店番アルバイト
俺たちは混み始める露店の会場を眺めながら毛皮に座って店番をしている。
「あれ? 久しぶり。こんな所で何をしているの?」
目の前には日本人的特徴に溢れた二人組。善と一条さんだ。
「見ての通り、店番だよ」
「いや、コーは冒険者になるって言っていただろ。
なんで商人をやっているんだよ」
「これも依頼だ。今日の売上の一部が報酬になる。
だから何か買っていけよ」
「そうしたいけど、残念ながらあまりお金を持っていないからね。
今日は見に来ただけだよ」
「なんだよ。一条さんに何か買ってあげろよ。おデートだろ?」
…………。
数秒の無言の時が過ぎたと思ったら、二人は顔を見合わせて「ははは!」と大笑いしている。
何だよ、変なこと言ったか? 腹を抱えて笑わなくても……。
「コーさん、二人は恋人同士ではないと思いますよ?」
はい? いつも二人で居たじゃん。学校帰りもいつも一緒に帰っていたし。
「ルナは何で知っているんだ?」
「二人の距離感を見ればわかると思います。きっと、ご兄妹かそれに近い関係です」
「ふふふっ。そうだよ。あたしたちは従兄妹。
家が隣同士でクラスも同じだから一緒に居ることが多いの」
「ていうか何で知らないんだよ!
クラスの全員が知っていると思っていたよ」
「マジかよ。なんかすげえ疎外感を覚えたぞ。
なるほどな。だから二人で同じ部屋になっても平然としていたんだな」
「いや、それはおれも驚いたよ。さすがに気まずいから次の日から一人にしてもらった」
「いくら従兄妹でも、目の前で着替えられたら嫌だよ。
さすがに気持ち悪いなっ」
「酷い言い方だな。僕だって目の前で着替えられたら困るよ」
「見たらぶん殴るから。でも、コーくんの裸はちょっと見てみたいかも……」
「ダメです! ……女の子が軽々しくそんなこと言っちゃダメですよ?」
なんでルナが怒るの?
頬を膨らませながら俺の前に立ち、バツが悪そうな顔をしてゆっくりと腰を下ろした。
さっきまで隣に座っていたのだが、今は俺にもたれ掛かった状態だ。
「冗談だよっ。なんだか逞しくなったみたいだから気になったの」
一条さんはすっかり元気になっていた。
思いっきりビビらせてしまったから避けられるかと思ったんだけど。大丈夫そうだな。
一条さんは、以前の健康的な笑顔を取り戻している。
確か、去年まで陸上部に居たんだったかな?
受験があるからって早々に引退したらしい。
「邪魔して悪かったな。そろそろ行くよ」
「本当に何も買わないんだな」
「本当にお金が無いんだよ。じゃあな」
「じゃあね。また」
確かに魔道具は子供の小遣いで買えるものではないが……。
地球の感覚だと、ゲーム機の本体とかパソコンを買う感じ? モノによっては何倍も高いけど。
使徒の給料は激安みたいだな。使徒じゃなくて良かったとつくづく思う。
善たちが立ち去ってからしばらくすると、人が溢れてきた。まるで祭りだ。
暫くの間は客の相手に追われるばかりだった。
メインの接客はルナ。俺は品出しなどの雑用と泥棒対策。気配察知を展開して怪しい動きを監視している。
「おっ。お客さん、それを手に取るとは」
相手は若い男性。小さな魔道具をポケットに入れようとするのが見えたので声を掛けた。
練習中の『声に威圧を乗せる魔法』だ。これをやると大抵の泥棒は逃げる。
持ち逃げしようとする奴もたまに居るが、練習中の『特定の相手にだけ威圧』を使うと気絶する。
威圧の魔法は調整するのが大変だ。まだ想定している威圧感が出ない。
というか出そうと思えば出るんだけど、身体強化がオンになって周辺を破壊してしまう。
ちなみに、今の若い男性は気絶してしまったので隅っこに寄せて放置。警備を呼びに行く時間が無いからね。
他のお客さんに踏まれたり蹴られたりしているけど、そんな所に寝ているから悪いんだと思うよ。
日が傾く頃にようやく落ち着きを取り戻した。
そろそろ撤収しようかと金貨の集計を始めたところで、恰幅の良いおばさんが近づいてきた。
丸くて大きな体型で、なんとも言えない存在感というか、圧力のようなものを感じる。
「ちょっといいかしら」
「なんだ?」
「ふふふ。そんなに警戒しないの。
ちょっと見せてほしいだけよ」
「いや、もう店仕舞をしようと思っていたんだ」
「だからよ。さっきみたいな混雑じゃ、ゆっくり見られないじゃないの」
見た目がイカツイ鋭い眼光を持つ巨大なおばさん。怪しくないわけないじゃん。
ルナには硬貨の勘定を任せて俺が対応する。
慎重に品定めをするおばさんを警戒して見ていたが、怪しい素振りは見せなかった。
