかりました。手伝いましょう」


 ルディの深入りしてこない態度には好感が持てる。細かいことを聞いてこないから、かなり動きやすいんだよな。でも、手伝いは余計だ。ルディには、まともに手伝えるような体力が残っていないだろう。


「いや、いらない。ルディは少し休め」


「……お心遣い、感謝します。そうさせていただきます」


 ルディは深々と頭を下げると、開拓民たちに声をかけて自分のテントに帰っていった。


 この話が終わる頃には開拓民たちは落ち着きを取り戻し、雑談をしたり腰を下ろして休んだりしている。俺たちも、この場を離れて問題なさそうだ。


「まだ素材を回収してないんだ。ルナたちを呼んで手伝ってもらおう」


「了解。じゃ、アタシたちは先に行ってるわね」


 クレアとアーヴィンは走り去った。アーヴィン、走れるんじゃん。俺が抱えなくても良かったんだな……。アーヴィンよ、そういうことは先に言ってくれ。



 エルミンスールに転移すると、ルナたちは庭で臨戦態勢で待ち構えていた。ついでにダイキチも……。ダイキチも来るつもりだったのか? 村が混乱するからやめてくれ。


「悪い、素材の回収を手伝ってくれ」


「討伐はもういいんですか?」


「ああ。危機は去ったよ」


 俺がそう答えると、リーズとリリィさんがあからさまにがっくりと肩を落とした。ついでにダイキチも。本当についてくるつもりだったの? 危ないって……村が。


「ダイキチは1人で留守番だが、いいか?」


『ガゥ……』


 ダイキチは拗ねるように(うずくま)った。マジでついてくるつもりだったらしい。なんで? アーヴィン(飼い主)が行っているから?


「今日はすぐに帰ってくる。そう気を落とすな」


『ウガ……』


 ちょっと可哀想になってきた……いや、ダメだ。熊に襲われたばかりの村に熊を連れて行くことなんてできない。


「さっと行ってさっと帰ってこよう。行くぞ」


「はいっ」


 元気に返事をするルナたち3人を連れて、開拓村にいる2人と合流した。



 襲撃してきた熊の総数は、だいたい80匹くらいだったと思う。その約半数を狩ったから、回収するべき数は40程度だと思う。俺とアーヴィンは回収のことも考えず適当に撃ったから、あちこちに点在している。回収作業は苦労するだろうな。


「さすがコーさんです。私たちはあんなに苦労したのに……」


 現場を確認したルナが複雑な表情を浮かべてこぼした。


 ルナは実力差のことを言っているようだが、ルナたちのときとは状況が違う。俺たちは熊から攻撃されない安全圏から弾丸を撃ちまくっただけだ。俺だって、接近戦を余儀なくされる状況だったらもっと苦戦していただろう。


「俺とアーヴィンは遠距離攻撃が基本だからな。開けた場所なら熊には負けないよ」


「……一緒にしないで」


 アーヴィンはそう言って目を背けた。アーヴィンにはまだ難しいのだろうか。見た感じ、結構いい動きをしていたんだけどなあ。まあ、謙虚なことはいいことだ。


「クレアさんも戦ったんですよね? 大丈夫でしたか?」


 ルナはクレアを心配した様子。クレアは単独で討ち漏らしに対応してもらったから、もしかしたら苦労しているかもしれない。


「ううん。今回アタシは後衛だったんだけど、アタシのところまで来たのは2匹だけだったの。全然苦労してないわ」


 戦いながら少ないとは思ったのだが、2匹しか漏らさなかったらしい。クレアがたった2匹に負けるわけがない。


 しかし……今回の作戦は遠距離攻撃が前衛で近距離攻撃が後衛だったのか。我ながら違和感たっぷりの采配だなあ。


「そうでしたか……。お怪我がなくて良かったです」


 ルナはそう呟いて安堵の表情を浮かべた。


「ルナたちはどうだ? 今日は朝からダイキチを研究していたんだろ? 成果はあったか?」


「もちろんです。軽く自信がなくなるくらいに……」


 ルナは力ない様子で目をそらす。ほんの半日くらいの間に、いったい何があったのだろうか。そう考えていると、リーズが真顔で口を開く。


「ダイキチ、強すぎるよ。今ならこの森の熊なんて一撃だよ」


「うむ。魔物が相手の戦いであれば、王城の訓練よりも参考になる」


 リリィさんはそう言って頷いた。ダイキチはそんなに強いのか。しかもグラッド教官の訓練よりも効果的とは……。よし、俺も今度試してみよう。いや、その前にアーヴィンだな。かなり腕を上げているみたいだから、本格的に訓練させたい。



 雑談はこれくらいにして作業を始めよう。これが終わったら作戦会議だ。ネスターを排除するための……ね。

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