飛脚5
気を取り直して金庫の中を確認しよう。原型がなくなった金庫の隙間から、クシャクシャになった書類を引っ張り出した。
金庫の中身をすべて出したが、金庫の大きさの割に出てきた書類は僅かだ。金庫の中は半分以上が空いていたらしい。
「おい、これで全部か?」
「……そのようですね。私も金庫の中は初めて見るものですから……」
今俺たちの対応をしている職員は、どうやら下っ端らしい。重要な書類を見る権限を与えられていないのだろう。
「まあいいや。とにかく、出てきた書類を精査しよう」
俺がそう言うと、すぐに職員が分厚い紙の束を持ち上げた。
「あ……これが帳簿ですね」
「よし、見せてもらうぞ」
そう言って、職員から紙の束をひったくった。紐でまとめられた紙の束だ。よく見ると2冊ある。表紙はまったく同じで、厚さが少し違う。
「あの……何か問題がありますか……?」
職員が心配そうに訊ねてきた。
「2冊あるのは意味があるのか?」
「え? そんなはずは……1冊は書き損じかなにかじゃないでしょうか」
職員も2冊目の帳簿のことは把握していないようだ。
2つの帳簿は、表紙をめくった1ページ目の書き出しもまったく同じ。書き間違えて作り直したか、バックアップを作ったか、理由は不明だ。保留しておこう。
とにかく、今は消えた金貨の行方が知りたい。仕入れとして国から渡される予定だった金貨は1万枚、対して塩の買い付けに使われる予定の予算は金貨3000枚。仮に金貨2000枚の諸費用がかかるとして、約5000枚の金貨が行方不明だ。
これは未来の取り引きの話だから、この帳簿には記載されていないだろう。だが、過去の記録からその片鱗が見えてくるはず。それを探らなければならない。
帳簿は俺が小学生の時につけていた『お小遣い帳』のようなものだ。取り引きごとに入金と出金が書き込まれている。かなり読みにくいが、不自然な金の流れは見受けられない。
塩の買い取り金額もシモンに聞いていた通りだ。大きな袋で銀貨1枚。どの職人も同じ金額で取り引きされていて、特におかしな点は見つからない。前年度の予算は金貨1万2千枚で、全額が塩の買い取りに充てられたことになっている。
しかし……読みにくいな。もう少し詳しく知りたいのに。
「おい、もっと詳細な帳簿はないのか?」
「え? そんな帳簿をつけろとは言われておりませんが……」
「ないのか……」
仕入れや売り上げだけをまとめた帳簿とか、経費だけをまとめた帳簿とか、そういったものは一切作っていないらしい。あるのはすべての取り引きがごちゃまぜに書かれた『お小遣い帳』だけだ。
読みにくい帳簿と格闘していると、シモンが元気よく俺の肩を叩いた。
「お邪魔をしてすみません! 僕は手伝ってもいいですか!?」
シモンは金庫をこじ開けた後、俺たちの様子を静かに見ていた。何もしていないことが申し訳なくなったのだろう。せっかくの申し出だから、遠慮なく働いてもらう。
「悪いが頼むよ。不自然な取り引きがないか、調べてくれ」
帳簿をバラし、みんなで手分けをして読み進めた。俺が探しているのは『使途不明金』だ。仕入れ以外の経費に目を光らせる。
厚いほうの帳簿はバラしてみんなに配ったので、俺は2冊目の帳簿を見ることにした。やはり内容は同じに見える……いや、おかしい。こっちの帳簿では、塩の買取金額が銀貨2枚になっているじゃないか。2倍だ。これはいったい……。
と考えていると、シモンが突然大声をあげた。
「僕の知らない人が居ますねぇ!」
「ん? どういうことだ?」
「僕はこの街のすべての塩職人さんとお友達になったと思っていたのですが、まだ他にも居たみたいです! まだ見ぬお友達が居ると思うと、嬉しくなってきます!」
シモンは満面の笑みを浮かべて心から嬉しそうに言うが……たぶん違うぞ。シモンはマジで人を疑うことを覚えたほうがいい。
「それだな。そいつに流れた金をまとめてくれ」
「わかりました!!」
ようやく手がかりを見つけた。嬉しそうにしているシモンには悪いが、それが不正の証拠だよ……。
シモンの知らない人物を紙にまとめて職員に見せる。
