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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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使徒見習い3

 無言で歩き続けること数十分。先頭を歩く若い男が立ち止まった。目的の場所に到着したのだろう。走れば数分の場所だというのに……。まあ、たまには歩くのも悪くないか。


 到着した現場は、王都の西側の中でもさらに西の方。王都を取り巻く防壁のすぐそばだ。目前に迫る高い壁に遮られ、陽の光が当たらない。そこらじゅうが苔だらけでジメジメしている。


 今日はここで炊き出しをする予定だ。教会から資材と3人の人員を借りて作業をする。俺たちは不慣れなので、中心となって動くのは教会から来た3人になるだろう。


「あまりいい環境じゃないな……。苔で滑りそうだ」


「それだけではないですよ。このあたりは水が溜まりやすいので、雨の日は大変なんです」


 俺の呟きに、ルナが答えた。


 この近くに大きな防壁があるから、その重みで地盤が下がっているのかな。設計時は問題がなくても、後から問題が発覚することはよくあることだ。

 こんな劣悪な環境では誰も住みたがらない。そのため、地価が安くなって金がない人たちが集まる場所になる。スラム街にはなるべくしてなったようだな。


 改めて街を見回すと、小さな子どもたちが元気に走り回っている。苔で滑って遊んでいるみたいだ。スケートのように器用に滑っている。俺たちには邪魔な苔も、この周辺の子どもたちにとっては格好の遊び場になっているらしい。


 それにしても、スラム街だというのに、治安が悪そうな雰囲気は感じられない。明るく活気があり、目つきが怪しい人間はいない。


「なるほどな……。スラム街って、どこもこんなもんなのか? あまり治安が悪いように思えないんだけど……」


 俺はスラム街なんて足を踏み入れたことがないから、判断基準がわからない。ただ、噂で聞くよりも雰囲気がいいのは確かだ。


「どの街もこうじゃないわよ。街によるわ。王都は兵士が多いから、治安がいいだけ」


 王都にある訓練場には、全国の兵士が出入りしている。そのため、王都内にいる兵士の数は他の街の比じゃない。そんな兵士が日頃からウロウロしているのだから、悪いことなんてできないか。


「酷い街は酷いぞ。炊き出しができないほどに酷い街もある」


 リリィさんは仕事であちこちの街を調査していたから、こういった事情にも詳しいらしい。

 治安が悪すぎるスラム街……できれば近づきたくないなあ。でも、どうせやるならそういう場所のほうが良かったんじゃないかとも思う。慣れてきたら、そんな街で炊き出しをしてもいいかもしれない。


 俺たちが話をしていると、おじさんが突然『パンッ!』と手を叩いた。会話を強制終了させるつもりだったらしい。


「それでは、本日の予定を説明します」


 少し不機嫌そうに見えるけど、俺たちの雑談が気に入らなかったのだろうな。

 この人は、教会から派遣された3人の協力者のうちの1人。雰囲気的にリーダーなんじゃないかと思う。


「説明は助かるんだけど、歩きながらで良かったんじゃないか?」


 と、思わず声を出してしまった。移動中は終始無言で、とにかく退屈だった。説明があるのなら、退屈な移動中に済ませてくれればいいのに。時間も無駄になるよ。


「移動中は移動に専念するものでしょう……。とにかく、話を聞いてください」


 おじさんは呆れ顔で言うと、有無を言わせぬ様子で話を続けた。俺にはもっと言いたいことがあるんだけど、口を出したら時間が無駄になるな。仕方がない。黙って話を聞こう。


「まずはコー様方に、協力していただいたことに感謝を申し上げます。本日は私が指示を出しますので、よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそ頼むよ。そんなことより、今日は何をするんだ?」


「はい。昼の鐘までに炊き出しの準備及び住民への声がけ、配布次第撤収して周辺の清掃をおこないます」


 堅苦しい挨拶を軽く流し、さらに詳しい話を聞いた。クドクドと話していたから、勝手に俺が要約する。


 炊き出しに必要な作業は、大きく分けて3つ。調理と会場の設営、そして周辺住民への告知だ。それをここにいる8人で分担する作戦だと言う。調理3人、設営3人、告知2人だ。

