呼び出し
ここ数日、エルミンスールの宮殿の中には爽やかな空気が充満している。先日作った空気清浄機の効果だろう。試運転もしないまま取り付けたが、うまく動いてよかった。
というか……不具合が起きたらどうしよう。地下には変態がいるし、地下に行くための転移装置も破壊した。俺が居ないと修理できないぞ。まあ、そんなことは不具合が起きてから考えればいいか。
寝起きからそんなことを考えていると、マジックバッグの中で震えるような音が聞こえてきた。転写機だ。今鳴るような用事といえば、アレしかない。
「ようやく来たか……」
俺がそう呟くと、朝食を配膳していたルナが不思議そうな顔を俺に向けた。
「どうされました?」
「冒険者ギルドからの呼び出しだよ」
確認するまでもないが、マジックバッグから転写機を取り出して確認した。簡潔に、冒険者ギルド本部に来いとだけ書かれている。こういう場合、大抵の場合は怒られる。たぶん俺も怒られるのだろう。
面倒ではあるのだが、無視するともっと面倒なことになりそう。できれば今日中に済ませたい。そして、どうせ行くんだったらとにかく早く行きたい。できることなら朝食も食べずに出発したいくらいだ。準備されているから食べるけど。
「来たのね……」
テーブルの斜め向かいに座っているクレアが、うんざりした様子で言う。
「ああ。できるだけ急ぎたい。朝食を食べたらすぐに行こうと思う」
理由は、シモンと鉢合わせしたくないからだ。たぶんシモンも今日呼び出しを受けているだろうが、あいつが住んでいる街からは移動に時間がかかるはずだ。あいつが移動している間に話を終わらせる。
「アタシも行くわ。初めてじゃないから」
クレアはそう言って顔を曇らせる。どうやらクレアは以前にも呼び出しを受けたことがあるらしい。同行してくれるなら心強いな。でも、あまり乗り気ではないのだろう。それを察知したリリィさんが、さらに提案する。
「じゃあ、みんなで行こうか」
「それはやめたほうがいいわ。冒険者ギルドの心証を悪くするわよ」
怒られに行くのに、ぞろぞろと何人も引き連れていったら、そりゃ心証を損なうだろうね。その上、自由人リーズなんかを連れて行ったら、何をしでかすかわかったもんじゃない。連れて行かないほうがいいだろう。
「なるほどな。でも、クレアはいいのか?」
「補佐とか荷物持ちって言っておけば大丈夫。あんただって、アタシが居ないと受け答えに困るでしょ?」
「まあ、そうだな。悪いけど頼むよ」
下手なことを言うと面倒なことになるらしいから、クレアの手助けは正直ありがたい。
朝食を簡単に終わらせ、すぐに王都に転移した。冒険者ギルド本部があるのは、王城のすぐ横、庁舎の真裏だ。初めて訪問する建物だが、この建物の前は何度か通り過ぎている。石造りの大きな建物で、見るからに役所っぽい雰囲気が漂っている。
正面には開け方がよくわからない豪華な扉。これを開けて入ればいいのかな。
「正面から乗り込めばいいのか?」
「待って。扉はアタシが開けるわ」
扉を開けるのは男の役目……と言いかけたが、思いとどまった。開け方がよくわからないから、俺が開けたら高確率で壊す。今から怒られに行こうというのに、怒られる理由を増やしてどうするんだ。
俺が一歩後ろに引くと、クレアが扉に手をかけた。
「あれっ? おかしいわね……あっ!!」
クレアがグッと力を加える。すると、扉は壁から外れ、『ズゥン』と音を立てて奥側に倒れ込んだ。
「壊すなよ……」
クレアが開けても結局壊れるじゃん。
「開かなかったの! 開け方は間違ってないわ!」
クレアが焦って語気を強めた。壁から外れて倒れるタイプの扉だったのかな? だとしたら間違いではないけど……そんな不便な扉は存在しないよね?