「この名前に心当たりは?」
「……ありません。少なくとも、この街の職人ではありませんね」
職員は戦々恐々とした様子で答える。
「この街以外から買い付けをすることは?」
「無い……はずです。製塩職人がいる街には、必ず製塩ギルドがありますから」
「間違いない。横領だな」
初めて見るけど、これが二重帳簿ってやつかな。役人には薄いほうの帳簿だけを見せて、横領がバレないようにしていたようだ。わざわざ架空の人物をでっち上げて二重帳簿をつけるとは、なかなか手が込んでいる。
2つの帳簿が同じ金庫に仕舞ってあるのはマヌケだが、金庫をこじ開けられるとは考えていなかったのだろう。もう言い逃れはできないぞ。
ひとまず調査は終了だ。
バラした書類を適当に束ねていると、丸々と肥え太った脂ギッシュなおっさんが、転がるように部屋に入ってきた。
「貴様ら! 何をしている!」
デブが汚いツバを飛ばして怒鳴る。
「何って、調査だよ。あんたは?」
デブに訊ねたつもりだったのだが、横にいた職員が小声で答えた。
「経理部長です」
主犯格の1人だ。
「あんたには、いろいろ聞かなきゃいけないことがあるようだな」
「くっ! 何の権利があってこんなことをしている! 兵士を呼べ!」
デブが部屋の外に向かって叫ぶと、ギルド内に緊張が走った。そして間髪をいれず、壁の向こうから強い気配を感じた。
『ボコォッ!』
突然、部屋の壁が砕けた。舞い上がる土煙の向こうから、のんきな声が聞こえてくる。
「呼んだ?」
「ぬぉっ!」
デブが驚いて尻餅をついた。この突入はデブの差し金ではないようだが……土煙が晴れると、外の景色とともに見慣れた顔が浮かび上がってくる。
「え? ギルバート?」
グラッド隊のギルバートだ。普段は王城の警備を担当しているはずだが……いや、あいつらの本業は斥候部隊だっけ。なにかの調査に来ているのだろうか。
「よう、久しぶり」
ギルバートは軽く右手を上げてこともなげに言う。俺がこの街に来ているのを知っているような口ぶりだ。俺がギルドに入っていく姿を見ていたのだろうか。
「『よう』じゃないだろ。こんなところで何をしているんだ?」
「仕事だよ。このギルドが不正してるって話でな、その調査だ」
うげぇ……王城でも調査をしていたのか。それを早く言えよ。
「くっそぉ……お前らが関わっているんだったら、俺は手を出さなかったのに……」
「そう言うなよ。外から話を聞いてたぞ。不正の証拠を掴んだんだろ? コーのおかげで早く片付いたんだ。感謝してる」
ギルバートはニヤリと笑って頷いた。
「どういうことだ?」
「証拠がどうしても出てこなくてな、調査が難航していた。兵士はあまり強引なことをできないから、かなり大変だったんだよ」
俺たちは証拠もないのに推測だけで強引に捜査を進めたが、法を守らなければならないギルバートたちにはそれができないのだろう。正攻法で証拠を集める必要があったはずだ。確かに、俺たちが介入しなければ、調査がもっと長引いていたと予想される。
とは言え、すでに調査が始まっているんだったら俺が手を出すまでもなかったんだ。
届け物をするだけの簡単な依頼だったはずなのに、いつの間にか警察みたいなことをしていたよ。これは冒険者の仕事じゃないぞ。
「ああもう! 余計なことをしなきゃ良かった!」
「いいじゃない。悪いことをしたわけじゃないんだし」
クレアは満足げに言う。そう言われれば、確かにそうなんだけど……。
「気分の問題だよ。最初からそういう依頼だったら、依頼料も高かっただろうに……」
考えただけでも腹が立ってくる。本来であれば、調査費や成功報酬で何十倍もの報酬を得られたはずだ。しかし、今回は俺が勝手に動いただけだから、誰に請求することもできない。俺の大嫌いなタダ働きじゃないか。
「いや、お前。これが依頼だったら断っていただろ?」
ギルバートの口角が、右側だけいやらしく上がる。
「くっ……確かに……!」
見透かされているようで腹が立つが、もしこれが依頼だった場合、俺は間違いなく断っていただろう。冒険者がやるような仕事じゃない。
