開拓6
この開拓村の代表者であるネスターは、控えめに言って無能だ。それはこの村の住民たちも理解していること。それでも仕方がないと諦めて、この村の開拓に努めている。
そんな中、うちのアーヴィンがとんでもないことを言い出した。
「ん? 始末?」
俺の聞き間違いかなあ。始末なんて、見た目小学生のアーヴィンから出てくるとは思えない単語だぞ。
「うん。無能過ぎでしょ、あの人」
聞き間違いではないらしい。殺してしまえと? 発想が物騒過ぎるでしょ。無能だというだけで殺されるなんて、いくらなんでもあんまりだ。
「何を言っているんだ……。あの人はちょっと残念なだけじゃないか。殺すまでもない」
「え? ミルジアではさ、無能なトップは始末されるんだ。アレンシアは違うの?」
アーヴィンは、さも当然かのような口調で言う。
「いやいや、ミルジアの治安、悪すぎだろ」
「ミルジアの治安はそんなもんよ。アレンシアとは違うの」
クレアがアーヴィンに代わって答え、アーヴィンがそれに続く。
「……やっぱりそう? これがこの世界の常識だって教わったんだけど、ずっと腑に落ちなかったんだよね」
昔、どこかの軍人さんが『無能な働き者は銃殺するしかない』という言葉を残していた覚えがある。ブラックジョークの類だと思っていたが、ミルジアでは本当に実践しているらしい。恐ろしい国だな……。住みたくない。
「まあ、それがミルジアの常識だというなら仕方がない。でもアレンシアは違うぞ」
「僕もアレンシアに召喚されたかったな……」
この呟きに、アーヴィンの苦労がにじみ出ている。アーヴィンは日本からミルジアに召喚され、今はミルジアの貴族として転生した。治安の悪いブラックな国での生活は、俺が考えるより大変だったのだろう。
アーヴィンは貴族だから、今もその苦労を継続しているんだと思う。オマリィ家に帰りたくない気持ちが少し理解できた気がするよ。
「とにかく、アレンシアは割と温厚な国なんだ。理由なく始末することはできない。あのおっさんは無能だと思うけどな」
俺が抱くネスターの印象は最悪だ。初対面から失礼だったし、買取交渉のときの態度も良くなかった。それに、ルディたちからの評価も良くない。まとめ役として、うまく機能しているとは言えないだろう。
だからといって、強引に排除していいとは思わない。悪いことは何もしてないからなあ。
「うん、わかった。今言ったことは忘れて」
「いや、排除したほうがこの村のためになるだろうな。あのおっさんはいまいち頼りない」
方法はともかく、アーヴィンの意見には概ね賛成だ。この村の開拓がいまいち進んでいないのは、人手の問題ではなくネスターが原因だと思う。指示は遅いし無駄なことばかりするからな。代表者が違えば、開拓はもっと進んでいたんじゃないだろうか。
住民の意見次第ではあるが、開拓のついでにネスターを排除しておきたいな……。穏便に排除する方法がないだろうか。暇があったら考えておこう。
そんなことより、今は開拓だ。無駄な朝礼のせいで、作業が滞っているんだ。
アーヴィンを連れて、昨日の作業場にやってきた。木を引き抜いて作った大きな広場だが、たこ焼き器のように大量の穴ぼこが空いている。
「えっと……ここで何をするの?」
アーヴィンは不安そうな表情を浮かべて言う。そういえば、まだ説明していなかったな。
「俺たちはここの伐採を任されている。伐採と言うか、引っこ抜くだけなんだけどな」
「は? え? 引っこ抜く?」
アーヴィンは真顔で聞き返してきた。ちょっと説明不足だったかな。俺も最初はできると思わなかったし。
「身体強化で思いっ切り引っ張るんだ。意外と簡単だぞ」
「は? ムリムリムリ! 僕は人間だよ?」
あれ? おかしいな。アーヴィンも身体強化が使えるんだから、本気を出せばいけると思ったんだけど。まあ、体も小さいし、キツイのかもしれないな。だったら。
「面倒な作業で悪いけど、穴埋めを任せてもいいか?」
今日の作業は穴埋めと木の除去。木を引っこ抜くのは簡単だが、穴埋めはひたすらに面倒だ。面倒な作業を人に押し付けるのは好きじゃないんだけど、木が抜けないなら仕方がない。
