使徒見習い4
教会の炊き出しに参加した俺たちだったが、いつもとは勝手が違いすぎて戸惑っていた。俺だけではなく、他のみんなも戸惑いを感じているようだ。
主な原因は、教会が自分たちのやり方やルールを押し付けてくるから。まったく自由がなくて、とても窮屈だ。全然楽しくない。
俺たちは3つのグループに分けられ、それぞれ持ち場についている。会場設営の係に割り当てられた俺とリリィさんは、設営を終えて暇になった。次は何をしたらいいんだろう……。
「なあ、次は何をするんだ?」
持ち場リーダーのおじさんが調理係への引き継ぎを終えて戻ってきたので、すぐに訊ねてみた。
「しばらく待機です」
おじさんは口角を下げて答える。少し不機嫌そうだ。答えるまでもないと言いたいのだろうか。
調理係に割り当てられたのは、ルナとクレアだ。教会から来たおばさんも含めて3人。何人分の料理を準備するのか知らないが、3人だけでは厳しいと思う。俺にできることは小間使い程度に限られるけど、それでも多少は手伝える。
「手伝わないのか?」
「待機です」
「俺たちは暇だぞ。告知係に合流してもいいか?」
調理に手を出せないのであれば、告知係を手伝ってもいい。今日の炊き出しは急遽決まったことなので、実は結構重要な任務だ。やったはいいけど誰も来ないなんて、あまりにも寂しすぎるからなあ。
告知係は、リーズと教会から来た若い男が担当している。リーズはかなり心配なので、実質1人でやっていると思ったほうがいい。
分担を決めたのは、教会のおじさんだ。彼はリーズのことを何も知らない。リーズはねえ……役に立つときは人の5倍働くけど、バクチみたいなものだから。役に立たなければ居ないと同じだから。
それに、告知をするだけなら誰にでもできるし、何人いても困らないはずだ。
「いえ、それも困ります」
これも却下かよ……。
「だったら何をしたらいいんだよ」
ちょっと苛ついてきて、思わず声を荒らげてしまった。
「本日は警備係の者がいませんので、我々が警備をします」
「警備? 警備する意味あるのか?」
このあたりはスラム街だが、警備が必要なほど治安が悪いわけではないはず。
「誰かが警備をしないと、子どもたちがつまみ食いをしますからね」
……作業の妨げにはなるけど、そんなに悪いこととは思えないなあ。いや、良いことではないか。
暇な任務になりそうだけど、この人に意見を言っても何も生まれないことは身にしみている。今は素直に従っておこう。
「わかったよ。子どもたちを注意して見ておけばいいんだな」
「それだけではございませんが、概ねそれで構いません。よろしくお願いします」
警備に当たるのは、会場の設営をしたおじさんと俺とリリィさんの3人だ。それぞれが1人で会場の隅に立ち、周辺を警戒する。正直、必要性はまったく感じられない。ただぼんやりと立ち尽くすだけだ。
俺たちは普段から魔物を警戒しながらキャンプをしているんだよ……。こんな街の中での警戒なんて、寝ていてもできることだぞ。俺たちは気配察知で常に周囲を警戒しているから、悪意を持って近づく人がいればすぐにわかる。
まあ、悪意なく近づいて邪魔をする人間には効果がないんだけどね。そういう人を警戒すればいいか。
しばらく警戒を続けていたが、人が近づいてこない。むしろ避けられているみたいだ。この周辺では子どもたちが元気にはしゃぎまわっているが、こちらには近づこうとしない。
子どもたちは日陰に生えた苔をスケートリンクのようにして、滑って遊んでいる。先ほどと何も変わらない様子だ。
「おおっ! お姉ちゃん、スゲェ!」
遠くから子どもの声が聞こえてくる。子どもたちは遊びに夢中でこちらを気にかける余裕がないのか、そもそも炊き出しに興味がないのか……。教会が狙っていた『会場を目立たせる』という目的は、見事に空振っているようだ。
すると突然、子どもたちの声をかき消すように大人の怒鳴り声が響いた。
「何をやっているんですか!」
驚いてそちらに目をやると、その声の主は教会から派遣された若い男だったことに気づく。
そして、子どもたちに混じって苔の上を滑るリーズの姿が……。
