旅は道連れ2
ソロキャンプのつもりだったのに、偶然出会ったシモンと行動を共にすることになってしまった。逃げることもできそうにないので、今回はソロキャンプを諦める。
それはいいとして、目の前のボアだ。食料にするために倒すつもりだったのに、シモンに横取りされてしまった。この場合、2人で分けてもいいのだろうか。
「なあ、一緒に行くのは構わないけど、このボアはどうするんだ?」
大きな樽に押しつぶされたボアを眺めながら言う。
戦闘中の冒険者がいる場合、その冒険者の許可なく獲物に手を出してはいけない。冒険者のマナーだ。なぜそんなマナーがあるかというと、それがまさに今回のケース。
俺のほうが先に対峙していたのだから、優先権は俺にある。しかし、倒した魔物の所有権は倒した人にある。こういうときに、とても面倒なことになるのだ。
「勝手に手を出してしまい、すみませんでした! 売却して2人で分けましょう!」
シモンは必要以上に深々と頭を下げた。謝罪は伝わってくるが、そういう問題ではない。
「すべて売却するのは拙い。俺は今晩の食料にするつもりだったんだ」
だから面倒なんだよ……。知り合い同士だったとしても、こういった意見の食い違いで揉める。素材を使いたい場合もあるだろうし、他の理由で売却できないこともある。こういう揉め事をおこさないために、マナーを守ることが大切なんだ。
「なるほど! でも、肉はすぐに食べても美味しくないでしょう?」
それはわかっている。肉はある程度熟成したほうが美味しい。肉は死後硬直が始まって固くなるし、旨味成分は時間をかけないと増えない。最低でも3日は熟成したいところだ。しかし、そんなことを言っていられない事情もある。
「今日は食料を持ってきていないんだ。これ以外、食べるものがない」
もう一度魔物を探せばいいんだけど、目の前に肉があるのにそれは面倒くさい。野営できる場所を探すことに時間がかかるだろうから、食料の確保には時間をかけたくないんだ。
「そうでしたか! では、この肉は2人で分けましょう!」
「悪いな。そうしてくれ」
すんなりと納得してくれて助かった。これでテントの設営地探しに時間をかけられる。
とは言えこの大きなボア。捌くにもかなりの時間がかかる。2人で手分けをして解体を進める。
俺は解体用のナイフを取り出し、ボアの腹に突き立てた。すると、それを見たシモンが感心したように言う。
「ずいぶんと慣れていますね!」
「ああ、前に講習を受けたんだ。それから何度もやっているからな」
「素晴らしい! 僕も見習わなければなりませんね!」
シモンは溢れんばかりの笑みを浮かべてうんうんと頷いた。やっぱり不思議な奴だな……。俺が習った方法ではないものの、シモンの手付きも慣れている。それだけできれば十分だと思うが、後輩の俺からも何かを学ぼうとしている様子だ。
雑談を交えつつ、ボアを解体していく。雑談のついでに、気になっていたことを聞いてみよう。
「ところで、塩作りはいいのか?」
シモンの本業は製塩職人だ。冒険者活動は、暇なときや金に困ったときにしているらしい。
それ自体は普通のことなんだけど、今は製塩ギルドで起きている問題が引っかかる。俺も途中まで関わって、事後処理をギルバートに任せた案件だ。まだトラブルが続いているのだろうか。
「そちらも忙しいのですが、緊急の依頼が入ったのです!」
「緊急?」
「なんでも、魔物が大量発生しているという報告があったそうで、僕はその調査のために来ました!」
シモンは張り切ったような笑顔で元気に答えた。製塩ギルドの問題ではないようだが、もっと拙い問題が発生している気がする。
「大量発生って、ついこの前も起きたばかりだぞ。ここでもか」
「そうなんですか!? どこで、どのような魔物が出たのでしょうか!」
「クエンカって街だ。俺は到着が遅れてトロルとオーガだけしか確認できなかったが、かなり大規模だったらしいぞ」
俺が到着した頃には、すでに大半の魔物が駆除されていた。俺は最後の残りカスを倒しただけだ。それで報酬を請求するのは気が引けたから、報酬を請求することなく帰ってきた。まあ、出動は王城からの要請だから、後で王には請求するけどな。