「……とりあえず、直しておこうか」
そう言いながら建物に足を踏み入れたところで、職員らしき男が駆け寄ってきた。待って! まだ直してない! 証拠を隠滅するまで待って! ……いっそ粉々にしてやろうか。扉なんて最初から無かったんだ。
「申し訳ありません! お怪我はありませんか?」
男は心配そうに言う。もう言い逃れできそうにない。とりあえず謝っておこう。
「俺たちは大丈夫だが……悪いな、扉が壊れた」
「いえ、先程来た方に壊されまして。応急処置をしたんですが……」
おっと、先走らなくて良かった。扉が壊れたのは俺たちのせいじゃないようだ。俺たちの他に、壊さないと扉を開けられない奴が居るらしい。気が合いそうじゃないか。
「なるほど、そうだったか。だったら大丈夫だ。扉のことは任せたから、入らせてもらうぞ」
「あ、はい。御用はなんでしょうか?」
「今日呼び出しをうけた、冒険者のコーだ」
「コーさんですね。噂通りお早いですね。第一会議室にどうぞ」
話は通っていたらしい。しかし噂って何だ? まあいいか。クレアは気にもとめず先に進んでいる。俺はその後を追った。
クレアは緊張の面持ちで扉をノックした。中から「入れ」との声が聞こえたので、扉を開けて中に入る。中はちょっと狭い。4、5人くらいで使うことを想定しているのだろうか。簡素な机が部屋の真ん中にあり、壁には黒板のようなものがかけられている。
中にはすでに2人の男が居た。1人の男と目が合う。眼光の鋭い屈強な男だ。もう1人はこちらに背を向けているが、なんだか見覚えが……。
「シモン! なんで居るんだよ!」
会わないように急いできたのに……。急いだ意味がなかったじゃないか。
「今朝呼び出しがあったので、急いで向かってきたのです! 久しぶりに速歩きをしましたよ! ははは!」
それにしては到着が早すぎる。俺は朝食を食べてすぐに転移したから、かなり早かったはず。シモンはそれよりも早い到着だ。シモンの速歩きは音速を超えているんじゃないのかな……。
「そんなことはどうでもよろしい。冒険者のコーだな。君たちは仲間なのか?」
「違う」
即座に否定した。こいつと同類だとは思われたくない。
「はい! 仲間ではなく、友人です!」
「それも違う!」
「そうですね! もう親友と言っていいかもしれません!」
良くない! と否定しようとしたが、職員の男は間髪入れず口を開く。
「いや、パーティを組んでいるのかという質問である。パーティの申請が出ていないようだったのでな」
パーティを組むときは、ギルドに申請を出すことになっている。指名依頼の手間や連絡の手間を省くためだ。強制ではないが、やっておいたほうがいい。
「パーティではないぞ。あの日はたまたま同行していただけだ」
「2人で任務を遂行していたということで良いのか?」
製塩の街リナーレスの冒険者ギルドでも同じ説明をしたような気がするが、情報がうまく伝達されていないらしい。
「違う。俺は暇つぶしに森に入っただけで、任務とは無関係だ」
「……暇つぶし? 厳戒令が出ているのに?」
あ……失言だった。厳戒令なんかが出ていたのか。たぶん、ウロボロスが出たときの王都近くの森みたいな感じだったのだろう。
「その厳戒令なんだけど、アタシたちは聞いてないのよね。本当に周知したの?」
言い淀んでいると、クレアが俺の代わりに答えた。職員の男は不審そうな目をクレアに向け口を開く。
「君は?」
「俺のパーティメンバーだ。今日は補佐のためにつれてきた」
クレアを紹介すると、男は一瞬顔を曇らせて咳払いをし、話を続けた。クレアの同席は認められたようだ。
「……もちろん周知している。リナーレスに立ち寄れば、絶対に耳にしたはずだ」
「待てよ。俺たちは普段は王都で活動しているんだ。リナーレスの近くに行くとしても、リナーレスには立ち寄らないぞ」
「ふむ……」
男が考え込む素振りを見せた。すると、クレアがすかさず口を挟む。
「そもそも、アタシたちには招集すらかかってないのよ。確かにリナーレスの近くには居なかったけど、普通は声くらいかけるわよね?」
「む……」
「立入禁止だったというのならこっちも悪いけど、教えてないんだったらそっちに非があるわよね?」
クレアが慣れた様子で畳み掛ける。
「いや……まぁ……うむ。森に入ったことは咎めぬよ」
クレアの勝利だ。うまく言いくるめることに成功した。話を終わらせてもいいのかな?