リーズは若い男を無視して子どもたちとハイタッチを交わしている。楽しそうで何よりだ。精神年齢が近いのかな……。まあ、俺も少し混じりたいけどね。
あ……若い男と目が合った。リーズに無視された若い男は、助けを求めるかのように俺のもとにやってきた。
「任務中恐れ入ります。彼女を止めていただけませんか?」
「え? 何で?」
「は? 我々は遊びに来たわけではないんです。軽率な行動をとられると困ります」
若い男はキョトンとした顔で答えた。俺は子どもに混じって遊ぶのも立派な広報活動になっていると思うんだけど、教会は気に入らないらしい。
子どもたちと遊ぶことは悪いことではない。というより、積極的にやったほうがいいんじゃないだろうか。リーズに任された仕事は、炊き出しの開始までに人を集めることだ。周辺の子どもたちと仲良くなっておけば、その家族を連れてこられる。
「あいつなりの広報活動なんだよ。人は集められるぞ」
「住民との関わりは問題の原因になります。不用意に関わらないでください」
若い男は面倒そうに答えた。もっともらしい理由があるようだ。
確かに、関わらなければトラブル発生のリスクは低減できる。しかし、関わることで得られるメリットをすべて投げ捨ててまでやるべきことじゃないと思う。
「別に止めなくてもいいだろ。問題が起きたら、そのときに考えればいいんだ」
「誰が考えるんです? 誰が責任を持つんです? 勝手なことを言わないで、規則に従ってください」
また規則だよ……。なんでもかんでも規則で縛ればいいと思っているのか?
「みんなで考えればいいし、責任はみんなが持つ。俺はそれが仲間だと思っている」
「そんな非常識なこと、誰が納得できるんですか。僕の責任になるんですから、僕の決定に従ってください」
若い男はうんざりしたような表情を浮かべて言う。
非常識という言葉には若干引っかかるな。教会の常識と俺の常識が噛み合わないんだ。教会はマニュアル通りにしか動こうとせず、臨機応変に対応しようという意識がまったくない。
この人は絶対に意見を曲げないだろうから、このまま話をしていても時間が無駄になるだけだな……。仕方がない、行くか。
リーズの近くに駆け寄り、声をかけて呼び寄せた。
「リーズ、遊ぶんだったらもう少し静かに遊べ。大声を出したら目立つ」
要は、バレなければ問題ないんだ。
「うーん……難しいけど頑張ってみる!」
と大声で答えるリーズ。極めて困難な注文をつけてしまったらしい。大丈夫とは思えないけど……まあいいか。
「料理ができたら呼ぶから、それまでに子どもたちを集めておくんだぞ」
「はーい!」
リーズは元気よく答えて勢いよく駆け出し、子どもたちの目の前でツィーと滑って見せた。遠くから子どもたちの歓声が聞こえる。リーズはこの短期間で苔滑りをマスターしたらしい。このスキル、他で役に立つのかな……。
おそらく告知は十分だろう。リーズが勝手に子どもたちとその家族を引き連れてくる。人が集まらないかも、という心配は、これでほぼなくなった。次は料理だ。ルナたち調理係が準備を進めているが、状況はどうだろうか。
持ち場に戻るついでに、調理場の近くに移動した。あからさまに動くとおじさんに文句を言われるだろうから、リーズの騒動に便乗しての移動である。
今日準備した材料は、大量の肉と少々の野菜。すべて俺たちの余り物だ。早く食べないと腐りそうだったので、ごっそり全部持ってきた。この食材をすべて使い切るのであれば、おそらく数百人分の料理になるだろう。どう使うかは3人の判断に任される。
調理場の声が聞こえる位置に立ち、調理の様子を窺った。
「……焼きすぎではないですか?」
「そんなことはありません。生のまま出して、腹を下したら大変ですから」
「それにしても、なんだか見た目が……。干し肉みたいになっていますよ?」
ルナとおばさんが言い争っているようだ。調理はおばさんの主導で進められているのだろう。会場の設営と同じように、ルナとクレアも教会のやり方に従っているようだ。
