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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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旅は道連れ4

 周辺に現れた魔物の数は、300匹をゆうに超えた。まだ集まってきている。早く迎え撃ちたいのだが、同行者のシモンはまだのんきに肉に齧りついている。


「シモン! まだか?」


「行けますっ!」


 シモンは肉の塊を持ったまま、意気揚々と立ち上がった。食べながら戦うつもりか……? まあいいけどさ。


「よし、行くぞ!」


 敵の状況はマップで確認している。マップは僅かだが地形も表示されるから、戦いやすい場所も把握できている。そこに向かって移動を開始した。



 俺たちが移動を開始すると、同時に魔物も移動を開始したようだ。マップ上の光点が忙しく動き回る。かなり離れたところから俺たちを取り囲んでいた魔物の群れは、今はかなり近くまで来ている。

 移動開始から数十秒、すぐに魔物が見えてきた。戦闘が開始されたら邪魔になるため、マップをマジックバッグに仕舞った。


「見えてきましたね! では戦いましょう!」


 シモンはそう言うと、マジックバッグから大きな樽を取り出した。ちょっと信じられないが、これがシモンのメインウェポンだ。戦闘の準備は万端ということでいいのかな。


 魔物の見た目は二足歩行の大きなトカゲ。以前見たリザードとは違い、図鑑に載っているティラノサウルスみたいだ。大きさは地球の象くらい。生き物としてはまあまあ大きいんだけど、恐竜にしては少し小さいような気がする。


「こいつは何だ?」


「地竜の類ですね! 詳しい種類は知りません!」


 シモンは冒険者の大先輩なんだけど、知識の面ではかなり頼りないな。うちのクレアのほうが頼りになるぞ……。シモンの半分くらいのキャリアしかないのに。まあ、俺より知っているのは間違いないか。


「どんな攻撃をしてくる?」


「何度も戦っていますが、僕は攻撃を受けたことがないので知りません!」


 シモンは自信満々な笑みを浮かべて答えた。やっぱり必要な情報は得られなかったが、どうやら雑魚という認識で問題ないらしい。でも数が多いから、油断は禁物だな。


「そうか……わかった。弱点はどこだ?」


「知りません! とにかく、強く叩けば死にますよ!」


 当たり前だろ! どんな相手でも強く叩けば死ぬよ!


「どこを叩けばいいんだよ」


「知りません! 頭の真ん中あたりを強く叩きましょう!」


 シモンは、そう言いながら残りの肉を口の中に放り込んだ。


 ダメだこいつ……力が強いだけの脳筋だわ。自分で考えるしかないな。


 マチェットを鞘から抜いて構えると、シモンが怪訝そうに俺の方を見る。


「刃物はやめたほうがいいですよ。刃を傷めます」


「早く言えよ!」


 これだから脳筋は……。ミルジアで戦ったリザードと同じように、皮膚が厚くて固いのだろう。無理をするとマチェットが壊れてしまうな。


 俺が今使える攻撃手段は、マチェット、アンチマテリアルライフル、火炎の魔法、雷の魔法……ざっと思いつくのは以上だ。

 火炎の魔法は論外。この数の魔物に対して火炎の魔法を使ったら、森が半分焼失する。とは言え、雷の魔法は不安定だから使いたくない。


 攻撃方法を思案していたところで、シモンが突然叫ぶ。


「来ますよっ!!」


 どうやら魔物からの攻撃が開始されたらしい。何の情報も得られないような無駄話をしている場合じゃなかった。考えている時間がない。アンチマテリアルライフルを使おう。この魔法、遮蔽物が多い森の中では不利なのになあ。


 敵の数は……多すぎて数える気になれない。がむしゃらに目の前の敵を倒していけばいいか。


「行くぞ!」


「お互い頑張りましょう! 数は多いですが、やればできる!」


 シモンはそう言って大きな樽を投げた。『パァン』という破裂音が鳴り、樽は直線状に飛んで行った。音速を超えてないか……? 俺の弾丸に勝るとも劣らない速度のような気がするぞ。


 樽の弾道にいた魔物は、樽に押されて遠くに飛んでいった。たった一撃で数十匹倒したんじゃないだろうか。


 大トカゲはシモンを脅威とみなしたのか、1匹の大トカゲがシモンに向かって突進をしてきた。シモンは跳ね飛ばされ、近くの木に叩きつけられて木をへし折る。かなり痛そうだ。

