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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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旅は道連れ1

 クエンカの街で発生した魔物の襲撃は、無事に収束した。ポーションも行き渡り、今は復旧の作業がつつがなく進んでいる。のんきに観光している場合じゃないし、俺たちにできることはなにもないので、さっさとエルミンスールに帰った。

 アホの商人のその後が気になるので、落ち着いた頃にもう一度訪れようと思う。


 炊き出しから製塩ギルド問題、そして魔物の襲撃と、近頃少し忙しかった。俺たちは数日間休みにして、各々がやりたいことをすることにした。

 クレアは在庫が空になったポーションを増産し、ルナたちは魔道具作りに精を出している。俺はと言うと、特にやることがないので暇を持て余していた。


「やっべぇ……暇だ」


「では、こちらを手伝っていただけます?」


 俺の何気ないつぶやきに、ルナが作業の手を止めた。


「俺に手伝えることがあるなら、そうさせてもらうよ」


 魔道具作成は分業されていて、ルナが設計、リーズが成形、リリィさんがエンチャントをすることになっている。

 以前は俺がエンチャントをしていたのだが、より慣れているリリィさんが加入したので任せることにした。今は、リリィさんでも手に余るような大量生産が必要なときだけ、手を貸すようにしている。


「わかりました。では、少々お待ち下さい」


 そう言って、テーブルに置かれていたメモに視線を移した。つられて俺もそのメモを見る。そこには作業のスケジュールが書かれているようだ。

 今進行しているスケジュールは、お湯を出す魔道具の開発、水を送り出すポンプの開発、水を浄化する魔道具の開発……他多数。なんだかどれも風呂関係のような気がする。


 俺は本職の職人ではないので腕が未熟だ。そのため、他の人が設計した新魔道具にはうまくエンチャントできない。できるのは、既存の魔道具か俺が作った魔法を魔道具にするときだけだ。


 見る限り、今やっている作業のなかに俺が手伝えそうな作業がない。ルナは難しそうな顔で考え込んでいるが、おそらくスケジュールを変更しようとしているのだろう。


「悪い、俺にできそうなことはないみたいだな。他の暇つぶしを考える」


「……申し訳ございません」


 ルナが悲しそうに謝った。良かれと思っての提案だったんだけど、むしろ困らせてしまったようだ。ここにいると気を使わせてしまいそうだな。ちょっと離れよう。


「久しぶりにダイキチと戯れてくるから、気にしないでくれ」


 俺がそう言うと、ルナは不思議そうに首を傾げた。


「……あれ? 先程、アーヴィンさんがどこかに連れて行ったようですよ?」


 え? ……周囲を探ってみたが、確かに気配がない。マップを確認してみると、ずいぶん遠くまで移動していた。どうやら日課の散歩の最中だったようだ。


 俺たちはあまりにも外出が続いていたため、ダイキチはアーヴィンにばかり懐いているように思える。エサ係は偉大だな。拾ったのは俺なのに……複雑な心境ではあるが、これは仕方がないだろう。


 しかし、本格的に暇になってしまった。何もすることがない。かといって、ここでじっとしているのも落ち着かない。


「まいったな……暇だ」


「やっぱりこちらのお手伝いを……」


 ルナが再度メモに視線を移した。堂々巡りじゃないか。俺が自分で予定を埋めないと拙い。どうしようか……久しぶりにソロキャンプにでも出かけようかな。


「いや、ちょっと出掛ける」


「お買い物ですか?」


「キャンプだよ。転移で行ける場所が増えたから、1人で散策してくる」


 思えば、この世界に来てからソロキャンプをやっていなかった。初めて王都の外に出たときもルナと一緒だったし、それからは人数が増えるばかりで1人になることはなかった。

 みんなには本当に助けられて感謝しているんだけど、俺の原点はなんと言ってもソロキャンプ。ようやくこの世界にも慣れてきたから、1人で出掛けたい。


「え? お1人で? 大丈夫ですか……?」


「大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」


 もし目的地があるのなら、みんなで出掛けたほうがいいと思う。道がわからないから迷子になりそうだ。でも、今回は特に目的地を決めるわけじゃない。適当に野営できる場所を探し、適当に一泊して帰ってくるだけだ。万が一迷ったとしても、転移魔法で帰ってくれば問題ない。