「なるほど……! それは大変でしたね!」
「それにしても、魔物の大量発生って、そんなに頻発するものなのか?」
「いえ、滅多にあることではありません。せいぜい年1回くらいです」
多いじゃん! 割と日常茶飯事だったか……。そう珍しいことでもないから、シモンは落ち着いているんだな。
「なるほどな。でも、調査は単独行動なのか?」
「そうです! 僕は兼業なので、パーティを組むのが難しいのです!」
兼業かどうかより、足が速すぎるのが問題だと思うぞ。俺だって、グラッド隊の中で比べても足が速いほうだ。シモンはそれよりも速いんだから、冒険者の中からシモンに足並みを揃えられる人間を探すのは至難の業だろう。
まあ、この任務はシモンには適任か。遠距離から敵を仕留められて足が速いって、シモンはどう考えても斥候向きだわ。
話をしているうちに、ボアの解体が完了した。皮と枝肉に分け、内臓はこの場で焼却処分した。本当は内臓も食べられるはずなんだけど、俺には野生の内蔵を食べる勇気はない。
肉を2人で分け、皮と魔石は俺が代表して預かった。街に戻ったら、ギルドに売却して2人で分ける予定だ。
「よし。じゃあ、テントを設営する場所を探そう」
これが時間のかかる作業なんだよな。水は魔道具があるから解決できるけど、平坦で開けた場所というのが難しい。2人になっったとは言え、単独行動のようなものだから、開けすぎてもダメだ。目立ってしまう。適度に目隠しが必要だ。
「テント! そういえばそんなものがありましたね!」
「ん? どういうことだ?」
「僕は久しく使っていないので、存在を忘れていました!」
えっと……こいつは何を言っているんだろう……。テントは無くてもどうにかなるが、さすがに存在を忘れることはないだろう。寒い冬や雨が降ったときは必要になる。テントの意味が伝わっていないのかな?
「テントって、野営のときに使う簡易的な家のことだけど、伝わっているか?」
「そうですね! 久しぶりに聞きます!」
伝わった上でか……。俺だってタープをテント代わりにするし、晴れた日はハンモックだけで過ごすときもある。それでもテントは必要だと思っている。
「普段はどうやって野営しているんだ?」
「外套に包まって寝るか、木と木の葉を組み合わせて家を作ります!」
うわ、ソロキャンプ上級者だった。俺なんか足元にも及ばないほどの上級者だ。いずれこうなりたいと思っているが、なかなか難しいんだよな。
思えば俺のキャンプ歴は日本にいたときを含めてもせいぜい4年程度。シモンの年齢を考えると、シモンのソロキャンプ歴は10年以上になるだろう。俺よりも上級者であることは当然だな。もっと早く気づくべきだった。
「すごいな。今日は勉強させてもらうぞ」
シモンと行動するのは嫌々だったが、今はむしろ歓迎だ。シモン流のソロキャンプを学ばせてもらおう。
「僕の知識が役に立つなら、是非勉強していってください!」
シモンは自信ありげに胸を張った。恩着せがましさや傲慢さは感じない。純粋に俺のためになるなら、と思っている様子だ。やっぱり変な奴だなあ……。損得勘定はないのかよ。
シモンとともに、草原から内陸に向かって進む。海に向かっていくと平原しかないのだが、内陸に向かって進めば山や森がある。シモンはそこを目指しているようだ。シモンの仕事は森の中の調査なのだろう。
俺はシモンの仕事に付き合うつもりはないが、シモン流のキャンプに俄然興味が湧いた。ギリギリまで一緒に行動しようと思う。
しばらく進むと、森に差し掛かった。王都の近くのいつもの森とは違い、針葉樹が多いようだ。草も少なく、森の中の食料は少なめ。近くに大きな川もない。難易度は少し高めだろうか。
観察を続ける俺を尻目に、シモンは森の奥へとずんずん進んでいく。シモン本人はただ歩いているだけという感覚なので、障害物なんて気にする素振りも見えない。俺は目の前に迫ってくる木を避けながら、シモンの後を追った。
すると、目の前のシモンが突然立ち止まった。あまりの急ブレーキに、シモンの足元が抉れる。