 ついさっき、自信満々に「攻撃を受けたことがない」って言っていたくせに……。


「おいおい、攻撃を受けてるじゃないか。大丈夫か?」


「いえ、これは攻撃を受けたわけじゃないですよ!」


 シモンはこともなげに立ち上がると、次の攻撃に備えて2つ目の樽を構えた。


「じゃあ、今のは何だよ!」


「さあ、何でしょうね? 怪我をしていないのですから、攻撃でないのは間違いありません!」


 いや、そういう問題じゃないだろ。ダメだ、こいつ。こいつの情報は何も当てにならないということが理解できた。俺は俺でやりたいようにやらせてもらおう。


 アンチマテリアルライフルの弾丸を大量に浮かべ、魔物の群れの中に突撃する。


 まずは小手調べ。敵の強さがわからないから、目の前に現れた大トカゲに10発の弾丸を浴びせた。すると、弾丸は体を貫通して後ろの魔物に着弾、そしてそれも貫通した。一気に5匹くらい倒せたっぽい。皮膚はそれほど厚くないようだ。


「案外楽勝かもしれないな」


 思わず独り言が出た。かなり用心していたが、それほど強くないみたいで安心した。


 それも束の間、大トカゲが一斉に動き出し、数十匹で俺を取り囲んだ。そして、次々に俺に突進してくる。

 1匹目を避けたところに、2匹目が突進してくる。それを避けても、その先に3匹目がいる。今はうまく避けているが、少しでも集中を切らしたら当たってしまうだろう。


 そんなことを考えている間にスキができた。大トカゲの大きな頭が俺の胸を直撃する。大きく跳ね飛ばされ、俺の体は宙を舞った。


 今まで出会った魔物とは違う、連携された動きだ。1匹だけならそんなに強くないが、群れたらかなり厄介。バブーンのような生態みたいだ。

 バブーンは距離をとって投石してくるから、それよりは多少マシかな。でも、単体ではバブーンより強いと思う。ウザさで言うならバブーンのほうが上だが、危険度で言えばこの大トカゲのほうが脅威だ。


 着地点のあたりには、すでに大量の大トカゲがスタンバイしている。このまま地面に着地したら、そのままボコボコに蹴られて餌にされるだろう。1対1なら負ける気がしないが、さすがにこの数に囲まれるのは勘弁してほしい。


 空中できりもみ回転しながら反撃の手立てを考える……いや、適当に回りながら弾丸を発射したほうが早いか。大トカゲは大量にいるんだから、闇雲に撃っても当たるだろ。


 浮かべていた弾丸は、俺の動きに追従して回っている。精密射撃は不可能だ。適当に50発くらいの弾丸を発射する。半数は空にに向かって飛んでいったが、半数は大トカゲに向かって発射された。が……!


「危ない!!」


 発射されたうちの1発が、シモンに向かって飛んでいった。弾丸の速度は音速を超えている。俺が叫んだところで、弾丸は俺の声より先に到着する。


『カァーン!』


 金属バットで硬球を打ち返すような乾いた音が響いた。シモンに目を向けると、シモンは拳を掲げて満足げな顔をしている。どうやら飛んできた弾丸を拳で跳ね返したらしい。


「嘘だろ……!?」


 跳ね返された弾丸は、大トカゲの肩を貫いていた。跳弾のコントロールもバッチリだ。なんなんだ、こいつは……。


 俺は地面に転がる大トカゲの上に着地して、シモンに話しかける。


「大丈夫だったか!?」


「はい! 大丈夫です! すごい攻撃ですね!!」


「いや、すごいのはお前だよ……」


 試したことはないけど、ルナたちなら避けたり跳ね返したりできると思う。でも、それは本気で向き合えばの話だ。今みたいな不意打ちではそうはいかない。

 フレンドリーファイアが起きそうなときは、危ないからアンチマテリアルライフルを使わないようにしていたんだ。それをこんな簡単に跳ね返せるとはね……。冒険者って、極めるとこんなことができるようになるのか。


 今回の俺の攻撃は、ちょっと軽率だった。アンチマテリアルライフルの乱れ撃ちなんて、人間が近くにいるときにやっていいことではない。敵の数に惑わされて、少し冷静さを失っていたのかもしれないな。今後は気をつけよう。