 そんなやり取りをしていた最中、クレアが作業部屋に入ってきた。クレアは一時間おきくらいにこちらの部屋に顔を出し、お茶を飲んで掃除をして自分の部屋に帰っていく。ちょうどそのタイミングだったようだ。


「どうしたの?」


 クレアには俺とルナが言い合いをしているように見えたようで、怪訝そうに呟いた。


「コーさんが1人で散策してくると言うので……」


「道に迷ったって平気なんだから、心配ないだろ」


 俺がそう言い返すと、クレアが「はぁ……」とため息を付いて言葉を続けた。


「そうじゃなくて。アンタは1人でも目立つでしょ? 問題を起こさないわけがないじゃない」


「いや、そんなことは……」


 ないとは言えないなあ。どうやら、ルナたちは俺が面倒事に巻き込まれることを心配していたらしい。


 俺の普段着は金色のコートなので、目立つのは仕方がない。そのせいで面倒事に巻き込まれるリスクは十分にある。それに、面白そうなことがあると、つい首を突っ込んじゃうんだよ。無視してもいいようなことでも好奇心に負けてしまう。


「ないとは言えないでしょ? 王都で買い物するくらいならいいんだけど、他の街に行くのはやめたほうが良くない?」


 行き慣れた王都なら、トラブルに巻き込まれる心配は少ないだろう。しかし、他の街は治安が不明だし独特の文化があるかもしれない。そういう意味では、ちょっと危ないような気がしないでもない。でも……。


「いくらなんでも過保護だろ。多少の問題ならねじ伏せられるから、心配ないよ」


「それが心配なのよ。最近はおとなしくなったけど、アンタはやりすぎるから……」


 クレアは呆れ顔で言った。俺にも思い当たるフシが若干ある。力の加減がよくわからなかった頃、ついやりすぎてしまうことが度々あった。今は多少加減がうまくなった……はずだ。でも断言はできない。


 まあ、それは俺が気をつければいいことだ。人に近づかなければ大丈夫だろう。


 なんて考えていると、リーズが突然口を挟んだ。


「こんさん、どこか行くのー?」


 さっきまで集中して作業していたが、こちらの話し声に気づいたらしい。


「ああ。適当に散策してくる。明日の夕方には帰るよ」


「お土産ー!」


「はいはい。適当に買ってくる」


 リーズは俺が1人で出かけることに賛成してくれているらしく、出かける前提で話が進んだ。それを聞いていたクレアが疲れたような声を出す。


「……仕方ないわね。ちゃんと用心してね?」


「わかってるよ」


「問題が起きる前に帰ること! 目立たないように注意すること! 迷ったらすぐに帰ってくること! いい?」


「完全に子ども扱いじゃないか……」


 と溢すと、リリィさんがこちらに顔を向けて微笑んだ。


「まあ、君はそれくらい注意しないと危ないからな。ははは」


 リリィさんは冗談っぽく言うが、本心のようにも見える。俺は信用がないのかなあ。


「本当に大丈夫だって。面倒なことになりそうなら、すぐに帰ってくる」


 面倒なことなんて、簡単には起きない……よね? たぶん。


 みんなをどうにか納得させて、俺の単独行動が決まった。今回は海辺の街付近の平原でキャンプをしようと思う。

 本当はクエンカの街付近に行きたいんだけど、魔物の襲撃があったばかり。街の周辺は冒険者や兵士がウロウロしている。トラブルを避けるために、今回はやめておくことにした。


 そうと決まればさっそく準備だ。荷物は最小限でいいだろう。

 普段、食料や調味料はルナのマジックバッグに入れている。移し替えるのが面倒だから、食料は現地調達だ。調味料も現地調達でいいか。海が近いから、どうにかなるだろ。食器もいらない。……あれ? いつもの荷物だけで十分だな。