 調理係は、教会から派遣されたおばさんとルナとクレアが受け持つ。設営は、教会のおじさんとリリィさんと俺。そして周辺住民に告知をして回るのが、若い男とリーズだ。


 心配だらけの布陣だが、俺が決めたわけではない。すべておじさんの指示だ。


 たぶん問題が起きると思うけど、今それを言ってもおじさんは聞き入れないだろう。話が拗れるだけだから、とりあえずは指示に従っておく。


「……まずは設営だな」


 俺がそう呟くと、おじさんが笑顔で返事をした。


「はい、準備を始めましょう。コー様もご一緒にお願いします」


 手伝うのは問題ないよ。でもさ……。


「設営は全員でやったほうが効率がいいんじゃないか?」


 指示には従うけど、文句を言わないとは言っていない。


「いえ、これが定められた手順ですから。この方法でお願いします」


「調理係が暇をしているだろ。告知だって、調理中にやればいい」


 これが問題その1。調理は設営がある程度終わらないと開始できないんだから、設営は全員でやったほうがいい。それに、調理には時間がかかる。その間にいくらでも告知できるはずだ。


「……分担をすることで、それぞれの役割に責任を持っていただいているのです。自分に与えられた役割に責任を持ってください」


 一応は理由があるわけか……。これは、万が一重大な問題が起きたときに、リーダーの責任を分散させる目的があるんだと思う。総リーダーはおじさんだが、各持ち場で起きた問題の責任は持ち場リーダーにあるということだろう。持ち場リーダーは、教会から派遣された3人だ。


 納得できないわけではないけど、なんだか気に入らないなあ。もっと大人数で行動するなら、この方式は理にかなっていると言えるかもしれない。でも、この人数では効率を悪くするだけだ。

 それに、トップが責任を取らなくてもいいという『責任逃れのための方式』に見えて仕方がないぞ……。


「そう言うあんたは、リーダーとしての責任を持っているのか?」


「当たり前でしょう! 何年この仕事をやっていると思っているんですか!」


 おじさんが血相を変えて怒鳴る。それを見たリリィさんが、眉をひそめて俺に言う。


「コーくん、煽るんじゃない。私も思うことが無いわけじゃないが、我慢しているのだ……」


「思ったんなら言えばいいじゃないか。言わないと伝わらないし、スッキリしないぞ」


「私は、言わないのが『協調性』なんだと思うよ。キミは今回の目的を忘れているのか?」


 リリィさんの言葉に、ハッと我に返った。そう言えば、今回は俺にも協調性があるということを証明するために来たんだった。

 どうりで、みんなも言いたいことを堪えているわけだ……。俺に協調性がないと言った手前、自分たちには協調性があると証明しなければならない。そのために意地になっているんだろう。


「悪かったな……。気をつけるよ」


 それにしても、思ったことは言っちゃダメなのか。初めて知ったよ……。集団行動って、思っていたよりも大変なんだな。


「……作業に集中してください。後が支えています」


 おじさんが呆れたような口調で言う。後が支えているのはあんたの采配のせいだろうが!

 ……と言いたい気持ちをぐっと堪え、淡々と作業を進める。


 複数のタープで屋根を作り、その下にテーブルを並べていく。おじさんからは説明されなかったが、ここで食べろということなのだろう。

 食器類を回収しなければならないため、食事の場所に明確な区切りをつけるんだと思う。食べる場所を指示しないと、食器ごと持っていかれそうだもんなあ。



 俺たちが作業している間、調理係の3人はダラダラと食材の確認をしていた。食材の確認なんて、サッとやればすぐに済む作業だ。しかし、調理場の準備が終わっていないから、そんなことに時間を使って暇つぶしをしている。マジで無駄だな……。イライラする。