怪しいのは見た目だけか。
「コーさん、ごめんなさい。やられました……」
「どうした? 何か盗まれた?」
「いえ、硬貨の中に鐚銭が混じっています」
鐚銭。以前ギルバートから注意されていたやつだ。
すり減ってボロボロになった硬貨。本来の価値よりも1割以上少なくなる。
見ると、金貨の模様がほとんど消え、ただの金の板のようになっていた。
大きさも一回り小さい。
そんな金貨が何枚も。
「これは酷いな……」
「ちょっと見せてみなさいよ!」
うわっ。おばさん、まだ居たんだった……。びっくりした。
すり減った金貨を1枚手渡すと、指先で摘んで隅々まで調べ始めた。
「あんたたち、やられたわね」
「何かあったのか?」
「この金貨はねえ、自然に減ったものじゃないわよ。
削ったのね。金貨を削って金を取り出す輩がね、居るのよ」
数えてみると、全部で8枚あった。
「ごめんなさい。私がもっとちゃんと確認しておけば……」
「いや、俺も忙しい店を任せきりにしてしまった。ごめんな。
これはしょうがないよ。想定外の値引きだったと諦めるしか無い」
強いて言うならギルバートのせい。
あいつから忠告されたことは現実になるフラグだ。
「そうね。あんたたちの責任じゃないわよ。
こういうことして金を稼ぐ悪い奴もいるのよ。
運が悪かったと思って諦めなさい。
あんたたちは使っちゃダメよ、信用無くしちゃうから。
銀行で交換してもらいなさい」
意外と良い人じゃないか。見た目に惑わされちゃダメだな。
銀行に行けばきれいな硬貨と交換してもらえるが、重量に応じた分しか返ってこない。
最低でも大銀貨8枚の損失。場合によってはもっとだ。
「ありがとう。そうするよ」
「ところで、この5つの魔道具が欲しいんだけど、おいくらかしら」
おばさんは会話をしながらもしっかり品定めをしていたらしい。
水を冷やしたり、風でホコリを飛ばしたりという日常用の魔道具を抱えている。
「ありがとうございます。全部で金貨15枚と大銀貨4枚です」
俺は商品の相場価格を知らないので、ルナがかわりに答えてくれた。
「ちょっと負けてよ。売れ残っちゃったんでしょ?」
あ! これが狙いだ、この人。
売れ残って値引きしやすい時間帯を狙って来たんだ。
スーパーの夕方の50円引きシールみたいなやつだ。
こういう人はさっくり値引いたほうが話が早い。
「ルナ、大銀貨4枚引いてあげることはできる?」
「さすがねえ。話がわかる旦那ねえ」
「え……それくらいなら、なんとか」
「ルナが困っちゃったから、これ以上の値引きは無理だ。金貨15枚で頼む」
「いいわよ。150000センスね。悪くないわ」
「センス?」
「あんたたち知らない?
商人の間で取引する時の言い方よ。知っておいたほうがいいわ。
銅貨1枚を1センスとして、銅貨が何枚分かで数えるやり方よ」
マジかよ、通貨単位あるのかよ。早く教えてくれよな。
「俺たちそんなこと初めて聞いたぞ」
「今はまだ商人の間でしか通用しないわ。不便だから教えて回ってるのよ。
でも庶民は大きい数字を数えられない人も多いから、なかなか広まらないのよ」
国が定めたわけではなく、商人が勝手に始めたことなのか。
これは王にクレームだな。国からお触れを出してもらえばすぐに広まるだろう。
しかし銅貨1枚が基準だから、どうしても数値が大きくなる。
紙に書くなら0を増やせばいいけど、読めと言われると……。
日本語でも億、兆、京、垓と来て、次は? と聞かれたらわからない。
「教えてくれてありがとう」
「いいのよ。この魔道具は誰の作品?」
「全部ではないが、ほとんどは『マリーの魔道具店』のマリーさんだ」
「そう。あなたたちではないのね。
アタシはボナンザって言うの。また買いに行くわ」
商品の受け渡しを終えると、ボナンザはのっしのっしと歩いて帰っていった。
あの歩く姿を見るとゴジ○のBGMが聞こえる気がする……。
「なんだか、パワフルな人でしたね……」
ようやく計算が終わった。確か300個ほどの商品を持ってきて、たぶん半分以上売ったと思う。
今日の売り上げは5185200センスと鐚銭金貨8枚。鐚銭はいくらになるかわからないからね。
泥棒被害はおそらく無し。ずっと警戒していたし、何人も捕まえた。
「先に帰るねっ。冒険者ギルドで待ってるから! お疲れ様!」
俺たちが売り上げを計算しているうちに、リーズはすでに撤収を終えていた。
元気よく挨拶をして帰っていった。
さて、俺たちも撤収して帰ろう。マリーさんに報告だ。