「話はそれだけか?」
「違う。魔物に囲まれたとの報告があったが、君たちなら逃げることも可能だったのではないのか?」
俺1人だったら逃げ切れた。たぶん、シモンも1人だったら余裕で逃げ切れると思う。俺たちがあの場で解散していれば、魔物を殲滅することなく事態は丸く収まっていただろう。しかし、正直に答えていいのだろうか。
俺は返答に戸惑うが、シモンは自信満々に答える。
「不可能です! まだ肉が焼けていませんでしたから!」
「肉……?」
「はい! 食事の準備の最中だったのです! それを放って逃げることはできません!」
ああ、そういえば、シモンは決して肉を手放そうとしなかったな。最後まで美味しく食べきることにこだわっていたよ。
「そんな理由が通るわけなかろう!」
「食べ物を粗末にしてはいけません! どんな理由があろうと、出された食べ物は美味しく食べる!」
シモンは正しいことを言っているはずなんだけど、絶妙な違和感を感じる……。
「君への任務は調査だったはずだ! 何をのんきに肉などを焼いておるのだ!」
そりゃそうだ。思い返せば、シモンには終始緊張感が無かった。任務を遂行する気があるのなら、俺のキャンプに付き合っている場合じゃなかっただろう。言い逃れできそうにない。
ただ、どうしても引っかかることがある。
「俺たちがあそこで戦わなければ、多少なりとも街に被害が出ていたんじゃないのか? 俺たちが非難されるいわれはないと思うけどなあ」
「そういう問題ではない! 被害は最小限に食い止めたが、それを真似する人間が出ては困るのだ!」
ギルドにはギルドなりの言い分があった。確かに、実力が足りない冒険者が俺たちの真似をしたらたぶん死ぬ。これでお咎めなしにすると、命を天秤にかけるアホが大量に湧いてくるのだろう。
「そういうことだったか。余計なことをして悪かったな」
「それを踏まえて、君たちには罰則を受けてもらう」
ギルドの言い分は納得できた。多少の罰なら甘んじて受けよう。
「……いいだろう。何だ?」
「王都より西の森で、新たな村を開拓している。そこはまだ冒険者ギルドがなく、開拓が滞っておるのだ。しばらくそこに常駐し、開拓の手助けをしろ」
ええ……? それって土木作業を手伝えってこと?
俺たちのなかに土木作業に慣れている人はいない。習いながらやることになるじゃないか。効率が悪いぞ。俺たちに土木作業のスキルを磨く予定はないから、あまり教わる意味もない。
俺が返事を渋らせていると、シモンはきっぱりとした口調で言う。
「僕は無理ですね!」
え? 断っていいの?
「何を言っている……? 反論は認めぬ」
ダメでした。
「いえ、僕は塩作りもやっています! リナーレスを離れることはできません!」
「そうか……わかった。では、代わりの罰則を与えよう。リナーレスで長期間放置されている低ランクの依頼を10件片付けろ。それで不問とする」
なるほど、代案があればオッケーなのか。だったら、俺も同じ条件にしてもらおう。たぶんその条件なら1日で終わる。ほぼタダ働きみたいなものだが、まだ我慢できる範囲だ。
「俺もそれでいいか?」
「ダメだ。王都の冒険者ギルドには、低ランクの依頼がそれほど溜まっていない」
俺には通らなかった。シモンとは事情が違うからだ。
王都は新人が多く、簡単な低ランクの依頼は取り合いになる。さらに、教会から派遣された冒険者が誰も受けないであろう依頼を片付けている。こういった理由から、王都の冒険者ギルドでは低ランクの依頼が溜まりにくいらしい。
まあ、そもそも俺には王都に留まらなければならない理由がないから、無理な提案だったかな。
「コー、おとなしく従ったほうがいいわよ」
「うん? 何か考えでもあるのか?」
「……そうね。あんたが心配しているようなことにはならないと思うわ」
クレアは静かに頷いた。多くを言わなかったが、どうやら大丈夫らしい。
「わかった。その条件を受け入れる」
不本意ながら了承することにした。
俺は時間の無駄になることとタダ働きになることを心配している。開拓の手伝いなんて、その両方にしかならない気がしてならないんだけど……。まあ、クレアには考えがあるようだから、素直に従っておこう。