 なにはともあれ、フレンドリーファイアの心配がないのはいいことだ。気を使う必要がない。思う存分弾丸を発射させてもらう。

 次から次へと弾丸を浮かべ、とにかく大量に発射する。精密射撃なんて考えている場合じゃない。弾道の先にシモンがいても関係ない。1人で大トカゲに囲まれたらアウトだ。囲まれる前に倒す。



 攻撃を続けているうちに、大トカゲの数が半分くらいに減った。まだ援軍が来ているようだが、この調子で行けばすぐに終わるだろう。


 そう考えた矢先、俺の弾丸を跳ね返したシモンが声をあげた。


「すみません、拳を痛めました!」


 シモンに近づいてよく見ると、シモンの中指と薬指があらぬ方向に曲がっている。魔物の硬い皮膚を余裕で貫通する弾丸なんだから、その程度で済んでいることが異常だ。


「治癒するからちょっと待ってろ!」


「それには及びません! 少し休めば治ります!」


 シモンはそう言って折れた右手の指を左手で掴み、バックステップでこの場から少し離れた。すると、シモンから「フンッ!」という掛け声が聞こえてきた。そして次の瞬間。


「治りました!!」


「なんで!?」


 ギャグ漫画かよ! 大怪我した次のコマで完治しているアレみたいだ。


「ご心配をおかけしました! もう大丈夫です!」


 どうして大丈夫なんだろう……不思議だ。まあいいか。シモンの謎生態のことなんて、考えている場合じゃない。

 俺も調子に乗って弾丸を撃ちすぎたかな。今まではシモンと離れた場所で戦っていたから、流れ弾がシモンに行きやすかったんだ。これから先はシモンの近くで戦おう。


 俺の意思とは裏腹に、シモンは勝手に動き回る。投げた樽を拾いに行っているんだ。シモンが使っている樽は全部で5つ。投げては拾い、また投げる、という動作を繰り返している。


「武器はそれしかないのか?」


「そうですね! 武器と呼べるようなものは、これしかありません!」


 樽も武器とは呼べないけどね。しかし、ずいぶんと頑丈な樽だ。武器にも使えるように、頑丈に作ってあるのかな。


「だったら樽をもっとたくさん持ってこいよ。拾いに行く時間が無駄すぎるぞ」


「樽は大きいですから! これ以上は持ち歩けません!」


 確かにそうかもしれないけど、たった5つでは効率が悪すぎる。


「それなら、樽の代わりに投げられるものを探したらどうだ? 石とか、そのへんに落ちているだろ」


「おおっ! なるほど! その手がありましたね!」


 シモンは右手の拳を左手のひらに打ちつけて、満面の笑みを浮かべた。今まで気づかなかったことが信じられないが、シモンなら仕方がないか。


 シモンは、おもむろに近くに生えている木を両手で抱きかかえると、そのまま横に倒して木をへし折った。


「いや、それは落ちているものじゃないだろ!」


「どちらも変わりません! 森の中ならいくらでも手に入りますから!」


「まあ……うん、そうだな。それでいいんじゃないかな」


 木の幹を投げるんだったら、すでにさっきから何本か折れている。そっちを使ったほうが楽と思うんだけど、シモンにとっては倒木も立木も変わらないらしい。いちいち指摘するの、疲れてきたな。気にしたら負けのような気がするぞ。



 シモンが木をへし折って投げる、大トカゲが直撃を受けて吹き飛ぶ。残された大トカゲに俺がアンチマテリアルライフルの弾丸を当てて片づける。

 大トカゲの数が減ったことで、かなり戦いやすくなってきた。囲まれるリスクがどんどん減っていく。終りが見えてきたようだ。そろそろ別行動して、散らばった大トカゲを始末しようかな。


「一度離れるぞ。離れたところにいる奴を片づけてくる」


「わかりました! 近くに親分がいるはずなので、見つけたらお任せします!」


「親分……? ボスか?」


「はい! たぶん他よりも少し大きいですので、すぐに分かるでしょう!」


 これだけの群れだ。ボスがいるのは当然だろう。

 シモンは()()()()()なんて言うけど、その情報はあてにならない。とんでもなく大きいかもしれないし、逆に小さいなんてことも考えられる。とにかく、他と違う個体がいたら要注意ということだ。


 この場はシモンに任せてボスの捜索をする。


 しかし、こんなことになるなら、みんなで来ればよかった。シモンは悪いやつじゃないんだけど、意思の疎通がうまくいかないんだよなあ……。

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