 一方で調理係に配置されたルナとクレアだが、彼女たちも死んだ魚のような目で作業をしている。絶対に納得してないよな、あの2人も……。



 俺たちが作業をしているうちに、リーズと若い男はこの場から姿を消していた。周辺住民への告知に向かったらしい。リーズが一番心配なんだけど、大丈夫なのかな。


 まあ、気にするだけ無駄か。今はやるべきことを終わらせよう。


 俺としては、真っ先に調理場の設営を終わらせたい。それなのに、調理場は最後に回された。何故だ……。


「調理場の準備を最後にしたのは、どうしてなんだ?」


 思ったことは言うな、とは言われたけど、質問くらいはいいよね。


「配膳の場所は目立ちますから、早く設営しておけば告知にもなります。調理場の準備はとにかく手間がかかりますので、早くから手を付けるとそれだけ告知が遅れるのですよ」


 おじさんは得意げに答えた。それなりに理由があるときは、上機嫌で答えてくれるらしい。なんとも面倒な人だな……。


 それはいいとして、またイマイチ納得できない理由だ。

 確かに、調理場の準備には手間がかかる。簡易的な焚き火台を設置して、作業台を並べて……作業量は多いけど、それほど場所を取らないから目立たない。

 しかし、全体の効率で考えたらそんなデメリットは無視できる。早く準備を済ませて、会場設営係の俺たちが告知係に合流するほうがいいだろう。


「これがいつもの手順なのか?」


「そうですね。しかし、今日は少し勝手が違います。いつもはこの数倍の人数がおりますので、もっと早く完了しますよ」


「なるほど……」


 なんとなく納得がいった。明らかに効率が悪い方法でも、人数がいれば難なくカバーできる。教会はそうやって対応しているのだろう。俺は絶対に真似したくないけど理解はできる。

 ただ解せないのは、状況が変わっても方針を変えないことだ。人数を集めることで成立していた方法なんて、この状況では使えない。教会のやり方を否定するつもりはないが、やっぱりイライラするなあ……。


 まあ、文句を言っても仕方がない。心を殺して淡々と作業を進め、ようやく会場の設営を完了させることができた。


「終わりましたね。では、調理係に作業を引き継ぎましょう」


 おじさんは、そう言って調理係の3人のもとに歩いていった。そこで何やら指示を出している。どこで調理をするとか、どこで提供するとか、どこで食器を回収するとか……そんな指示は出さなくてもわかるだろ! この時間が無駄なんだよ!


 時間だけが無駄に流れていく。砂漠の真ん中で、貴重な水をばらまいているような気分だ。


 状況を改善することも許されず、押し付けられた効率の悪い手段によってのみ行動しなければならない。これはかなりキツいぞ……。体力的には余裕だが、精神的にかなり削られている。


 リリィさんとルナは、今朝までは炊き出しを楽しみにしていた様子だった。それを見て、俺もきっと楽しいものなのだろうと思っていたが、全然楽しくない。


 おじさんが無駄な指示を出しているうちに、リリィさんに確認しておきたいことがる。


「これがリリィたちがやりたかった炊き出しなのか?」


「いや、まったく違うものだったよ……。王城主催の炊き出しは、もっと和気あいあいとやっているのだ。これは楽しくない」


 リリィさんはうんざりとした様子で答えた。リリィさんとしても、予想と反するものだったようだ。となると、ルナも同じ感想なのかな。


「だよなあ……。俺はいつまで我慢すればいいんだ?」


「ずっとだよ……。言い出したことなのだから、今日1日くらいは我慢しようじゃないか」


 難しい注文だけど、俺が言い出したことだもんなあ……。


「ははは……無理かもしれない」


 笑ってごまかしたけど、我慢できる気がしないよ。とりあえずまだ平気。でも、いつ我慢の限界が訪れてもおかしくない。ツッコミどころを無視して作業をするなんて、俺には難しすぎる。


「無理に我慢しろ、とは言わないさ。私も、ルナくんたちもな。限界が来たら教えてくれたまえ」


 リリィさんは優しく微笑みながら言った。


「悪いな、助かる。炊き出しは、後日もう一度やろう。次は俺たちだけでだ」


「ふふふ……。そう言ってもらえると、今日1日頑張れる気がしてくるよ。ありがとう」


 リリィさんには、まだまだ心の余裕が残されているらしい。そこは見習わないとな。


 俺だって、楽しい炊き出しというのを経験したい。今日は()()()()だと割り切って、次に活かしていこう。

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