「コーさん。食べられる草を見つけましたよ!」
シモンが指差す方向に、フキのような葉っぱが並んでいるのが見えた。さらにその奥に、笹のようなものが見える。
フキも食べられるが、笹の若芽はタケノコと同じように食べられる。竹が育たない地域では笹の子のことをタケノコと呼んだりするくらい、ポピュラーな山菜だ。と同時に、どちらもアク抜きが面倒な食材でもある。
今は肉しかないから、面倒な食材でもありがたい。
「いいじゃないか。採っていこう」
「少々お待ち下さい!」
シモンは、そう言って足元に生えていた謎の草を引き抜いた。毒々しい斑点のある茎や葉、サトイモのような大きな球根……マムシグサだね。
「それじゃないだろ!」
「何がです?」
「毒草じゃないか……」
救荒植物として食べられていたとか、完熟した実には毒が少ないなんて話もあるが、立派な毒草だ。少し舐めただけで口の中が痒くなる。飲み込んだら喉や口の中に激痛が走るそうだ。最悪の場合は死に至る毒でもあるから、絶対に食べてはいけない。
「本当ですか!? 僕は気にしたことがありませんよ!」
「だとしても、そんな怪しい草はやめておけ」
……前にも似たようなことがあったぞ。ボナンザさんだ。あの人も砂漠の毒草を平気で食べて、腹を下していた。ベテラン冒険者は毒草を食べるという文化でもあるのだろうか。かなりヤバい悪習だから、断ち切っておきたい。
「わかりました! そんなに美味しいものでもありませんし、食べないでおきましょう!」
不味いなら食うなよ……。しかし、味は気になるところだな。
「参考までに聞きたいんだけど、どんな味がするんだ?」
「少し苦いですが、味が薄い普通の芋ですね。芯を食べるとお腹を壊します」
「腹を壊すなら毒だろ」
他に食べられるものがあるなら、食べるべきじゃない。
「確かに! 勉強になります!」
シモンは満足げに頷いた。お前が勉強になってどうするんだ。今日は俺が勉強させてもらうつもりなんだから。
比較的小さい笹の若芽とフキを採取してこの場を離れた。シモンは育った笹も大量に採っていたが、シェルターの材料に使うらしい。
山盛りの笹を抱えて森の中を進むシモン。俺はその後についていく。そしてしばらく進んだところで、またシモンが立ち止まった。
「そろそろ休みましょうか!」
「ここを拠点にするのか?」
シモンが選んだこの場所は、木が生い茂る森の中。平坦ではあるものの、特に開けているわけではない。木が邪魔をして、1人用の小型テントでも設営は無理だろう。
「そうですね! この木を柱にして小屋を作ります!」
どうやら、立木を柱に見立てて簡易シェルターを作るつもりのようだ。
俺はどうしようか……テントを設営するようなスペースは無いから、ハンモックを使おう。夏場ならこれだけでオッケー。雨が降りそうならその上にタープを張る。木があればどこにでも設置できて、かなり便利なんだよな。
シモンは器用に木を組み合わせ、扇状のシェルターを組んでいく。細い木を拾ってきた蔦で縛り、骨組みの上に笹の枝を被せた。見た目は酷いが立派なシェルターだ。たぶん、強風が吹けば飛んでいく。
「風が吹いたらどうするんだ?」
「そのときになったら考えます! 今はこれで十分ですから!」
「へえ……確かにそうか」
ハンモックの設置はすぐに終わる。丁寧に作業をしても10分程度の作業だ。俺はいつでも寝られる状態になったので、シモンの様子を観察した。
シモンのシェルター作りはまだ続く。蔦で全体を縛り、外観が完成したようだ。次はシェルターの内側にも笹の葉を敷いて、どうにか寝泊まりできる状態になった。あまり落ち着かなそうだが、慣れたら快適なのだろう。
「これで終わりか?」
「そうですね! これで万全です!」
相当手間がかかった割に、かなり頼りない。万全とは程遠い気がする。でも、これが俺の目指すキャンパーの姿だ。しっかりと目に焼き付けておこう。
まだ日が高いが、これから竈の設営や調理をしなければならない。まだまだやることは多い。シモンの技を学ばせてもらうぞ。






