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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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飛脚2

 今日は冒険者ギルドで受けた配達の依頼を片付ける。目的地は、王都から北西に行ったところらしい。急ぎの依頼らしいが、まあ今日中に届ければ文句はないだろう。


 荷物がマジックバッグに入っていることを確認し、準備は完了だ。ギルド長には「開けるな」と念を押されている。言われなくても開けないが……開けるなと言われたら開けたくなるのが人情ってもんだろ。まあ、開けないけどね。


「さて、行こうか」


「そんなに張り切らなくてもすぐに着くぞ。以前行った街から、そんなに離れていないのだ」


 リリィさんはリナーレスにも行ったことがあるようなので、今回もリリィさんに先導をお願いした。



 前に行った海辺の街から、走って2時間くらい。だんだんと潮の香りが強くなってきた。近くに塩田があるからだろうか。

 するとすぐに、海岸沿いに人工物が見えてきた。田んぼのように四角く区切られた区画に、赤茶けた水が溜まっている。1つの区切りだけで家1軒分くらい、それがとにかく大量にある。


 そして塩田地帯に足を踏み入れた瞬間、正面から強い気配が近づくのを感じた。

 その方向に注意を向けると、不自然なまでに満面の笑みを浮かべた暑苦しい筋肉の塊が、ものすごい勢いで()()()くるのが見える。歩いているようにしか見えないのに、とんでもない速度が出ている。


「やあやあやあ、街の人ではないようですね! 道にお迷いですかな?」


 彼はゆっくりとした口調で言うと、笑顔を浮かべたまま俺たちの前に立ちふさがった。人間かどうかは定かではないが、人間だとしたら30歳前後の男だ。近付いてみると、かなり大きいことがわかる。身長が2メートル近い上に、ゴリラも驚くような筋肉を身に纏っている。


 笑顔と体格のバランスが取れていない。雰囲気も怪しい。彼には威圧するような態度は見られないが、その出で立ちがすでに威圧的だ。警備員かなにかだろうか。


「……誰だ?」


 彼からすれば、俺のほうが「誰だ」って感じだろうけど、この未知の生物がなんなのか、俺は確認せざるを得なかった。


「申し遅れました、塩職人のシモンです! どうぞよろしく!」


 彼はシモンという生き物らしい。俺を見下ろして言うと、静かに右手を差し出した。握手を求めているのだろう。かろうじて人間だということか。


 彼から発せられる異様な雰囲気は、以前もどこかで感じたことがある……。ボナンザさんだ。あの人も人間と別の何かの間の種族だ。シモンからもそんな雰囲気を感じる。


 まあ、悪い人ではなさそうだ。俺は差し出された右手を握り返す。


「冒険者のコーだ。こちらこそよろしく」


「冒険者!!」


 声がでかい! シモンは驚いたように目を見開いて叫ぶと、握る力がぐっと強くなった。リンゴくらいなら軽く握りつぶせそうな強さだ。


「冒険者なんて、そんなに珍しいものじゃないだろ」


「いえいえ、僕は兼業で冒険者もやっているのです! お仲間ですね!」


 目を細めて笑い、掴んだ右手を上下に振った。人の手を掴んでいるときに発揮していい握力じゃないんだけど、悪意は感じられない。自分の後輩を見つけてテンションが上っているのだろう。


 兼業の冒険者というのも、特に珍しいものではない。うちのクレアがポーションを作っているようなものだ。でも、これだけの力があるなら冒険者に専念したほうが儲かりそうなものなんだけど。製塩って、そんなに儲かるのかな。