話をしているうちに、ギルバートの後ろからまた誰かが近付いてくる。顔を出したのは、この街の冒険者ギルドの職員だ。
「いやあ、悪いね。協力に感謝する」
「え? 何であんたがここに?」
俺の問いにギルバートが答える。
「しばらくこの街が混乱するだろうから、冒険者ギルドに協力を要請したんだよ」
俺が勝手に動いたのは、この職員が手紙の内容を口走ったからだ。塩の買い取り金額を大幅に減らす、という話だった。ほぼ確実に暴動が起きる案件だと思う。冒険者ギルドに協力を要請したってことは……。
「暴動が起きることを見越していたのか?」
「暴動?」
「いや、無茶な買い取り拒否をしたら、職人たちが黙っていないだろ」
ギルバートは少し考えて答える。
「ああ……コーは計画書を読んでないんだな」
「はあ?」
「今回の計画は、このギルドを潰すために立てられたんだよ。塩の買い取り窓口を一時的に冒険者ギルドにする予定だ」
なるほど……職人は初めから守られていたわけだ。冒険者ギルドの職員が先走って口走っただけじゃないか。俺はその言葉に踊らされたらしい。
開いた口が塞がらない俺をよそに、ギルバートは話を続けた。
「まあ、こんなことが可能になったのも……コー、お前が持ち込んだ塩、あれのおかげだ」
「マジかよ……」
この騒動が俺のせいであることは間違いない。でも、思っていたのと少し違った。本当に俺が責任を感じるようなことじゃなかったんだ。
「ま、そういうわけだ。とにかく早く片付きそうで助かったよ」
ギルバートがご機嫌なのがまた腹立つ……。もういいや。帰ろう。
「……後は任せたから、うまいことやってくれ。俺たちは帰る!」
「ははは! 任された! コーたちは宿に帰ってゆっくりしてくれ!」
やなこった。なんだか気分が悪いからエルミンスールに帰るわ。
「みんな、ごめん。もう観光する気分になれないから、さっさと家に帰ろう」
「そうですね……」
「ゆっくりできるような状況でもないだろう。賛成だ」
ルナとリリィさんがすかさず同意する。塩田を見て回りたいとは思っているが、今はそんな気分じゃない。
「シモンも、協力してくれてありがとう。今日のところは帰るよ」
「こちらこそありがとう! また何かありましたら、何でも言ってください!」
シモンは笑顔でそう言うと、壊れた扉を押し開け、部屋の外に出ていった。それは正しいことだけど、今はもっと近道があるじゃないか。俺たちはギルバートが開けた穴から外に出る。
壊れた壁の瓦礫の下に、冒険者ギルドに届けたはずの手紙が落ちていることに気がついた。今回の騒動の元凶……。さっき冒険者ギルドの職員が落としたのだろう。どんな内容だったのかが気になる。
どうせ巻き込まれたんだから、俺が読んでも大丈夫だよな……。俺は王城からの手紙に目を落とした。
『もしもこの書状を持ってきたのがコーという冒険者だった場合、それとなく情報を漏らすように』
「やられたっ!!」
「どうしたの?」
俺の叫び声に、クレアが心配そうに返事をする。
「全部仕組まれていたんだ……。王は俺が首を突っ込むことを見越して、それも指示の中に入れていやがった……」
おかしいと思ったんだよ。冒険者ギルドの職員がどんなうっかり者でも、極秘書類の内容を口走るわけがない。
さらに言うと、王都で依頼を受けたときもおかしかった。急ぎの配達に、Aクラスの冒険者を指定するはずがない。できるだけ俺が依頼を受けるようにと目論んでいたわけだ。
「あの王様の手のひらの上だったのね……」
くっそぉ……なんだよ、いいことをしたはずなのに、ものすごく後味が悪いぞ。
この計画は『俺が王都の冒険者ギルドに訪れなかった場合』を想定して組み立てられていることにも腹が立つ。
俺がこの依頼を受けなければ、ギルバートたちが時間をかけて調査、解決する予定だった。そのための人員も十分に配備され、準備も整っている。「俺が王の思惑通りに動いてくれたらラッキー」くらいの感覚で立てられた計画だ。
王に嫌がらせをするつもりだったのに、思いっきりカウンターを食らった。王城が絡んでいるときは、もっと慎重に動かないと拙いな。マジで猛省しよう。