「それなら平気! いつもやってるから!」
なんでやってるの? エルミンスールには埋めるべき穴なんて無いはずだ。穴を埋めるには、一度穴を掘る必要がある。アーヴィンが穴掘りを趣味にしているなんて、聞いた覚えがないけど……まあいいか。
「俺とクレアは木を抜くから、穴埋めを頼むよ」
俺がそう言うと、アーヴィンは慣れた手付きでクワを使い、地面をきれいに均した。穴を埋めたあとに改めて整地する予定なのだが、もう整地する必要がないくらいきれいに均されている。
「こんな感じでどう?」
アーヴィンが得意げに言う。
「うまいもんだ。本当にめちゃくちゃ慣れているな」
「ダイキチが庭を荒らすから……」
アーヴィンは遠くを見つめて言う。
ダイキチはかなり大きな熊だから、軽くはしゃいだだけで辺りが大変なことになる。アーヴィンはいつもその後始末をしているらしい。軽い気持ちで世話係を頼んだけど、相当な重労働だったみたいだ。ちょっと悪いことをしたなあ。今日から少し優しくしよう。
「なるほどな。じゃあ、穴埋めは任せた。俺たちは木を抜くことに専念するよ」
クレアと俺、一心不乱に木を抜き続けること数時間。今日はアーヴィンが片っ端から穴を埋めているため、昨日より捗っている気がする。この調子で行くと、数日で予定された面積を整地できるんじゃないだろうか。
今日はもう少し作業を続けて……と考えていたのだが、危険な気配が近くに迫っていることに気づいた。作業の手を止め、マップを確認する。
「……熊の群れだな。この村の存在を気づかれたみたいだ。もうすぐこの村まで来るんじゃないか?」
マップで確認する限り、連中の目的地は俺たちがいる伐採地だ。盛大に広場を拡大したから、熊に勘付かれたんじゃないだろうかと思う。
「本当ね。ルナたちを連れてくる?」
クレアは俺のマップを覗き込みながら冷静に言う。
ルナたちは、熊にリベンジをするために訓練中だ。獲物を横取りするみたいで申し訳ない気がする。だが、熊は今すぐにでもこの村に到着しそうな勢いで向かってきている。少しの間でも、この村を離れるのは危険だ。
「残念だけど、そんな時間はないな。早く村の人たちに知らせて、さっさと避難してもらおう」
マップで確認したところ、開拓民は森の中に点々と散らばって作業をしている。熊に気づかれれば真っ先に襲われるだろう。一般人は移動が遅くて戦闘の邪魔になるから、早めに避難させたい。
「わかったわ。じゃあ、3人で手分けをして知らせましょうか」
「ああ、頼む。アーヴィンへの指示はクレアに任せた。俺はルディに知らせてくるから、ネスターを見つけたら優先的に知らせてやってくれ」
アーヴィンはマップを持っていないので、クレアが指示を出してもらう。
知らせるのはルディだけで十分なんじゃないかとも思うのだが、ネスターにも知らせないとうるさいからな。しかもあいつ、どこにいるかわからないから……。本当に迷惑で面倒なリーダーだよ。
「了解。ルナたちにも伝えておくわね。アーヴィン、行くわよ」
クレアは話しながらマップを取り出すと、俺の返事を待たずアーヴィンとともに駆け出した。
クレアとアーヴィンが向かった先は、より危機が迫っている村の南側と西側だ。俺は危険が少ない場所、中心地とそれ以外全部を受け持つ。通達が終わった時点で伐採広場に集合する。
俺がまず最初に向かう先はルディのテントだ。ルディに知らせ、開拓民への警戒を手助けしてもらう。ルディはフットワークが軽いから、こういうときに頼りになりそうなんだ。
ルディはテントの中にいる。俺は走ってきた勢いのまま、挨拶もなくテントの中に飛び込んだ。
「うわっ! コーさん、そんなに慌ててどうしました?」
ルディは驚いてのけぞる。緊急であることは伝わったようだ。
「魔物が迫っている。対策を頼む」
「え? どういうことです!?」
ルディは目を白黒させながら立ち上がった。説明を求めているようだが、長々と話をする時間は残されていない。要点だけを伝える。
「説明は後だ。大量の熊がこちらに向かってきている」