「それはいいが、そろそろ手を離してくれないか」


「ああっ! これは失礼致しました!」


 シモンはハッとしたような表情を浮かべて手を離す。動きがいちいち大げさだ。悪気は無いんだろうけど若干鬱陶しい。

 俺たちが怪しい人物ではないとわかってもらえたようだから、さっさとこの場を離れようかな。


「じゃ、しばらく見学させてもらうから。邪魔なら言ってくれ」


「もしかして、あなたも塩作りに興味がお有りで?」


 ヤバい、食いつかれた。シモンは嬉しそうな表情を浮かべ、腰に手を当てている。


「興味ってほどでもないぞ。ちょっと見たかっただけだ」


「塩を作って売る、冒険者では経験できないことです! 冒険者とは違った楽しみが得られるでしょう! わかりました! 僕がご案内します!」


 有り難い申し出だとは思う。でも……ちょっと暑苦しすぎるんだよなあ。このテンション、長時間は少し……かなり辛い。適当に理由をでっち上げて断ろう。


「せっかくの申し出だが、今は依頼の最中でな。あまり時間がないんだ」


 まだまだ時間はあるわけだけど、依頼の最中であることは嘘じゃない。日が沈む前には届けたいから、あまりのんびりもしていられないのも事実だ。


「そうですか……残念です! お手伝いは必要ですか!?」


 シモンは残念そうに眉間にシワを寄せ、そんな申し出をしてきた。よくわからない奴だ。言動に裏があるようには見えないから、底なしのお人好しなのだろうか。


「必要ない。ただの届け物だよ」


「わかりました! では、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 俺たちは踵を返して歩き出したのだが、シモンは俺たちが見えなくなるまでずっと笑顔で手を振っていた。

 出会ってから別れるまで、ずっと笑顔だ。人を安心させるような爽やかな笑顔だが、ここまで徹底されると逆に怖いよ。変な奴と知り合ってしまったな……。



 シモンと別れた後、ひたすら続く塩田の中を、ゆっくりと歩いて街を目指した。どれだけ見ても、だだっ広い水たまりが連なっているだけだ。ところどころ色が違う水たまりがあるのだが、どういう意味があるんだろう……。

 ここではどんな作業をしているのだろうか。どんな手順で塩を作っているのだろうか。水たまりを眺めているだけでは推測すらできない。シモンの申し出、受けておくべきだったかな。説明が無いと何もわからないよ。


「……先に冒険者ギルドに行こうか。今日は見学できる日じゃなかったみたいだ」


「そうね……。いつでも来られるんだから、日を改めましょう」


 クレアの言う通り、転移魔法でいつでも来られるようになった。時間と覚悟を決めて、シモンに案内をお願いしよう。



 しばらく歩き続けると、遠くに大きな防壁が見えてきた。ようやく街に到着したようだ。正門でザル検査を受け、街の中に入る。


 街の中に入ると、今までに行った街とは少し様子が違うように思えた。活気はあるが、とにかく忙しない。重そうな袋を担いだ人や、リアカーを引いた人たちが、せかせかと動き回っている。『めちゃくちゃ人が多い農村』そんなイメージ。


 この街の解説はシモンにお願いするとして、まずは冒険者ギルドに向かう。


 ギルドの中は、他の街と特に変わりない。依頼を受けるわけじゃないので、おじさんが座るカウンターへと真っ直ぐに進んだ。


「届け物だ。ここでいいか?」


「あ、はい。お疲れさまです。中身を改めさせていただきますので、応接室にどうぞ」


 どうやら、俺たち立ち会いのもとで中を確認するらしい。開封した痕跡がないか、汚破損がないかを調べるのだろう。当然どちらも皆無だが、受け取り主がそれを調べるのも当然だな。


「わかった」


 そう言って、案内された部屋に入る。中は王都のギルドの応接室と同じ。慣れた仕草でソファに座った。


 俺たちの向かいに座ったギルド職員は、厳重に縛られた紐を解く。すると、中から数枚の紙の束が出てきた。俺たちが運ばされたのは、ただの書類だったらしい。書類だけなら転写機で済ませよ、と思わなくもないが、転写機ではダメな理由があるのだろう。


 ギルド職員は、1枚目の紙に目を通している。そこには何が書かれていたのか、みるみる顔色を変えて真っ青になった。そして、震えた声で叫ぶ。


「なんだとっ!!」


「どうした?」


「いや、君たちには関係ない話だが、塩の買取金額が大幅に減額されるというのだ……」


 ……あれ? これって……。


「どうしてそんなことに?」


「いや、国によって大量の塩の買付が行われたらしいのだ。その財源確保のためだと書かれている」


 うわぁ……俺のせいだよ。まいったね。


「なるほど。それは大変だな……」


 大変なことになったよ。俺も少し関係しているからね。だって、その塩を持ち込んだのは俺だから。


「ははは……心配には及ばんよ。君たちには関係のない話だ。でも、他言はしないでくれよ」


 つい口を滑らせてしまった、という様子で、苦笑いを浮かべながら頬を掻くと、小声で言葉を続けた。


「はぁ……これ、製塩ギルドに伝えなきゃならんのだよなあ……」


 ギルド職員の顔から生気がなくなった。冒険者ギルドは伝言までしなければならないらしい。伝えにくいことを伝える仕事だ。ストレスで禿げそう……。そんな大事な仕事は、役人がやれよ。