 よく考えたら準備なんて必要なかった。さっそく出発する。転移先は海辺の街に向かう街道の途中。漁師の町と製塩の街の中間くらいだ。


「さて……どっちに行こうかな」


 1人なので独り言が増える。もちろん1人なので、返事はない。日本にいた頃はそれが当たり前だったのに、今は少し寂しさを感じる。人と過ごすことに慣れたのだろうか……。


「ま、そんなことより野営地を探すかっ!」


 気持ちを切り替えて、ソロキャンプを満喫しようと思う。街道沿いでは目立って落ち着かない。マップを取り出して、落ち着ける場所を探した。

 すると、ここからそう離れていない場所にボアがいることに気がついた。


「おお、さっそく食料発見だ」


 現地調達の予定だったから、ちょうどいい。近くには人間の気配はない。誰かの獲物というわけでもなさそうだ。俺はボアの元へと急いだ。


 そこにいたボアは、見慣れた普通のボアだ。いつもより若干大きい気がする。1人で食べるサイズではないから、余ったらお土産にしよう。


 ボアと睨み合ったまま、マジックバッグからマチェットを取り出した。その瞬間、遥か遠くから大きなものが飛んできた。


『ドシャァァ!!』


 大きな衝撃音があたりに響くと、目の前ではバカでかい樽がボアを押し潰していた。


「……樽?」


 樽に遅れること数秒。樽が飛んできた方角から、ものすごい勢いで何者かが接近してくる気配を感じた。ただ事ではない。


「何事だっ!」


 慌ててそちらに注意を向けると、1人の人間がとんでもない速度でこちらに向かっているのが目に写った。しかも、走っているように見えない。優雅に散歩でもするかのようなフォルムで、爆走するバイクのように近づいてくる。キモチワルイ……。


「って、あれ、シモンだな……」


 シモンは急接近しながらこちらに声をかけてくる。


「まさか人がいたとはっ! お怪我はありませんか!?」


 シモンはまだ俺の顔に気づいていないようだ。


「よう、俺だよ。怪我はない」


「ああっ! コーさんではありませんか! お久しぶりです!」


 シモンとはほんの数日前に会ったばかりである。久しぶりではない。でもたぶん、シモンの中では数時間会わなければ久しぶりなのだろう。気にしたら負けだ。それよりもっと気になることがある。いま飛んできた大きな樽だ。


「おう。そんなことより、この樽はシモンのものなのか?」


「僕の武器です! 僕は投擲が得意なのです!」


 ……その樽は投擲武器のサイズじゃないと思うよ。投擲と言えば、ナイフとか苦無とか手裏剣みたいなものだ。樽は投げる武器ではない。そもそも武器ではない。


「他にもっといい武器があるだろ」


「いろいろ試したのですが、どれも軽すぎて駄目だったのです!」


「そうか……わかった。今度、いい武器屋を紹介してやる」


 いつもの武器店を紹介してやろう。怪しいマニアック武器ばかりを扱っているから、シモンにちょうどいいものが見つかりそうだ。


「ありがとうございます! 期待しています! ところで、今日はお仲間の方々とご一緒ではないのですか?」


 シモンはあたりを見渡しながら怪訝そうに言う。


「今日は1人だよ。今日は1人で出掛けたい気分なんだ」


「ほう! 奇遇ですね! 僕も1人が好きなのです! 良かったらご一緒しませんか!?」


 はぁ? 話聞いてた!? 俺は1人で出掛けたいって言ったのに。俺の言い方が悪かったのかな……。大事なことだからもう一度言おう。


「いや、今回は1人で行動するつもりなんだ」


「大丈夫です! 僕も1人で行動しますから! 2人が1人ずつで行動する! それでいいじゃないですか!」


 え? 何がいいの? 言っている意味がよくわからないんだけど……。


「それは1人じゃないだろ」


「いえ、目的地が同じだけの単独行動です! お気になさらず!」


 俺がどう言い返しても、シモンはニコニコと笑みを浮かべながら意味不明な理論を返してくる。


 ヤバい……押し切られそうだ。というか、何を言っても無駄そうだ。走って逃げようにも、シモンは俺より足が速いから逃げ切れない。詰んだ……。仕方がない。諦めて2人で行動するか。


「わかったよ。そこまで言うなら、一緒に行こう」


「よろしくお願いしますっ!!」


 シモンは嬉しそうな笑顔を浮かべながら元気に返事をした。くっそ……せっかくソロキャンプができると思っていたのに。


 せめてもの救いはシモンが悪いやつじゃないってことかな。冒険者の先輩なのに、先輩風を吹かせることもなく低姿勢だから好感が持てる。かなり暑苦しい人間だけど、そこは我慢するか……。

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