「わかりました。どこに来ますか?」
「俺たちが作業していた伐採地に向かっているようだが、付近一帯が危険だ。開拓民たちを避難させたい。朝礼の広場に集めてくれないか」
「承知しました。ありがとうございます」
ルディはそう言いながら走り出し、そのままテントから出る。よほど慌てたのか、躓いて転んだ。立ち上がり際に声を掛ける。
「東と南は俺の仲間が向かった。北側を頼む」
俺の声は届いたようで、ルディは手を振って答え、北側に走っていった。俺も急いで避難指示を出そう。
全員に避難指示が行き届いて避難が完了する頃には、熊の群れは目前に迫っていた。熊は相変わらず木のない伐採地を目指している。すぐに戦闘開始だ。
今回は俺とアーヴィンが前線で戦い、クレアが広場付近で討ち漏らしに対応する。
俺とクレアが前線に立ったほうが安定するのだが、アーヴィンを単独で配置するのは少し心配。そして、殲滅に長ける俺が討ち漏らしに対応するのは効率が悪いということで、消去法でこうなった。
俺たちが配置につく前に激しい雄叫びが響き渡り、熊の襲撃が始まった。本当にギリギリだったようだ。弾丸を浮かべ、熊の第一波を一掃する。
が、俺の攻撃は少し早すぎた。弾丸のほとんどは、森の木に阻まれて熊に到達していない。この熊は遮蔽物を使うのがうまいようだ。
少しの間、睨み合いが続いた。熊は遠距離射撃は木の陰に隠れてやり過ごし、こちらが手を緩めると距離を詰めてくる。そして相手は群れ。たぶん、連携攻撃も仕掛けてくるだろう。なかなか厄介だ。
まあ、頭はそれほど良くないね。だって、こいつらが向かってる先、遮蔽物が無いんだよ? 俺たちが抜いちゃったからね。熊なんて、遮蔽物がなければ大きな的だ。
動く的に弾丸を当てながら、アーヴィンの様子を見た。
アーヴィンは、接近しそうになる熊に対してリボルバーで応戦する。このリボルバーは、俺のアンチマテリアルライフルの簡易版だ。魔法で生み出した弾丸を、銃身から勢いよく発射する。
俺のアンチマテリアルライフルと比べればかなり劣るものの、一般的なストンバレットの魔法とは比にならないくらいの威力がある。普段はこの威力を抑えて連射できるように調整してあるが、今日は常に全力で射出する。
アーヴィンの射撃は正確で、確実に眉間に当てて一撃で仕留めていくのが見て取れる。そのアーヴィンはというと、忙しく右へ左へとステップを繰り返していた。一見無駄な動きのようにも見えるのだが……。
「なあ、その左右に動くのは何だ?」
「熊の注意をひいてるんだ。熊は動くものが気になるみたい」
アーヴィンなりのヘイトコントロールだったようだ。熊は真っ直ぐ走るから、正面からきてくれたほうが狙いやすい。なかなかやるなあ。
「へぇ。よく知っているな」
「ダイキチがじゃれてくるから……」
アーヴィンは遠くを見つめるような目で答えた。ダイキチとのじゃれ合いは、いつもこのレベルらしい。じゃれるの限度を超えている気がするけど……まあ、ダイキチは魔物だしなあ。そんなもんか。
「その調子で頼むよ」
アーヴィンは特に問題ない。立て続けにポーションを煽っているが、戦闘には支障ないようだ。
半数近く片付けたところで、熊はあっさりと引き下がった。戦闘は1時間もなかったんじゃないだろうか。今日は防衛戦だから、成果としては十分だ。アーヴィンのヘイトコントロールのおかげで、討ち漏らしもかなり少なかったと思う。
熊は腕を振り下ろすか体当たりをするか、とにかく直接的な攻撃しかしてこない。遠距離から射撃できるから、何の苦もなく討伐できた。たぶん、遮蔽物が多い森の中ならもっと苦労していただろうな。
「これでひとまず安心だ。ボスは追わなくてもいいだろう。クレアと合流するぞ」
「待って……。キモチワルイ……吐きそう」
アーヴィンは涙目で口元をおさえている。ポーションの飲み過ぎだな。ただでさえ飲みにくいポーションを、普通の水でも気持ち悪くなりそうなくらい飲んでいたから。
クレアはたぶん広場に移動している。アーヴィンの気分が落ち着くのを待って、俺たちも広場に行こう。