「何か手伝えることがあれば言ってくれ」


「君が責任を感じることじゃないよ。荷物は間違いなく受け取った。王都のギルドにこれ渡してくれ」


 カウンター係の男性から1枚の紙切れを渡された。これが受け取り証明書だという。薄汚れた貧相な紙切れだが、細かい模様が押印してあるので偽造は困難だろう。この証明書を王都のギルド長に渡せば、俺の任務は終了だ。


「わかった。ありがとう」


 そう言ってカウンター係に背を向けたが、なんとも言えない苦々しさを感じる。このまま帰ったら後味がとても悪いぞ……。



 冒険者ギルドを出て、人気(ひとけ)がないところまで移動する。その俺の後を、みんなは黙ってついてきた。みんなも思うところがあるのだろう。


 俺は立ち止まって振り向き、みんなに声をかけた。


「ちょっといいか?」


「……お手紙の……件ですね」


 ルナが気まずそうに言う。


「そうだな。俺のせいじゃないと思いたいけど、もとを辿れば俺が原因じゃないかとも思う。少し調べたいんだけど、いいか?」


「言っておくが、コー君が責任を感じるようなことではないぞ。これは王城の決定なのだ。責任は王城にある」


 リリィさんは諭すように言うが、俺もそれはわかっている。原因がどうあれ、『買取金額を減らす』という決定を下したのは王城の役人だ。とはいえ、俺が塩を売らなければこんなことにはならなかった。


「俺にはどう見ても愚策としか思えないんだよ。王城がこんなアホな失敗をすると知ってたら、王城なんかに売らなかった」


 俺が売った塩の代金は、1年かけて支払われる。となると、今回の減額は最長で一年間続くということになる。


 一年間の大幅な収入減。製塩業者は大打撃を受けるだろう。おそらく、多くの人たちが路頭に迷う。金を持っている一部の業者だけが生き残るような構図。俺が持ち込んだ塩が原因の一つではあるが、一番の問題は王の失策だ。


 俺が持ち込んだ塩は今回限りだから、この街での製塩は今後もずっと続けなければならない。それなのに、製塩の存続が危ぶまれるような政策を打ち出した。もしこれでこの街の製塩がストップしてしまった場合、来年以降に深刻な塩不足に見舞われることになるだろう。


「王は何を考えているんだろうな……」


 俺は呆れて声が漏れた。アホなのかな。いや、アホだな。確定だ。


「ちょっと待ってくれ。あの王が、そんないい加減なことをするとは思えない。何か考えがあるのではないか?」


 リリィさんの言葉にハッと我に返った。認めるのはちょっと悔しいが、あの王は頭が回る。何も考えずにこんな政策を実行するとは思えない。


「確かに、何か裏がありそうだ」


 製塩業者を潰して、いったい何がしたいのか。考えられるとすれば、塩田の国有化かな。製塩を国の事業にする予定があるのなら、民間業者は邪魔になる。『先に潰しておけ』という意味なのかもしれない。

 それか……ミルジアとの貿易を考えているのかもしれない。ミルジアから安い塩を輸入するとなると、国内の製塩業者が絶対に反発する。『うるさいから潰しておけ』という判斷が下されてもおかしくはない。


 いや、もしそうだったとしても、今回の減額で、国は職人からの大反発を受けるはずだよなあ……。反発した人に反逆罪みたいな罪を被せて逃げ切る? どう考えてもろくな事にならないな。


 よし、王に嫌がらせをしよう!


「ねえ、何を笑ってるの……?」


 クレアから注意を受けた。うっかり笑ってしまっていたようだ。


「しばらくこの街に留まろうと思うんだけど、いいか?」


「また何か思いついたのね……。いいわ。付き合う!」


 クレアが悪そうな笑みを浮かべて頷くと、ほかのみんなもそれに同調した。

 そうと決まれば、まずはシモンに会いに行こう。王が何を企んでいるかは知らないが、全力で引っ掻き回してやるぞ。

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