「これくらいでちょうどいいんです。疑うなら、味見をしていただきましょうか」
「……不味っ! カッチカチのパッサパサじゃない……。味も薄いし、失敗ね」
クレアの声だ。クレアは料理に文句を言うところをあまり見ないが、今日の料理はよほど不味かったのだろう。
「何をおっしゃっているんです? これが普通でしょう。あなた方は、貴重な塩を使いすぎなんじゃありませんか?」
薄味なのは仕方がない。アレンシアでは製塩に手間と金がかかるから、庶民はあまり使えないんだ。その基準で考えると、俺たちは塩を使いすぎなのかもしれない。ミルジアで岩塩を安く買っているからできることだ。アレンシアでは難しい。
「問題は塩だけじゃないです。やっぱり焼きすぎじゃないですか……」
今度はルナだ。相当不味いらしい。そこまで言われると、逆に気になるじゃないか。
3人に近づいて声をかける。
「ちょっと味見をしてもいいか?」
すると、クレアが振り向いて真顔で答えた。その表情から、事態は深刻であると窺える。
「あ、コー。あんたも食べてみてよ。酷いから」
クレアに一切れの肉を渡された。おばさんは「勝手なことを……」と呟いて止めようとしたが、それを無視して、渡された肉を口の中に放り込んだ。
ゴムを噛むような感覚が歯に伝わる。……肉汁が行方不明だ。口の中の水分がゴッソリと持っていかれた。肉の脂という脂がすべて抜け落ち、繊維だけが凝縮されているみたいだ。肉本来の臭みと嫌らしさが口いっぱいに広がる。
「……旨味は蒸発したのか?」
「ちょ……言い方! なに言ってるのよ」
クレアが笑いを噛み殺しながら言うと、ルナの顔から笑みがこぼれた。
「ふふふ……そうかもしれませんね」
ルナも共感してくれたみたいだ。
「さっきからなんなんですか! そんなに文句があるんなら、あなたたちが勝手にやればいいでしょう!」
面白くないのは、調理責任者のおばさんだ。不機嫌そうに大声をあげた。なんとも有り難い申し出じゃないか。
「そうさせてもらうよ。ルナ、このこのクソ不味い肉をどうにかできるか?」
「……大丈夫です。任せてください!」
ルナが不安に満ちた顔で答える。この肉はかなり手遅れな感じだったんだけど、どうにかしてくれるらしい。
「悪いな、頼むよ」
「え? 本当にいいの?」
クレアがそう言いながら、おばさんに目配せをする。それに合わせておばさんに視線を送ると、おばさんは不機嫌そうに奥歯を噛みながらこちらを睨んでいた。
「勝手にやれって言われたんだから、そうするだけだ。気にするな」
不味い食事は人を不幸にする。自分が食べるなら不味くても構わないが、これは不特定多数の人に提供する食べ物。不味いものを配るなんて、不幸を配っているのと同じだ。タダだからといって、なんでもいいというわけではないんだよ。
「そ? ならそれでいいんだけど……。手伝うわ」
クレアは複雑な表情を浮かべて言うと、まな板の上に置かれていた包丁を握った。
おばさんは一歩引いたところで右足を小刻みに揺らしている。器用に立ちながら貧乏ゆすりをしているみたいだ。おばさんは苛ついているようで、手を出す気が一切ないように思える。ルナとクレアだけで作業をすることになりそうだ。
ルナたちは大変だろうけど、そのほうがいいんじゃないかな。
調理場は忙しくなるな。俺が手伝ったところで邪魔にしかならないから、この場を離れて元いた場所に戻った。
またしばらく、退屈な警備だ。なにも起こらない平和な街の片隅に立ち、警備と言う名の棒立ちを続けた。
遠くからリーズの雄叫びが聞こえる……。静かに遊べって言ったのになあ。本来はリーズに注意すべき若い男は、声が聞こえているはずなのに周辺を歩き回っている。リーズのことは諦めたようだ。うん、それが正しい。
しかしダルい。この世界に来てからというもの、どんな仕事でも楽しくこなしていたが、初めてダルいと思ったぞ。使徒の2人はこんなダルいことをやらされていたのか……。使徒じゃなくてよかったと思う反面、使徒の2人には心底同情する。
今日はストレスが溜まる一方だ。多少残念ではあるけど、今日は早めに切り上げて帰ろう。






